TS帝国幼姫、主権を簒奪するので日本と貿易します 作:F.F
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翌朝、目を覚ましたときには、昨日の満腹感もどうにか収まっていた。
朝食は念のため控えめに済ませ、リゼットに髪と衣装を整えてもらう。今日はエサソンの正式な授業が始まる日だ。とはいえ、最初から二人きりで話せるとは思っていない。引継ぎを口実に、ヴァレリウスが最後まで居座ることは予想していた。
ほどなくして、廊下から二人分の足音が近づいてきた。一方は聞き慣れた硬い靴音。もう一方は、それよりわずかに軽く、一定の調子を崩さない。
扉が開き、先にヴァレリウス、その半歩後ろからエサソンが入室した。見慣れた白髪と縁なしの眼鏡。書庫での密会では簡素な役人服だったが、今日は濃緑の長衣をまとい、胸元には皇室付き教師の証らしい銀の徽章が留められている。
「ルミナ殿下。本日より魔法教育を担当いたします、エサソン・ローレグにございます」
エサソンは初対面の教師らしく、隙のない礼を取った。私も彼に合わせ、二年間の密会など一度もなかった顔でうなずく。
「お会いできる日を楽しみにしていました。どうぞよろしくお願いします、ローレグ先生」
「こちらこそ、殿下のお力になれますよう努めてまいります」
形式的な挨拶が済むと、ヴァレリウスが満足げに前へ出た。
「ローレグ殿には、殿下がこれまでどのような教育を受け、どれほど皇族として成長なされたかを、まず理解していただきましょう。魔法とは、使い手の思想によって善にも災いにもなり得るものですからな」
引継ぎというより、成果発表会を始めるつもりらしい。エサソンは表情を変えず、「ごもっともです」とだけ答えた。
「殿下。征服地の民が帝国の法へ反発した場合、いかに対処すべきでしょう?」
昨日まで何度も答えてきた問いだった。ヴァレリウスが見せつけたいものも分かっている。私は背筋を伸ばし、彼が最も好む答えを口にした。
「まず、帝国の法が民を守るためにあると教えます。それでも従わない者には罰を与えます。ただし、従った者が正しく報われることも示します。恐れだけでは、忠節は長く続かないからです」
「ご覧のとおりです」
ヴァレリウスは、まるで自分が磨き上げた宝石を披露するように私へ手を差し向けた。
「二年前、殿下は敗者の言葉にも耳を傾けたいと仰るほど、危うい好奇心をお持ちでした。しかし今では、秩序を守る者の責務と、忠節を育てる術を正しく理解しておられる。幼い御身ゆえ、余計な思想へ触れれば迷われることもありましょう。魔法のご指導にあたっては、その点をどうかお忘れなく」
言葉こそ忠告の形を取っているが、エサソンへ釘を刺しているのは明らかだった。自分が二年かけて仕上げた皇女へ、余計な考えを混ぜるな――要するに、そう言いたいのだろう。
「承知しております。私の役目は、殿下に魔法の基礎と安全な扱い方をお教えすること。皇族としてのお考えへ口を差し挟むつもりはございません」
エサソンは穏やかに答えた。嘘ではない。私の考えへ口を差し挟むのではなく、正面から反論する男だということを、ヴァレリウスが知らないだけである。
「それを伺い、安心いたしました」
ヴァレリウスは満足そうに笑うと、さらに教材の進度や日々の振る舞いについて細かな説明を続けた。だが、その内容は引継ぎに必要な情報というより、自分の教育がいかに成功したかを並べ立てるものばかりだった。
「殿下は、私の教えをよく理解しておられます。ローレグ殿も、教えるうちにその聡明さへ驚かれることでしょう」
「ええ。すでに十分、承知しているつもりでございます」
その返答に別の意味があるとは思いもしなかったのだろう。ヴァレリウスは最後に私へ満足げな視線を向け、深々と一礼した。
