転生した俺の野球人生には、パワプロの育成システムがある 作:1番道路
四歳になった。
転生してから、もう四年。
前世の感覚からすると随分と長い時間が経過した気がするが、まだ幼稚園児である。
当然ながら、酒も飲めなければ車も運転できない。
それどころか、一人で遠くに出かけることすら許されない。
精神年齢だけなら三十歳を超えているというのに、実に不自由な生活だった。
もっとも、悪いことばかりではない。
何しろ、俺には転生特典として授かったパワプロ育成システムがある。
この四年間、俺は日常生活の中で少しずつ経験点を蓄積してきた。
走る。
跳ぶ。
ボールを投げる。
物を掴む。
身体を動かす。
そんな当たり前の行動でさえ、成長に繋がれば経験点を獲得できる。
特に三歳からは、父さんとのボール遊びによって技術ポイントを稼げるようになった。
もっとも、一日に獲得できる経験点には限度があるらしい。
同じ練習を何度も繰り返すと、徐々に獲得量が減っていくのだ。
例えば、最初の十球では技術ポイントが五ポイント入ったとしても、その後は三ポイント、二ポイントと減っていく。
最終的には何も入らなくなる。
どうやら、単純に練習量を増やせばいいというものではないらしい。
しかし、俺には前世の野球経験がある。
フォームの確認や身体の使い方、練習の種類を工夫することで、経験点を効率よく稼ぐ方法も少しずつ分かってきた。
そして今日。
俺は四歳の誕生日を迎えた。
◇ ◇ ◇
「悠真! 誕生日おめでとう!」
「おめでとう、悠真」
「ありがとう!」
リビングには誕生日ケーキが置かれていた。
四歳にもなれば、ある程度普通の食事ができる。
ようやく赤ちゃん用の食事から卒業できたことは、前世の記憶を持つ俺にとって非常に喜ばしい出来事だった。
「はい、悠真。プレゼントよ」
母さんから渡されたのは、子供向けの図鑑だった。
恐竜や動物、昆虫などが載っている。
「ありがとう、お母さん!」
「ふふっ。最近、本を読むのが好きでしょう?」
「うん!」
実際、読書は嫌いではない。
幼稚園児向けの本では少々物足りないが、今の年齢で大人向けの本ばかり読んでいると不自然だ。
もっとも、文字を覚えるのが早かったせいで、両親からは随分と褒められている。
そして。
「よし! 次は父さんからだ!」
待ってました。
父さんが大きな箱を持ってきた。
その形を見ただけで、中身が何なのか大体予想できた。
「じゃーん!」
箱から取り出されたのは、小さなグローブ。
そして、子供用のバットだった。
「野球セットだ!」
「おおー!」
思わず歓声を上げる。
もちろん、これは演技ではない。
本当に嬉しかった。
これまで俺が使っていたのは、柔らかい布製のボールだけだったからだ。
ようやくバットとグローブが手に入った。
これで投球だけでなく、打撃や守備の練習もできる。
「悠真、前から欲しがってただろ?」
「うん! ありがとう、お父さん!」
「ははは! そんなに喜んでくれるなら買った甲斐があったな!」
父さんは満面の笑みだった。
しかし、母さんは少し呆れた様子である。
「あなた、まさか本格的に野球をやらせるつもりじゃないでしょうね?」
「いやいや、まずは遊びだって。本人がやりたいなら教えてやろうと思ってるけどな」
「無理はさせないでよ?」
「分かってるよ」
大丈夫だ、母さん。
無理をするつもりはない。
俺だって幼少期の無茶なトレーニングが危険なことくらい知っている。
成長期に身体を壊してしまっては、元も子もない。
それに、俺の場合は無理をする必要がないのだ。
何しろ、経験点さえ貯めれば能力を伸ばせるのだから。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺は父さんと近所の公園に来ていた。
もちろん、目的は野球である。
「よーし、悠真。今日はバットを振ってみるか!」
「うん!」
父さんが子供用のバットを渡してくれた。
軽いプラスチック製のものだ。
俺は両手で握り、軽く構えてみる。
すると。
『ピロン♪』
『打撃動作を確認しました』
『打撃練習機能が解放されました』
『初回ボーナスを獲得しました』
『技術ポイント+20』
『筋力ポイント+10』
(おお!)
