「まず、
「『
「そうだ。『C.U』を埋め込む手術はお前も受けた筈だ」
私は自分の胸元へ視線を落とした。皮膚の下にある小さな装置。
《ECA》入隊後の人間はまず訓練生となり、その中で戦闘員を目指す者だけは全員胸部へ『C.U』を埋め込む手術を受ける。手術といっても大掛かりなものではなく、皮膚を少し切開する程度のものだ。十分もあれば済むくらい軽微な手術。
胸部へ埋め込まれた装置、『C.U』の役割。
それは擬似魔法を発動するだけでなく、任務中の身体情報を所属する支部の任務支援室へ送り、オペレーターからの指示を受け取る事もできるのだ。
心拍数、体温、負傷の程度。戦闘員が現場で見聞きした情報すらも、装置を通じて支援室の人間に共有される。任務中、ペアであるアイカが私の状態を把握できるのはそのためだ。
戦闘員は基本、支援室に常駐しているペアのオペレーターと通信しながら任務に臨む。各戦闘員の視界は支援室の大型モニターに分割画面で表示されており、状況把握や判断力に長けた上官と観測員も同時に閲覧している。
なので、もしも私が任務中に深刻なトラブルに遭遇して、アイカでも適切な指示が困難になった場合、その時は上官や観測員が補助に入ったり、オペレーターの役割を交代したりする。
そうでなくとも、アイカが突然不調をきたしたりすれば、やはり彼らが私のオペレーターを務めてくれる事だろう。そういう仕組みにして、何が起きても支障なく任務中の戦闘員を支えられるようにしているのだ。
「『C.U』に予め登録された超常現象を、決められた詠唱で発生させる。それが擬似魔法の基本だ。炎を出すなら『
「はい」
「だが、それだけでは足りない」
ドミニク上官はトントンとテーブルを人差し指で叩き始めた。
「魔法をどこに発生させるのか。それも詠唱で指定する必要がある」
私は思わず首を傾げてしまった。今までそれをやった記憶が無かったからだ。訓練生時代でも教わらなかった。
「どこに、ですか?」
「例えば、目の前の
言っている内容は理解できる。だが、話が進んでいくにつれて、少しずつだが彼の眉間の皺が深くなっているような。
「敵は動く。こちらも動く。戦闘中に正確な距離と位置を判断し、必要な情報を詠唱に組み込む。簡単な事ではない。対象指定の精度は、戦闘員の技量を左右する要素の一つだ。詠唱を無事終えても、敵が対象指定した場所から既に離れている事だってあるのだからな」
「……なるほど」
私は真面目に頷いた。言われてみれば、そういう使い方もあるのだろう。
私は今まで、頭の中で思い描いた場所に擬似魔法を発生させていた。それ以外の方法を考えた事もなかった。
「しかし、ごく稀に存在するのだ」
そこで彼の目が私を真っ直ぐに見据えた。灰色の瞳は、学術的価値のある化石を掘り出す寸前の考古学者のような光を湛えていた。それは向けられて嬉しいものでは決してなかった。
「対象指定の詠唱を省略しても、思い描いた位置に擬似魔法を発生させられる者が存在する。稀だがな」
「……?」
「お前の事だ、レヴィア・アスタルテ。他に有名な隊員で言えば、ラナ・ルーンセレス上級戦闘員に、ジェド・ブレイズ中級戦闘員あたりか」
私は反射的に黙ってしまった。
例として挙げられた名前はどちらも任務で好成績を収め、低級戦闘員たちから注目を浴びている隊員たちだ。
彼は気にせず先を続ける。
「対象指定を省略できる能力は、戦闘において大きな利点になる。
そこで彼は一度言葉を切った。トントンと絶え間なく続いていた音が止まる。
「だが、お前の能力が有意義なものであるのも事実だ」
「……そうなんですか?」
「そうなんですか、ではない」
ぴしゃりと言い切られてしまった。私は再び口を閉じる。
「お前は最近、任務で優秀な成績を収め続けている。報告書にも目を通した。オペレーターのお前――アイカ・サトウだったな。お前が提出した物も全て確認済みだ」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれたアイカがここぞとばかりに背筋をピンと伸ばした。唇の端に白い