「殿下。本日より学ばれる力も、すべては帝国と皇室のためにございます。どうか、私がお教えしたことを胸にお留めください」
「はい、先生。忘れません」
私が微笑んでうなずくと、ヴァレリウスは完全に勝利を確信した顔で踵を返した。エサソンへ一瞥を送り、自分の教育を台無しにするなと無言で念を押してから、悠然と部屋を出ていく。
扉が閉じ、足音が十分に遠ざかったところで、私はようやく作り物の笑みを消した。
「本当に粘着質で、気色悪い……」
思わず本音を漏らした瞬間、背後からにゅっと伸びてきた手が、私の両頬をつまんだ。
「ルミィ様、またお言葉が乱れておりますよ」
「ご、ごめんなひゃい。ごめんなひゃい」
完全に気を抜いていた私は、リゼットの頬っぺたむにむに攻撃をまともに食らってしまった。
「お二人は、ずいぶん仲がよろしいのですね」
「ええ、それはもう。私はルミィ様が物心つかれる前から、ずっとお仕えしております。
身の回りのお世話はもちろん、おしめを替えたこともあるのですよ」
「余計なことを言うなぁ。それから、離せぇ」
さらりと、とんでもない事実を暴露された。
幼い頃から世話をされていたことは分かっている。けれど、おしめまで替えられていたなんて。当時の記憶が曖昧で本当によかった。それより、いい加減この頬っぺたむにむに攻撃をやめてほしい。
必死に抗議し続けると、ようやくリゼットの手が離れた。私はすかさず両頬を押さえ、彼女から距離を取る。リゼットはどこか残念そうにこちらを見ていたけれど、そんな視線は無視だ。
「微笑ましいやり取りではありますが、そろそろ授業を始めましょう」
「ええ。時間もありませんし、始めましょう」
エサソンに促され、私は居住まいを正した。けれど授業を始める前に、リゼットへ向き直る。
「リゼット。これからエサソンの授業を始めるけれど、話すのは魔法のことだけではないわ。今後についても相談するつもりよ。そのため途中でヴァレリウスに入ってこられると困るから、入口で見張っていてもらえる?」
「かしこまりました。では、ヴァレリウス卿がお見えになった際には、表向きどのようにお答えいたしましょうか」
まあ、そうなるか。帝国の転覆を企てています、などと馬鹿正直に言えるはずもない。とはいえ、ヴァレリウスが納得する表向きの理由か……。
あの男を思い浮かべただけで、胸の奥に冷たい嫌悪がこびりつく。私の思想すら思いどおりに導き、それを自らの教育の成果として確かめたがっている男だ。こちらが平静を装うほど、あの粘つくような視線は隙を探してくる。生半可な口実では、計画が悟られかねない。背筋の緊張を悟らせないよう、私は静かに指先を重ねた。
「でしたら、『幼い身で、力量に見合わない高度な魔法知識へ触れるのは危険なため』とお伝えすればよろしいでしょう。事実、身の丈に合わない魔法を行使し、命を落とした者もおります」
なるほど。知識もまた、実力に見合ったものでなければならない、ということか。それなら筋は通る。ヴァレリウスの耳にも、私の本心を覆い隠す無難な理屈として届くだろう。胸の内の警鐘は鳴りやまないままだが、表情には出さない。
「ではリゼット、エサソンの提案どおりにお願いね」
「かしこまりました」
軽く一礼し、リゼットは部屋を出ていった。扉が閉まる音がやけに大きく響く。室内に残ったのは、エサソンと私だけだ。私は肩の力を抜いたふりをしながら、無意識に呼吸を整えた。
「さて、魔法の講義の前に、聞きたいことと話しておきたいことがあります」
「そうですね。まずは情報を整理いたしましょう」
そう言って、私とエサソンは部屋の中央にあるテーブルを挟み、向かい合って腰を下ろした。椅子の硬さが、妙に意識に引っかかる。ここから先は、聞き方ひとつで私自身の秘密に触れかねない。焦るな、と胸の内で短く言い聞かせた。
「最初に確認したいことがあります。『精霊に愛されし子』についてです」
