今回もまたデュエルには入りませんが、読んで戴けると幸いです。
自分のデュエルがメディアに取り上げられてしまった翌日。
LINK VRAINSでは、早くも新たな動きが起きていた。
その中心にいたのは、プロデュエリストとして名を馳せる男――GO鬼塚だった。
『俺はPlaymaker、そしてもう一人の謎のデュエリスト。この二人にデュエルを申し込むことを宣言する!』
その宣言は、瞬く間にLINK VRAINS内を駆け巡った。
「…………は?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
いや、待ってほしい。
どうしてそうなった?
確かに、原作アニメでも鬼塚はPlaymakerに対戦を申し込んでいた。そこまでは知っている。原作知識の範囲内だし、別段驚くような話でもない。
だが、今回の宣言には余計なものが一つ付け加えられていた。
――もう一人の謎のデュエリスト。
つまり、僕である。
「何でぇ……?」
画面に映る鬼塚の姿を見つめながら、僕は頭を抱えた。
いやいやいや。おかしいだろ。
確かにハノイの騎士を倒したのは僕だ。デュエルをした以上、こうして注目される可能性があることくらい、多少は覚悟していた。
だが、まさかプロデュエリストから直接対戦を申し込まれることになるとは思わなかった。
しかも相手はGO鬼塚。
原作を知っている身としては、彼がこれからどうなっていくのかも知っている。
「……何か、原作からズレてきちゃってるんですけどぉ」
つい、情けない声が出てしまった。
そもそもの原因は自分にある。
原作ではPlaymakerがハノイの騎士を撃破し、その活躍をきっかけとして世間の注目を集めていく。そこに僕が割り込んだことで、鬼塚の関心まで引き寄せてしまったのだろう。
分かっている。
分かってはいるのだが……。
「僕、できるだけ原作の流れを壊さないようにしようと思ってたんだけどなぁ……」
もはや、今さら言っても仕方のないことだった。
自分が行動すれば、周囲に影響が出る。
当たり前のことだ。
ましてや、この世界は僕が知っているアニメの中だけの存在ではない。ここにはここで生きている人間がいて、それぞれの考えがあり、それぞれの事情がある。
僕が何かをすれば、彼らだってそれに反応する。
原作の展開を絶対的な未来だと思い込むこと自体、そもそも間違っていたのかもしれない。
「……はぁ」
ひとまず、深呼吸をする。
そして、もう一度、鬼塚の宣言を頭の中で反芻した。
僕にデュエルを申し込んできた。
ならば、どうするべきか。
答えは、既に決まっていた。
「……受けるしかないよな」
デュエリストとしての意地もある。
だが、それだけではない。
今回のデュエルには、僕にとって見過ごせない理由が三つあった。
一つ目。
遊作君には、このデュエルを通して強くなってほしい。
僕が鬼塚と先に戦い、彼に新たな剛鬼のカードを披露させることができれば、それを見た遊作君が新しい戦術を考えるきっかけになるかもしれない。
もちろん、僕が勝手にお膳立てしたところで、遊作君が必ず強くなるとは限らない。そもそも、彼は他人から与えられたものをただ受け取るだけの人間ではないだろう。
それでも、彼が成長するための材料を少しでも増やせるのなら、試してみる価値はある。
遊作君には、これから先、さまざまな困難が待ち受けている。
ハノイの騎士との戦いもそうだし、ロスト事件を巡る問題もある。
その先に待ち受ける戦いを考えれば、今のうちから少しでも多くの経験を積んでおくに越したことはない。
僕が鬼塚と戦うことで、その機会を作れるのなら。
少なくとも、無駄なデュエルにはならないはずだ。
二つ目。
鬼塚自身を強化すること。
これも、僕にとってはかなり重要な目的だった。
原作の展開を知っているからこそ、鬼塚がこれから辿る道筋については思うところがある。
彼は強い。