「報告書の内容と任務映像に、目立った矛盾は無かった。レヴィアの判断も、戦闘の動きも、現時点では評価できる。だからこそ私は映像を遡って確認した。そしてやっと気付いたんだ。こいつは、何故対象指定を行わずに擬似魔法を使っているのかとな」
ドミニク上官はアイカから私へ視線を移した。怒りの感情は見えない。ただ、この場からただでは逃さないという鋼の意志を、獲物を徹底的に追い詰める狩人のような圧力を間近でひしひしと浴びせられる。
「お前は、自分の能力をいつから自覚していた?」
「能力……」
「対象指定を省略できる事だ」
「……最初から、そうしていました」
「誰かに教わったのか」
「いいえ。擬似魔法の使い方は、訓練生の時に教わりましたけど……」
私は少し考えてから答えた。
あの頃の何も知らない私に、《ECA》が何なのかすら知らなかった私に。今の地球の現状を、人類が手に入れた『魔法』の如き『科学』を教えてくれたあの人。
私はあの人から擬似魔法の全てを教わった。……そして博識なあの人は、私に対象指定など教えてはいなかった。
「頭の中で場所を思い描けば、そこに擬似魔法を発動できるものだと思っていました」
ドミニク上官は黙り込んだ。彼はどうも私が嘘と真実、どちらを口にしているのかを頭の中で素早く計算しているらしかった。彼の険しい表情がそれを物語っている。
アイカはこの話の問題点が何なのか理解していない、ぽかんとした無垢なる表情だ。
「……アイカ。お前は知っていたのか?」
「えっ? い、いえ! レヴィアさんがそうやって魔法を使うのは知っていましたけど、他の人も同じだと思ってました!」
「他の戦闘員の任務を見た事は?」
「ありません!」
「……そうか」
無理もない。アイカがオペレーターとしてペアを組んだのは、私が初めてなのだ。つまり、他の隊員の戦い方を――対象指定を使って擬似魔法を扱う光景を、今まで一度も見た事がないのだ。
「お前たちは……」
何かを言いかけて、彼は途中で深く息を吐いた。額に軽く手を当てている。やはり怒っている様子は見られないが、それでも好くは思われていない気がする。
「いや、いい。今ここで責めても仕方がない」
そう言って、彼は改めて私へ向き直った。
「レヴィア、お前の能力が今まで発掘されなかった事は、組織にとって時間的な損失だ」
「時間的な、損失」
「才能がある者には、その才能に相応しい仕事を任せるべきだ。当然だが、才能だけで何もかも決まる訳ではない。経験も必要だし、本人の適性も見極めなければならない。だが、能力を把握しないまま、同じ等級の任務ばかりを繰り返させるのは合理的ではない」
終始淡々とした口調。怒鳴っている訳でも、感情的になっている訳でもない。ただ目の前の事実を並べ、そこから導かれる結論を述べている。その姿は、上官として正しい在り方だと思った。
「私は、お前の戦闘員としての
「……え?」
思わず気の抜けた声が漏れた。向かいでアイカが息を呑む。流石に唇の米粒は取り除かれていた。
「等級を、上げる?」
「そうだ。お前の能力を考えれば、現在の等級に留めておく理由は薄い。より高度な任務を経験させるべきだと判断した」
そこで彼は僅かに目を細め、咎めるような剣呑な気配を声色の中に滲ませた。
「ただし、勘違いするな」
声に、先程までとは違う鋭利な冷たさが宿っていた。釘を刺すというより、釘を相手の眼前に突き付けているような、一つ上回った威圧感。
「対象指定なしで擬似魔法を使える事は、確かに優れた能力だ。だが、それに酔いしれるな。先程も述べたが、お前より長い経験を積み、対象指定を省略できずとも、上級戦闘員の道を切り開いた者とて数多い」
私は射抜くような目を真っ直ぐに見つめ返すと、彼ははっきりと言い放った。
「自分だけが特別だなどと、決して思い上がるんじゃないぞ」