私の言葉に、エサソンの目がわずかに鋭くなった気がした。ほんの一瞬。それでも、背中を細い針でなぞられたような感覚が走る。私は視線を逸らさず、ただ答えを待った。
「最初に引っかかったのは、レーヴェン卿は初めから私を『精霊に愛されし子』だと確信していたのに、あなたは今も、そう断じることには慎重に見えることです。それはなぜですか?」
問われたエサソンは、しばし目を閉じた。その沈黙の間、心臓の音だけが妙に近い。何をどこまで知っている? 私の正体に触れる答えが返ってきたら、平静を保てるだろうか。やがて目を開くと、エサソンは私をまっすぐに見つめ、話し始めた。
「まず、レーヴェン卿からは『精霊に愛されし子』について、どのように聞いていますか?」
「成長するにつれて、常人では考えられない速さで知識を身につけ、思考や精神も早熟になる、と」
「はい。そのため、精霊から知識を授かったのではないかといわれています。ですが、それだけを根拠に、精霊から知識を得ていると考えられているわけではありません」
なるほど。予想どおり、ほかにも何かあるのか。私は小さく頷いた。先を促す仕草は落ち着いて見えるはずだ。けれど、膝の上で組んだ指には、いつの間にか力が入っていた。
「まず、知識を身につけるというのは、単に物覚えがよいという意味ではありません。この世のものとは思えない知識を得る、ということなのです。それと同時に、異質な力も得ると伝え聞いております」
息が、止まりかけた。
それだ。私が元の世界からこちらへ来たこと。そして、この世のものとは思えない知識。別々だったはずの言葉が一瞬でつながり、胸の奥に重く落ちる。もしかすると、かつて『精霊に愛されし子』と呼ばれたエルフたちにも、私と同じように別世界の人格が宿っていたのかもしれない。
そんな共通点が、本当にあるのか。もしそうなら、彼らはどうなった? そしてエサソンは、私についてどこまで気づいている? 喉がひどく乾く。それでも私は驚きを飲み込み、何も悟らせまいと静かな顔を保った。
「ですから私は、まだ姫様を『精霊に愛されし子』だと断定しているわけではありません。もちろん、お仕えするに値するほど聡明な方だとは認めております。しかし、あえてそのような質問をなさるということは、単に聡明である、あるいは精神の成熟が早いというだけでは説明できない何かが起きている――そういうことですか?」
さすがエサソンだ。鋭い。
私は大きく息を吐いて緊張をほぐすと、改めて彼と向き合った。
「ええ、そのとおりよ。私には、別の世界で成人するまで生きた人格と知識があるの。ただ、もともとのルミナの人格が消えてしまったわけでもないみたい。うまく説明できないけれど、二つの人格が溶け合っている――私はそう考えているわ」
エサソンは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに口元へ手を当て、考え込んだ。
「なるほど。精霊から授けられたものだと思っていた知識は、別世界で得たものだったわけですね。では『異質な力』も現れているのですか?」
「それについては、あとで説明させて。まずは今後の構想を聞いてほしいの。その計画には、私の力も深く関わってくるわ」
昨日、私は満腹で一日中寝込んでいたわけではない。苦しさが落ち着いてからは、この力を利用する方法を考えていたのだ。
「まず、帝都を出て別の都市へ移る。理由は二つあるわ」
私は指を一本立てた。
「一つ目は、帝都に居続ける危険が大きすぎること。東方遠征はひとまず棚上げにできたけれど、内乱そのものは避けられない。そうなれば、皇族である私は高い確率で処刑されるでしょう。一方、お母さまは長くエルフィネの女王として国を治めていた。反乱が起きたとしても、処刑される側ではなく、救出される側になる可能性が高いわ」
