元おっさんの吸血姫は引きこもりたい。~TSした私を怪異使いの男が放っておいてくれない~ 作:パラレル・ゲーマー
翌朝、保護室のベッドで目を覚ました私は、アラームが鳴るよりもずっと前にぱっちりと瞼を開けていた。
昨日、血液に関する最後の検査を終えたあと、夕方には「明日の午前中に退所できる見込みです」と告げられていた。遠足前夜の小学生よろしく気持ちが昂ぶり、ろくに二度寝もできなかったのである。
身支度を済ませた私は、ベッドの縁に腰掛けてサイドテーブルの荷物を眺めていた。
スマートフォン。革の二つ折り財布。自宅マンションの鍵がついたキーケース。
八咫烏から渡された案内資料と、着替えや洗面用具を入れた紙袋が一つ。
たったそれだけだ。数日間を過ごしたというのに、一泊二日の出張帰りよりも身軽だった。
(……いや、そりゃそうよね。あの日は普通に会社へ出勤しただけだったんだもの)
紙袋の取っ手を揺らしながら苦笑する。
着ていたスーツやワイシャツ、革靴はクリーニングして自宅へ送ってもらうことになった。今の体格では、どのみち着て帰れない。
元の身体を失ったことを思えば、少し胸が疼く。
それでも今日は、ようやく自分の部屋へ帰れる喜びの方がずっと大きかった。
(……家に帰ったら、まずPCを起動して……)
私はスマートフォンのメモ帳を開いた。
一昨日、ギルメンとチャットしたときに思い知った問題がある。今の私の声では、いつものボイスチャットに参加できないのだ。
(……そうよ、ボイスチェンジャー! 帰った嬉しさでうっかりそのまま通話ボタンを押したりしないように、真っ先に書いておかないと!)
画面の一番上へ、迷わず入力する。
『最優先事項:男声ボイスチェンジャーの導入』
満足して頷いたところで、扉がノックされた。
扉を開けると、三日前、病院で保護されたときから私の担当窓口として奔走してくれていた八咫烏の男性職員が、分厚いバインダーを抱えて立っていた。
「おはようございます、相沢さん。退所に向けた最終的な手続きがすべて完了いたしましたので、ご説明に上がりました」
「……えっ、じゃあ、本当に今日、帰っていいんですか!?」
「はい。本日の午前中をもって、当施設での一時保護措置は解除となります。ご自宅での生活を再開していただいて全く問題ありません」
「……やったぁっ!」
私は思わずその場で小さく拳を握りしめた。
職員は書類を数枚広げた。
「確認事項は三点です。まず、今後の経過観察はご自宅を拠点に行います。定期的な確認はありますが、施設へ泊まり込んでいただく必要はありません」
「はい、分かりました」
「続いて生活支援です。勤務先との調整、身分証の特例措置、当面の生活支援金については、引き続き私どもが窓口となります。相沢さんが会社や役所を回って事情を説明する必要はありません」
私は心底ホッとした。
市役所の窓口で「吸血鬼になりました」と説明する自分なんて、想像するだけで胃が痛くなる。
「最後に、緊急時はこちらの専用番号へご連絡ください。二十四時間対応しています。力の制御や体調に不安があれば、いつでもご相談を」
「……本当にありがとうございます。皆さんがいなかったら、私一人じゃ何も分からなかったと思います」
深く頭を下げると、職員は「皆さんがこれまでどおり暮らせるよう支えるのが私たちの仕事ですから」と穏やかに答えてくれた。
サインを済ませ、紙袋を手に取ると、廊下から足音が近づいてきた。
「やあ、おはよう、伊織君。退所の準備はすっかり整ったようだね」
入り口に姿を現したのは、長い黒髪を後ろで一つに束ね、いつもの薄手のコートを羽織った弦冬律だった。
「おはようございます、弦冬さん! はい、もういつでも出発できます!」
「ふふ、実にいい返事だ。それじゃあ、ご自宅のマンションまで僕が責任を持って送っていこうか」
「……えっ、弦冬さんも一緒に来るんですか?」
「うん。君が暮らす部屋で、最後に簡単な安全確認をしたいと思ってね」
私は思わず足を止めた。
「……あの、環境を見るって、もしかして私の部屋の中まで入るってことですか?」
「もちろん、家主である君が入ってもいいと許可してくれればの話だけれどね。無理にとは言わないよ」
「……まあ、安全確認ならお願いした方が安心ですけど」