予想通りだ。
新しい動作を覚えると、ボーナスが手に入る。
しかも今回は、打撃練習機能まで解放された。
「悠真、バットはこうやって持つんだぞ」
父さんが隣で構えを見せてくれる。
「こう?」
「そうそう。上手いじゃないか!」
俺は父さんの動きを真似した。
もっとも、前世で野球を経験しているので、バットの握り方くらいは知っている。
しかし、それをそのまま再現できるわけではなかった。
四歳児の身体は小さい。
手足の長さも、筋力も、前世とは全く違う。
だからこそ、今の身体に合ったフォームを作る必要がある。
「じゃあ、ボールを打ってみようか」
父さんが柔らかいボールを台の上に置いた。
いわゆるティーバッティングだ。
これなら小さな子供でも安全に練習できる。
「よし、打ってみろ!」
「うん!」
俺はバットを構えた。
ボールをよく見る。
足を踏み出し、腰を回す。
そして、バットを振った。
ぽこんっ。
ボールは軽い音を立てて前方に転がった。
「おおっ! 当たった!」
父さんが拍手する。
俺は少し不満だった。
(……全然飛ばないな)
当然だ。
まだ四歳。
いくらフォームを意識しても、身体能力が足りない。
だが、バットにボールを当てること自体は難しくなかった。
止まっているボールなら、なおさらだ。
「もう一回!」
「よし、いいぞ!」
父さんがボールを置く。
俺は再び構えた。
今度は少し力を抜く。
腕だけで振るのではなく、身体全体を使う。
ぽんっ。
先ほどより少し遠くへ飛んだ。
「おっ! 今のはいいスイングだったな!」
父さんが嬉しそうに笑った。
俺も笑い返す。
しかし、頭の中では別のことを考えていた。
(やっぱり、身体の使い方が重要だな)
前世の知識はある。
だが、今世の身体でそれを再現するには練習が必要だ。
もっとも、俺にはシステムがある。
練習によって技術を身につけ、経験点を使ってさらに能力を伸ばす。
この二つを組み合わせれば、普通の選手とは比較にならない速度で成長できるはずだ。
◇ ◇ ◇
それから一か月。
俺は毎日のようにバットとボールに触れていた。
もちろん、幼稚園もあるので一日中練習しているわけではない。
平日は帰宅後に少しだけ。
休日は父さんと公園で遊ぶ。
それくらいだ。
だが、それでも十分だった。
何しろ俺には、練習の成果が数値として表示されるのだから。
その日の夜。
俺は久しぶりに育成システムを開いた。
――――――――――――――――――
【朝倉悠真】
年齢:4歳1か月
利き腕:右投右打
ポジション:未設定
【野手能力】
弾道:1
ミート:G 3
パワー:G 2
走力:G 4
肩力:G 3
守備力:G 3
捕球:G 4
【投手能力】
球速:測定不能
コントロール:G 8
スタミナ:G 3
変化球:なし
【特殊能力】
なし
――――――――――――――――――
(ふむ……)
少しずつだが、能力値が上がっている。
実は、この一か月間、経験点をほとんど使っていない。
それなのに能力が上昇しているのだ。
理由は分かっている。
自然成長。
このシステムでは、実際の練習や身体の発達によっても能力が伸びる。
経験点を使うのは、あくまで追加の成長手段なのだ。
つまり、通常の練習で能力を伸ばし、経験点を使ってさらに強化できる。
これは非常に大きな利点だった。
(経験点はなるべく温存しておいた方がいいかもしれないな)
特に金特殊能力。
取得に必要な経験点を確認したところ、かなり高額だった。
例えば、アーチスト。
取得条件を満たした上で、大量の筋力ポイントと技術ポイントが必要になる。
しかも、下位能力であるパワーヒッターを先に取得する必要があった。
当然、今の俺には習得できない。
身体の発育が足りないからだ。
しかし、経験点そのものは今から蓄積できる。
ならば、将来のために貯めておくのも悪くない。
(まあ、必要な能力はその都度上げるけどな)
何でもかんでも温存していたら、今の成長が遅くなる。
それでは本末転倒だ。
必要なところには使う。
それ以外は貯める。
これが基本方針になるだろう。
◇ ◇ ◇
「悠真、今日はちょっと違うことをやってみようか」
ある休日の午後。
父さんがそう言いながら、俺の前に立った。
「違うこと?」
「ああ。いつもは止まってるボールを打ってるだろ? 今日は父さんが投げるから、それを打ってみよう」
(おっ!)
