元おっさんの吸血姫は引きこもりたい。~TSした私を怪異使いの男が放っておいてくれない~ 作:パラレル・ゲーマー
階位の測定を終えた私は、再び広い測定区画へと戻ってきた。
測定主任が、次の検査項目について説明を始める。
「さて、相沢さん。これで身体能力と階位の確認は終わりました。最後は、あなたに吸血鬼特有の『異能』――すなわち超常的な因果律改変能力が備わっているかどうかの確認になります」
「……異能、ですか」
私は少し戸惑いながら聞き返した。
「あの、さっきの鉄をへこませる怪力とか、光がスローに見える目とか、傷が一瞬で治るやつとかは、異能じゃないんですか?」
「もちろん、それらも吸血鬼という人外種族が持つ超常的な身体特性です。ただ、多くの吸血鬼、とりわけあなたのように高い階位を持つ個体には、単なる肉体の強化とは別に、外部へ干渉する固有の『権能』が備わっていることが多いのです」
「固有の権能……」
「はい。代表的なものとしては、自身や他者の血液を操る能力、影や闇に干渉する能力、あるいは他者の認識や記憶に干渉する能力などが挙げられます。もちろん、個体によって何が発現するかは千差万別ですので、実際に試して確認する必要があります」
なるほど、と私は頷いた。さっきまでのテストが「基本ステータスの確認」だとしたら、ここからは「固有スキルの確認」というわけだ。
「でも、どうやって確認するんですか? 何か機械に入ると、使えるスキルが画面に一覧で出たりするとか?」
「いえ、残念ながらそのような便利な装置はありません。まずは相沢さんご自身の感覚として、『何かこういうことができそうだ』と直感的に感じるものはありますか?」
「……え?」
私は思わず固まった。
「いやいや、そんなこと言われても! ゲームみたいにステータス画面が開けるわけじゃないんですから、自分に何ができるかなんて分かるわけないじゃないですか!」
私が訴えると、測定主任は「それもそうですね」と苦笑した。
「では、まずは吸血鬼の権能として最も発現例が多い『血液への干渉』や『影への干渉』から、順番に試してみましょうか」
「試すって、具体的にどうすればいいんですか? 手をかざして『闇の炎に抱かれろ!』とか叫べばいいんですか!?」
「ふふ、技名を叫ぶことでイメージが固まり、発動しやすくなることは実際にありますが、最初から無理に唱える必要はありませんよ」
八咫烏の男が横から穏やかにフォローを入れてくる。
私は半信半疑のまま、自分の足元に落ちている黒い影を見つめてみた。そして、右手を前に突き出し、指先に力を込めて念じてみる。
「……影よ、動け!」
シーン、と静まり返った測定区画に、私の澄んだ美少女ボイスが虚しく響いた。
足元の影は、照明の角度通りにピタリと床に張り付いたまま、一ミリたりとも動く気配がない。
「…………」
「……特に変化はありませんね」
「そりゃそうでしょ! 私だって今、自分が何をやってるのかさっぱり分からないまま言ったんですから! なんかすごく恥ずかしいんですけど!」
顔がカッと熱くなるのを感じて、私は慌てて腕を下ろした。二十八歳の社会人が、大勢の大人の前で中二病みたいなポーズを取らされる身にもなってほしい。
「能力の発現には、ご本人が『何をどうしたいのか』という明確な対象と結果のイメージが必要になる場合があります。漠然と空間に向かって念じるよりも、具体的な対象物があった方が分かりやすいかもしれませんね」
測定主任はそう言うと、そばにいた医療スタッフに目配せをした。
スタッフがキャスター付きのワゴンに乗せて運んできたのは、耐衝撃樹脂製の透明な密閉ケースと、その中に固定された一本の小さなガラスの試験管だった。試験管の中には、鮮やかな赤色の液体が入っている。
「相沢さん。こちらは先ほど病院で採血された、あなたご自身の血液です。先ほど同意していただいたとおり、検査用としてこちらへ移送していますが、ここで異能の確認に使うことにもご同意いただけますか?」
「……うわぁ。これ、私の血なんですか。ええ、検査に使うなら構いませんけど……」
自分の身体から抜かれた血をまじまじと見るのは、あまり気分の良いものではない。
スタッフは私の目の前にあるテーブルの上に、その密閉ケースを置いた。そして、ケースの中で試験管の蓋を遠隔操作で外し、底の浅いガラスのシャーレへと赤い血液をトクトクと注ぎ出した。
「吸血鬼の血液は、本人の意思や因果と強く結びついていることが多くあります。まずはこのシャーレの上の血液を見つめて、それを動かすイメージを持ってみてください」