一人暮らしの部屋に他人を上げるというのは、元が男だったとはいえ、なんとなく気恥ずかしいものがある。まして、今の自分の見た目は若い女の子で、相手は同い年の男性なのだ。
とはいえ、この数日間の訓練や検査を通じて、弦冬さんという人間がそういう下世話な意味で警戒すべき相手ではないことはよく分かっていた。彼はあくまで、私の力が暴発して部屋の壁をぶち抜いたりしないかを心配してくれているだけなのだ。
(……まあ、安全確認が終われば帰ってくれるでしょ)
(……たぶん)
そう自分に言い聞かせ、私は三晩を過ごした保護室を後にした。
セキュリティゲートを抜け、職員たちに礼を言い、ビルの正面玄関へ向かう。
そして、ビルの正面エントランスの自動ドアが開き、一歩外へと足を踏み出した瞬間――。
「……ああっ、外だぁ……!」
頭上には遮光パネルも外壁もない青空があった。
冷たい風が頬を撫で、街路樹の葉が日差しを受けて揺れている。
三日前の夜、病院からここへ向かう車内では、鮮明になった夜景に驚きながらも、この先どうなるのか不安だった。
今は違う。日差しの下でも身体は平気だし、アスファルトを踏む足取りにも迷いはない。
私は外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
隣の弦冬さんが、楽しそうに目を細めた。
「そんなに嬉しいかい、伊織君?」
「当たり前じゃないですか! ようやく建物の外へ、自由に出られるんですから!」
「ふふ、最初から君を監禁していたつもりはなかったんだけれどね。まあ、何はともあれ、退所おめでとう」
「……ありがとうございます!」
私は弾む足取りで、待機していたセダンへ乗り込んだ。
*
八咫烏の職員が運転する車は、都心の道路を抜けて私のマンションへ向かった。
後部座席の左側に座った私は、隣に座る弦冬さんの存在も半分忘れて、窓ガラスに張り付くようにして外の景色を眺めていた。
流れていくのは、数日前まで毎日眺めていた東京の街並みだ。
信号待ちの交差点を行き交うスーツ姿のサラリーマンたち。配送トラックの後ろを走る自転車。カフェのテラス席でコーヒーを飲む人や、開店準備をしている飲食店の看板。
私が倒れている間も、街は何も変わらず動き続けていた。
トンネルへ入ると、暗くなった窓に自分の姿が映った。
銀髪紅眼の、見知らぬ美少女。
街は何も変わっていないのに、映り込む私だけが別世界の住人みたいだ。
(……こうして見ると、本当に私だけ別人になっちゃったのね)
ほんの一瞬、胸に寂しさがよぎった。
けれど、トンネルを抜けて再び明るい日差しが車内に差し込むと、私はすぐにブンブンと首を振ってその感傷を振り払った。
(……ま、今さらウジウジ考えても仕方ないわね! 見た目が変わったって、あそこで歩いてる人たちと同じご飯を食べて、同じ太陽の下を歩けるって分かったんだから!)
今は一秒でも早く、自分の部屋へ帰りたい。
幹線道路を折れると、窓の外は見覚えのある街並みに変わってきた。
「……あっ!」
私は思わず声を上げ、窓ガラスの向こうを指差した。
弦冬さんがこちらを見る。
「ん? どうしたんだい、伊織君」
「あそこのコンビニ! 私、いつも会社帰りに寄ってたんですよ!」
「ほう、そうなのかい?」
「ええ! 残業で帰りが遅くなった日は、あそこで新作のカップ麺とかおつまみを買って帰るのが日課だったんです。あ、その隣の牛丼屋さんも、休日の昼によく行ってたところです!」
次々と店を指さす私に、弦冬さんは興味深そうに頷いた。
「なるほど。このあたりが、君がこれまで毎日を過ごしてきた生活圏というわけだね」
「……まあ、生活圏っていうか、ただの独身サラリーマンの手抜きローテーションコースですけど」
「ふふ、それでも君にとっては大切な日常の風景だろう?」
弦冬さんの言う通りだった。
見ているだけで頬が緩む。
そして、車がさらに二つ目の角を曲がり、閑静な住宅街と商店が混じる通りへと入ったところで、ついに「それ」が視界の奥に姿を現した。
特別な高級タワマンなどではない、白と茶色のタイルが貼られた、どこにでもある中層の単身者向けマンション。
「……あっ! 見えました、弦冬さん!」
「どれだい?」