少なくとも、プロデュエリストとして活動しているだけの実力はあるし、剛鬼というテーマを使いこなす技量も持ち合わせている。
だが、原作ではPlaymakerとの敗北をはじめ、さまざまな出来事を経て、彼は少しずつ追い詰められていく。
そして、やがてはダイナレスラーへとデッキを変え、以前とは異なる方向へと進んでしまう。
……いや、ダイナレスラーが悪いと言いたいわけじゃない。
テーマそのものに罪はない。
ただ、僕としては、あの展開にはどうしても引っ掛かるものがあった。
「いや、せめてもう少し剛鬼を使ってくれませんかねぇ……」
思わず独り言が漏れた。
剛鬼には剛鬼の良さがある。
展開力に優れ、仲間を次々と呼び込みながら戦線を維持する。テーマとしてのまとまりもあり、使い手である鬼塚の戦い方にもよく合っている。
だからこそ、彼には剛鬼を使い続けてほしいと思っていた。
それなのに、後々の展開を考えると、どうしても別のデッキへと移っていく未来が頭をよぎる。
そして、ダイナレスラーといえば……。
「……パンクラトプスのワンマンチームみたいな印象になるのは、どうにかならないかなぁ」
もちろん、これは僕個人の偏見も混じっている。
《ダイナレスラー・パンクラトプス》が優秀なモンスターであることは認める。むしろ、あのカード単体の性能については文句の付けようがない。
だが、だからといって、鬼塚というデュエリストの魅力が一枚の強力なモンスターだけに集約されてしまうような印象にはなってほしくなかった。
……それなら、いっそのこと剣闘獣でも使ってくれないだろうか。
いや、さすがにそれは別の話か。
「うん。今は余計なことを考えるのをやめよう」
僕は頭を振った。
今やるべきなのは、鬼塚を別のテーマへ誘導することではない。
彼自身の実力を引き上げることだ。
僕とのデュエルで新たな戦術を見つけ、自分のデッキを見直すきっかけを得られれば、今後の展開だって変わるかもしれない。
彼が敗北を重ねて追い詰められていく未来を、少しでも変えられるのなら。
僕は本気で鬼塚とぶつかるべきだろう。
手加減などしている場合ではない。
中途半端なデュエルでは、彼の糧にならない。
だからこそ、勝つために全力を尽くす。
その結果として鬼塚が何を感じ、何を選ぶのかは、彼自身が決めることだ。
そして、三つ目。
これが、今回のデュエルを受ける最大の理由だった。
――ハノイの騎士のヘイトを、完全に僕へと向けること。
僕は画面から目を離し、しばらく考え込んだ。
ハノイの騎士は、遊作君にとって単なる敵ではない。
彼らの背後には、ロスト事件という過去が存在している。
遊作君と草薙さんが追い求めているのも、まさにその事件の真相だ。
そして、僕は知っている。
この先、遊作君たちがどれほど危険な状況に身を置くことになるのかを。
できることなら、彼らには余計な妨害を受けず、ロスト事件の調査に集中してほしい。
そのためには、どうすればいいのか。
答えは単純だった。
僕が目立てばいい。
僕がハノイの騎士を倒し、さらにGO鬼塚というプロデュエリストとのデュエルで注目を集めれば、彼らにとって僕は無視できない存在になる。
しかも、ただの一般ユーザーではない。
自分たちの仲間を倒し、プロと互角以上に渡り合う可能性を持つデュエリスト。
そんな相手が現れたのなら、ハノイの騎士だって警戒せざるを得ないだろう。
もちろん、相手が必ず僕だけを標的にするとは限らない。
むしろ、僕が目立つことで遊作君たちまで巻き込まれる可能性もある。そこは慎重に考えなければならない。
それでも、僕が前に出ることで彼らへの圧力を少しでも減らせるのなら、やる価値はある。
僕は原作を知っている。
だが、知っているからといって、何もかもを遊作君たちに任せるつもりはなかった。
彼らには彼らの戦いがある。
そして、僕には僕にしかできないことがあるはずだ。
「……よし」
僕は椅子から立ち上がり、机へと向かった。
幸い、今日はそれほど仕事が立て込んでいるわけではなかった。
