次回は必ずデュエルします。
あれから、十年の歳月が流れた。
世間はロスト事件を忘れ去り、事件にまつわる記憶も、やがて過去の出来事として人々の意識から薄れていった。
人々は日常を取り戻し、新たな技術が生まれ、世界は何事もなかったかのように前へと進んでいく。
まるで、あの日に何が起きたのかなど、誰も覚えていないかのように。
――けれど、僕だけは違った。
彼らが上げた悲痛な叫びも、絶望に染まった表情も、そして、あらゆる光を失ってしまったかのような彼らの瞳も。
一日たりとも、忘れたことはなかった。
忘れられるはずがなかった。
彼らがどれほどの苦痛を味わい、何を奪われたのか。その事実を知っているからこそ、世間が事件を忘れていく様子を見るたびに、胸の奥に重たい何かが積み重なっていくのを感じていた。
それでも、僕は生きなければならなかった。
この世界で生き続けること。そして、いつか必ず自分の罪を償うこと。
そのために、僕はプログラマーとして細々と働きながら、目立たない生活を送っていた。
華やかな成功を望んでいたわけではない。誰かに認められたいわけでもない。ただ、少しでもこの世界の役に立ちたかった。自分にできることを一つずつ積み重ねていくことでしか、前へ進む方法が分からなかったのだ。
そんな日々を、十年間続けてきた。
そして、その日もまた、いつもと変わらない一日になるはずだった。
仕事を進めながら、何となく点けっぱなしにしていたテレビ。その画面が突然切り替わり、緊迫した様子のアナウンサーが速報を伝え始めた。
『緊急速報です。現在、LINK VRAINS内において、ハノイの騎士が大規模な活動を開始したとの情報が入ってきました。現在目的も分からず、VRAINSを破壊しながら侵攻をしています。直ちにログアウトする様に勧められています。』
「……っ!」
その言葉を耳にした瞬間、僕の手が止まった。
ハノイの騎士。
イグニス。
十年間、心の奥底に封じ込めることなどできず、それでも日常を送るために必死に押さえ込んできた記憶が、一気に蘇ってくる。
そうだ。とうとう始まったのか。
この世界の物語が。
僕は画面を見つめながら、急速に胸の鼓動が速くなっていくのを感じていた。
転生してから十年。これまで、僕は極力この世界の大きな流れに関わらないようにしてきた。自分にできることを探しながらも、原作の展開を変えることに対して、どこか恐れを抱いていたのかもしれない。
けれど、そんな僕にも、決して忘れてはならないことがあった。
最近、少しずつ薄れ始めていた記憶。その中に埋もれていた、極めて重要な出来事。
――遊作君が、闇のイグニスを捕らえた後のことだ。
彼は、その後ハノイの騎士と対峙することになる。
そして、その戦いは決して安全なものではない。
「……まずい。そうだった、ここから……!」
思い出した瞬間、僕は椅子から立ち上がっていた。
迷っている時間などない。
遊作君が危険にさらされると分かっているのに、何もしないまま見過ごすことなど、僕にはできなかった。
慌ててデュエルディスクを手に取り、腕に装着する。必要な準備を整えながらも、頭の中では次々と不安が浮かんでは消えていった。
間に合ってくれ。
どうか、今度こそ。
彼らがこれ以上、傷つかずに済むように。
「《INTO THE VRAINS》!!」
仮想空間への接続が完了すると同時に、僕の視界は一変した。
そこは、現実とは異なるもう一つの世界。
人々の意識が行き交い、無数の情報が飛び交う仮想空間、LINK VRAINS。
そして、その一角で――僕は、彼の姿を見つけた。
藤木遊作。
僕が救いたいと願い続けてきた少年が、今まさにハノイの騎士とデュエルを繰り広げていた。
僕はすぐに駆け寄りたい衝動を抑え、近くの建物の陰へと身を潜めた。
不用意に姿を見せるわけにはいかない。ここで僕が介入すれば、何が起こるか分からないからだ。
まずは、状況を見極める。
そう自分に言い聞かせ、息を潜めて戦いを見守った。
「デコード・エンド!!」
遊作君の声が響き渡る。
デコード・トーカーの攻撃が決まり、デュエルは彼の勝利で幕を閉じた。
遊作君はデュエルボードから降りると、周囲を警戒しながらその場を離れようとしていた。
ひとまずは無事に終わった。
そう思い、僕は小さく息を吐いた。
――だが、まだ安心するわけにはいかなかった。
原作の展開を知っているからこそ、ここで何かが起こる可能性を捨てきれなかったのだ。
もう少しだけ様子を見よう。
そう考えて建物の陰にとどまっていた、そのときだった。
新たなハノイの騎士が現れた。
しかも、その視線は明らかに遊作君へと向けられている。
デュエルを終えたばかりの彼に、再び戦いを仕掛けるつもりなのだろう。相手が油断している隙を狙い、奇襲をかけようとしていた。
「……ふざけるな」
思わず、声が漏れた。
ここで見過ごせば、遊作君はまた危険にさらされる。
十年前、彼らがどれほど苦しんだのかを知っている。どれほどの絶望を味わったのかも知っている。
それなのに、僕はこれ以上、何もせずに見ているつもりなのか。
そんなことができるはずもなかった。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
僕は建物の陰から飛び出し、ハノイの騎士と遊作君の間に立ち塞がった。
突然、目の前に人影が現れたことで、ハノイの騎士は足を止めた。
「貴様……何者だ?」
警戒をあらわにする相手を、僕は正面から見据えた。
本当なら、もっと慎重に行動するべきだったのかもしれない。自分の正体を知られる危険もある。これから先の展開がどう変化するのかも分からない。
それでも、今だけは退くわけにはいかなかった。
僕の背後には、遊作君がいる。
これ以上、彼を傷つけさせない。
その決意だけは、何があっても揺るがなかった。
「僕は、ただのしがないデュエリストのW∀-i(ワイ)だ…」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「彼のところには行かせない」
「何だと……?」
ハノイの騎士から敵意が膨れ上がる。
「ならば、貴様を倒して、あの男からイグニスを奪わせてもらう!!」
その言葉を聞いた瞬間、僕はデュエルディスクを構えた。
逃げるつもりはない。
この世界に生まれ変わってから、ずっと避けてきたことがある。
それは、デュエルだ。
かつては好きだったはずのもの。けれど、この世界で経験したこと、そして僕が背負っているものを思えば、以前のように純粋な気持ちで楽しむことはできなかった。
カードを手に取るたび、どうしても思い出してしまう。
救えなかったあの子達のことを。
自分が犯した過ちのことを。
だからこそ、僕はデュエルから距離を置いていた。
けれど、今は違う。
このデュエルから逃げることは、遊作君を見捨てるこ、そう思ってしまった。
それだけは、絶対にできない。
「……いいだろう。相手になってやる」
僕はデュエルディスクを構え、目の前の敵を見据えた。
「「デュエル!!」」
二人の声が、仮想空間に響き渡る。
こうして――僕は、この世界に生まれ変わってから初めて、デュエルの舞台へと立つことになった。
遅筆の為投稿には時間が掛かってしまいます。
気長に更新を待っていただくと幸いです。