TS帝国幼姫、主権を簒奪するので日本と貿易します 作:F.F
プロローグにて主人公が取引を日本に固執しておりまして、
その説明をプロローグに入れると長くなりすぎる為、
今回入れておりますが、説明文が長く、単調になってしまったかもしれません。
またその説明で、特定の国家に関しまして、個人的な見解が含まれております。
なるべく調べた上で、客観的になるようにしておりましたが、
今回は主人公が、ネットで知った事実から感じた感想と言う体で入れております。
人によっては不快感があるかもしれませんが、
個人的見解であることを前提として読んで頂けたら幸いです。
また今回の様なネタが許さるのであれば、ちょくちょくこういうネタを入れたいと思いますので、ご意見をご感想で言って頂けるとありがたいです。
最後に、日本国民の皆様すみませんでした。
「お腹すいたぁ……」
アパートの部屋へ戻るなり、私はベッドへ勢いよく飛び込んだ。けれど、帝国のふかふかな寝台とは違い、ここにあるのは薄っぺらいマットだけだ。思いのほか強い衝撃に、一瞬息が詰まった。
「姫様、はしたないですよ」
「だってぇ、今日はまだ何も食べてないんだもん。朝ごはん抜きだよ?」
私の訴えに、背後からわざとらしいため息が聞こえてくる。呆れたければ、好きなだけ呆れればいい。今の私には、悲鳴を上げるお腹のほうがよほど切実なのだ。
「姫様のお気持ちは分かります。ですが、朝食を抜かれたのは、早くこちらへ来たいと急かされた姫様ご自身ではありませんでしたか?」
うっ。痛いところを突かれた。確かに今朝、リゼットが朝食を運んでくる前に、待ちきれずにエサソンを引っ張って扉をくぐったのは私だ。
「それはそうだけど……でも、あんなに緊張したんだから、お腹だって余計に減るでしょ。タクシーの運転手さんには変な目で見られるし、買取店の店員さんには書類を書くところまで見られるし。もう、精神的に限界……」
枕に顔を埋めたまま、もごもごと愚痴をこぼす。薄い枕からは、懐かしい安物の柔軟剤の匂いがした。
「書類の件につきましては、姫様の自業自得かと」
「うぐっ」
容赦のない一言が、背中へ突き刺さる。顔を上げて睨みつけると、エサソンは眼鏡の位置を直しながら、涼しい顔でこちらを見下ろしていた。
「そもそも、身分証は私の名義という扱いだったはずです。にもかかわらず、五歳の少女が慣れた手つきで住所と口座番号を書き始めたのです。あの店員の顔、姫様もご覧になったでしょう」
「……見た」
「催眠の魔法がなければ、今ごろ別の大人が呼ばれていたかもしれません。こちらの世界では、帝国以上に記録が残るのでしょう? でしたら、なおさら慎重になっていただかねば困ります」
正論だ。ぐうの音も出ない。会社員時代、書類の記入なんて息をするようにやっていたせいで、身体が勝手に動いてしまったのだ。言い訳にもならないけれど。
「……分かった。次から気をつける」
「ええ、ぜひそうなさってください。それと、ベッドの上で足をばたつかせるのもおやめください。埃が立ちます」
「お母さんか」
「教育係でございます」
即答だった。可愛げのない男である。
とはいえ、空腹なのは本当だ。現金はあるのだから、コンビニへ行けば何か買える。けれど、またあの格好で外へ出て人目を集めるのは避けたかった。何より、この部屋に残っている食料は、例のカップ麺くらいしかない。
「……帰ろっか。リゼットにお昼を用意してもらう」
「賢明なご判断かと」
私はしぶしぶベッドから起き上がり、受け取った現金と控えを机の引き出しへしまった。帝国へ持ち帰っても使い道はないし、誰かの目に触れれば説明に困るだけだ。
部屋の扉の前に立ち、ドアノブへ手を伸ばす。今度はスリッパを脱いで帝国の靴に履き替えるのも忘れない。背伸びをしてノブを回し、エサソンが上から押さえてくれた扉を押し開けると、その向こうには見慣れた私の寝室が広がっていた。
帝国の空気は、どこか石と香草の匂いがする。厚い絨毯を踏んだ瞬間、張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。
エサソンも続いて扉をくぐり、羽織っていたパーカーを脱いで丁寧に畳む。その下から現れた濃緑の長衣を整えると、もうすっかり皇室付き教師の顔に戻っていた。
「では姫様、私は一度失礼いたします。教師が姫様と同じ席で食事を取るわけにはまいりませんので、昼食は別室でいただきます」