こういうときに限って仕事が山積みになっている、なんて展開は勘弁してほしいところだが、どうやら運だけは味方してくれたらしい。
僕は普段よりも手早く作業を進め、必要な仕事を次々と片付けていった。
途中、何度か鬼塚の宣言が頭をよぎったものの、そのたびに考えるのをやめて目の前の仕事に集中する。
今はまだ、余計なことを考える時間ではない。
デュエルをするなら、まずはそのための準備を整えなければならないのだから。
やがて、すべての仕事が片付いた。
端末を確認し、必要なものが揃っていることを確かめる。
そして、僕はLINK VRAINSへとログインするための準備を始めた。
「……さて、行きますか」
いつものように、ログインのための操作を進める。
現実の身体から意識を切り離し、仮想空間へと接続する。
これから先、何が待ち受けているのかは分からない。
原作の展開は、すでに少しずつ変わり始めている。
僕の行動がどこまで影響を及ぼすのかも、まだ見当がつかない。
それでも、今さら立ち止まるつもりはなかった。
遊作君を強くするため。
鬼塚の未来を変えるため。
そして、ハノイの騎士の目を僕へと向けさせるため。
三つの目的を胸に、僕は宣言した。
「Into the VRAINS!」
その瞬間、視界が光に包まれた。
現実の景色が遠ざかり、代わりに広がっていくのは、無数のデータが流れる仮想空間。
LINK VRAINS。
デュエリストたちが集い、競い合い、そして時に運命さえも変えていく世界。
僕は再び、その世界へと足を踏み入れた。
今度のデュエルは、ただ勝てばいいというものではない。
鬼塚の実力を引き出し、遊作君に新たな可能性を示し、ハノイの騎士に自分の存在を認識させる。
そのすべてを成し遂げるために、僕は戦う。
「……さあ、始めようか」
誰に聞かせるでもなく、僕は小さく呟いた。
原作通りに進まなくなった物語を嘆くのは、もう終わりだ。
ここから先は、自分の手で切り開いていく。
その覚悟を胸に、僕はLINK VRAINSの街へと歩き出した。
***
LINK VRAINSにログインした、その直後だった。
「……おい、あれって」
「まさか、例の……?」
「本当に来たのかよ」
周囲から、ざわめきが広がっていく。
最初はほんの数人だった。それが一人、また一人と増え、やがて辺り一帯に波紋のように伝播していった。
その視線の先にいるのは、青いジャケットに帽子という、初期設定そのままのアバターを身にまとった一人のデュエリスト。
――僕だった。
どうやら、例のニュースは思っていた以上に広まっているらしい。
僕が歩き出すと、周囲のユーザーたちは示し合わせたかのように道を空けた。まるで、関わってはいけない危険人物でも通りかかったかのような扱いである。
「……そんなにか?」
思わず小声で呟いてしまった。
いや、確かに自分でも、あのデュエルは少々やりすぎた自覚がある。
召喚権を使わずに展開し、低レベルのモンスターを中心に盤面を構築して、最後には逆転勝利を収めた。しかも、その一部始終がニュースで放送され、インターネット上にも映像が出回っている。
デュエリストたちが興味を持つのは理解できる。
理解できるのだが……。
「もしかして、プレイングを見てドン引きされたのかな……」
そんな考えが頭をよぎった。
いや、やめよう。
自分から不安の種を増やしてどうする。
今は余計なことを考えず、目的を果たすことに集中しなければならない。
鬼塚とのデュエル。
今回、僕がLINK VRAINSへやって来た理由は、それなのだから。
周囲の視線を受け流しながら、僕は人混みの中を歩いていく。
そして――。
「見つけたぞ」
不意に、よく通る声が響いた。
足を止め、声のした方向へと視線を向ける。
そこにいたのは、大柄な体躯と堂々たる立ち姿が印象的な男。
GO鬼塚。
プロデュエリストとして名を馳せ、数多くの観客を魅了してきた男が、まっすぐにこちらを見据えていた。
