転生した俺の野球人生には、パワプロの育成システムがある 作:1番道路
人生、何が起こるか分からない。
昨日まで普通に働いていた人間が、今日には死んでいる。
そんな当たり前のことを、俺は身をもって知ることになった。
享年二十八歳。
死因は交通事故。
そして現在、俺は神様を名乗る老人と向かい合っていた。
「つまり、俺は死んだんですか?」
「うむ。残念ながらのう」
「そうですか……」
不思議と取り乱すことはなかった。
もちろん、死んでしまったことに未練がないわけではない。
まだまだやりたいことはあったし、両親にも親孝行できたとは言い難い。
だが、目の前に神様がいるという現実離れした状況のせいか、どうにも実感が湧かなかった。
「それで、お主にはもう一度人生を送る機会を与えようと思っておる」
「……転生ですか?」
「そうじゃ。しかも、今回は特別に一つだけ能力を授けよう」
転生特典。
いわゆるチート能力というやつだろう。
俺もネット小説はそれなりに読んでいたので、話の流れは理解できた。
「転生先は異世界ですか?」
「いや、お主が暮らしていた世界とほぼ同じ世界じゃ。時代は少し遡るが、現代日本であることに変わりはない」
「なるほど……」
正直、ありがたかった。
剣と魔法の異世界にも多少の憧れはあるが、実際に暮らすなら現代日本の方がいい。
何より、俺には心残りがあった。
野球だ。
俺は小学生の頃から高校卒業まで野球を続けていた。
ポジションは投手兼外野手。
もっとも、二刀流などと呼べるほど大した選手ではなかった。
地方大会では三回戦止まり。
プロのスカウトに注目されることもなく、大学では野球から離れた。
それでも野球が嫌いになったことは一度もない。
社会人になってからも草野球を続け、休日にはプロ野球やメジャーリーグの試合を観戦していた。
そして、もう一つ。
俺には長年遊び続けていたゲームがあった。
『実況パワフルプロ野球』
通称、パワプロ。
サクセスで理想の選手を作り、ペナントで記録を塗り替え、マイライフでは一人のプロ野球選手として人生を送る。
特に好きだったのが選手育成だ。
経験点を貯め、能力を伸ばし、特殊能力を取得する。
最終的にはオールSの野手や、球速百七十キロを超える怪物投手を作ったこともある。
現実には絶対に存在しないような選手を育てるのが楽しかった。
「お主、野球が好きなのじゃろう?」
「ええ。大好きですね」
「では、転生特典はこれにしよう」
神様が指を鳴らした。
すると、目の前に見覚えのある画面が現れた。
そこには、こう書かれていた。
『パワプロ育成システム』
「……は?」
「お主の好きな野球ゲームを参考にした能力じゃ」
「ちょっと待ってください。それって、まさか……」
「練習や試合で経験点を獲得し、好きな能力を成長させられる。特殊能力の習得も可能じゃ」
思わず立ち上がった。
「マジですか!?」
「大真面目じゃ」
「ミートとかパワーとか、能力値を上げられるんですか!?」
「無論じゃ」
「投手能力も?」
「当然じゃ」
「金特殊能力もあります?」
「あるぞ」
「オールSも可能ですか!?」
「経験点を貯めれば可能じゃな」
なんだそれ。
最高じゃないか。
現実世界でパワプロの育成システムが使える。
しかも、俺は野球経験者だ。
前世の知識を活かして効率よく練習すれば、とんでもない選手になれるのではないだろうか。
「ちなみに、投手と野手の両方を育成することもできますか?」
「もちろんじゃ。ただし、経験点はそれぞれ必要になるぞ」
「十分です!」
俺の目標が決まった。
二刀流。
投げても打っても世界最高。
そんな野球選手になってやる。
「ただし、勘違いしてはならんぞ」
「何でしょう?」
「能力は現実の肉体に反映される。成長途中の身体では、能力の発揮にも限界がある。また、野球の技術や判断力まで全て自動で身につくわけではない」
「つまり、練習も必要だと」
「そういうことじゃ。もっとも、普通の人間とは比較にならん速度で成長できるじゃろうがな」
なるほど。