「あそこです、あの茶色いタイルのマンション! あれが私の家です!」
私は窓へ身を乗り出した。
まるでバス遠足から帰ってきた子供のような私のはしゃぎっぷりに、弦冬さんは「ふふ、本当に嬉しそうだね。ようやく帰ってこられたじゃないか」と、優しい目元をさらに細めて微笑んだのだった。
*
車が停まると、私は待ちきれずに外へ降りた。
送迎の職員にはここで礼を言い、弦冬さんと二人で部屋へ向かう。
私は歩道に立ち、自分の住むマンションの建物を下から上へと見上げた。
築十数年になる、ごく普通の鉄筋コンクリートのマンションだ。家賃と駅からの距離、そしてインターネット回線の速度だけを条件に選んで引っ越してきてから、もう三年以上になる。
これまで何百回、何千回と出入りしてきた場所なのに、こうして数日ぶりに見上げると、なんだか初めて訪れる場所のような、それでいて胸がいっぱいになるような不思議な感覚が込み上げてきた。
(……ああ、本当に帰ってきたんだわ、私)
小さく息を吐いて立ち尽くしている私に、隣に並んだ弦冬さんが優しく声をかけた。
「さあ、伊織君。立ち話もなんだし、中へ入ろうか」
「……はいっ!」
平日の昼前だったおかげか、エントランスでもエレベーターでも他の住人には会わなかった。今の姿で知り合いに会えば説明が面倒なことになる。
エレベーターを降り、外廊下の一番奥にある扉の前へ向かう。
小さな部屋番号のプレート。間違いなく、私の部屋だ。
私は紙袋を持ち替え、ポケットからキーケースを取り出した。
シルバーの鍵を摘まみ出し、ドアの鍵穴へと手を伸ばす。
その瞬間、私の視界に入ったのは、鍵を握っている「自分自身の白くて華奢な指先」だった。
(……なんだか、やっぱり変な感じね)
鍵穴の前に立つ私の手は、数日前の朝、急いでこのドアに鍵をかけて会社へ向かったときの、あの骨張った男の手ではない。
鍵も、ドアも、何一つ変わっていないのに、それを開けようとしている私だけが、すっかり別の生き物の姿になってしまっている。
一瞬だけ、このまま鍵を開けて中へ入ったら、自分が本当に元の自分ではなくなってしまったことを突きつけられるような気がして、鍵穴の前で指先がほんのわずかだけ止まった。
あの日の朝、「行ってきます」とすら言わずに飛び出したこの部屋に、まさか銀髪の吸血鬼になって帰ってくるなんて、誰が想像しただろうか。
私はそこで一度だけ目を閉じ、ゆっくりと鼻から息を吸い込んだ。
(……八咫烏の人も言ってくれたものね。身体が変わったって、私が生きてきた二十八年は消えないって)
今は、余計なことを考えるのはやめよう。ただ、無事にここまで戻ってこられたことだけを喜べばいいのだ。
私は鍵を差し込み、回した。
カチャリ、と。
静かな廊下に、聞き慣れたロックの解除音が響いた。
私はドアノブを壊さないよう、これまでで一番丁寧な力加減でそっとレバーを下げ、重い玄関の扉を手前へと引いた。
数日ぶりに開かれた扉の向こうから、柔軟剤の香りと、少しだけこもった一人暮らしの部屋の匂いがふわりと流れ出てくる。
たたきには脱ぎっぱなしのスニーカー。奥には閉まったままのカーテン、ベッド、黒いデスク。壁際の小さな二人掛けソファも、いつもの場所にあった。
泥棒に入った形跡もなければ、誰かに荒らされた様子もない。あの日、私が時計を見ながら慌てて出ていったときのままの時間が、そこにはそっくりそのまま残されていた。
私は玄関の敷居をまたいで一歩中へ入り、靴を脱ぐのも忘れて、その場に立ち尽くした。
「…………」
胸の奥が、キュッと音を立てて締め付けられる。
病院の冷たいベッドの上で、「もう二度とこの部屋には帰れないのかもしれない」と絶望していた夜の記憶が、走馬灯のように頭をかすめて消えていった。
私の唇から、誰に聞かせるでもなく、ぽつりと小さな声がこぼれ落ちた。
「……ただいま」
静まり返った少し広めのワンルームに、私の澄んだ声が吸い込まれていく。
もちろん、返事はない。誰も「おかえり」なんて言ってはくれない。
けれど、それでよかった。だってここは、私が一人で気ままに暮らしてきた、私だけの城なのだから。この絶対的な静けさこそが、私がずっと取り戻したかった日常そのものだった。
(……ああ。……帰ってきた。本当に、帰ってこられたんだわ……!)
