普段1話に1コメ位のところが思っていた以上についていたので驚きました。
今回は普段よりも長めになっています。書きたいのを書いたら伸びてしまいました。
鬼塚とのデュエルを経て、僕は自分の認識を改めることになった。
原作知識があるからといって、何もかもが思いどおりに進むわけではない。むしろ、僕が何かを変えようとすれば、その影響がどこまで広がるのかさえ分からないのだ。
……とはいえ、いつまでも考え込んでいるわけにもいかない。
目の前には片付けなければならない仕事が山積みになっている。僕は小さく息を吐くと、意識を切り替え、目の前の作業に取り掛かった。
それからしばらくの間、特に大きな事件もなく、比較的平穏な時間が流れていた。
少なくとも、僕にはそう思えた。
ハノイの騎士が現れるわけでもなく、突然誰かが襲撃されるわけでもない。ようやく少しばかり落ち着いて仕事ができるようになったのだ。
――このまま何事もなく過ごせればいいんだけどな。
そんな淡い期待を抱きながら作業を続けていた、その時だった。
ピコンッ!
不意に、VRAINS内で速報の通知が表示された。
「……ん?」
手を止め、画面へと目を向ける。
ハノイの騎士が出没したという緊急警報だろうか。それとも、また何か厄介な事件でも起きたのだろうか。
一瞬、嫌な予感が頭をよぎったものの、表示された通知と周囲の反応を見て、僕は少しばかり拍子抜けした。
どうやら、そういう類いの騒ぎではないらしい。
むしろ、突然有名人が姿を現した時のSNSのお祭り騒ぎに近い。
あちらこちらで話題が飛び交い、情報が瞬く間に拡散されていく。緊迫した空気というよりも、何か大きなイベントが始まった時のような盛り上がりだった。
「……なんだ、何があったんだ?」
気になった僕は、ひとまず通知を確認してみることにした。
そして、その内容を目にした瞬間。
「あー……なるほどね」
思わず、そんな声が漏れた。
速報の内容は、Playmakerとブルーエンジェルによるスピードデュエルについてだった。
なるほど、そりゃ話題にもなるか。
Playmakerといえば、今やLINK VRAINSで名を知られたデュエリストだ。そして、ブルーエンジェルもまた、多くのファンを抱える人気アイドルデュエリストである。
そんな二人がデュエルをするとなれば、注目が集まるのも当然だろう。
画面上では、すでに二人のデュエルに関する話題が広がり始めていた。
僕はその様子を眺めながら、ふと考える。
(……今の遊作君なら、そう簡単に負けることはないだろうし、今回は首を突っ込まなくてもいいかもしれないな)
以前、GO鬼塚とのデュエルを観戦した時にも思ったことだ。
遊作君は強い。もちろん、何が起こるか分からない以上、絶対に負けないなどと言い切ることはできない。けれど、少なくとも今の彼なら、自分の力で大抵の状況を切り抜けられるはずだ。
わざわざ僕が介入する必要はない。
そう判断しかけたところで、ふと、ある記憶が脳裏をよぎった。
「……あれ?」
何かが引っ掛かる。
Playmakerとブルーエンジェルのデュエル。
確か、この出来事は単なるデュエルでは終わらなかったはずだ。
僕は記憶をたどるように、ゆっくりと思考を巡らせた。
そうだ。
ブルーエンジェル――財前葵。
彼女は、この一件でハノイの騎士に狙われることになる。
いや、ただ狙われるだけではなかった。
(……確か、洗脳されるんじゃなかったか?)
頭の中で、断片的な記憶がつながり始める。
ハノイの騎士によって操られ、普段の彼女とは異なる状態に陥ってしまう。そして、まともなシナジーすら感じられないようなカードを渡され、デュエルを強いられることになる。
その結果、彼女はVRAINSから目を覚まさなくなってしまう――。
「……っ!」
思い出した瞬間、背筋が冷たくなった。
まずい。
これは、放っておいていい展開じゃない。
僕が知っている原作の流れが正しければ、この一件はブルーエンジェルだけの問題では終わらない。
遊作君もまた、事件に巻き込まれることになるのだ。
しかも、その後には財前晃の誤解が重なり、遊作君が捕らえられてしまう展開が待っていたはずだ。
「いや、ちょっと待て……!」
僕は慌てて記憶を掘り起こそうとした。
この後、何が起こる?
遊作君はどうやって切り抜けた?
財前晃とのやり取りは、どんな流れだった?