「うん、分かった。今日は付き合ってくれてありがとう」
礼を言うと、エサソンは軽く一礼し、扉へ向かいかけた。だが、ノブに手をかけたところで足を止め、こちらへ振り返る。
「姫様。昼食がお済みになりましたら、少しお時間をいただけますか」
「いいけど、何かあるの?」
「本日、あちらの世界をこの目で見て、いくつか考えたことがございます。姫様に提案したいことがありますので、落ち着いてお話しできればと」
眼鏡の奥の瞳が、いつになく真剣だった。タクシーの窓に張りついていたときの、あの打ちのめされたような表情が脳裏をよぎる。高層ビル、行き交う人々、誰にも頭を下げずに歩く民。財務省で帝国の数字を見続けてきた彼が、あの光景から何を考えたのか。気にならないはずがなかった。
「分かった。じゃあ、昼食のあとに」
「ありがとうございます。では、後ほど」
エサソンが退室し、扉が静かに閉じられる。それと入れ替わるように、控えめなノックの音が響いた。
「ルミィ様、失礼いたします」
入ってきたのはリゼットだった。私の顔を見るなり、ほっとしたように表情を緩める。
「おかえりなさいませ、ルミィ様。ご無事で何よりです」
「ただいま、リゼット。心配かけてごめんね」
「いいえ。ですが、朝食も召し上がらずに出ていかれたので、どこかでお腹を空かせていらっしゃるのではと、気が気ではありませんでした」
図星すぎて、思わず目をそらす。その拍子に、お腹が、くぅ、と情けない音を立てた。
「……やはり、そうでしたか」
「う、うん。実はもう、ぺこぺこで」
恥ずかしさに頬が熱くなる。リゼットはくすりと笑い、私の乱れた髪を手櫛で整えてくれた。
「それで、あちらでのご用事はうまくいったのですか?」
「一応ね。ちょっと失敗もしちゃって、エサソンにたっぷりお説教されたけど」
「まあ。ルミィ様がお説教を受けるなんて、よほどのことをなさったのですね」
「……ノーコメントで」
そっぽを向く私に、リゼットはまた小さく笑った。詳しく聞き出そうとしないあたり、彼女なりの優しさなのだろう。あるいは、あとでエサソンから聞けばいいと思っているのかもしれない。それはそれで怖い。
「では、すぐに昼食をご用意いたしますね。朝食の分まで、しっかり召し上がっていただかないと」
「お願い。あ、でも、量はほどほどでいいからね」
二年前の満腹地獄を思い出し、慌てて付け加える。リゼットは不思議そうに首を傾げたものの、「かしこまりました」と一礼して部屋を出ていった。
一人になった部屋で、私は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。初めての換金は、どうにか成功した。手元には、日本で動くための資金ができた。そして昼食のあとには、エサソンの提案が待っている。
あの皮肉屋が、わざわざ改まって話したいと言うのだ。きっと、ただの感想では終わらないだろう。期待と少しの不安を胸に、私はリゼットが戻ってくるのを待った。
昼食後、リゼットが淹れてくれた紅茶を飲んでいると、扉が小さくノックされた。
「姫様、エサソンでございます」
「ええ、入って」
私が許可すると、エサソンが扉を開けて入ってきた。その顔がいつになく引き締まっているのを見て、私はカップをそっとソーサーへ戻した。
「姫様、先ほど申し上げた件について、ご相談させてください」
「ええ、私も聞きたいと思っていたの。どうぞ、座って」
向かいの椅子を勧めると、エサソンは一礼して腰を下ろし、真剣な眼差しを私へ向けた。
「まず、姫様が以前暮らしていた世界を実際に見て、大変驚きました。はっきり申し上げて、まるで別世界です」
「そんなにですか?」
エサソンの言葉に、リゼットまで目を丸くする。まあ、実際に別世界なのだけれど。真面目な彼が素直に驚いている様子が少しおかしくて、私は口元が緩むのを紅茶で誤魔化した。
「リゼットも、今度一緒に連れていってあげる。その服で秋葉原を歩けば、きっと人気者になれるわ」
「あきはばら……ですか?」
完璧な所作の本物のメイドさんかぁ。人だかりができるだろうなぁ……「どこのお店の方ですか」なんて聞かれたりして。
思い浮かべた光景に苦笑しつつ、私はエサソンの話の続きを待った。
「そこで本題なのですが、今回、帝国大金貨を三枚換金いたしました。その結果、姫様の以前の世界――日本では、一般的な成人が一年暮らせるほどの金額になるとのこと。しかも、あれほど発展した国で、です」
「ええ、そうね。確かにそう言ったわ」
