ハノイの騎士とのデュエルに勝利してから、数日が経過していた。
その間、ネット上ではある一人のデュエリストの話題で持ちきりになっていた。
――Playmaker。
突如として現れ、ハノイの騎士を打ち倒した正体不明のデュエリスト。彼の活躍は瞬く間に世間へと広まり、ニュース番組でも連日のように取り上げられていた。
素性が一切明らかになっていないことも、かえって人々の好奇心を刺激しているらしい。メディアは彼を謎に包まれた新たなスターのように扱い、その正体や実力について、さまざまな憶測を飛び交わせていた。
一方、LINK VRAINS内では、Playmakerと瓜二つのアバターを使用するユーザーが大量に出現しているという。
いわゆる便乗行為だ。
彼にあやかろうとする者たちが次々と似た姿のアバターを作成し、データの風に乗ってあちこちへと出没しているらしい。その結果、迷惑行為に及んだユーザーのアカウントがBANされるケースも少なくないのだとか。
そんなニュースを、僕は半ば他人事のように眺めていた。
Playmakerが注目されるのは当然だろう。実際、彼はそれだけのことを成し遂げたのだから。
だからこそ、自分のことなど話題に上るはずもないと思っていた。
――そのニュースを見るまでは。
『続いて、LINK VRAINSに関するニュースです。新たなユーザーによって、ハノイの騎士が打ち倒されていたことが分かりました』
「……ゑ?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
聞き間違いだろうか。
いや、まさか。
僕はリモコンを操作し、画面へと視線を戻した。聞き違いであってくれ。そう願いながら、もう一度ニュースの内容を確認する。
しかし、画面に映し出された映像は、僕の淡い期待を無慈悲にも打ち砕いた。
そこにいたのは、見覚えのあるアバターだった。
青を基調としたジャケットに帽子。LINK VRAINSにおける初期設定のままの姿。
そして、そのカラーリングは――。
「僕が映ってる……。何でここに僕のアバターが映っているのぉ?」
普段の自分なら、まず口にしないような話し方になっていた。
それほどまでに動揺していたのだろう。自分でも、言葉を発してからすぐに気が付いた。
だが、そんなことを気にしている余裕などなかった。
分かってしまったのだ。
あのアバターが自分のものだと。
そもそも、あの格好を好んで使うユーザーはそう多くない。
コナミ君のブルーカラーバージョン。
ゲームの初期設定を思わせる、飾り気のないジャケットと帽子。見た目を自由に変更できるLINK VRAINSにおいて、わざわざそのままの姿を使い続ける理由はあまりない。
大半のユーザーは、もっと自分好みの外見に変更するだろう。
だからこそ、僕はあえてその姿を使っていた。
目立たないだろうと思っていたからだ。
まさか、その目立たなさが逆に特徴となり、こうしてニュースで取り上げられることになるなんて。
「どうして……どうしてこうなるんだよ……」
画面の中では、アナウンサーが淡々と説明を続けている。
『映像を確認すると、Playmakerと同様、劣勢からの逆転勝利を収めていることが分かります。使用しているモンスターや戦術にも、興味深い点が見受けられますね』
当たり障りのない解説。
視聴者にとっては、それなりに興味深いニュースなのだろう。
だが、僕にとってはそんなことなど、どうでもよかった。
問題はそこじゃない。
もっと重大で、もっと深刻で、そして何よりも――僕が最も恐れていた事態が起きてしまったことだ。
「まずい……。このままじゃ、遊作君に見られてしまう……!」
思わず頭を抱えた。
よりにもよって、あの藤木遊作に。
僕がこの世界に転生して以来、できる限り関わらないようにしてきた相手。
原作知識があるからこそ、その存在を意識せずにはいられない少年。
そんな彼に、自分のアバターとデュエルの映像を見られる。
考えただけでも頭が痛くなった。
いや、待て。
まだ慌てるような時間じゃない。
ニュースが放送されたからといって、遊作君が必ず見るとは限らない。仮に見たとしても、映像に映ったアバターと僕自身を結び付けられるとは限らない。
そもそも、あの映像から俺の正体にたどり着く手掛かりなんて――。
「……いや、あるわ。普通にあるわ」
自分で考えて、自分で絶望した。
あのデュエルはLINK VRAINS内で行われたものだ。アバターの外見はもちろん、デュエルの内容まで記録されている。
そして、何より厄介なのは、僕が原作知識を持っているという事実だった。
遊作君なら、映像の中に何かしらの違和感を見つけるかもしれない。もしも僕のデッキや戦術に興味を持たれたら?