そして、ブルーエンジェルは――。
「…………」
駄目だ。
肝心なところが思い出せない。
断片的な情報は頭に残っている。誰が何をしたのか、どんな事件が起こったのか、その大まかな流れなら分かる。
けれど、細かな経緯や、その後の展開がどうしても曖昧だった。
まるで、頭の中にあったはずの資料が、少しずつ欠け落ちていくような感覚。
(……やっぱり、前世の記憶に穴が空き始めている)
以前から、薄々感じてはいた。
転生する前に知っていたはずの情報が、思い出せなくなっている。最初は単なる記憶違いか、時間が経ったことで細部を忘れてしまっただけだと思っていた。
けれど、こうして重要な出来事を前にすると、その不確かさが嫌というほど浮き彫りになる。
原作知識は、僕にとって大きな武器のはずだった。
この世界で何が起こるのかを知っているからこそ、先回りして危険を回避し、救える人間を救おうと考えていたのだから。
それなのに、その武器が少しずつ鈍っている。
このまま記憶が曖昧になっていけば、いずれ僕は、原作の展開を知っているという前提すら失ってしまうかもしれない。
「……くそっ」
思わず、唇を噛み締めた。
今は、そんなことを考えている場合じゃない。
ブルーエンジェルが危険にさらされる可能性がある。遊作君もまた、事件に巻き込まれるかもしれない。
この先の展開をすべて思い出せなくても、危険が迫っていると分かっているなら、動かない理由にはならない。
そもそも、僕は何のためにこの世界へ転生してきたのだろう。
ただ原作の知識を振りかざし、自分だけ安全な場所にいられればいいというわけではないはずだ。
鬼塚とのデュエルを通して、僕はそれを少しだけ理解したつもりだった。
目の前にいる人間と向き合い、自分にできることをする。
未来がどう変わるのか分からなくても、後悔しないために動く。
ならば、今も同じだ。
「……今は、とにかくVRAINSに向かわないと!」
僕は仕事を中断し、急いで準備を始めた。
ブルーエンジェルが本当に危険な状況に陥るのか、まだ確証はない。僕の記憶違いという可能性だってある。
それでも、確かめる価値はある。
もし僕の記憶が正しければ、これは決して見過ごしていい事件ではないのだから。
急がなければ。
ブルーエンジェルを救うために。
そして、遊作君が余計な誤解に巻き込まれるのを防ぐために。
僕はVRAINSへと向かう。
頭の中に残された不確かな記憶を頼りに、今度こそ、取り返しのつかない事態になる前に手を打つために。
VRAINSにログインした僕は、すぐさまブルーエンジェルとPlaymakerがデュエルを繰り広げている広場へと向かった。
だが、そこへ辿り着いた頃には、すでに勝負は決していた。
《アクセスコード・トーカー》の圧倒的な力の前に、《トリックスター》たちは蹴散らされ、デュエルはPlaymakerの勝利で幕を閉じていた。
本来なら、ここで一件落着となるはずだった。
しかし、僕は知っている。
本当の問題は、デュエルが終わった後にこそ起こるのだ。
ハノイの騎士が仕込んだカード。その中に潜んでいる危険なプログラムが暴走し、ブルーエンジェル――財前葵は、意識を失ってしまう。
そんな未来を、僕は知識として知っていた。
だからこそ、ここで見ているだけというわけにはいかない。
このままでは不味い。
何としてでも、彼女を救わなければならない。
「……やるしかない、か」
思わず小さく呟く。
本当なら、僕は影から遊作君たちを見守り、危険が迫った時だけ手を貸すつもりだった。必要以上に接触するつもりはなかったし、ましてやPlaymaker本人と直接言葉を交わすなど、できることなら避けたかった。
何故なら、僕には知られたくないことがあるからだ。
僕が何者なのか。
何故、これから起こる出来事を知っているのか。
そして、何故そこまで彼らを守ろうとしているのか。
そんなことを知られてしまえば、余計な疑念を抱かせることになる。下手をすれば、彼らの運命に必要以上の干渉をしてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
けれど――。
「……背に腹は代えられない、か」
今は自分の事情を優先している場合ではない。
彼女を救える可能性があるのなら、迷っている暇などなかった。
僕は意を決すると、デュエルを終えたばかりのPlaymakerへ向かって駆け出した。
「Playmaker!!」
突然呼び止められたPlaymakerが、こちらを振り返る。
僕は息を整える間も惜しみ、彼に向かって言葉を叩きつけた。
「彼女のデッキの中に、たった一枚だけハノイのカードが紛れ込んでいる!! それを取り除かないと、彼女の意識が戻らなくなる可能性があるんだ!」