エサソンは、私の言葉に深くうなずいた。
お母さまを帝都に残して自分だけ離れる案を、彼が受け入れてくれるか不安だった。けれど、その心配は杞憂だったようだ。
私はエサソンの反応を確かめると、二本目の指を立てた。
「二つ目。ここからは、私に目覚めた力が関わってくるの。まだ十分に検証できていないから、結果次第では構想そのものが成り立たなくなるけれど――私の力は、元の世界とこちらの世界をつなぐことよ」
エサソンは、これまでで最も大きく目を見開いた。彼は『精霊に愛されし子』に現れるものをまとめて『異質な力』と呼んでいたため、詳細までは伝わっていないか、能力は個人ごとに異なるのだろうと思っていた。だが、その反応を見る限り、世界を渡る力は彼にとっても初耳らしい。
「まさか、そのような力とは……。私が伝え聞いたどの力とも異なりますね」
やはり、現れる力は人によって違うようだ。
「ちなみに、これまで伝えられているのは、どんな力なの?」
「そうですね。私が聞いた限りでは、何もない場所で強く押さえつけられたかと思えば、反対に身体が宙へ浮いたり、物を焼くほどの光を放ったりしたそうです」
それって、重力操作とレーザーでは? 元の世界の科学知識を魔法へ応用したのだろうか。だとすれば、かつての『精霊に愛されし子』たちにも、私と同じように別世界の知識があった可能性が高い。一方で、世界そのものを渡る力は、ほかの誰にも現れていない。知識を得る資質と、私が世界を渡れたことは、別の理由によるものなのかもしれない。
「なるほど。そのあたりの検証はあとにしましょう。今は、この力を前提にした二つ目の理由を説明するわ」
脇道へそれた話を本筋へ戻す。エサソンも口を閉じ、続きを促すように私を見つめた。
「この力で元の世界へ渡り、私が暮らしていた国――日本と交易する。そして新たな拠点となる都市へ技術と物資を集め、帝都に代わる新しい首都へ育てるの。そこへ帝国の転覆に賛同する者たちを集め、私がまとめ上げる。十分な基盤を築いたうえで、帝国から主権を奪うわ」
「そのようなことが、本当に可能なのでしょうか?」
「可能だと思っているわ。そのために参考にしたい出来事があるの。私が暮らしていた日本の隣には、中国という大国があってね。かつてそこで起きた『文化大革命』という政治運動の構図を、利用できないかと考えている」
文化大革命とだけ言われても、エサソンには何のことか分からないだろう。私は、その前段階から順を追って説明することにした。
「文化大革命を説明する前に、『大躍進政策』という政策について話す必要があるわ。鉄鋼と農業の生産を一気に増やそうとしたものだけれど、政策は失敗し、かえって生産力を落としてしまった。それでも、上層部の歓心を買いたい役人たちは成果を水増しして報告した。当時の指導者はその虚偽を信じ、適切な対策を取れないまま、数千万もの餓死者を出したの」
「数千万ですと? そのような被害を出して、国が維持できるはずがありません」
「驚くのも無理はないけれど、人口の規模が帝国とはまるで違うの。そこはいったん脇へ置いて」
エサソンが驚くのも当然だ。帝国の総人口は、おそらく六、七百万ほど。彼の感覚では、数千万の死者など国民が一人も残らない数字に聞こえるだろう。一方、当時の中国には、それをはるかに上回る人口がいた。
「……いったい、どれほど巨大な国なのですか」
「今、大事なのは国の大きさではなく、何が起きたかよ。この話、どこかで聞いた覚えがない?」
「……今の帝国と、よく似ている?」
そう。圧政で生産力が落ち、現場が都合のよい数字を報告し、粛清を恐れた貴族が嘘の報告をする。帝国の現状と、不気味なほど重なっている。