「……動かすイメージ、ですか」
「ええ。たとえば、シャーレの右側に血液を寄せる、といった簡単なことで構いません」
私はテーブルの前に立ち、透明なケース越しに、自分の赤い血を見下ろした。
(……いや、自分の血だからって、念じただけで動くわけないでしょ)
さっきの影と同じで、どうせ何も起きないに決まっている。
そう思いながらも、言われた通りにしないと検査が終わらないので、私はシャーレの中の赤い液体にじっと視線を集中させた。
*
手をかざしたり、変な掛け声をかけたりするのは、もうやめた。
代わりに、さっき微細な力加減のテストをしたときのように、自分の神経の先端を、目の前にある赤い液体へと繋げるようなイメージを頭の中で描いてみる。
あれは、私の血だ。
数時間前まで私の血管の中を流れていた、私自身の身体の一部。
(……ほら、ちょっとだけでいいから。右に、寄ってみなさいよ)
心の中で、そう語りかけるように意識を向けた、その瞬間だった。
チャプン、と。
誰も触れていないはずの水平なテーブルの上で、シャーレの中の血液が、わずかに波打った。
私自身は「気のせいか?」と思った程度だったのだが、横でモニターを監視していた測定主任が、ハッとして声を上げた。
「……今、動きましたね」
「え?」
「センサーが微弱な因果律改変反応と、液体の不自然な重心移動を記録しました。相沢さん、もう一度、今と同じように意識を向けてみていただけますか?」
「……お、同じようにって、ただ『右に動け』って思っただけですけど……」
私は首を傾げながら、再びシャーレの中の血液を凝視した。
今度は、さっきよりももう少しだけ強く、自分の指先で液体をぐっと右へ押しやるような感覚を思い描く。
(……右へ!)
ズズッ、と。
シャーレの底に広がっていた赤い血液が、まるで目に見えない磁石にでも吸い寄せられたかのように、一斉にシャーレの右端へと集まり、不自然な盛り上がりを形成したのだ。
「…………は?」
私は目を大きく見開き、そのままの姿勢で固まった。
「……ちょ、ちょっと待って」
慌てて頭の中で「左!」と念じる。
すると、血液の塊はシャーレの底を滑るようにして、今度は左端へとスッと移動した。
「……ええええっ!?」
私は思わずテーブルから一歩飛び退き、自分の両手とシャーレを交互に見た。
「な、何これ!? 今、勝手に動きましたよね!? トリックとか、下から磁石で動かしてるとかじゃないですよね!?」
「ええ、間違いなく相沢さんご自身の意思に反応して動いています」
「いやいやいや! なんでですか!? 私、手も触れてないし、呪文も唱えてないんですけど!?」
「あなたが『血液を動かそう』と認識し、その結果を望んだからです。これが因果律改変能力――あなたの持つ吸血鬼としての固有権能です」
八咫烏の男が、感心したように頷きながら説明する。
いや、頭では「そういう超能力がある世界だ」と理解していたつもりだった。自分の怪力や再生能力も体験した。
けれど、こうして自分の身体から離れた物体が、ただ「思っただけ」で物理法則を無視して目の前でうごめく光景は、まったく別次元の衝撃だった。
本物の魔法じゃないか、これ。
「相沢さん、非常に良好な反応です。そのまま、今度は血液をシャーレの中央に集めて、上に浮かせてみることはできますか?」
「う、浮かせる……? やってみますけど……」
私は恐る恐るテーブルの前に戻り、再び血液へと意識を集中させた。
不思議と、一度「動く」と理解してからは、さっきよりもずっと感覚が掴みやすくなっていた。
シャーレの中の血液に意識を引っ掛ける。まるで、自分の見えない三本目の腕や、新しく生えた指先を動かしているような、奇妙な一体感がある。
(……集まって、そのまま、上へ……!)
ぐっと意識を持ち上げると、シャーレの中央に集まった血液が、表面張力をはるかに超えて丸く膨れ上がった。
そして次の瞬間、ビー玉ほどの大きさになった真紅の球体が、シャーレの底からふわりと離れ、何もない空中へと浮かび上がったのだ。
「……おおおっ!」
重力に逆らい、透明なケースの中央でぷかぷかと静止する赤い球体。
それを見た瞬間、私の口から、恐怖ではなく純粋な感嘆の声が漏れた。
「す、凄っ……! 本当に浮いてる!」
観測ルームの職員たちが、一斉にキーボードを叩いてデータを記録し始める。
私はなんだか急に楽しくなってきて、ケースの前に顔を近づけた。
(……何これ、本当に私の思った通りに動くじゃない!)
