TS帝国幼姫、主権を簒奪するので日本と貿易します 作:F.F
ネルカ芋の植え付けから、一週間が過ぎた。私も時折畑へ手伝いに行っているが、正直、役に立てることはあまりない。力仕事ができないせいで、むしろ足手まといになっている気さえする。結局、エサソンの手が空いた時間に魔法を教わり、セリノアへ定期的に食事を届けるのが、私の主な日課になっていた。
ところが、この一週間、食事を届けるたびにセリノアは動画を見ていた。同じ作品を何度も見返しているのだろうか。そろそろ感想を聞いて、意見を交わしたい。もちろん、技術開発についてですよ。うん……。
日本の部屋にあるクローゼットと同じ形の扉を備えたものを、こちらの部屋にも置いたおかげで、館でもWi-Fiを使えるようにはなっている。それでも、セリノアは相変わらず日本の部屋に入り浸っていた。向こうのお風呂とトイレが、よほど気に入ったらしい。
そんなわけで、今朝もいつもどおり扉を日本へつなぎ、朝食を届けに向かった。玄関から続く廊下を抜けて部屋へ入ると、案の定、セリノアは動画に夢中になっていた。
「セリノア、朝ごはんだよ」
私に続いて入ってきたリゼットが、机の上へ朝食を置く。セリノアは小さく返事をしただけで、画面から目を離そうとしなかった。ここまで夢中になられると、声をかけるのも少しためらわれる。
「ねえ、セリノア。見せた動画、研究の参考になった? そろそろ感想を聞きたいのだけど……」
遠慮がちに切り出すと、ようやくセリノアが顔を上げた。その表情には、妙な熱がこもっている。私は少し身を乗り出し、顔色をうかがった。
「え、どうしたの? もしかして、動画の見すぎで具合が悪くなった?」
「すごかった」
「え?」
心配していた私をよそに、セリノアは感動を噛みしめるようにうなずいた。どうやら、熱があるのは身体ではなく、語りたい気持ちのほうらしい。
「こんな概念があるなんて、初めて知った。これこそ、まさにパラダイムシフト」
「え、そんなに?」
「うん。まさか空の上に、星々の海が広がっているなんて」
「え? ええっと……それって、宇宙のこと?」
「そう、宇宙。地上には重力があって、その地上を離れた先に、あんな世界があるなんて」
具合が悪いわけではなさそうだ。ひとまず安心したものの、今度は別の疑問が湧いてくる。ええっと、私が技術開発の参考にと薦めた作品に、そんな描写はあったっけ?
「そこに人々が仮初めの大地を作って、暮らしているの」
「は? え?」
「そこで戦争が起こる。いろいろな思惑が複雑に絡み合って、人が死ぬことに心を痛めながら、それでも自分の信念のために戦う。私が考えていた戦争とは、まるで違った」
聞けば聞くほど、話が技術開発から遠ざかっていく。セリノアは、いったい何を見たのだろう。心当たりがないわけではない。むしろ、嫌な予感はどんどん強くなっている。いや、でも、違うよね?
「特に、最初に見た作品が心に残っている。五人の少年が、それぞれの思いを抱えて戦い始める。孤独や迷いに苦しみ、挫折しても戦うことをやめない。最後には、別々だった道が、同じ未来へつながっていくように見えた」
五人の少年。それぞれの思い。別々だった道。聞き覚えのある言葉が並ぶたび、嫌な予感が確信へ近づいていく。あれれぇ、その作品、私もよく知っているような……。
「それに、巨大な機械人形の中へ人が乗り込んで戦う、という発想もすごい」
「やっぱりそれかぁ! 確かにお気に入りには入れていたけど、まさか、この一週間ずっとそれを見ていたの?」
「それだけじゃない。ネットで調べたら、同じ世界の続きと、別の世界を舞台にした作品があると分かった。今はファーストから年代順に履修しているけど、ほかの作品も気になって、解説や紹介映像を見ている」
そこまで自力で調べたのか。感心しかけたのに、「履修」の一言で思わず頭を抱えた。覚える言葉の順番、何かおかしくない?