相槌を打ちながらも、私は彼の声に熱がこもり始めていることに気づいていた。嫌な予感が、胸の奥で小さく頭をもたげる。
「そして手元には、まだ七枚ございます。いえ、その気になれば二十枚、三十枚と集められるでしょう。姫様の新しい都市の開発が順調に進めば、それ以上も見込めます。さらに帝国内には金鉱山がありますから、将来的には大量の金を産出することも可能です」
「確かに、その想定は間違いじゃないわね」
「はい。ですので、この豊富な資源を活用すれば、いかに発展した日本が相手でも、対等に交易ができると考えます」
やっぱり、そうきたか。期待に満ちた彼の顔を見ると少し心が痛んだけれど、ここで曖昧にすれば、あとでもっと大きな失敗を招く。
「却下」
有無を言わせず告げると、エサソンはわずかにたじろいだ。だが、すぐに気を取り直し、静かに問い返してくる。
「なぜですか?」
頭ごなしに否定しても、彼は納得しない。私は小さく息を整え、どう説明すれば伝わるかを考えながら言葉を選んだ。
「まず、金を必要とする前提が、帝国と日本では違うの。帝国では金を貨幣として必要としている。たとえ贋金を作られても、金そのものに価値があるから通貨として成り立つ。でも、思い出してみて。日本で帝国金貨を換金したとき、代わりに私が受け取ったものは何だった?」
「それは……数枚の紙、ですね。ですが、あれは引換券のようなものではないのですか?」
おそらくエサソンは、帝国の金貨を日本の金貨へ両替した程度に考えていたのだろう。無理もない。この世界の常識で考えれば、それが当然なのだから。
「少し違うわ。引換券というのも完全な間違いじゃないけれど、日本では、あれが通貨なのよ」
「そんな、ただの紙切れですよ? そんなものに、何の価値があるのですか?」
信じられないという顔で身を乗り出すエサソンに、私は思わず苦笑した。二年前の、日本人の記憶が入る前の自分なら、きっと同じ反応をされて頭を抱えていただろう。
「その価値を、日本政府が保証しているのよ。日本だけじゃなく、向こうの世界の国々は信用通貨で経済を回しているの。その国が発行する通貨にどれだけ信用があるか、それがそのまま価値になるのよ」
「ですが、それでは贋金を作られたら、経済が破綻するのではありませんか?」
鋭い。さすが財務省で帳簿と向き合ってきただけのことはある。
「ええ、そのとおり。それこそが信用通貨の最大の弱点よ。だから向こうでは、圧倒的な技術で偽造できないようにしているの。まあ今は、そういう魔法のようなものがあると思っておいて」
私の説明に、エサソンは驚きのあまり言葉を失っているようだった。その様子を見ながら、私は少しだけ得意な気分になる。けれど、本当に伝えたいのはここからだ。私は表情を引き締めた。
「そして、ここからが本題。そんな日本では、金は主に資産として扱われているの。そこへ大量の金が流れ込んだら、どうなると思う? 金の価値が下がって、資産として持っている人たちは大損をするわ。それは経済の混乱にもつながる。日本にとっては迷惑でしかないの。だから今回のように、個人で収まる程度の量しか換金はできないでしょうね」
金の正確な相場も知らないのに、どうしてそんなことが分かるのかって? 具体的な価値は知らなくても、ネットニュースで経済の表面的な話くらいは目にしていたからだ。元会社員の雑学も、案外馬鹿にできない。
「なるほど。それにしても信用通貨ですか。これはぜひとも、新しい帝国で導入したい制度ですね。信用さえ保てれば、いくらでも貨幣を生み出せるのですから」
おおぅ、さすがと言うべきか。信用通貨の一番の利点に、もう目を付けている。感心するのと同時に、この男に通貨発行権を握らせて本当に大丈夫だろうかと、ほんの少しだけ不安がよぎった。
「あんまり作りすぎると、逆に信用を失うわよ」
「そんなことは分かっています。その程度の調整なら、いくらでもできますよ」
さいですか。本当に、可愛げがないほど優秀だね。釘を刺したつもりが軽くいなされ、私は小さく唇を尖らせた。
「では、次のご相談です」
「まだあるの?」
「当然です。短い間とはいえ、日本という国を体感して思ったことが、経済力だけのはずがありません」
「つまり?」
「軍事力です」
エサソンの言葉に、目元がぴくりと動くのを感じた。正直なところ、一番触れてほしくない話題だった。膝の上で組んだ指に、知らず力がこもる。
「あれだけ発展した国です。軍事力も相当なものだと推測します」