手首を返すようなイメージを持つと、空中の赤い球体がくるくると回転を始める。
今度はそれを細長く伸ばしてみようと思い、両手で粘土を引っ張るような感覚を頭に描いた。
すると、赤い球体がすーっと左右に伸びて、一本の赤い紐のような形に変わっていく。
「おおーっ、伸びた伸びた! ……あっ」
面白がってよそ見をした瞬間、ふっと意識のピントが外れ、空中の血液がパシャッと音を立ててシャーレの上へと落ちた。
「……あーあ、失敗しちゃった」
「いえ、初めての発動でここまで明確な浮遊と形状変化を行えるのは驚異的です」
測定主任が、少し興奮の混じった声で言った。
「もうしばらく、色々な形や動きを試してみていただけますか?」
「……いいんですか? じゃあ、もう一回やります!」
そこからの私は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように、自分の血液を動かすことに夢中になった。
最初はすぐに形が崩れてしまっていたが、何度か繰り返すうちに、「どういう風に意識を保てば形が維持できるか」というコツが、面白いように分かってきたのだ。
初めて自転車に乗れたときや、ゲームの複雑なコンボが初めて繋がったときの感覚に似ている。
「……よし、こうやって意識を均等に回せば……」
シャーレから浮かび上がった血液が、空中でくるりと繋がり、綺麗なドーナツ状の輪っかを作る。
さらにそこから、輪っかの形を保ったまま、八の字を描くように空中をスイスイと泳がせてみた。
「おおっ、できた! 見てください、輪っかになりましたよ!」
「ええ、確認しています。非常に高い操作精度ですね……ところで相沢さん、先ほどから連続して権能を使用されていますが、何か体力的な消耗や、めまい、頭痛といった疲労感はありますか?」
「え? 疲労感ですか?」
私は空中の赤いリングをくるくる回しながら、自分の身体の感覚を確かめてみた。
息が上がることもなければ、頭が痛くなることもない。なんなら、ゲームで言うところの「MP(マジックポイント)が減っている」ような感覚すら皆無だった。
「……いえ、特には何も。強いて言えば、パズルゲームをやってるときみたいに、ちょっと頭を集中させてるなーってくらいですけど」
「……なるほど。了解しました」
主任が何かを端末に強く書き込んでいる。
その後も、血液を二つの球体に分けて同時に動かしてみたり、先端をトゲのように尖らせてみたりと、基礎的なテストが続けられた。
「――結構です、相沢さん。本日の測定は、ここまでにいたしましょう」
主任の合図で、私は意識を解き、血液をシャーレの中へと戻した。
今後、どのくらいの量の血液を、どのくらいの距離や速度で動かせるのか、あるいは硬く固めたりできるのかといった詳しい検証が必要になるらしいが、初日の検査としては十分すぎるほどのデータが取れたようだった。
*
すべての測定を終えた私は、再び小部屋の椅子に腰掛け、主任と八咫烏の男から本日の結果の総括を聞いていた。
「本日の検査結果を整理してお伝えしますね」
測定主任が、タブレットの画面を見せながら説明してくれる。
「まず、基礎的な身体能力――筋力および反応速度については、これまでに確認されている一般的な吸血鬼や人外の平均値を大きく上回っています。病院で確認された自己再生能力も合わせれば、肉体スペックだけでも極めて高い水準にあります」
「……はぁ。まあ、それはなんとなく実感しました」
「ただし、最大出力の高さに対して、日常的な微細制御はまだ未熟な状態です。これについては、今後の反復訓練によって十分に改善が可能だと判断しています。そして、魂の定数に基づく公式階位は『Tier2』。固有権能として、ご自身の血液を意思によって自在に移動・変形させる『血液操作』の異能が確認されました」
ずらりと並んだ自分のスペックを聞きながら、私は「なんだか本当にゲームのキャラクターシートみたいだな」と他人事のように感心していた。
「なお、太陽光への耐性や、血液摂取の必要性、また本日確認された以外の権能の有無については、明日以降、安全を確保した上で段階的に検証を進めていく予定です」
「……分かりました。あの、とりあえず私、これからしばらくはあの力加減の練習をすればいいんですよね?」
「ええ。まずは普通に生活できるよう、制御訓練のカリキュラムを組むことになります」
主任がそう言って説明を締めくくり、少し離れた場所で待機していた他の職員たちの方へと歩み寄った。
彼らが今後のスケジュールについて小声で打ち合わせを始めるのが、またしても私の耳に自然と入ってきてしまう。
「……しかし、覚醒初日でTier2、しかもあの精度の血液操作となると、通常の新人向けトレーナーでは荷が重いな」
「ええ。万が一、訓練中に制御が外れて暴走した際、確実に抑え込めるだけの実力者がいなければ危険です」
「となると、やはりあの方にお願いするしかありませんね。Tier2以上の事案にも単独で対処可能で、なおかつ人外や怪異の扱いにも精通しているとなれば……」
(……ん? なんかまた不穏なこと言ってない?)