「履修って言うな! え、もしかして、ネットでその界隈のやり取りまで見たの?」
「うん。そこで交わされていた話も参考になった。でも、いちばん興味を引かれたのは技術の考え方。私たちの魔法とは、まるで違う」
「ええ、まあ、魔法と科学ですからね……」
ようやく技術の話に戻った。私は胸をなで下ろしかけたが、セリノアが次に口にした言葉で、その息が喉に引っかかった。
「特に、この核というもの。ネットで調べて、その恐ろしさは分かった。でも、技術は技術として見るべき。もしかしたら、魔法で再現できるかも」
「再現するなぁ!」
「大丈夫。姫様にも教えるから、帝国の主権を奪うときに使ってほしい。『帝都よ、私は帰ってきた!』って言って、帝都に打ち込むの」
どこかで聞いたような台詞を、セリノアは至って真面目に口にした。私は反射的に両手を振る。冗談として笑うには、本人の目が真剣すぎる。
「誰がするかぁ! 危険すぎるでしょ! 帝都にいる人たちまで巻き込むじゃない!」
「大丈夫。扉の力を使えば、事前に避難させられる」
避難の話なら、私だって考えていた。けれど、そのための扉をそんな作戦に組み込まれるとは思っていない。落ち着こう。ここで勢いに押し切られたら、取り返しがつかない。
「いや、扉を使った避難は確かに考えていたけどさ。それで、放射能はどうするの?」
「確かに……。でも、魔法で放射能だけ無害にできないかな?」
「いや、そんなことを真剣に考えなくても……。あ、でも、無害にする技術だけなら欲しいか……」
セリノアが考え込むのを見て、私までつられて眉を寄せた。害をなくせるなら、それ自体はありがたい。……待て待て。今、私も話に乗りかけなかった?
「いや、そうじゃなくて!」
「ほかにも気になる技術はある。この、起こり得る未来を予測して見せるシステム。予測する仕組みを、魔法で再現できないかな?」
「ちょっと待って。そのシステムって、確か暴走しなかった?」
「予測を見せる方法を変えればいいと思う。精神に直接干渉する部分はオミットして、結果だけ見られるようにする。そうすれば大丈夫……だと思う」
「大丈夫……なのかぁ?」
最後の一言が、どうにも頼りない。安心できる材料をもう少し聞きたかったのに、セリノアはすでに次の構想へ進んでいた。
「あと、蝶の羽を広げるものもすごい。あれも再現したい」
「それは絶対にやめて!」
え、なんで? いつの間に、こんなに立派なオタクになってしまったの? 感想を聞きたかっただけなのに、どうして私が危険な研究を止める側に回っているのだろう。
「それから姫様、このプラモデルというものが欲しい」
差し出されたタブレットには、羽の生えた機械人形のプラモデルが映っていた。危険な研究から話が離れたことには、ひとまずほっとする。本当に、あの作品が好きになったらしい。けれど、パッケージの片隅に「PG」の文字を見つけて、私は思わず画面をのぞき込んだ。
いや、ちょっと待って。私も子供のころはいろいろ作ったけど、PGには手を出していないよ。社会人になってからは飾る場所がなくて、泣く泣く諦めたくらいなのに。……ん? 今なら、専用の部屋を用意することもできるんじゃないか? そうすれば、ずっと憧れていた1/100の赤いプラモデルだって……。
つい真剣に画面を見つめてから、はっと我に返った。違う。私まで趣味に引きずり込まれてどうする。今日は、その話をしに来たわけじゃない。
「いや、そうじゃなくて。アバターの技術開発は、どうなっているの?」
「大丈夫。構想はだいたい固まった」
あっさりとした返事に、一瞬、言葉を失った。固まっていたのか。こちらが毎日、声をかけるタイミングをうかがっている間に。
「だったら、もっと早く報告して!」
ようやく欲しかった答えを聞けた安堵より、今までのやり取りは何だったのかという脱力が勝った。思わず声を張り上げた、その瞬間。背後からリゼットの手が伸び、両方の頬をむにむにされた。
「ルミィ様。お話の途中でしたので控えておりましたが、そろそろよろしいですよね? 皇女としてのお言葉遣いに、ご注意くださいませ」
「ごめんなひゃい、ごめんなひゃぁい」
振り返ろうにも、頬を押さえられてうまく動けない。セリノアへの抗議は喉の奥へ引っ込み、私はおとなしく謝ることにした。
ようやく頬を解放され、私は両手でそっとさすった。言葉遣いを直す前に、頬の形が変わってしまいそうだ。けれど、今度こそ本題へ戻らなければならない。
「それでは、構想を聞かせてもらえる? ただ、ここではなく、評議室へ移りましょう。エサソンにも聞いてもらいたいわ」
「分かった。朝食を済ませたら、資料を持っていく」
セリノアがようやく動画を止めた。それだけのことなのに、研究者を娯楽の海から救出したような達成感がある。いや、構想はできていたのだから、救出が必要だったのは私の焦りのほうかもしれない。