「……その推測は間違っていないわ。魔法についてはまだ教わり始めたばかりだから正確には言えないけど、おそらく帝国の騎士千人が相手でも、向こうの兵士五十人で十分だと思う」
私の言葉に、エサソンだけでなく、リゼットまで驚きの表情を浮かべた。無理もない。帝国の騎士といえば、周辺の国々を蹂躙し、ことごとく自国へ組み入れてきた悪魔の軍隊として知られている。その騎士千人に、たった五十人で対抗できるというのだから。
……たぶん、間違ってはいないよね? 私の魔法知識からすると、戦車を破壊できるほどの魔法は準備に時間がかかる。日本の一〇式戦車なら避けられるだろうし、それ以下の魔法ならおそらく耐えられる。自分で口にしておきながら、二人の驚きように、つい心の中で計算をやり直してしまった。
「では姫様、正直に申し上げます。このまま姫様の計画どおりに進めても、戦力が足りません。現在、帝国が保有する兵力はおよそ十五万。もちろん、そのすべてがこのヴァルディオンに集結しているわけではありません。ですが、帝都周辺の都市から兵を集めれば五万はいます。対して、常識的な諸侯を味方につけても、おそらく一万にしかならないでしょう。それでは姫様が帝国の主導権を握ろうと決起しても、成功する可能性はかなり低いかと」
突きつけられた数字に、胸の奥が冷える。分かっていたつもりでも、具体的な数で示されると重みが違った。
「つまり? 何が言いたいの?」
「日本と軍事同盟を結び、有事の際には軍の派遣を……」
「却下!」
先ほどよりも語気を強めて拒む。考えるより先に、口が動いていた。
「……またですか」
「ええ、またです」
「はぁ。理由をお聞きしても?」
「まず、日本は専守防衛を掲げているの。つまり自国の軍事力は、あくまで攻撃されたときの備えとして持っているということ。元日本人として、その主義に反することを要請するのは断固反対よ」
自分でも驚くほど、声に熱がこもっていた。あの国の平和を、私たちの都合で揺るがせたくはない。
「分かりました。主義を持ち出されては、強く要請はできません。では、日本以外の国はどうですか? あれほど発展した世界です。日本以外にも、高い経済力と軍事力を持った国はあるでしょう?」
今度はそう来たか。正直、私の知識なんてネットニュースを聞きかじった程度しかない。ロシアは今まさに戦争中で、派兵できるかは未知数だ。欧州各国はそんなロシアを批判する立場にある以上、異世界まで兵を出してくれるかは分からない。そんな曖昧な知識から、どうにかひねり出した候補といえば――。
「私の知識だと、二か国ほど思い浮かぶけど……ねぇ……」
心底嫌そうな雰囲気が伝わったのだろう。エサソンは私を見て表情を曇らせた。
「その国々も、派兵は難しいのでしょうか?」
「いえ、どちらも出してくれると思うわ。一つは中国。この国なら、喜んで派兵してくれるでしょうね」
特に未知の資源と土地は、あの国にとって喉から手が出るほど欲しいはずだ。そう考えるだけで、背筋にうっすらと寒気が走った。
「であれば、その国と接触を図って……」
「ストップ! ねえエサソン、あなたが初めて日本へ行ったとき、私が『取引をするなら、できれば日本が好ましい』と言ったのを覚えていないの?」
「それは伺いました。ですがそれは、日本が姫様の以前の母国だからでは?」
図星を突かれた気がして、一瞬だけ言葉に詰まる。
「その気持ちがないと言えば嘘になるけど、ほかの国、特に隣国はリスクが高すぎるの。だから、情報はなるべく日本国内に留めておきたかったのよ」
「隣国、ですか?」
「そう。日本の隣国は五か国あるんだけど、そのうち四か国はリスクが高いの。その一つが中国よ」
リスクの話になると、エサソンは真剣な表情で私を見つめた。財務官らしいその切り替えの早さに、少しだけ肩の力が抜ける。
「まず中国は、一党独裁といってね。簡単に言えば、トップの意見が国全体の意見になるの。まあ、それ自体はこっちの世界では珍しくないけど、問題はその思想。『中華思想』といって、この考え方がまだ根強く残っているの」
厳密に言えば、昔の中華思想とは異なる部分もある。けれど今回は、そこまで細かく気にしないことにしよう。大切なのは、リスクを共有することだ。
「簡単に言えば、歴史や領土、民族に誇りを持って、自国こそが一番だと自負しているの。そして問題なのは、その歴史の部分」
「歴史、ですか?」