Playmakerは、突然現れた僕に対して一瞬だけ警戒するような素振りを見せた。
無理もない。
デュエルが終わった直後、見知らぬ男がいきなり駆け寄ってきたかと思えば、ブルーエンジェルの身に危険が迫っているなどと言い出したのだ。
普通なら、まず疑うだろう。
だが、彼の表情はすぐに変わった。
「……お前は」
僕の顔を見つめ、何かを思い出したように呟く。
「W∀-i……!」
そう。
僕の名前はW∀-i。
先日、GO鬼塚とのデュエルで彼を圧倒した、謎のデュエリストだ。
Playmakerが僕のことを知っていたのは、ある意味当然だった。あれだけのデュエルを見せれば、少なくとも名前くらいは記憶に残っていても不思議ではない。
しかし、彼からすれば疑問もあったはずだ。
何故、そんな僕がここにいるのか。
何故、ブルーエンジェルに危険が迫っていることを知っているのか。
本来なら、説明を求められてもおかしくない状況だった。
それでも、Playmakerは僕を問い詰めることはしなかった。
ほんの一瞬、僕の言葉を吟味するように沈黙した後、彼は静かに口を開いた。
「……分かった。お前を信じる」
その言葉に、僕は思わず目を見開きそうになった。
まさか、ここまであっさり信じてもらえるとは思っていなかったのだ。
もっとも、今は喜んでいる場合ではない。
Playmakerはすぐさま相棒のAiへと指示を飛ばした。
「Ai、ハノイのカードをすぐに見つけろ!」
「それが駄目なんだよ、Playmaker!」
Aiは珍しく焦った様子で声を上げた。
「ハノイのカードから感じるデータの匂いが、ほかのカードに移っちゃってるんだ! これじゃ、どれが本物なのか分からないよ!」
「お前、肝心な時に使えないな」
「うるさいなぁっ!! だったらPlaymaker様も一緒に探してくれよ!!」
いつも通りの軽口を叩き合う二人。
こんな状況でも変わらないやり取りに、思わず苦笑しそうになる。
とはいえ、Aiの言うことも理解できた。
ハノイのカードが持つ異常なデータがほかのカードにまで影響を及ぼしているのなら、闇雲に探したところで見つかるはずがない。
だが、僕には分かっていた。
探すべきカードが、どのようなものなのか。
「僕の方からカードの特徴を伝える!」
二人の注意を引くため、僕は声を張り上げた。
「そのカードは闇属性、天使族のモンスターだ!」
その瞬間、Aiの反応が変わった。
「闇属性の天使族……? あっ、なるほど! そういうことか!」
何かに気づいたらしいAiは、すぐさまブルーエンジェルのデッキデータを探り始めた。
そして、程なくして目的のカードを見つけ出した。
Aiが示したカード。それは、《ダーク・エンジェル》だった。
「やっぱり……!」
思わず声が漏れる。
間違いない。このカードこそが、ブルーエンジェル――財前葵を危険に陥れる原因だ。
「よし、見つけたなら早速ウイルスを取り除くぞ!」
Playmakerの指示を受け、Aiはすぐさまカードに仕込まれたウイルスの除去に取り掛かった。
しかし、作業は思うように進まなかった。
「駄目だ! こいつ、カードのデータに深く食い込んでやがる! 除去プログラムがないと、簡単には消せないぞ!」
Aiが苛立たしげに声を上げる。
「肝心なところで使えないな」
「うるさいなぁっ!! だったらPlaymaker様がやってみろよ!」
いつも通りの軽口を叩き合う二人だったが、今はそれを微笑ましく眺めている余裕などなかった。
時間がない。
このまま手をこまねいていれば、原作で起きるはずだった悲劇が現実になってしまう。
「……Ai、交代してくれ」
「えっ?」
僕の言葉に、Aiがこちらを振り返った。
「僕がやる。君はこれ以上、無理に触らない方がいい」
「ちょ、ちょっと待て! あんた、何するつもりだよ!?」
当然の反応だろう。突然現れた正体不明のデュエリストが、今度はハノイのウイルスを除去すると言い出したのだから。
Playmakerも警戒するように僕を見ていたが、今は説明している時間が惜しい。
「大丈夫だ。カードのデータそのものを壊すつもりはない。ウイルスだけを切り離す」
そう告げると、僕は《ダーク・エンジェル》のデータへと意識を集中させた。
まずは、カード本来のデータと、そこに侵入している異常なプログラムを識別する。
厄介なのは、ウイルスがカードのデータに巧妙に紛れ込んでいることだった。表面的な情報だけを見ても、その境界はほとんど分からない。無理に削除すれば、カード本来のデータにまで損傷を与えかねない。
だからこそ、焦りは禁物だった。
一つずつ、データの流れを追う。
正常なデータと異常なデータ。その相互作用を解析し、ウイルスがどの部分に干渉しているのかを特定していく。
(見つけた……ここか!)