「リゼット。館へ戻ったら、エサソンを呼んできてもらえる? アバターの構想を聞くので、評議室へ来てほしいと伝えて」
「かしこまりました。ルミィ様も、先にお食事をお済ませくださいませ」
しっかり釘を刺され、私は素直にうなずいた。研究の話に夢中になって朝食を忘れたら、また頬を狙われかねない。
食事を終えると、私たちは扉をくぐって領主館へ戻った。リゼットはエサソンを呼びに向かい、私はセリノアと評議室へ入る。大きな卓に紙を広げる彼女の手つきは、先ほどまで動画に見入っていたのが嘘のように迷いがなかった。
ほどなく扉が叩かれ、エサソンとリゼットが入ってきた。リゼットに椅子へ座らせてもらってから、私は隣の席も勧める。エサソンが手帳を開き、向かいのセリノアが紙を揃えたところで、ようやく四人が同じ卓についた。
「お待たせしました。構想がまとまったと伺いましたが、どこまで確認できているのですか?」
「一部は簡単な実験で確かめた。ただ、全部を組み合わせて使う試験は、まだこれから」
最初にその区別を聞けて、少し安心した。さっきの調子で何でも大丈夫と言われたら、研究の説明を聞く前に私の胃がもたない。
「では、まず動きの遅れと、五感の問題からお願い」
「そこは、共通する原因があると考えている」
セリノアは紙の上へ二つの丸を描き、その間を線でつないだ。片方へ本人、もう片方へアバターと書き入れる。今度の線は、帝都へ何かを打ち込むためのものではない。よし。安心して聞こう。
「これまでは、身体を動かすのも、五感を受け取るのも、精神体の働きとして捉えていた。精神体の存在自体は、魔法で確かめられている。でも、日本の知識を調べるうちに、身体の中では電気信号が情報を伝えていると知った」
「精神体がない、という話ではないのね?」
「うん。精神体と身体の間で、何をどう伝えているか。その捉え方を変えるということ」
私は二つの丸を見比べた。精神体が身体を動かす、という説明の中に、どんな情報が行き来しているのか。それを細かく調べ直すらしい。身体そのものを作る話と、動かすための情報を伝える話が、ようやく頭の中で分かれた。
「遠話魔法では、魔石を使って魔力を信号へ変えている。その魔力信号が、電気信号と似ていた。だから、魔石を使って双方の信号を変換すれば、今より速く、正確に情報を伝えられる」
「それは、すでに試したのですか?」
「持っていた魔石で、簡単な変換の実験はした。そこは確かめてある。ただ、アバターを自然に動かせるかまで、証明したわけではない」
エサソンの問いに、セリノアは短く答えた。私は紙へ、変換は確認済み、全体の動作は未確認、と書き分ける。聞いているだけで完成した気分になりかけていたので、ちょうどよい歯止めだった。
「一拍遅れて動くことも、感覚が鈍いことも、その伝え方を変えて改善するのね」
「そう。触覚と痛覚、薄く感じた味覚、ぼんやりした視覚、まったく感じなかった嗅覚。それぞれの情報を、正しく受け渡せるようにする。どこまで改善するかは、一つずつ試す」
「聴覚も、アバターの耳から届いた音なのかを分けて確認する必要がありますね」
「うん。前の試験では、元の身体の耳でも聞こえていた。今回はそちらで直接聞いた音と区別できる条件にして、共有できているかを確かめる」
感覚が戻れば食べ比べができる、と思いかけてから、私はペンを止めた。まずは物を持つ力加減や、手元を見分けることからだ。お菓子の味を楽しむところまで、勝手に先へ進んではいけない。
「接続できる距離は、どうするの?」
「魔力信号を電気信号へ変えられるなら、途中をネット回線でつなげられる。Wi-Fiも使えるから、魔法だけで届かせる距離に縛られなくなる」
「魔法の届く範囲を広げるのではなく、途中の伝達を日本の回線へ任せるのですね」
「そう。そのための変換を、両側で行う」
私は思わず顔を上げた。日本の機械へ魔法を組み込む、とは考えていた。でも、つなぐ道そのものを日本の回線に任せる発想はなかった。動画を見せるためにつないだWi-Fiが、研究にも使われる。今度こそ、技術開発のためになっているらしい。
「では、次は元の身体について伺います。接続中、意識はどこにあると考えればよいのですか?」
「今度の方式では、精神体は本人の側に残したまま、動かすための情報だけをアバターへ送る。まず思念波を読み取り、魔石で魔力信号へ変え、別の魔石で電気信号へ変換する。アバターから戻る感覚は、その逆。電気信号を魔力信号へ戻し、精神体へ伝える魔石に渡す。本人はそれを、自分の感覚として受け取る。前の試作で意識を移すと呼んでいたものとは、そこを分けて考えている」
「身体を動かす意思を送り、向こうの感覚を受け取る……という往復なのね」