「暴走した際に抑え込める実力者」とか、物騒な単語が聞こえた気がして、私は思わず耳をそばだてた。
*
やがて、打ち合わせを終えた八咫烏の男が、私の前へと戻ってきた。
さすがに今日は、午後三時に会社で倒れてからここまで、一生分のイベントを詰め込んだような怒涛の展開だった。肉体的にはピンピンしているものの、精神的にはすっかりくたびれてしまい、私は椅子に深く背を預けてため息をついた。
(……Tier2の吸血鬼、かぁ)
天井を見上げながら、今日一日で起きたことをぼんやりと振り返る。
普通の二十八歳のサラリーマンだった私の人生は、今日で完全にレールを外れてしまった。元の身体に戻れる保証はどこにもないし、明日からの会社や生活がどうなるのかも、まだ具体的なことは何一つ決まっていない。
けれど。
私はふと、自分の右手を顔の前に掲げて見つめた。
さっき、透明なケースの中で、私の意思に従ってふわりと浮かび上がった赤い血液の球体。思い通りに形を変え、くるくると空中で踊ったあの不思議な感覚。
(……あれは、ちょっとだけ面白かったわね)
病院のベッドで縛り付けられていたときは、自分の身体に宿った異常な力がただただ恐ろしくて、自分が人間ではない化け物になってしまったことばかりを嘆いていた。
もちろん、今でも手放しで喜べるわけじゃない。
それでも、自分の意思で力を抑え、自分の意思で不思議な現象を起こせたあの瞬間、私の胸の中に、まるで新しいゲームの魔法を覚えたときのような純粋な好奇心が芽生えたのも、また事実だったのだ。
そんなことを考えていると、目の前に立った八咫烏の男が、穏やかな声で口を開いた。
「相沢さん、長時間の検査、本当にお疲れ様でした。今夜は当施設の宿泊区画でゆっくり休んでいただき、明日以降、生活環境の調整と合わせて、身体能力および異能の制御訓練を進めていきましょう」
「……はい。私も、早く自宅で普通にマウスを握れるくらいには慣れたいですし、頑張ります」
「ええ。それと、今回の測定であなたが『Tier2』という非常に高い階位をお持ちであることが判明しましたので、今後の支援と訓練については、それに相応しい『専任の担当者』を一人つける方向で調整することになりました」
「……専任の担当者、ですか?」
「はい。高い力を持つ方には、万が一の際の安全確保も含めて、豊富な経験と確かな実力を持つ人材がマンツーマンでサポートに当たるのが最も安全ですから」
なるほど、と私は頷いた。
要するに、新米吸血鬼の私がうっかり何かをやらかさないように、ベテランの教官みたいな人がお目付け役としてついてくれるということだろう。自分の力をコントロールする助けになるのなら、それ自体はありがたい話だ。
ただ、さっき小耳に挟んだ職員たちの会話が気になって、私は念のために尋ねてみた。
「……あの、その専任の担当者って、どんな人なんですか? なんか『暴走したら抑え込む』みたいな話も聞こえたんですけど、すごく厳しい鬼教官みたいな怖い人だったりしませんよね?」
「ご安心ください。実力は国内でも折り紙付きですし、人外や特殊事象に関する経験も誰より豊富な方ですよ」
「……いや、実力の話じゃなくて、性格とか人間性の話を聞いてるんですけど」
私がジト目で突っ込むと、これまでどんな質問にも淀みなく答えてきた八咫烏の男が、今日初めて、ほんのわずかだけ視線を泳がせて言葉に詰まった。
「そうですね……決して悪い方ではないのですが、なんと言いますか……少々、独特の考え方とペースをお持ちの方ではありますね」
「…………」
男のその絶妙に歯切れの悪い返事と、どこか遠い目をした苦笑い。
社会人経験で鍛えられた私の危機察知能力が、頭の中でけたたましく警報を鳴らし始めた。
(……それ、絶対にめちゃくちゃ面倒くさいタイプの人間じゃないのよ!?)
私の嫌な予感は、果たして翌日の対面で、見事なまでに的中することになるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
YouTubeチャンネルを開設しました!
自作小説の朗読動画を投稿しています。
再生リストから第1話から通して聞けるので、作業用・睡眠用にもどうぞ!
よかったら、下のリンクから聴いてみてください!
YouTubeチャンネル「パラレル・ゲーマー」はこちら