ようやく、ウイルスの中枢となるプログラムを突き止めた。
だが、ここからが本番だ。
ウイルスは周囲のデータと結びつき、まるで自分自身がカードの一部であるかのように振る舞っていた。中枢だけを消去しようとしても、別のデータへ干渉し、異常な処理を継続しようとする。
ならば、まずはその接続を断つ。
僕はウイルスが利用しているデータ経路を一つずつ遮断し、カード本来の情報から切り離していった。
「お、おい……嘘だろ。ウイルスの反応が弱まってる……!」
Aiの驚いた声が聞こえる。
しかし、返事をする余裕はなかった。
一つ接続を切れば、別の箇所に異常な反応が現れる。それを見逃さず、正常なデータに影響が及ぶ前に処理していく。
焦れば失敗する。
失敗すれば、葵を救えなくなる。
それだけは絶対に避けなければならない。
(頼む……間に合ってくれ!)
最後に残った接続を切り離し、ウイルスの中枢を隔離する。そして、周囲への干渉が完全に停止したことを確認してから、隔離したプログラムを消去した。
――直後。
《ダーク・エンジェル》を覆っていた異常なデータ反応が、すっと消え去った。
「……よしっ! これで大丈夫だ!」
思わず声が漏れる。
何度かデータを走査し直す。異常な反応はない。カード本来のデータにも、目立った損傷は見られなかった。
間に合った。
どうやら、ブルーエンジェルが取り返しのつかない事態に陥る前に、彼女を救うことができたらしい。
「マジかよ……。本当にやっちまったのか……」
Aiは呆然とした様子で、正常な状態に戻った《ダーク・エンジェル》を見つめていた。
一方、Playmakerは安堵するよりも先に、僕へと視線を向けた。
「……お前は、一体何者なんだ?」
当然の疑問だろう。
ハノイのカードを事前に見抜き、Aiですら手こずったウイルスを除去してみせた。これで何の疑念も抱かない方がおかしい。
けれど、今はその問いに答えるわけにはいかなかった。
「詳しい話は、また今度だ。今は彼女の無事を確認する方が先だろう?」
そう言って、僕は話を切り上げた。
ひとまず、最悪の事態は回避できたはずだ。
だが、安心するのはまだ早い。
ウイルスを除去できたからといって、彼女の意識が確実に戻るとは限らない。実際に葵の無事を確認するまでは、何も終わっていないのだ。
僕はPlaymakerへと向き直り、最後の頼み事を口にした。
「……できたらでいい。彼女は多分、学校の屋上のどこかにいるはずだ」
Playmakerは黙って僕の話を聞いていた。
何故、僕自身で確かめに行かないのか。
そう尋ねられれば、答えに窮しただろう。
僕にだって、彼女の無事をこの目で確認したい気持ちはある。
けれど、ここで僕が深入りするわけにはいかなかった。
すでにPlaymakerと接触してしまった以上、これ以上の関わりはできるだけ避けるべきだ。
本当なら、最初から彼らとは距離を置いておくつもりだった。影から遊作君たちを見守り、危険が迫った時だけ手を貸す。それが、僕なりに考えた彼らとの付き合い方だった。
それなのに、結局こうして直接関わってしまった。
……まあ、今さら後悔しても仕方がないか。
少なくとも、葵を救うために必要なことはしたのだ。
それに、Playmakerならきっと大丈夫だろう。彼なら、彼女を救うために必要なことをきちんとやり遂げてくれるはずだ。
「……頼んだよ」
それだけを告げ、僕はその場からログアウトした。
仮想空間から現実へと意識が戻る。
見慣れた光景が目の前に広がる中、僕は深く息を吐いた。
「……はぁ。何とか間に合ったか」
とりあえず、ブルーエンジェルが意識を失うという最悪の事態は防げたはずだ。
これで少しは、原作の展開を変えられただろうか。
そう考えたところで、僕は小さく首を振った。
いや、今はそれで十分だ。
誰かを救うために動いたのだから、後悔する必要はない。
そもそも、未来がどう変わるかなど、僕にも分からないのだ。
原作の知識が少しずつ曖昧になっている以上、これから先、何が起きるのかを正確に予測することはますます難しくなっていくだろう。
それでも、目の前で誰かが危険にさらされていると分かっているのに、何もしないという選択肢はなかった。
――その時の僕は、まだ知らなかった。
自分が何気なく口にした、あの一言。
『彼女は学校の屋上のどこかにいるはずだ』
その言葉が、Playmakerを真相へと近づけるきっかけになることを。
そして、その真相を知ることが、遊作君たちにどれほどの苦しみをもたらすことになるのかを。
僕はまだ、何も知らなかったのだ。