「そう。手足を動かすための思念は、接続中はアバターの側へ送る。元の身体への操作と、そこから受け取る感覚は、接続を終えたときに戻す。ただ、元の身体の呼吸など、生きるための働きまで止めるつもりはない。そこが普段どおり保たれるかも、試験で確かめる」
リゼットが、私の手元の図へ目を落とした。
「それでしたら、お使いになる方は、元のお身体を安全な場所へ休ませておく必要がございますね」
「そうね。アバターが歩けても、本人が椅子から落ちたら意味がないわ」
口にすると、リゼットの視線が一瞬だけ私へ向いた。椅子から落ちそうな人物として、今、私を思い浮かべませんでした? いや、そこは聞かないでおこう。
「戻りたいときには、自分で戻れるのよね? 回線が切れたり、アバターが壊れたりした場合も含めて、そこは確認したいわ」
「接続と解除には、本人が使う合図を設定する。それをトリガーにすれば、戻りたいときに自分で解除できる。異常に備えて、アバターには動作用とは別に予備の魔石も入れる。ただ、それだけではアバター自体が壊れたときに困る。だから本人側の媒体にも、通信が途絶えたことを確かめて、相手から返事が来なくても接続を終える仕組みを持たせる」
「通常の稼働に使わず、戻るためだけの魔力を残しておくのですね」
「そう。異常が起きても、予備の魔石で接続を終えられるようにする。破損したときには、一定以上の痛覚などの情報も遮断する。ただ、痛みを抑えれば本人への影響がすべてなくなる、とまでは言えない。感覚が乱れたときや、魔石まで壊れたときも含めて、本人側の解除が働き、元の身体の感覚と操作へ戻れるかを確かめる」
戻るための仕組みが、ようやく具体的な形になった。胸の奥が少し緩む。けれど、安心できる説明を聞いたことと、安全を確かめたことは同じではない。
「その仕組みも、これから試すものなのね」
「うん。合図で解除できるか、切断や破損のときに働くか。それぞれ確かめる」
「予備の魔石があるというだけで、すべての異常に対応できると判断しないようにしましょう。人に使ってもらう前に、戻るところまで確認する必要があります」
エサソンの言葉に、私は深くうなずいた。使える身体を作るより、使った人が無事に終えられることのほうを、先に確かめなければならない。
「魔法を使えない日本の人でも、その合図を使える?」
「使えるようにする。接続自体は、今説明した魔石の変換で行うから、本人が魔法を唱える必要はない。専用の媒体に、接続と解除のトリガーを組み込む」
「媒体は、あのVRゴーグルを土台にしてよいのですか?」
「形は問題ない。むしろ、精神体を読み取る部分は脳に近いほうがよいから、頭に着けるものは理想的。魔石を組み込む媒体として使える」
ゴーグルを見せたときには、ただ形が似ているという程度の連想だった。それが、こちらの魔法にも都合がよいらしい。少しくらいは私の思いつきも役に立ったのだと思うと、頬が緩みそうになる。
「ただ、動かす魔力をどう補うかが残ります。日本の利用者だけで使い続けられる仕組みは、考えられましたか?」
「補充用に、別の装置を作る。参考になったのは、非接触で充電する機械」
「置いておくと充電できる、あれ?」
「うん。装置の魔石に蓄えた魔力を、特殊な波長として外へ出す。それを受けた魔石へ、魔力が補充されるようにする。この魔力を伝えるものを、魔力場と呼ぶことにした」
セリノアは、図の脇にもう一つ丸を加えた。通信に使う回線と、魔力を補充する装置は別らしい。私は線を混同しないよう、魔力場、とその横へ書き添える。
「それなら、使う人が魔石へ直接魔力を込めなくてもいいのね。ただ、その補充装置の魔力は、どこから持ってくるの?」
「補充装置の魔石は、電池のように交換できる形にする。魔力を使い切ったら、蓄えてある魔石と入れ替える。それなら、日本の人が自分で魔力を込めなくても、装置を使い続けられる」
「装置への補給は、魔石の交換で対応するのですね。では、交換用の魔石を用意しておく必要があります。連続して使える時間と、補充が消費に追いつくかは、測ってからですね」
「うん。交換する仕組みはそれで考えている。ただ、魔石一つでどれほど使えるかは、実際に測って確かめる」
私は補充装置の横へ、魔石交換と書き加えた。蓄えた魔石を電池のように入れ替えるなら、日本の人にも使い方を説明できそうだ。ただし、交換用の魔石をどう用意するかと、どれほどの頻度で取り替えるかは、まだ決まっていない。稼働時間の欄には、未確認の印を残しておいた。
「最後に、撮影の確認です。通常のカメラとマイクで扱えるという見立てでしたが、実物を使った試験は、まだですね」
「うん。館にもWi-Fiが通ったから、身体ができたら、回線を使う接続と撮影を試せる。実際に動かし、映像と声がどう届くかを確かめる」