もしも、僕のことを調べ始めたら?
いやいやいや、やめてくれ。
頼むから、そこまで考えさせないでくれ。
「どうしたらいい……? どうしたら、この映像を止められる……?」
当然ながら、テレビ番組の放送を止める権限など僕にはない。
今さら映像が世間に出回るのを阻止しようとしたところで、既に手遅れだろう。誰かが録画している可能性だってあるし、ネット上に投稿されてしまえば、削除したところで完全に消し去ることは難しい。
つまり、詰みである。
「教えてくれ……遊星、助けてくれぇぇぇ!!」
思わず、いるはずもない別作品の主人公に助けを求めてしまった。
もちろん、返事が返ってくるはずもない。
そもそも、どうして遊星なのか。
自分でも分からない。
ただ、今の僕には、誰かに助けを求めずにはいられなかったのだ。
***
一方、その頃。
藤木遊作は、いつも通り学校生活を送っていた。
ただし、本人にとってはいつも通りでも、周囲がそう思ってくれるとは限らない。
「なあ、藤木。ちょっといいか?」
「知らん」
「まだ何も言ってねぇよ!?」
島直樹の声が、教室に響いた。
遊作は顔色一つ変えず、島からの呼び掛けを一蹴する。
VRAINSで起きた出来事について、あれこれと話しかけてくる島に付き合うつもりはない。そんな態度がありありと表れていた。
しかし、島もこれくらいで引き下がるような性格ではなかった。
「まあまあ、そう言うなって! それより、これを見てくれよ!」
そう言って、島は端末の画面を遊作へと突き出した。
「……何だ、それは?」
「知らねぇのか? Playmaker以外にも、ハノイの騎士を倒したデュエリストがいたらしいぜ!」
その言葉を聞いた瞬間、遊作の視線が画面へと向けられた。
「……何?」
ほんのわずかに、興味を示した様子だった。
島はその変化を見逃さず、得意げに説明を続ける。
「しかも、Playmakerとほぼ同じ時間帯にハノイの騎士を撃破したんだとよ! すげぇよな!」
「何というプレイヤーなんだ、そいつは?」
今度は遊作の方から尋ねた。
島は待ってましたと言わんばかりに、指を立てる。
「それが、全然分からないらしいんだよ。名前も素性も不明。今のところ分かってるのは、アバターが初期設定のジャケットに帽子ってことくらいだな」
「……初期設定?」
「そうそう。俺だったら恥ずかしくて、すぐに見た目を変えちまうけどな!」
島は悪気なく笑った。
その後も何か話していたようだが、遊作の耳にはほとんど入っていなかった。
彼の意識は、すでに端末に映し出されたデュエル映像へと向けられていたからだ。
Playmaker以外にも、ハノイの騎士を倒したデュエリストがいる。
しかも、同じ時間帯に。
それは単なる偶然なのか。
あるいは、何かしらの理由があるのか。
映像を見れば、少なくとも何か手掛かりは得られるかもしれない。
「なあ、島。この映像を送ってくれないか?」
遊作からの思いがけない頼みに、島は目を丸くした。
「おっ!? いいぜ! そのためにお前に見せたんだからな! 今送ってやるよ!」
島は嬉々として操作を始めた。
ほどなくして、遊作の端末に映像データが届く。
「……ありがとう」
短く礼を告げると、遊作は端末をしまった。
そして、放課後になるや否や、普段よりもいくらか足早に帰路についた。
目的はただ一つ。
謎のデュエリストの正体を探ること。
そのデュエルに、何が隠されているのかを確かめることだった。
***
その夜。
LINK VRAINSで活動するプロのデュエリストたちの間でも、二人の謎めいたデュエリストが話題になっていた。
