TS帝国幼姫、主権を簒奪するので日本と貿易します 作:F.F
柔らかな陽射しが窓から差し込む中、私はベッドにうつ伏せで寝転び、ポテトチップスの袋から一枚つまんで口へ運ぶ。
噛めばパリッと小気味よい音が鳴り、薄切りのジャガイモの香ばしさと程よい塩味が口いっぱいに広がった。
シーツに散らばった小さな欠片も気にせず、私は膝から下を交互にぷらぷらと揺らしながら、手元のタブレット端末をぼんやりと眺める。
「姫様、はしたないですよ」
そんな私に、若い男性の声が投げかけられる。
私は手に残っていたポテチを口に放り込み、声のしたほうへ振り向いた。そこには、二十代半ばほどの整った顔立ちの男が立っていた。
短く切りそろえた白髪に、縁なしの眼鏡。その奥の皮肉げな目つきには、整った顔立ちを台無しにするほど性格の悪さがにじんでいる。
口を開けば嫌味しか出てこなさそうなこの男は、エサソン・ローレグ。かつて帝国の財務省に勤めていた役人であり、今では私の魔法と政務を支える教育係でもある。そして、特徴的な長い耳を見れば分かるとおり、彼はファンタジーを代表する種族、エルフだ。他のファンタジー作品と同じく長寿で容姿端麗な種族だけあって、当然のように顔面偏差値も高い。
「いいでしょ、向こうじゃ出来ない贅沢なんだから」
苦言を呈するエサソンに、私は少し不貞腐れながら、ポテチを一枚乱暴に口へ放り込む。けれど、それは小さな口には大きすぎた。噛み砕いた拍子に砕けた欠片が口の中に刺さり、思わず眉をひそめる。それでも、痛みを悟られまいと、すぐに何食わぬ顔を取り繕った。
「ここが姫様が以前暮らしていた世界で、かつての部屋だとは伺っております。懐かしく思われるのも当然でしょう。しかし、私がここへ来たのは、先々代が国庫を食い潰し、先代が略奪で穴を埋め、今や内乱寸前にまで陥った国を立て直すため、姫様がこの世界の国と交易を始めると聞いたからです」
それまで淡々と話していたエサソンは、そこでいったん言葉を切った。眼鏡の奥の目を細め、ベッドに寝そべる私を睨みつけると、苛立ちを隠さず語気を強める。
「それがなぜ来て早々貧相な寝具に寝そべって、ぐーたらしやがっているのですか?」
おおぅ、怒りでかなり言葉が荒れていますよ、確かここに勤める前はかなり気が荒かったと聞きましたが、その頃の人格が出ていますよ。
「そう怒らないでよ、そりゃ当初はその予定だったよ、でも実際問題日本との交易なんて、どうすれば良いのか分からないんだから」
「それは我が国が、こちらでは存在しないからでしょうか?」
「そうだよ、それなのに交易しませんかなんて言ったら、怪しい宗教団体にしか思われないよ」
そう、こちらの存在を証明できる手立てが無い、エルフと言うファンタジー世界の住人を見せる? 魔法などを見せる? その前に捕まるのが目に見えている。
そんな事を考えながら、私は自分の少し長い耳を触る。
そう、私自身がそのファンタジー代表のエルフ、正確にはハーフエルフだ。そんな本物のファンタジーである自分自身を見せても、現代社会、よくできたコスプレとしか思われない。
「ならば大々的に証明するのはどうでしょう? こちらには無く、向こうにあるものを持ってこれば、信じる者は幾らか居るはずです。そうして接触して来た人から、交易を広げていけば、いずれかの国と取引出来るでしょう」
「うぅん……却下、私も少しは考えたけど、リスクが高いし、いずれかの国だと困るのよ、出来れば日本が好ましい。
あとエサソン、あなたもしかして、相手が私たちを知覚すれば、対等に接してくれると思っているの?」
「それは当然でしょう、異世界とは言え、帝国です。その国力を知れば十分に影響力はあるでしょう」
私は内心大きなため息をつく。