「天城から届いた資料を使う場合は、非公開の試作と記録の範囲を守りましょう。人が操作する試験への同意と、動画や配信を公開する許諾は、それぞれ別に必要です」
エサソンが手帳から顔を上げ、私とセリノアを順に見た。私も、卓へ置いた資料の束を確かめる。できたから見せたい、では済まないのだ。見せる相手と、見せてよい範囲は、先に揃えておかなければならない。
「ありがとう。仕組みは、ひとまず分かったわ。確認する項目を書き留めたら、次は外見や寸法の再現について聞かせて」
「分かった。天城から届いた資料を、こちらへ出してもらえる?」
私は書き留めた紙を見直した。操作と五感は、魔石で信号を変換して伝える。距離の問題には、ネット回線を使う。本人の意思で接続と解除ができる媒体を作り、非常時のための魔石も別に用意する。魔力を補う装置は、蓄えた魔石を交換して使う。そして、接続と撮影の試験。確認すべきことを一つずつ押さえてから、私は紙の端を揃えた。
「……つまり、この一週間、ずっと動画を見て遊んでいたわけではないのね」
「動画はずっと見ていた。でも、研究もしていた」
まったく悪びれずに返され、私はしばらくセリノアを見つめた。なるほど。私が動画か研究かで悩んでいる間に、彼女の中では両方が並んでいたらしい。
「頼もしいわ。ただ、これからは途中でも報告してもらえると助かるのだけど」
「分かった。プラモデルの候補も、途中で報告する」
「そちらは、今は結構です」
今度は声を張り上げずに言えた。隣のリゼットへそっと目を向けると、彼女は満足そうに微笑んでいる。研究の道筋が見えたうえに、頬も無事だ。私は技術について書いた紙を脇へ寄せ、頼まれた設定資料をセリノアの前へ広げた。
「では次に、天城から届いた資料をもとに、外見をどこまで再現できるか聞かせてもらえる?」
「資料は一通り目を通した。寸法も確認してある。姫様からもらったメジャーが役に立った」
そこまで確認してくれていたのか。私は少しほっとして、セリノアが手に取った資料へ目を向けた。天ノ川ほたるさん。長い黒髪に、光る蛍の髪飾り。巫女風の衣装をまとった少女の姿が描かれている。
「まず、彼女。身体の構造は一般的な人体だから、問題なく作れる。清楚な巫女の雰囲気と、蛍の灯りというコンセプトが合うように、見た目も整える」
なるほど。ただ資料どおりの身体を作るだけでなく、キャラクターのコンセプトまで汲み取ってくれるのか。画面で見慣れたほたるさんの姿を思い浮かべ、私は嬉しくなった。これなら、外見の話も安心して任せられそうだ。
私がうなずくと、セリノアは次の資料へ手を伸ばした。今度は九尾院コンさんだ。銀色の九本の尻尾に狐耳、平安貴族を思わせる装束。ほたるさんとは、身体の特徴からして違う。
「彼女はケモ耳と、九本の狐の尻尾がある。でも、再現は可能。組み合わせは特殊でも、耳や尻尾そのものは既存の生物の構造を使える。もふもふの再現にも全力を出す。もふもふは至高」
……あれ? さっきまで安心して聞いていたのに、急に説明の方向がおかしくなった。ケモ耳? もふもふは至高? 技術的に問題がないことより、別の意気込みのほうが強く伝わってくるのだけど。
私の戸惑いをよそに、セリノアは最後の一枚を手に取った。ギア・ヴォルテクスさん。白衣にゴーグル、そして機械仕掛けの義手。今までの二人とは、少し系統の違う姿だ。私は気を取り直し、その両腕へ目を向けた。
「最後に、この子。肉体の部分は問題ない。ただ、機械仕掛けの両腕を、同じ仕組みまで再現するのは、今の私には難しい。ひとまずは外骨格のように、動かせる腕の外側を覆う形で、見た目を再現するつもり」
できることと、難しいことを分けてくれた説明に、私はうなずきかけた。見た目を合わせることと、中の仕組みまで同じにすることは別なのだ。そこを無理に求めるつもりはない。けれど、私が返事をするより先に、セリノアは資料の両腕をじっと見つめた。
「ここだけ妥協するのは悔しい。でも、いつかは仕組みまで完全に再現したい。ロボットはロマン」
その一言で、うなずきかけた首が止まった。もふもふの次は、ロボットのロマンですか。エサソンが静かにこちらへ視線を向けてきたので、私は慌てて顔をそらした。今、目を合わせたら、何を見せたのですかと聞かれる気がする。私は悪くない。私のせいじゃない……少なくとも、そういう趣味を教えるつもりはなかったのだ。
「なるほど。技術だけでなく、趣味の教育も順調だったようですね」
顔をそらしても、逃げられなかった。眼鏡の奥を見なくても、どんな目をしているか分かる。私は資料の端を無駄に揃えながら、小さく言い返した。
「……そちらは、教えた覚えがないのだけど」
「ええ。教材をお渡ししただけでございますね」