ゲームのように経験点を使えば能力が伸びるが、それだけで野球が上手くなるわけではないらしい。
しかし、十分すぎる能力だった。
才能の限界がない。
努力が無駄にならない。
それだけで、どれほど恵まれていることか。
「それと、特殊能力には取得条件が存在するものもある。経験点さえあれば何でも取得できるわけではないから注意するのじゃぞ」
「分かりました」
「では、そろそろ転生させようかの」
「あ、最後に一つだけ!」
「何じゃ?」
「転生するのは何歳からですか?」
「生まれた瞬間からじゃ」
赤ん坊からか。
ということは、野球を始められるまで何年もある。
だが、考えようによっては好都合だった。
幼少期から身体を作り、野球に必要な運動能力を身につけられる。
育成期間が長ければ長いほど、最終的な能力も高くなるはずだ。
「ありがとうございます。今度こそ、世界最高の野球選手になってみせます」
「うむ。存分に楽しむがよい」
その言葉を最後に、視界が真っ白になった。
◇ ◇ ◇
「おぎゃあああああ!」
気がつくと、俺は泣いていた。
いや、正確には勝手に声が出ていた。
身体が思うように動かない。
視界もぼやけている。
周囲からは大人たちの声が聞こえていた。
「元気な男の子ですよ!」
「よかった……!」
「母子ともに健康です。おめでとうございます」
どうやら無事に転生できたらしい。
しかし、赤ん坊の身体というのは想像以上に不自由だった。
手足は満足に動かないし、首も据わっていない。
何より、眠気が凄まじい。
少し考えただけで意識が遠のきそうになる。
「悠真……」
優しい女性の声が聞こえた。
「あなたの名前は、悠真よ」
朝倉悠真。
それが今世の俺の名前だった。
どうやら名字も名前も前世とは違うらしい。
まあ、それはいい。
問題は転生特典だ。
(システム)
心の中で呼びかける。
すると――。
『ピロン♪』
軽快な電子音が響いた。
同時に、目の前に半透明の画面が現れる。
どうやら俺にしか見えていないらしい。
――――――――――――――――――
【パワプロ育成システム】
プレイヤー登録完了!
氏名:朝倉悠真
年齢:0歳
利き腕:右投右打
ポジション:未設定
成長タイプ:万能型
【使用可能機能】
・選手能力確認
・経験点管理
・能力アップ
・特殊能力一覧
・育成記録
・育成目標
――――――――――――――――――
(おお……!)
本当にあった。
しかも、かなり本格的だ。
さっそく選手能力を確認する。
――――――――――――――――――
【野手能力】
弾道:測定不能
ミート:測定不能
パワー:測定不能
走力:測定不能
肩力:測定不能
守備力:測定不能
捕球:測定不能
【投手能力】
球速:測定不能
コントロール:測定不能
スタミナ:測定不能
変化球:なし
【特殊能力】
なし
※身体の発育が不十分なため、能力値を測定できません。
――――――――――――――――――
(まあ、そうなるよな)
何しろ生まれたばかりだ。
ボールを投げるどころか、握ることすらできない。
当然、能力値なんて表示できるはずもなかった。
次に経験点を確認する。
――――――――――――――――――
【所持経験点】
筋力:0
敏捷:0
技術:0
変化球:0
精神:0
――――――――――――――――――
全部ゼロ。
これも当然だ。
まだ何もしていないのだから。
(さて、どうやって経験点を稼ぐか……)
パワプロなら練習を選択すればいい。
しかし、現実世界ではそうはいかない。
赤ん坊にできる練習など限られている。
手足を動かすことくらいだろうか。
そんなことを考えていると、不意に電子音が響いた。
『ピロン♪』
『初回起動ボーナスを獲得しました!』
(ん?)
――――――――――――――――――
【転生記念ボーナス】
筋力ポイント+100
敏捷ポイント+100
技術ポイント+100
変化球ポイント+100
精神ポイント+100
合計500ポイント獲得!
――――――――――――――――――
(おおっ!?)