「……分かりました」
「よし」
ドミニク上官は初めて穏やかな笑みを浮かべた。
効率を重視し、合理的な決断を下す人。けれども、それだけが彼という人物の全てではない。緩くカーブした彼の口元には、見る者の緊張を弛緩させる効果が、確かにあった。それは意図されたものであったのだろう。私を責めるのが彼の本懐ではないのだ。
「等級昇格の詳細については、明日改めてお前とアイカに伝える。具体的にどんな任務を任せるか、どのような訓練が必要かも含めてな」
「俺からも、明日また説明するよ」
いつの間にか戻って来ていたダグ上官が、ドミニク上官の隣に並んで言った。
わざわざ戻ったのかと言いたげに目を細めたドミニク上官と、長身を見上げる私に、彼は気さくそうなウィンクをぱちりと送った。どうやら、私が変に詰められていないか心配で様子を見に来てくれたようだ。
「今日はもう休んでおけ。急な話で戸惑うだろうが、今後の事は明日考えればいい」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げた私の頭上で、ドミニク上官は不満げな声を漏らした。
「ダグ、勝手に最後を締めるな」
「良いじゃないか友よ。あんたも元上級戦闘員なんだから、睡眠の重要さは理解しているだろ?」
納得してなさそうなドミニク上官の肩に手を回し、ダグ上官はさあさあと食堂の出口へ誘導していった。「久しぶりに飲まないか」と提案し、「この歳になったらもうアルコールは駄目なんだ分かれよ」とすげなく断られている会話が少しずつ遠ざかっていく。
残されたテーブルには、私とアイカ、そして食べかけのラーメンがある。しばらくして黙っていたアイカが再起動し、勢いよくこちらへ身を乗り出した。
「レヴィアさん! 大変な事になっちゃいました! ど、どうしましょう!? 等級が上がるって事は、今までより難しい任務を任されるって事ですよね!? もしかして、もっと強い聖従と戦わされたり……!?」
「落ち着いて、アイカ」
「でもっ!」
「明日になれば詳しい話が聞けるんだから、今騒いでも仕方ないよ」
私は残っていた麺を一息に啜り、スープを完全に飲み干した。大満足の完食である。カロリー補給の面でも、スープは一滴も逃せない。明日の任務では今日より擬似魔法が撃てる事だろう。
「とにかく、いつもとは違う任務を任されるかもしれない。今日はもう居住区に戻って休もう」
「……レヴィアさん、相変わらず落ち着いてますね」
「そうかな?」
「そうですよ! ワタシなんて、明日からどうなるのか考えただけで心臓が飛び出しそうなのに!」
「心臓が飛び出したら困るね。医療班に戻してもらわないと」
「そういう話じゃなくて!」
頬を膨らませるアイカをよそに、私は空になった丼を返却口へ持っていった。
「ほら行こう」
「……はーい」
アイカも渋々といった様子で食器を片付け、私の後を追ってきた。
支部の居住区は、食堂のある区画から少し離れた場所にあった。
戦闘員と非戦闘員には、支部内に居住区が用意されている。任務に就く者たちが休息を取る為の設備が備わっている場所だ。私とアイカは、同じ個室を共同で使用している。
戦闘員と、そのペアとなる非戦闘員のオペレーター。任務中に円滑なやり取りを行う為、そして互いの信頼関係を築く為、基本的には二人一組で生活する事になっているらしい。オペレーター以外の非戦闘員は、一つの部屋に十人ほどが詰め込まれ、そこで寝起きをする。
もっとも、例外もある。居住区には、何故か一人きりで一つの部屋を使っているという隊員もいると聞いた事があった。どういう事情があるのかは知らない。私には関係のない話だから。
今はとにかく、部屋に戻って休もう。
浴場で身体の洗浄を終えた私とアイカが、目的の部屋まで通じる廊下を歩いている時だった。
どこか艶めいた声が、全くと言っていいほど聞き慣れない声が前方から発された。
「ああ、いたいた。二人とも、こんばんは」