丁寧に言い直されたのに、逃げ道はむしろ狭くなった気がする。向かいのセリノアは満足そうにうなずいているし、隣のリゼットまで口元を緩めていた。というか、もふもふなんて言い出すあたり、絶対にほかの作品も見ていたよね。
私は反論を諦め、せめて研究には役立ったのだから、と胸の内で自分を慰めた。
ひと呼吸置き、私は資料を自分の前へ引き寄せた。趣味の教育について反論していても、アバターは出来上がらない。ここからは、ちゃんと予定の話をしよう。
「では、試作の段取りを確認しましょう。三人分のアバターを作るのに、どれくらいかかる?」
「一週間を見てほしい。資料に合わせた身体の作成と、接続に使う魔石の組み込みを、その間に進める」
「そのあと、テストにもう一週間。計二週間で、天城へ提出できるようにする、という予定でどうかしら」
「うん。その予定で進める。動作と五感、接続できる範囲、それから解除と非常時の仕組みを確かめる」
一週間で姿が形になり、その次の一週間で実際に使えるかを確かめる。ようやく時間の目安が見えて、胸が少し弾んだ。画面で見ていた三人が目の前に並ぶところを想像しかけ、私は慌てて手元の紙へ目を戻す。今は完成を喜ぶ前に、試す順番を決めるところだ。
「ただし、二週間後に提出するために、確認を省くことはできません。問題が残った場合は、その結果と残った課題を先方へお伝えする、ということでよろしいですね?」
「ええ。二週間はあくまで目標よ。日程に合わせて、確かめていないものを安全だと言うつもりはないわ。提出する内容は、実際の試作とテストの結果に合わせましょう」
エサソンが手帳へ予定を書き入れた。私も作成とテストを分けて書き留める。日程が決まった途端に、すべてそのとおり進むような気分になるのは、男だった頃からの悪い癖だ。そこまで見越して釘を刺されている気がして、少しだけ居心地が悪かった。
「それから、操作用の媒体も必要。VRゴーグルを三台、用意してほしい」
「三人分のアバターに合わせて、ということですか?」
「うん。三台とも、魔石を組み込む媒体として使いたい。身体ができたのに、つなぐものが足りなくて試せない、ということにはしたくないから」
「先に手元へ揃えば、身体の作成と並行して準備できる。ゴーグルは、私が見せてもらったものと同じものをお願い」
セリノアが資料の脇へ、三台、と書き添えた。プラモデルの注文ではなく、研究に必要な機材の話だ。よし。今度こそ、誰に聞かれても説明できる。
「承知しました。三台の手配は私が進めます。購入と受け取りについては、姫様に確認をお願いすることもあるかと」
「ええ。必要なら一緒に日本へ行きましょう。揃ったものから、セリノアへ渡すわ」
「試験中のお身体を休める場所と、記録の用意は、私もお手伝いいたします。ですが、ルミィ様がお試しになるのでしたら、必ずそばで見ておりますからね」
リゼットの穏やかな声に、私は小さくうなずいた。まだ試験の参加者を決めたわけではないが、私がこっそり試す可能性だけは、早くも封じられたらしい。
「人が操作する試験については、参加する方の了承を得てからにしましょう。天城の資料を使った記録も、今の許諾どおり非公開で扱います。提出と、配信への公開は別です」
「分かっているわ。まず一週間で作成、次の一週間でテスト。二週間後の提出を目標にして、問題が見つかったら、そのまま共有する。ゴーグルは三台、先に手配する。それで進めましょう」
「了解。途中の結果も報告する」
ようやく四人の話が、同じ予定へまとまった。私は紙の端を揃え、ほっと息を吐く。今度はセリノアが何を見ているかを毎日気にするのではなく、何ができて、何がまだできないのかを聞けばいい。
「よろしくね、セリノア」
「うん。ゴーグル三台と、プラモデル一つ」
「後ろの一つは、予定に入れていません」
きっぱり言い切ると、エサソンは何も言わずに手帳を閉じた。その口元がわずかに緩んでいる。私は気づかなかったふりをして、今度こそ打ち合わせを終えようとした。ところが、セリノアはまだ話があるらしい。
「ところで兄さん。姫様をエルフィネへお連れする用意は、できているの?」
……はい? 私は資料をまとめる手を止めた。今、何の用意と言いました? 聞き間違いでなければ、当の本人である私だけが知らない話をしていませんか。
「はい。こちらへ向かう際に使ったダミーの馬車を、今はエルフィネへ向かわせています。予定どおりなら、明日か明後日には着くでしょう。到着すれば、その馬車の扉へ姫様のお力でつないで、エルフィネへ向かえます」
「え、ちょっと待って。私、その話を聞いていないのだけど」
お母さまの故郷へ行ける。そのことには、胸が弾んだ。けれど、喜ぶより先に戸惑いが追いついてくる。明日か明後日って、いくら何でも唐突すぎない? 私が研究の予定を確認している間に、私自身の行き先まで決まっていたの?