私は目頭がほんの少しだけ熱くなるのを堪えながら、ふっと口元を緩めて微笑んだ。
玄関で数秒ほどその余韻に浸っていた私だったが、部屋の奥にある「あるもの」に視線が吸い寄せられた途端、しんみりとした空気は一瞬で吹き飛んだ。
「……あっ! 私のパソコン!!」
靴を脱ぎ、弦冬さんへ「どうぞ入ってください!」と声をかけるのもそこそこに、室内を小走りで進んだ。
もちろん、吸血鬼の脚力で全力疾走はしない。一昨日の訓練で身につけた、止まれる速度だ。
そして、部屋の特等席に鎮座している黒いL字デスクと、愛用のハイバック・ゲーミングチェアの前にたどり着くと、私はまるで生き別れの恋人にでも再会したかのように、チェアの背もたれを両手で愛おしく撫で回した。
「……あああ、これよ、これ! 私の椅子! 私のデュアルモニター! 私のメカニカルキーボードと軽量マウス!」
デスクの上には二十七インチのモニターが二枚並び、その足元にはガラスパネルから内部パーツが覗く自慢の自作ゲーミングPCケースがある。手前には手首の負担を減らすリストレスト。すべて私がなけなしのボーナスをはたいて少しずつ整えてきた、最高の秘密基地だ。
「……やっぱり、世界中どこを探したって、ここが一番落ち着くわね……!」
私はうっとりとした顔で呟くと、そのままゲーミングチェアの座面へと腰を下ろした。
もちろん、以前の重たい男の身体だった頃のように、ドスンと全体重を預けて飛び込んだりはしない。うっかり吸血鬼の馬力で背もたれに突っ込んで、お気に入りのリクライニング機構をへし折ったりしたら目も当てられないからだ。
私はお尻の下のクッションの感触を確かめるように、そっと、ふんわりと腰を落ち着けた。
ギシッ、とすらいわず、チェアは今の私の軽くなった身体を優しく受け止めてくれた。
(……よしっ! 椅子も全然壊れないわ! 完璧な着席よ!)
自分の力加減の成長に内心でガッツポーズを決めつつ、私はそのままの流れで、デスクの下にあるPC本体の電源ボタンへと右手の人差し指を伸ばした。
「……ふふふ、さてと……」
今すぐこのボタンを押して、ファンが回る音を聞きたい。
そう思って指先がボタンに触れかけたところで、玄関で靴を脱いで部屋へ上がってきた弦冬さんが、私の背中越しに穏やかな声をかけてきた。
「やあ、伊織君。自分の部屋に戻ってきて早々、ずいぶんと幸せそうな顔をしているね」
「そりゃそうですよ! これが私の生きがいであり、人生の相棒なんですから! もう何日ぶりかしら……」
「なるほど、これが噂のゲーム用の機械というわけか。立派な設備だね」
感心したようにデスク周りを眺める弦冬さんの声を聞いて、私の指先が、電源ボタンの上でピタリと止まった。
(……あっ、ちょっと待って、私)
今、私は一人ではないのだ。
彼は安全確認のために付き添ってくれたのだ。来客を放置してゲームを始めるなんて、社会人としてどうかと思う。PCも逃げやしない。
私は名残惜しそうに電源ボタンから指を引っ込めると、ゴホンと一つ咳払いをして、くるりとゲーミングチェアを回転させて弦冬さんの方を向いた。
「……よし。パソコンを触るのは後にして、先に弦冬さんの安全確認を済ませちゃいましょうか」
「おや、てっきりこのまま電源を入れてゲームを始めるのかと思ったよ。我慢できるのかい?」
「……なによ、私をなんだと思ってるんですか! 私だって二十八歳の社会人なんですから、来客を放置してゲームを始めるほど分別がなくはありません!」
「ふふ、そうかい。それは大変失礼したね」
弦冬さんがクスクスと笑いながら謝ってくれるので、私は少しだけ得意げに胸を張ってみせた。
――まあ、正直なところを言えば、今の今でも右手が勝手に電源ボタンを押しそうになるのを、必死の理性で抑え込んでいるだけなのだけれど。
私は椅子から立ち上がり、改めて自分の部屋の中をぐるりと見回した。
使い慣れた紺色のマグカップ。充電ケーブル。技術書や漫画に、ゲームのフィギュア。
そのどれもが、間違いなく「男だった頃の相沢伊織」が選んで、毎日手で触れていたものばかりだ。
(……身体はこんな風に変わっちゃったけど、ここにあるものは全部、ちゃんと私の日常のままなのよね)
一昨日のチャットで、待っていてくれる仲間がいると分かった。今は、その仲間たちと遊んできた場所にも帰ってきた。
その二つの事実が、私の胸の奥に、どんな言葉よりも確かな安心感を与えてくれていた。
*
「さて、それじゃあ伊織君。お言葉に甘えて、少しだけ室内の環境を確認させてもらってもいいかな?」
「あ、はい。男のひとり暮らしの部屋なんで、あんまり綺麗じゃないですけど、どうぞ」
「ふふ、綺麗に片付いていると思うよ。それに、僕は部屋のインテリアを採点しに来たわけじゃないからね」
弦冬さんはそう言うと、ポケットに手を入れ、ゆったりとした歩調で部屋の中を見て回り始めた。