「ええ。中国という国は、様々な理由で崩壊と建国を繰り返してきたから、今の国は建国してまだ七十~八十年ほどしか経っていない。でも、その土地の歴史はとても長くてね。『中国四千年の歴史』なんて言われているほどなのよ。そして、その歴史を根拠に『この土地は元々中国のものだった』と言って、他国の領土を自国のものだと主張するの。確か、九段線だったかな?」
話しながら、自分の説明が少し遠回りになっていることに気づく。エサソンの眉間のしわが、だんだん深くなっていった。
「あの、その話が何と関係するのでしょうか?」
「ああ、ごめん。少し遠回りしたけど、結論を言うと、その持論を元に『帝国は元々中国のものだった』と言い出す可能性が高いの」
「はぁ⁉ いや、ちょっと待ってください。論理が飛躍しすぎています。どうしたらそんな話になるのですか?」
「例えば『精霊に愛されし子』。あれって、別世界の人格が宿ったエルフなんじゃないかって推測が立っているでしょ? だから『過去の精霊に愛されし子に中国人がいて、そのエルフがこの土地一帯を支配していた。ゆえにこの土地は中国のものだ』なんて言い出しかねないのよ」
「あり得ない! そんなもの、子供の言い訳にもならない戯言ですよ。そんなこと――」
「そんなことを言い出しかねないのが、中国という国なのよ」
私の言葉に、エサソンは絶句した。隣で聞いていたリゼットも同様だ。二人の青ざめた顔を見て、少し脅かしすぎたかと思ったけれど、楽観されるよりはずっといい。
「まあ、さすがに中国の持論が異世界にまで及ぶかは未知数だけど、そうでなくても、派兵を条件に属国にされる可能性は高いわ。そうなれば、覇権が帝国から中国へ移るだけで、状況は何も変わらない」
「なるほど。中国のリスクは分かりました。未知数とはいえ、そうなる恐れがある国ということですね。では、もう一国にも同じようなリスクがあるのですか?」
「いえ、もう一つの国にはそういうリスクはないわ。はっきり言って常識的な国だから、派兵を理由に属国化を求めたりはしないし、友好的な関係を築ける可能性も高いわね」
「理想的な国ではありませんか。何という国ですか?」
「アメリカという国よ。世界の軍事バランスを担っている国で、平和を掲げながらも、いざとなれば軍事力を示す苛烈さも持っている。だから、相応の対価を差し出せば友好的に接してくれるでしょうね」
「なるほど。対価とは金ですか? ですが先ほど、金は向こうの経済を混乱させるので、対価には使えないと仰いましたよね?」
「ええ。でも帝国ほどの土地があれば、もっとほかの対価が見つかる可能性が高いわ。石油やレアメタルとかね……あとは、魔法技術を輸出できれば、それが一番かな?」
「であれば、姫様が候補から外された理由が見当たりませんが」
もっともな指摘だ。私は少し言葉を探してから、ゆっくりと口を開いた。
「うーん、日本もそうだけど、アメリカは良くも悪くも民主主義なのよ。簡単に言えば、世論によって政治が変わる国ね。民衆が私たちを助けることをリスクだと感じれば、政権は派兵なんてできなくなる。だって、他国を助けるために自国の兵を戦場へ送るなんて、その家族や親類が納得しないでしょ? 援助だって、自分たちが稼いだお金から納めた税金が使われるのよ。最悪、民意によって援助そのものを受けられない可能性もある」
「なるほど。民主主義については後ほど伺うとして、場合によっては援助が難しくなることは理解しました。ですが、それは日本も同じだと仰いましたよね? 日本とアメリカでは何が違うのですか?」
その問いを待っていた。私は思わず口元を緩め、少しだけ胸を張る。
「それはね、私が民意を味方につけられる可能性が高いってことよ。そのための活動も、もう始めているじゃない」
「それは?」
「Vtuberよ」
私の宣言に、エサソンは困惑の表情を浮かべた。これは、きちんと説明しなければならないようだ。
「いい? 日本という国はね、オタクの国なのよ!」
胸の内の高ぶりを表すように、私は両手をいっぱいに広げて言った。
「オタクの国……ですか?」
「そう。オタクっていうのはね、好きなことに対する行動力がすごいの。その行動力は、国さえ動かすわ!」
語るほどに言葉へ熱がこもり、身振り手振りも大きくなっていく。そんな私の背後から、にゅっと二本の手が伸びてきた。なぜ、と思う間もなく、その手は私の頬をむにっとつまんだ。
「ルミィ様。もう少し皇女らしく、お淑やかになさいませ」
「ごめんなひゃい、ごめんなひゃい、ごめんなひゃぁい!」