なんと、いきなり五百ポイントも貰えた。
これはありがたい。
もっとも、今すぐ使うつもりはない。
赤ん坊の身体に能力を反映させて大丈夫なのか分からないからだ。
それに、能力アップ画面には年齢や発育状況による制限も存在していた。
筋力が未発達なうちはパワーを大幅に上げられないし、投球動作ができなければ球速も上げられない。
つまり、幼少期は身体の発育に合わせて少しずつ成長する必要がある。
(まあ、焦る必要はないか)
これから十年以上の育成期間がある。
プロ入りしてからも成長できるのなら、二十年、三十年という時間を使える。
その間に経験点を貯め続ければ、最終的にはとんでもない選手になれるだろう。
俺は小さな手を動かそうとした。
すると、指がわずかに動いた。
『ピロン♪』
『身体運動を確認しました』
『筋力ポイント+1』
(……え?)
思わず固まった。
いや、身体はもともと満足に動かないのだが。
(今の動きで経験点が入るのか?)
試しにもう一度、手を動かしてみる。
だが、今度は何も起こらなかった。
どうやら、単純に同じ動きを繰り返せば無限に経験点が入るわけではないらしい。
それでも大きな発見だった。
野球の練習を始める前から経験点を稼げる。
つまり、日常生活そのものが育成に繋がるのだ。
(これは……相当有利だぞ)
普通の人間なら、幼少期の運動は身体の発達に繋がるだけだ。
しかし俺の場合は、それに加えて経験点まで貰える。
しかも、その経験点は後から好きな能力に振り分けられる。
極端な話、幼少期に貯めた経験点を高校生になってから使うこともできるわけだ。
もちろん、効率的な使い方はこれから考える必要がある。
だが、一つだけ確かなことがあった。
俺の二度目の人生は、間違いなく野球一色になる。
◇ ◇ ◇
転生から三か月。
俺は順調に成長していた。
両親の名前も分かった。
父親は朝倉健一。二十九歳。
母親は朝倉美咲。二十七歳。
父さんは会社員で、母さんは現在育児休業中らしい。
そして嬉しいことに、父さんは大の野球好きだった。
家では頻繁にプロ野球中継が流れている。
俺としては願ってもない環境だった。
「悠真ー、野球見るか?」
「あう!」
「おっ、いい返事だな!」
父さんは嬉しそうに笑うと、俺を抱き上げてテレビの前に座った。
「このピッチャーは凄いんだぞ。ストレートが速くてなあ」
画面には、プロ野球の試合が映っていた。
マウンド上の投手が振りかぶる。
投球。
表示された球速は百五十キロ台。
(おお、いい球だな)
前世でも散々見てきた光景だが、やはり野球は面白い。
特に今は、自分もいつかあの舞台に立つのだと思うと、余計に興奮する。
「どうだ悠真。将来は野球選手になるか?」
「あー!」
「ははは! そうかそうか!」
父さんは上機嫌だった。
母さんは呆れたように笑っている。
「まだ三か月なのに、気が早すぎるわよ」
「いやいや、こういうのは小さい頃から興味を持たせるのが大事なんだよ」
「無理に野球をやらせちゃ駄目だからね?」
「分かってるって」
安心してくれ、母さん。
俺は自分の意思で野球をやるつもりだ。
それも、ただの野球選手ではない。
世界最高の二刀流選手を目指している。
父さんには、いつか球場で俺の活躍を見てもらいたいものだ。
そんなことを考えていると、再び電子音が響いた。
『ピロン♪』
『野球に関する知識を習得しました』
『技術ポイント+2』
(……なるほど)
どうやら、試合を観察することでも経験点が入るらしい。
これは便利だ。
幼少期から野球中継を見続ければ、相当な経験点を貯められるかもしれない。
もちろん、同じ試合を何度も見ているだけでは効率が落ちるだろう。
それでも、今の俺にできる育成方法としては十分だった。
俺はテレビ画面に視線を戻した。
投手が変化球を投げる。
打者が空振りする。
捕手が返球する。
その一つ一つを観察しながら、俺は将来の自分の姿を想像していた。
◇ ◇ ◇
生後十一か月。
ついに俺は、自分の足で歩けるようになった。
「あなた! 悠真が立ったわ!」
「本当か!?」
両親が大騒ぎしている。
俺はそんな二人を見ながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。
右足。
左足。
まだ不安定だが、確かに歩けている。
『ピロン♪』
『初めての自立歩行に成功しました!』
『筋力ポイント+20』
『敏捷ポイント+30』
(よし!)