「その失政のあと、実務を担う役人たちが経済の立て直しを進めたの。けれど、それが成功すれば施策した指導者の権威は失われる。そこで権力を取り戻すために始められたのが文化大革命よ。指導者は若者たちを動員し、実務派の役人を『国の理念に背く敵』として攻撃させた」
エサソンは口を挟まず、私がこの話をどう計画へ結びつけるのか見極めるように続きを待っていた。
「その結果、本来なら国を支えた政治家たちまで、革命を裏切った敵にされた。さらに、『古い思想や文化を破壊せよ』という大義名分のもと、多くの知識人や政治家が迫害されたの」
「まさか、それと同じことを帝都で起こすおつもりですか? 帝国にとって邪魔な政治家や知識人が、迫害されるよう仕向けると?」
「違うわ。迫害を起こしたいわけではない。帝都で居場所を失いかけている実務家や知識人を、私たちが築く新しい都市へ迎え入れたいの」
ただし、この狙いを理解してもらうには、まず新しい都市をどう手に入れ、どう人を集めるのかから説明する必要がある。
「まずヴァレリウスには、『帝国の教えを自ら実践したいので、都市を一つ任せてほしい』と頼むの。あの人なら、教育の成果を示す絶好の機会だと喜ぶでしょうね。そのうえで、『帝国に従わない者たちを集め、農奴として働かせたい』と提案する。表向きは処罰だけれど、実際には帝国を変えたい者や、帝国に恨みを持つ者を新しい都市へ移すための口実にするのよ」
「なるほど。迫害そのものを再現するのではなく、処罰を名目に人材を集め、実際には新しい都市の住民として受け入れるのですね。しかし、クローヴェン卿も監視役として同行なさるのではありませんか?」
その懸念はもっともだ。あの執着深いヴァレリウスなら、私を自分の影響下へ置き続けるため、お目付け役としてついてくるだろう。
「むしろ、それを利用するわ。新しい都市は、表向きには帝国思想を実践する農奴の生産拠点になる。だから当然、生産物を帝都へ納める義務も生じるでしょう。でも、実際の生産量を正直に報告するつもりはない。ヴァレリウスの名で、帝都へ都合のよい虚偽報告を送り続けるの」
「ですが、クローヴェン卿が現地におられては、虚偽の報告など通りますまい。どうなさるおつもりですか?」
私はエサソンの問いに、にっこりと笑みを返した。正直、もう限界なのだ。あの執着深い男の前で反吐の出る帝国思想を唱え、笑顔まで作り続けるのは。
「まずヴァレリウスに、『私が移る前に、新しい都市を皇女にふさわしい場所へ整えてほしい』と頼む。自分の理想どおりに仕上げられると思えば、あの人は先に現地へ向かうでしょう。そして現地では――なぜか彼の来訪が帝国を快く思わない住民に知れ渡り、なぜか護衛とはぐれ、なぜか本人は人知れず消息を絶つ。その後も、なぜか帝都にはヴァレリウス名義の報告だけが定期的に届き続ける。そういうことになるわ」
エサソンは一瞬、目を見開いた。だがすぐに何事もなかったような顔へ戻り、静かに目を伏せる。
「かしこまりました。きっと、姫様がお考えのとおりになるのでしょう」
その返事に、私は小さく笑った。自分でも少し腹黒くなったとは思う。けれど、私とお母さまの安全に比べれば、ほんのわずかな濁りにすぎない。白い絵の具で満たした大きなプールへ、黒い絵の具を一滴落とした程度――そういうことにしておこう。
「さて。計画の前提になるこの力が、本当に再現できるのか確かめましょう。安定して使えないのなら、今までの話はすべて絵空事だから」
私は椅子から飛び降りると、部屋と廊下を隔てる扉へ向かった。世界を渡るのは、これが二度目になる。もし再現できなければ、いま語った計画はすべて水の泡だ。
元の世界を強く思い浮かべながら、意を決して扉を開く――と言えば格好はつく。実際には、ドアノブへ届かせるため懸命に背伸びをし、扉一枚を相手に四苦八苦する五歳児でしかなかった。エサソンは、困惑と不安が入り交じった顔で私の奮闘を見守っている。
ちくしょう。絶対、もっと大きくなってやる……。