SNSには、Playmakerに関する投稿が次々と流れている。
特に注目されていたのは、彼が使用するサイバース族という未知の種族についてだった。
「サイバース族って、いったい何なんだ?」
「新しいカテゴリーなのか?」
「サイバーって付くくらいだし、サイバー・ドラゴンの親戚じゃないのか?」
そんな、冗談なのか本気なのか判断に困るような投稿まで見受けられた。
本当にプロのデュエリストなのかと疑いたくなるような発言もちらほら混じっていたが、それほどまでにPlaymakerの存在が衝撃的だったということなのだろう。
しかし、議論の対象はPlaymakerだけではなかった。
もう一人。
初期設定とほとんど変わらないアバターを使いながら、ハノイの騎士を撃破した謎のデュエリスト。
こちらもまた、デュエリストたちの関心を集めていた。
その理由は、使用しているデッキと戦術にあった。
低レベルのモンスターを中心に展開し、相手の妨害を受けながらも冷静に盤面を築いていく。
そして、最後まで表情一つ変えることなく、ハノイの騎士を打ち倒した。
その姿は、華々しい演出や派手なモンスターに頼ることなく、純粋なプレイングによって勝利をつかみ取るデュエリストそのものだった。
ニュースで放送された映像は、既にSNS上にも投稿されていた。
しかも、短いダイジェストではない。
デュエルの開始から決着までを収めた、フル映像である。
多くのデュエリストがそれを視聴し、各々の視点から分析を始めていた。
そんな中、一人のデュエリストが、ある重大な点に気が付いた。
『……あれ?』
映像を見返していた彼は、思わず首を傾げた。
『こいつ、召喚権を使わずに展開していないか?』
その指摘は、瞬く間にSNS上へと投稿された。
それまで多くの者は、デュエル終盤における《スプライト》の攻撃力上昇や、そこから繰り出された攻撃に注目していた。
そのため、序盤の展開については細かく確認していなかった者も多かったのだ。
だが、一度指摘されれば話は別だった。
投稿を見たデュエリストたちが、次々と映像を見直し始める。
そして――。
『本当だ。何で今まで気付かなかったんだろう?』
『マジじゃねぇか。召喚権を使ってないぞ!』
『待て待て、じゃあ、あの展開はどうやって成立してるんだ?』
『あれだけ盤面を広げられるのかよ……』
驚きの声が相次いだ。
単にハノイの騎士を倒しただけではない。
そのデュエルには、熟練のデュエリストでさえ見落としてしまうような、特異な展開技術が隠されていたのである。
そして、その議論を眺めていた人物がもう一人いた。
鬼塚豪。
プロデュエリストとして名を知られる彼もまた、話題となっている映像に目を通していた。
Playmaker。
そして、もう一人の正体不明のデュエリスト。
二人のデュエルを見比べながら、鬼塚は静かに考えを巡らせる。
「……次の対戦相手は、Playmakerとこの男だな」
口元に、かすかな笑みが浮かんだ。
未知の実力を持つデュエリスト。
世間を騒がせる二人の存在は、鬼塚にとっても無視できるものではなかった。
彼らと戦うことになれば、何が見えてくるのか。
そして、自分は何を得られるのか。
思考を巡らせる鬼塚の胸中で、新たな戦いへの意欲と、ある計画が静かに形を成していく。
こうして、LINK VRAINSの夜は更けていった。
世間の注目を集める二人のデュエリスト。
その片方は、自らの正体が露見する可能性に頭を抱え、もう片方は、正体不明のデュエリストに興味を抱いていた。
そして、その動きは少しずつ、周囲の人間たちをも巻き込み始めていた。