引き出しやクローゼットを勝手に開けることはない。玄関から机までの動線と、足元の荷物、家具の位置だけを確認していく。
やがて弦冬さんは、私がさっきまで座っていたL字デスクの前で足を止め、モニターやチェアの配置を眺めながら言った。
「伊織君は、家にいるときはほとんどの時間をこの机の前で過ごしているんだね?」
「ええ、まあ。平日は仕事から帰って寝るまでずっとここですし、休日なんてご飯とトイレ以外はこの椅子の上から一歩も動かないこともありますよ」
「なるほど、徹底しているね。ということは、この机の周りで不意に力を出しすぎてしまう事故が起きないかどうかが、一番重要になりそうだ」
弦冬さんはそう言って、デスクの端に置かれていた私の愛用のマグカップ――どこかのITイベントで貰った、少し厚手の陶器製のカップ――に目を留めた。
「伊織君、最後の仕上げとして一つだけ試してみようか。そこにあるマグカップを、いつも部屋でコーヒーを飲むときと同じように、片手で持ち上げて元の場所へ戻してみてくれるかい?」
「え? このマグカップをですか?」
「そう。施設のコップではなく、君が一番手に馴染んでいる自分の私物を、意識しすぎずに普段通り扱えるかどうかの確認さ」
なるほど、と私は頷いた。
確かに、今まで毎日握っていた自分のマグカップだからこそ、昔の「男の手の感覚」でうっかり強く握りしめてしまうリスクがあるのかもしれない。
私はデスクの前へ歩み寄り、一呼吸置いてから、白い右手を伸ばしてマグカップの取っ手に指を通した。
一昨日の朝、施設でガラスのコップを割らずに持てた感覚を思い出す。
指先に余計な力を込めない。ただ陶器の重みだけを優しく支えるようにして、すっと持ち上げる。
手元はぶれない。取っ手が軋むこともない。口元へ運び、また机に戻す。
コトン、と落ち着いた乾いた音が鳴った。
「……よしっ。どうですか、弦冬さん?」
「うん、実に自然で安定した手つきだったよ。今の君なら、寝起きでぼんやりしているときにカップを握り潰してしまうような心配もなさそうだ」
「ふふん、当然です! 私だって、この数日間、伊達に弦冬さんにしごかれてたわけじゃありませんからね!」
「ふふ。君が努力していたのは、僕も見ていたからね」
さらりと真っ直ぐに褒められて、私は少しだけ鼻の下が伸びそうになるのを誤魔化すように咳払いをした。
「ただし、咄嗟の動きには気をつけて。ゲームで熱くなって机を叩いたり、虫に驚いて飛び上がったりすると、まだ力が出すぎるかもしれない」
「……うっ、ゲームで負けて台パンしたら、デスクごと床が抜けますね……気をつけます」
私が真剣に頷くと、弦冬さんは「よろしい」と微笑んで、室内の安全確認を終了した。
「さて、あとは今後のことだね」
「今後のこと、ですか?」
「君が自宅で暮らせるよう、しばらくは僕が定期的に様子を見に来ることになる」
その言葉に、私の耳がピクリと反応した。
「……て、定期的に、ですか? 私が施設に通うだけじゃなくて、弦冬さんがこっちに来るんですか?」
「そう。生活上の困りごとを聞いたり、必要なら近くの安全な場所で訓練したりね。訪問は必ず事前に連絡して、君の都合を聞くよ」
私は腕を組み、うーんと眉根を寄せて考え込んだ。
Tier1の弦冬さんが相談に乗ってくれるのは心強い。施設へ毎回出向かずに済むのも助かる。
ただ、相手は「力ある者には義務がある」と言い切る男だ。
(……来るたびに怪異退治へ誘われたりしないわよね?)
それだけではない。もし私が深夜までレイド攻略に熱中しているときにやってきて、「健康に悪いから早く寝なさい」などと保護者面をされたりしたらたまらない。
私はジトッとした目で弦冬さんを見上げ、ビシッと人差し指を突きつけた。
「……あの、弦冬さん。定期訪問の件は分かりましたけど、一つだけ絶対に守ってもらいたい約束があります」
「おや、なんだい? 怖い顔をして」
「ここは私の城です! ゲーム中や休んでるときは邪魔しないでくださいね! ついでに怪異退治の仕事を押しつけるのも禁止!」
私が先手を打って釘を刺すと、弦冬さんは一瞬だけ目を丸くしたあと、おかしそうに肩を揺らして笑った。
「ふふ、警戒されてしまったね。君の大切な日常を守るために来るんだよ。邪魔をするつもりはないさ」
「……ほんとですか? その言葉、絶対に忘れないでくださいね? 録音しとけばよかったわ」
「はは、そこまで念を押されなくてもちゃんと覚えているよ」
その余裕の笑顔を見ていると、どうにも油断できない。
でも、初めて会ったときに比べれば、印象はずいぶん変わった。
(……価値観は合わないけど、頼りになるのは確かなのよね)
そう思っていると弦冬さんと目が合い、私は慌てて「なんでもありません!」とそっぽを向いた。気を取り直して、訪問予定の相談ができるよう、お互いのスマートフォンに連絡先を登録した。
*
安全確認と今後の打ち合わせが一通り終わり、私は「……ふぅ、これで本当に落ち着いたわね」と大きく息をついて、自分の着ている服に視線を落とした。