その眼差しには、相手を見定めるような鋭さがある。
周囲のざわめきが、いっそう大きくなった。
「お前が、例の男か?」
鬼塚が問いかける。
僕は逃げも隠れもせず、正面から彼の視線を受け止めた。
「ああ、そうだ。間違いない」
できるだけ落ち着いた声で答える。
ここで気圧されるわけにはいかない。
僕はデュエリストとして、この場に来たのだから。
鬼塚は僕の姿をしばらく見つめた後、口を開いた。
「名前は何と言う?」
「W∀-iだ」
自分のアバター名を告げる。
それを聞いた鬼塚は、興味深そうに目を細めた。
「W∀-i……か。面白い名前だ」
そして、一歩前へと踏み出す。
周囲のユーザーたちが固唾を呑んで見守る中、鬼塚は僕に向かって堂々と宣言した。
「W∀-iよ。改めて言わせてもらおう。お前にデュエルを申し込む!」
ついに来た。
ニュースでの宣言を聞いた時点で予想していたこととはいえ、こうして本人から直接申し込まれると、やはり気持ちが引き締まる。
目の前にいるのは、ただの有名人ではない。
自分の信念を持ち、己のデッキを磨き続けてきた、一人のデュエリストだ。
ならば、こちらも相応の覚悟を持って応じなければならない。
「ああ、いいだろう」
僕は即答した。
その返事に、周囲がどよめく。
しかし、僕はそこで話を終わらせなかった。
「ただし、一つ条件がある」
鬼塚の眉が、わずかに動いた。
「条件だと?」
「ああ。スピードデュエルじゃない。マスタールールによるデュエルだ!」
はっきりと言い切る。
一瞬、周囲のざわめきが止まった。
鬼塚もまた、予想していなかった提案だったのか、わずかに戸惑いの表情を浮かべる。
「スピードデュエルではないだと? なぜだ?」
当然の疑問だろう。
LINK VRAINSではスピードデュエルが主流となっている。特に、こうした公開の場でデュエルを行うのであれば、スピードデュエルを選ぶのが自然な流れだ。
だが、僕には譲れない理由があった。
「僕のデッキは、スピードデュエル向きじゃないんだ。それに――」
僕は一度言葉を切り、鬼塚の目を見据えた。
「マスタールールなら、僕も本気で戦える。どうする?」
これは単なる形式の問題ではない。
僕のデッキを十全に扱うためにも、鬼塚の実力を引き出すためにも、マスタールールで戦う必要がある。
中途半端な条件で勝負をしても、互いに得られるものは少ないだろう。
僕が求めているのは、ただの勝利ではない。
鬼塚の本気を引き出し、こちらも全力で応じること。
そのためには、この条件が必要だった。
鬼塚はしばらく黙っていた。
僕の言葉の真意を測るように、じっとこちらを見つめている。
やがて、その口元に力強い笑みが浮かんだ。
「……いいだろう」
鬼塚は堂々と答えた。
「マスタールールでデュエルをしよう!」
その言葉を聞いた瞬間、周囲から歓声が上がった。
プロデュエリストであるGO鬼塚と、正体不明の実力者W∀-i。
二人が通常のスピードデュエルではなく、マスタールールで激突する。
この場に居合わせたユーザーたちにとって、これほど興味をそそられる展開もないだろう。
鬼塚はデュエルディスクを構え、僕もそれに倣う。
システムの設定を変更し、デュエル形式がマスタールールに切り替わったことを確認する。
周囲の景色が二人の決闘にふさわしい舞台へと整えられ、互いのデュエルディスクが起動した。
目の前にいるのは、GO鬼塚。
これから僕が本気でぶつかる相手だ。
遊作君のために。
鬼塚自身のために。
そして、これから始まる戦いの流れを変えるために。
僕はデュエルディスクを構え直した。
鬼塚もまた、真剣な眼差しでこちらを見据える。
もはや、言葉はいらない。
必要なのは、互いのデッキを通じて己の実力を示すことだけだ。
そして――。
「「デュエル!!!」」
二人の声が、LINK VRAINSの空間に響き渡った。
こうして、W∀-iとGO鬼塚。
二人のデュエリストによる、新たな戦いの幕が上がった。