「ええ。そういえば、まだお伝えしておりませんでしたね」
あまりにも平然と返され、私は一瞬、言葉を失った。そういえば、で済ませる話じゃないでしょう。ぶん殴っていいか、このエルフ……。いや、落ち着け。今は拳より、説明を求めるほうが先だ。
「では、『精霊の息吹の洞』についても、まだ説明していないの?」
「……精霊の息吹の洞?」
聞き慣れない名に、こみ上げていた文句が引っ込んだ。エルフィネへ向かう話に続けて出てきたのだから、無関係ではないのだろう。何やら重要そうな響きが気になり、私は説明を待つように、二人の顔を見比べた。
「エルフィネの地下にある、大きな空洞の名でございます。そこには、精霊と交信するための場所があるのです」
エサソンは閉じたばかりの手帳を脇へ置いた。先ほどのとぼけた態度とは違い、その声は落ち着いている。私はまとめかけた資料を机へ戻し、椅子に座り直した。
「地下……洞窟みたいなところ?」
「入口から奥へ進めば、大きく開けた空間に出る。そこは不思議な光で照らされていて、地上では見ないような植物が生い茂っている。その中に、ひと際大きな木が立っている」
セリノアの説明を聞き、頭の中にぼんやりと景色が浮かぶ。地下なのに光があって、草木まで生えている。仕組みを聞きたくなったが、今はそれよりも、最後に出てきた木が気になった。
「精霊とは、その木のところで会えるの?」
「交信するのは、その大樹のもと。エルフなら、基本的には精霊の存在を感じ取れる。ただ、気配を感じることと、こちらの願いを届けて応えを受け取ることは別。交信するには、より高い親和性が必要になる」
「親和性……相性がいい、ということ?」
「大まかには、そう考えてよいかと。しかも、交信できる者同士でも、どこまで通じ合えるかには差がございます」
気配を感じるだけなら、多くのエルフにできる。でも、こちらから働きかけて応えをもらうには、もっと相性がよくなければならない。私は頭の中で二つを分け、それから、いちばん気になっていたことを尋ねた。
「お母さまも、そこで精霊と交信していたの?」
「はい。セレスティア様は精霊へ願いを届け、聞き遂げてもらうことができます。精霊から感情も伝わってくるそうですが、言葉を交わすような会話まではできません」
大樹の下で静かに願いを届けるお母さまの姿が、少しだけ想像できた。まだ会ったこともないせいで、私の中の母は、どうしても『エルフの女王』という肩書きに包まれてしまう。それでも、できることとできないことを聞くと、その遠い姿に少し輪郭が生まれた気がした。
「セリノアとエサソンも、交信できるの?」
「うん。兄さんも私もできる。ただ、セレスティア様ほど深くは通じ合えない」
「私どもにも願いを届け、応えを受け取ることはできます。しかし、その確かさや、通じ合える深さは、セレスティア様に遠く及びません」
二人とも、実際に交信した経験があるのか。私はエサソンとセリノアを見比べた。大樹のもとで何が起こるのか、もう少し聞いてみたくなる。
「じゃあ、交信できるって、必ずしも声が聞こえることじゃないんだ」
「そう。願いを届けて、向こうから応えが返ってくれば交信になる。ただ、自分の気持ちと、精霊から伝わってきた感情を取り違えないようにする必要がある」
セリノアの言葉に私がうなずくと、エサソンは少し間を置いた。
「そして、その交信が、エルフィネの統治者を選ぶ際の資格でもございます」
「……統治者?」
「はい。エルフィネでは、先の統治者の子であるというだけで、地位を継ぐことはできません。精霊と交信できた者の中から選ばれます。同じ世代に複数いれば、より深く、確かに交信できる者が選ばれるのです」
洞の話を聞いていたはずなのに、急に王位の話になった。私は思わず背筋を伸ばす。お母さまの故郷を見に行く、だけでは済まない気配がしてきた。
「でも、エルフィネには王家があるでしょう?」
「精霊との親和性は、基本的には親から子へ受け継がれる。そのため、同じ家系から交信できる者が生まれやすい。結果としては、ほぼ世襲に近くなる」
「代々統治者を輩出してきた家系を、王家と呼んでいるのでございます。血筋は親和性を受け継ぐ可能性を示しますが、それだけで資格を保証するものではありません」
血筋だけでは決まらない。でも、血筋の影響は強い。私は頭の中で二つを並べ、ようやくうなずいた。
「だから、お母さまの娘である私にも期待しているのね。でも、まだ交信を試していないのに、エサソンが私をエルフィネの姫として扱っているのは、どうして?」
「血筋だけを見ているわけではございません。姫様の精霊との親和性は、交信できる私を明らかに上回っています。姫様にも交信ができることは疑いようがない。その確信があるからこそ、エルフィネの姫としてお仕えしているのです。もっとも、すでに統治者に選ばれたという意味ではありません。実際の交信と、その深さを確かめるのは、これからでございます」
試してみるまでは、できるかどうかも分からない。そう考えていたのは私だけだったらしい。エサソンは、自分より親和性が高い私なら、少なくとも交信はできると確信していたのだ。
「なるほど。できるかどうかではなく、どこまでできるかを確かめに行くのね」