身につけているのは、八咫烏から支給されたグレーのパーカーと黒いジョガーパンツ。
動きやすいけれど、施設ではずっと似た服装だったので、なんだか検査用の制服みたいだ。
(……せっかく自分の家に帰ってきたんだし、まずはいつもの着慣れた部屋着に着替えて、気分をリセットしましょうか)
家に帰ったらまずスーツを脱いで、ヨレヨレのTシャツとスウェットに着替える。それが私の長年の帰宅ルーティンである。
私は部屋の隅にある備え付けのクローゼットへと向かいかけたところで、まだ部屋の中に弦冬さんが立っていることに気づいて足を止めた。
「あ、弦冬さん。私、ちょっと部屋着に着替えたいんですけど」
「ああ、なるほど。そうだね、自分の部屋なんだからくつろげる格好になるといい。それじゃあ、僕は着替えが終わるまで、一度玄関の外の廊下で待っていようか」
「えっ、外ですか? 洗面所の方で着替えますから、ここにいてもらっても……」
「いやいや、いくら別の空間とはいえ、女性の着替え中に同じワンルームの中に居座るのは紳士として感心しないからね。終わったら声をかけておくれ」
弦冬さんはそう言うと、私が返事をするよりも早く、スマートな身のこなしで玄関のドアを開け、外廊下へと出ていってしまった。
パタン、と閉まったドアを見つめて、私は少しだけ目を瞬かせた。
(……なんか、普段はいきなり下の名前で呼んできたりして距離感がバグってるくせに、こういうところはやけにちゃんとしてるのよね、あの人)
まあ、外で待っていてくれるなら、こっちとしても気兼ねなく着替えられる。
私はクローゼットの折れ戸を開け、ハンガーに並んでいる自分の服の中から、一番のお気に入りだった部屋着のTシャツと、綿のイージーパンツを引っ張り出した。
(……ああ、これこれ! 学生の頃からずっと着てて、首元がちょっと伸びてるこのTシャツが一番落ち着くのよね!)
懐かしさに顔をほころばせながら、私はその黒色のTシャツを両手で広げて持った。
――その瞬間、私の手元に、なんとも言えない妙な違和感が走った。
(……あれ?)
メンズLサイズのTシャツが、やけに大きい。小さな両手で広げると、バスタオルみたいだ。
(……あ。……そういえば、私、身長も体格もめちゃくちゃ縮んでるんだったわ)
男だった頃は身長百七十三センチ、体重六十五キロ。
今はずっと小柄で、肩幅も腰回りもまるで違う。
それでも部屋着なら多少大きくてもいいだろう。私は脱衣スペースでパーカーを脱ぎ、Tシャツを頭から被った。
そして、洗面台の鏡の前に立った私は――そのままの姿勢で、ピタリと凍りついた。
「…………」
鏡の中に映っていたのは、お世辞にも「くつろいだサラリーマン」などではなかった。
肩の縫い目は二の腕の真ん中あたりまでだらりと落ち、広すぎる首元からは、白磁のように滑らかな左の鎖骨から肩口までが、あられもなくパックリと露出している。半袖のはずの袖口は肘を完全に隠して前腕まで垂れ下がり、極めつけに、腰の位置にあるはずの裾が、なんと太ももの真ん中あたりまですっぽりと伸びていたのだ。
(……い、いや、ちょっと待って!?)
(……これ、Tシャツじゃなくて、完全に『彼氏のシャツを借りた美少女のワンピース』状態じゃないのよ!!)
私は顔を真っ赤にしながら、片手でずり落ちてくる首元を引っ張り上げ、もう片方の手で太ももまである裾をつまんだ。
男だった頃は、これを着て鏡の前に立てば、ただの休日のくたびれたおっさんが映るだけだった。だというのに、中身が銀髪紅眼の美少女に入れ替わっただけで、同じ一着の古びたTシャツが、どうしてこんなに目のやり場に困るような「あざとい部屋着」に化けてしまうのか!
(……くっ、なんで同じ服を着てるだけなのに、こんなに破壊力が違うのよ!? こんな格好、自分で見てるだけでもなんか気恥ずかしいわ!!)
しかし、本当の悲劇はそこからだった。
気を取り直して下も穿き替えようと、支給されていたジョガーパンツを脱ぎ、長年愛用していたグレーのイージーパンツに足を通し、腰の位置まで引き上げて手を離した――その瞬間。
ストン。
イージーパンツは、私の細くなったウエストに一ミリも引っかかることなく、重力に従ってそのまま真っ直ぐ足首まで滑り落ち、床の上でくしゃりとドーナツ状の輪を作った。
「…………」
私は、太ももまであるダボダボのTシャツ一枚で立ち尽くしたまま、足元に落ちたズボンを見下ろした。
「……いや、嘘でしょ?」
慌ててズボンを拾い上げ、もう一度腰に合わせてみる。
しかし、ウエストのゴムが伸びきっているわけでもないのに、今の私の細い腰回りとズボンの輪っかの間には、握り拳が二つも三つも余裕で入ってしまうほどの絶望的な隙間が空いていた。紐を限界までギチギチに縛り上げてみても、布地が腰の周りで不格好に余りまくって、一歩歩くたびにズリ落ちてきそうになる。
(……ちょ、ちょっと待ってよ……!)