常識人枠だと思ったのに、エサソンも帝国の思想に影響を受けてない? 自分達の存在を示せば対等以上の交渉が出来ると思っている。
「言っておくけど、こっちの世界の国が、私たちを正確に認識しても、国としての位置づけは、発展途上国以下にしかならないよ」
私が発展途上国についての説明を加えて話すと、案の定エサソンは驚いた。
「そんな、帝国は周辺国一帯を植民地に置く大国ですよ、それが支援を受ける国以下の扱いだなんて信じられません」
帝国支配思想と言うべきか、常に上位と信じる帝国らしい思想、常識枠のエサソンでさえコレなのだ、他の上層部がどれだけか、推して知るべしだね。
「まず発展途上国と帝国の決定的な違いは、帝国の将来性があまりにも不透明な事。
先進国が発展途上国に支援するのは、それが国際義務と言うのもあるけど、将来的に相互利益が得られるから。
対して帝国は国連加盟国でもなければ、将来相互利益が得られるかあまりにも不透明、魔法なんて右から左に技術を移転出来るわけじゃないし、永続的に活用できるかも分からない、何せ私がこっちに来れているのも何時までかなんてわからない。
向こうからしたら、最悪支援をするだけして、突然交流できなくなりましたなんて事もある、そんなリスキーな事すると思う?」
「なるほど、確かに姫様の言う通りかと思います。ならどうするのですか? 正直今の帝国を立て直すのは、仮に今すぐ帝位が姫様の物になったとしても、不可能とまでは言いませんが、可能性はかなり低いです」
確かにエサソンの言う通り、おそらく持ち直す前に食料が底を着く、現在農民の生活はギリギリだし、数も減少傾向、それに伴い生産力も落ちている。
バカな皇帝、つまり私の父親は、無くなれば他国から奪えばいいと言うし、それを止める家臣も居ない、現在の生産力で戦争なんてやったら、備蓄なんて無くなってしまう。
やっぱり日本の支援が欲しい、インフラ、農業支援が早急に……さて、どうやってこじつけるか……
そこまで考えて手元のタブレット端末を見る、そこには男だった時に大変お世話になったUtubeの動画が流れていた。
「そうだ、Vtuberになろう」
いや、突拍子もない事とは自覚しているよ、だからそんな目で見るなエサソン。てかキミVtuber知らないのに、なんで“何言っているんだこいつ”みたいな目でみるのさ。
私はため息を一つ大きく吐くと、こんな事になった経緯を思い返す。そう、この身体になる前、今いるこの部屋で、私は30過ぎたオジサンだった。
当時の私は、ただの視聴者だった。スパチャを投げる余裕も無く、コメントを打つ勇気も無い、画面の端で数字の一つとして存在するだけの人間。それでも、彼女たちが築き上げた文化の強さだけは理解していた。
正体不明でも、姿が作り物でも、面白ければ人は見る。継続して発信すれば、信じる者も、疑う者も、馬鹿にする者も集まる。そして集まった人間は、勝手に検証し、議論し、拡散してくれる。
つまり、いきなり国家と国家の外交を目指す必要はない。まずは“存在するかもしれない何か”として、世間に認知されればいい。疑惑、都市伝説、考察班、海外ニキ、陰謀論者、オカルト雑誌、そういう雑多なものに揉まれながら、少しずつ情報を流していく。
「……姫様、その、ぶいちゅうばあ、というものが、国家再建に関わるのですか?」
エサソンが、聞き慣れない単語を必死に発音しながら尋ねてくる。眉間には深いしわが刻まれ、完全に理解を放棄したい顔をしていた。
「関わる。むしろ、今の私たちが取れる手段の中では、かなり現実的だよ」
私はタブレットの画面を軽く叩き、配信中の画面を一時停止する。そこには、可愛らしい二次元の少女が、コメント欄に流れる大量の文字を相手に楽しげに話している姿が映っていた。