「はい。そのようにお考えください」
「……まさか、行ったらそのまま女王になれ、なんて言わないよね?」
統治者にはまだ選ばれていない。その言葉に安心しかけたのに、交信の結果次第では、という続きを勝手に想像してしまった。セレンディアの畑と配給だけでも、考えることは山積みなのだ。今すぐ別の国まで背負う覚悟は、さすがにできていない。
「今回の訪問は、姫様の交信の深さを確かめるためのものです。その結果、何を担っていただくかは、また別に考えるべきことでしょう。エルフィネはすでに帝国に併呑されています。かつての選定の原則だけで、今の立場がすべて決まるわけではございません」
「まずは、自分に何ができるかを知るために行けばいい。どこまで精霊と通じ合えるか、知らないままでいるよりはいい」
セリノアの言葉に、肩へ入りかけていた力を抜いた。交信できることは確かでも、実際に何を受け取るのかは、私自身で知りたい。お母さまが感じていたものに、私も触れられるのだから。
「交信の深さって、どうやって分かるの? 大きな魔法を使えたほうが上、とか?」
「魔力量や、現象の派手さでは決まらない。さっき話した、精霊を感じることと、願いを届けて応えを受け取ること。その違いが、まず大事になる」
「感じるだけでは、こちらの願いが届いたかは分からない。だから、それだけで統治者の資格を得るわけではないんだね」
「うん。交信できる者の中でも、応じたいのか、拒んでいるのか、ためらっているのかまで分かれば、より深く通じ合えているといえる。その応えを受けて問い返し、さらに返事をもらえれば、対話になる。ただ、そこまでできた者は、今まで一人も現れていない。言葉や、はっきりした意味とイメージでやり取りできるのではないか、と考えられているだけ」
気配を感じるだけの段階から、願いと応えが行き来する交信へ。その先に、まだ誰もできたことのない対話がある。精霊とお話しする、とひと言で済ませられるものではないらしい。
「お母さまは、願いを届けて、感情を受け取るところまでなんだね」
「はい。それで資格は満たされます。対話は、統治者であっても未だ到達した者のいない領域でございます」
「では、対話まではできなくても、同じくらい深く交信できる人が二人いたら、どう比べるの?」
「応えをどれだけはっきり受け取れるか。同じ条件で繰り返しても通じるか。別々の願いにも、それぞれに応じた返事があるか。そういうところを比べる。これは、一つの応えを受けて問い返す対話とは別。長く続けられるとか、木を大きく揺らせるとかだけで、交信が深いとは言えない」
セリノアらしい、慎重な答えだった。派手な奇跡を起こして周りを驚かせればいい、という話ではないらしい。少しほっとする一方で、実際に何かを感じたとき、それが自分の思い込みではないと言い切れるのか、不安も湧いてくる。
「じゃあ、私が『返事が来た気がする』と言うだけじゃ、確かめたことにはならないね」
「そう。交信を知る立会人に見てもらい、小さな願いへの応答と、姫様が受け取ったものを照らし合わせる。日を変えて繰り返せば、一度きりの偶然とも分けやすい。詳しい進め方は向こうで相談するけれど、感じたことだけで、すぐに結論を出すつもりはない」
「お願いを聞いてもらえなかったら、交信できていないことになる?」
「願いをかなえてくれなくても、拒む意思が伝われば、それは応答。何も受け取れなかった場合も、一度だけで決めつけることはない」
なるほど。お願いを聞いてくれないからといって、話が通じていないとは限らない。相手にも意思があるのだと思えば、むしろ当然のことだった。
「あと、交信が上手なことと、国を上手に治められることは、別だよね」
「おっしゃるとおりです。精霊との親和性だけで、政務の判断まで保証されるわけではありません。統治者を支え、その権力を監督する仕組みは、別に必要でございます」
エサソンの返答に、私は小さく息を吐いた。精霊に選ばれたから何をしても正しい、では困る。そんな理屈で国を回せるのなら、私たちは今、畑の土や帳簿を前に頭を抱えていない。
「分かった。行ってみたい。お母さまが交信していた場所も、自分に何ができるのかも、ちゃんと知りたいから」
「では、馬車の到着が確認でき次第、改めて日程をお伝えいたします」
「改めて、じゃなくて、今度は決める前に相談してね」
「承知いたしました」
返事だけは実に素直だ。本当に分かっているのかと睨む私の横で、リゼットが静かに口を開いた。
「姫様のご用意もございますので、どうか早めにお知らせくださいませ」
「ほら、リゼットもこう言っているよ」
「姫様も、楽しみだからとお一人で先に向かわれませんように」
味方が増えたと思ったら、こちらにも釘が刺さった。そんなことはしない、と言いかけて口を閉じる。地下に広がる不思議な光と、大樹のもとで待つ精霊。想像するだけで胸が弾んでしまうのは、確かだった。
「……ちゃんと待ちます」
そう約束して、私は机の上の資料をそろえた。アバターの試作に、町の復興。それに、お母さまの故郷への訪問。考えることは増える一方だ。それでも、先ほどまでの戸惑いの奥には、まだ知らない母の足跡へ近づける、小さな期待が残っていた。