私は脱衣所から飛び出し、再び部屋のクローゼットの前に立って、中に並んでいる服を端から端まで見渡した。
仕事用のスーツとワイシャツ、ジーンズ、チノパン、コート。引き出しには男性用の下着。
さらには、玄関の下駄箱に並んでいる二十七センチの革靴やスニーカーに至るまで。
(……わ、私の持ってる服と靴、今の身体じゃほぼ全部、使い物にならないってことじゃないのよーーーっ!?)
頭の中で、ガシャーン! と巨大な何かが崩れ落ちる音がした。
自宅のクローゼットが、丸ごと「サイズの合わない他人の衣装部屋」になっていた。
私は元の支給品に着替え直し、涙目で玄関を開けて弦冬さんを呼んだ。
「……弦冬さん。もう、入っていいですよ……」
「おや、ありがとう。……って、あれ? 着替えたんじゃなかったのかい? さっきと同じ服のようだけれど」
「……重大な、極めて重大な問題が発覚しました」
「ほう? 何があったんだい、そんなに世の終わりみたいな顔をして」
不思議そうに部屋へ戻ってきた弦冬さんに向かって、私は開けっ放しのクローゼットをビシッと指差し、魂の叫びを上げた。
「……私の持ってる服が、全部サイズ合わなくなってて着られないんですけど!!」
弦冬さんは服と私を見比べ、「ああ、なるほど」と頷いた。
「それはまあ、そうだろうね」
「『そうだろうね』って、なんでそんなに冷静なんですか!?」
「だって伊織君、今の君は以前よりも身長が二十センチ近く低くなっているし、骨格も完全に女性のサイズに変わっているんだ。今までの男性用の服がそのまま着られるはずがないじゃないか」
私は両手で頭を抱え、その場でうめき声を上げた。
「うわあああん、言われてみればその通りなんですけど! お気に入りのTシャツを着たら裾が太ももまで来てワンピースみたいになるし、ズボンなんて手を離した瞬間に床まで直行したんですよ!? 私、自分の家に帰ってきたのに、着る服が一着もないんですか!?」
「ふふ、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。ほら、君が手に持っていたその八咫烏からの紙袋の中身を覚えているかい?」
「え? ああ、これですか?」
弦冬さんに指摘されて、私は玄関の脇に置いた紙袋に目を向けた。
「そこには洗い替えと下着、今の足に合う靴が入っているだろう? 当面は困らないはずさ」
「……あっ、そういえば、予備の着替えが入ってるって職員さんが言ってましたね……」
「そうさ。僕が慌てたところでクローゼットの服が魔法で縮むわけじゃないし、まずは落ち着くといい」
「……ぐっ、正論で殴らないでください……」
私はクローゼットを閉めた。
確かに、八咫烏が支給してくれたこのグレーの部屋着と予備があれば、当面の間、裸で過ごす羽目にはならずに済む。
だが、今後ずっとグレーのスウェットだけで暮らすわけにもいかない。私服も、季節に合わせた服も、女性用の下着も買い直す必要がある。
(……服と靴を一式買い直すなんて、手間も出費も大変じゃない……)
しかも、さらに厄介な問題に気づいた私は、深刻な顔で弦冬さんを見上げた。
「……ねえ、弦冬さん」
「うん? 何だい?」
「私、これまで二十八年間、紳士服売り場かユニクロのメンズコーナーでしか服を買ったことがないんですけど……女性物の服とか下着って、一体どうやってサイズを選べばいいんでしょうかね……?」
サイズのS・M・Lくらいは分かる。でも号数や下着のサイズ表記は未知の領域だ。
さすがの弦冬さんも、これには少し困った顔をした。
「……そうだね。さすがの僕も、女性の衣服や下着のサイズ選びについては門外漢だ。下手に僕がアドバイスするよりは、八咫烏の生活支援部門にいる女性職員に相談して、サイズを測ってもらったり、買い出しに付き合ってもらったりした方が確実じゃないかな」
「……で、ですよねー……」
私は長いため息をついた。
(……まさか二十八歳にもなって、レディースファッションや女性用下着の買い方から勉強し直す人生になるとは思わなかったわ……)
ようやく自宅へ帰れたと思ったのに、TS吸血鬼としての日常には、思いがけない準備が必要らしかった。
*
ひとしきり服のサイズ問題で嘆いたあと、時計の針が正午を回ったところで、弦冬さんは玄関の方へと歩み寄った。
「さて、伊織君。室内の安全確認も無事に済んだし、今日のところはこれで失礼しようかな。長旅……というほどではないけれど、久しぶりに自宅へ戻って少し休みたいだろう?」