思わず心の中でガッツポーズを決めた。
大きな経験点が手に入った。
やはり、初めて何かを達成したときにはボーナスがあるようだ。
「すごいぞ悠真!」
父さんが両手を広げる。
俺はそちらに向かって歩き始めた。
途中で転びそうになったが、なんとか踏ん張る。
そして、父さんの腕に飛び込んだ。
「おおー! よくやった!」
そのまま高く抱き上げられる。
「この子は運動神経がいいのかもしれないな!」
「ふふっ、そうね」
両親は嬉しそうだった。
俺も嬉しかった。
前世では当たり前のようにできていたことが、今世では一つ一つ大きな成長になる。
そして、その成長が全て経験点として蓄積されていく。
俺はこっそりとステータス画面を開いた。
――――――――――――――――――
【朝倉悠真】
年齢:0歳11か月
【所持経験点】
筋力:183
敏捷:214
技術:156
変化球:100
精神:172
合計:825
【特殊能力】
なし
――――――――――――――――――
(結構貯まったな……)
転生記念ボーナスを除いても、三百ポイント以上稼いでいた。
しかも、まだ野球の練習を始めていない。
この調子なら、小学生になる頃には相当な経験点を確保できそうだ。
ただし、問題もある。
投手と野手、両方の能力を育てるには大量の経験点が必要だということだ。
球速、コントロール、スタミナ、変化球。
ミート、パワー、走力、肩力、守備力、捕球。
さらに特殊能力まで考えると、必要な経験点は膨大になる。
普通に考えれば、どちらか一方に集中した方が効率はいい。
だが――。
(せっかく育成システムがあるんだ。どっちも最強にしてやる)
投手としては、誰も打てない球を投げる。
打者としては、どんな投手からでもホームランを打つ。
そして走塁も守備も一流。
目指すのは、そんな完全無欠の野球選手だ。
もちろん、今すぐ実現できるわけではない。
まずは歩くこと。
次は走ること。
それからボールを投げ、バットを振る。
一つずつ、着実に積み重ねていく。
何しろ、俺には時間があるのだから。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
俺は育成システムを開き、ある項目を眺めていた。
【育成目標】
そこには、様々な目標が表示されていた。
『少年野球大会優勝』
『全国中学校野球大会優勝』
『甲子園出場』
『甲子園優勝』
『ドラフト一位指名』
『NPB新人王』
『沢村賞』
『三冠王』
『メジャーリーグ挑戦』
『ワールドシリーズ制覇』
『サイ・ヤング賞』
『シーズンMVP』
まだ解放されていない目標がほとんどだった。
しかし、その一番下には特別な項目が存在していた。
――――――――――――――――――
【最終育成目標】
『史上最高の野球選手』
投手としても、打者としても、歴史に名を刻め。
誰も到達したことのない領域へ辿り着け。
達成報酬:???
――――――――――――――――――
(……いいじゃないか)
自然と笑みが浮かんだ。
まさに、俺が目指しているものだった。
前世では叶わなかった夢。
プロ野球選手になること。
そして、世界最高の選手になること。
今世では、その夢を必ず叶えてみせる。
日本のプロ野球も、メジャーリーグも、全て俺の舞台にしてやる。
目指すはオールS。
金特殊能力も可能な限り取得する。
球速は百七十キロを超え、変化球は一級品。
打てばホームランを量産し、投げれば三振を奪い続ける。
そんな規格外の二刀流選手になってやる。
俺は小さな拳を握り締めた。
(待ってろよ、プロ野球。そしてメジャーリーグ)
まだ一歳にもなっていない俺の野球人生は、始まったばかりだ。
もっとも、そう意気込んだ直後に強烈な眠気が襲ってきて、俺はあっさり眠ってしまったのだが。
……赤ん坊の身体というのは、実に不便なものである。
こうして、後に世界の野球史を塗り替えることになる少年、朝倉悠真の育成が静かに始まったのだった。
――――――――――
第一話 完
次回 第二話「一歳児、初めてボールを握る」