「……あ、はい。今日は朝早くから送っていただいて、本当にありがとうございました、弦冬さん」
私は玄関のたたきまで出て、靴を履く弦冬さんに素直に頭を下げた。
一昨日の朝、初めて会ったときは「一番面倒くさい人が担当になった」と思ったものだ。
でも、この数日、私が自分の身体を扱えるように丁寧に指導してくれたことには感謝している。
靴を履き終えた弦冬さんは、振り返っていつもの柔らかな笑顔を浮かべた。
「どういたしまして。君がこうして無事に自分の城へ戻り、嬉しそうにしている姿を見られただけで、僕としても送ってきた甲斐があったよ」
「……ええ、おかげさまで、本当に助かりました」
「訪問日程は、さっき交換した連絡先で相談しよう。こちらからも事前に連絡するよ。それじゃあ、またね、伊織君」
「はい、またよろしくお願いします」
弦冬さんが軽く手を振ってドアを開け、外へと出ていく。
バタン、と重い鉄の扉が閉まり、私は内側から自分の手でサムターンを回してカチャリと鍵をかけた。
遠ざかっていく革靴の足音が、外廊下の向こうへと消えていく。
そして、私の部屋には、完全な静寂が訪れた。
「…………ふぅぅぅっ」
私は玄関のドアに背中を預け、ずるずるとその場にしゃがみ込むようにして、長いため息を吐き出した。
(……ああ。……ようやく、ほんとのほんとに一人になれたわ)
病院や施設の人たちは親切だった。弦冬さんにもずいぶん助けられた。
それでも、誰にも気を遣わずに過ごせる自分だけの空間は格別だ。
私は立ち上がり、今度こそゲーミングチェアへ腰を下ろした。もちろん壊さないように力を加減してから、座面で胡座をかく。ここでは誰にも小言を言われない。
私はデスクの上からスマートフォンを手に取り、今朝施設を出る前に書き込んだメモ帳の画面を開いた。
そこには、一行だけこう書かれている。
『最優先事項:男声ボイスチェンジャーの導入』
「……ふふふ。待たせたわね、私のPCちゃん」
私はキーボードへ手を伸ばした。
――と、その時。
視界の端に、さっき閉めたクローゼットの扉が映った。
「…………」
ピタリ、と私の動きが止まる。
そうだ。さっき弦冬さんが帰る直前に発覚した、あの「手持ちの服が全部サイズ違いで全滅している問題」は、まだ一ミリも解決していないではないか。
食材の買い足しも必要だし、会社との今後の話も残っている。
私はスマートフォンを持ち直し、メモ帳の画面に、渋々といった様子で新しいタスクを書き足した。
『帰宅後にやること
1.男声ボイスチェンジャーを導入
2.服と日用品を買い足す
3.会社との連絡を確認する』
画面に並んだ三つの項目を、私はジッと見比べた。
(……普通に考えたら、服か会社のことが先よね)
けれど、支給品の着替えは何日分かある。会社についても、急ぎの手続きは八咫烏が進めてくれている。
今すぐ困ることはない。私は三秒だけ真剣に考えた。
(……服は、買い方を教わってからでも間に合うわね)
(……会社からは連絡が来たら対応すればいいし)
(……だったら、先にボイチェンの準備をしておいてもいいでしょ。ギルメンにはまだ休めって言われてるから、今夜レイドには入らないけど)
脳内の会議は、全会一致で一瞬にして結論を出した。
(……よし。まずは音声変換ソフトの動作確認からね!)
私はスマートフォンを置き、そっとPCの電源ボタンを押した。
聞き慣れたファンの音が響き、ケースのLEDが光り、二枚のモニターが明るくなる。
「……おおおっ! ついた、ついたわよ!」
数日ぶりに見る自分のデスクトップ画面に、私は思わずパァッと顔を輝かせた。
私は笑いながら、マウスへ手を伸ばした。
(……まずは変換ソフトのレビューを検索して……)
画面の黒い縁に、銀髪紅眼の少女が映る。さっきまでなら、この姿を見てため息をついていたかもしれない。
(……服のサイズは全部変わっちゃったけど)
(……パソコンの中身は、男だった頃の私のままなのよね)
そのことが、少しだけ嬉しかった。
私は慎重にマウスを握り、ブラウザを立ち上げる。
(……よし。まずは、この声を何とかしましょうか!)
私はキーボードを軽快に叩き、検索窓へ文字を入力した。
こうして、元おっさんの吸血姫は、服の買い替えより先に男声ボイスチェンジャーの導入を始めた。念願の自宅生活は、どうやら以前と変わらない優先順位で幕を開けるらしい。
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