ついに来たか。
動いているボールを打つ練習。
いわゆるトスバッティングだ。
もちろん、父さんが投げるのは柔らかいボールである。
「危ないから、ゆっくり投げるぞ」
「うん!」
俺はバットを構えた。
父さんが数メートル先からボールを軽く投げる。
ゆっくりとした山なりの軌道。
俺はそれを目で追った。
(……今だ)
バットを振る。
ぽこんっ。
ボールは前方へ転がった。
「おおっ! 一発で当てた!」
父さんが驚いている。
俺としては当然だった。
前世では何千、何万という球を見てきた。
球速こそ違うが、ボールの軌道を予測する感覚は覚えている。
問題は、その予測通りに身体を動かせるかどうかだ。
「もう一球いくぞ!」
「うん!」
二球目。
今度は少し外側。
俺はバットを伸ばして当てた。
三球目。
やや高め。
これも当てる。
四球目。
少し低い。
バットの先に当たったが、なんとか前へ飛ばせた。
「……悠真?」
父さんの声が変わった。
「お前、もしかして凄いんじゃないか?」
「そう?」
「いや、だって……」
父さんは言葉を探しているようだった。
まあ、気持ちは分かる。
四歳児が初めてのトスバッティングで、何球も連続してボールを捉えたのだ。
多少は驚くだろう。
ただし、ここで調子に乗るつもりはない。
まだ相手は父さんの投げる緩いボールだ。
本格的な野球とは比較にならない。
それに、俺の目標は同年代で一番上手い選手になることではないのだから。
『ピロン♪』
『動体視力を伴う打撃動作を確認しました』
『技術ポイント+25』
『精神ポイント+10』
『新たな育成項目が解放されました』
(ん?)
新しい項目?
俺は父さんとの練習を終えてから、こっそり画面を確認した。
――――――――――――――――――
【新機能解放】
打撃解析
【機能説明】
スイング軌道、バットの角度、打球方向、タイミングなどを分析します。
実際の打撃内容に基づき、改善点を表示します。
――――――――――――――――――
(おお……!)
これは便利だ。
投球動作解析に続いて、打撃解析まで解放された。
これで投打両方のフォームを客観的に確認できる。
しかも、解析内容を見れば、自分の弱点まで分かるらしい。
普通の選手なら、経験豊富な指導者や専用の機材が必要になるような分析を、俺は一人で行える。
もちろん、システムが教えてくれるのは改善点までだ。
実際に修正するには練習が必要になる。
だが、それで十分だった。
何しろ、俺は前世で野球を経験している。
指摘された問題を理解し、改善するための知識もある程度持っている。
(これ、想像以上に凄いシステムだな……)
単純に能力を上げるだけではない。
技術の習得そのものを補助してくれる。
しかも、練習すれば経験点まで手に入る。
これでは成長しない方が難しい。
◇ ◇ ◇
五歳になった。
俺は幼稚園の年長組になり、身体も随分と大きくなった。
父さんとの野球遊びも、以前より本格的になっている。
軽いキャッチボール。
ティーバッティング。
トスバッティング。
ゴロ捕球。
フライ捕球。
もっとも、まだ五歳児なので難しい練習はしていない。
特に投球に関しては、肩や肘への負担を考えて球数を制限している。
前世で故障した選手を何人も見てきた俺としては、幼少期の無理な投げ込みなど絶対に避けたかった。
それでも、成長は順調だった。
むしろ、順調すぎるほどである。
「……悠真、お前、本当に五歳だよな?」
「そうだよ?」
「そうだよなあ……」
父さんが妙な顔をしている。
理由は簡単だ。
先ほど、俺が投げたボールが父さんの胸元に綺麗に収まったからである。
距離は五メートルほど。
普通の五歳児でも投げられる距離だ。
しかし、俺の場合はほとんど狙いを外さない。
コントロールだけなら、同年代の子供とは比較にならないだろう。
なぜなら――。
――――――――――――――――――
【朝倉悠真】
年齢:5歳
【投手能力】
球速:測定不能
コントロール:G 18
スタミナ:G 8
変化球:なし
――――――――――――――――――
コントロールが十八まで上昇していたからだ。
ちなみに、これでも成人の野球選手を基準とすればGランクである。
だが、五歳児としては相当なものだった。
もちろん、経験点による強化だけではない。
父さんとの練習で培った技術もある。
そこにシステムの補正が加わっているのだ。
「悠真、お前さ」
「なに?」
「小学生になったら、少年野球チームに入ってみないか?」
来た。
ついに、その話が出た。
「やきゅうチーム?」
「ああ。みんなで野球をするんだ。試合もあるぞ」
「はいりたい!」
俺は即答した。
父さんが笑う。
「そうか! じゃあ、小学校に上がったらチームを探そうな!」
「うん!」
俺は嬉しくて仕方がなかった。
これまでの練習は、ほとんど父さんとの二人きりだった。
だが、少年野球チームに入れば、ようやく本格的な野球ができる。
仲間ができる。
試合に出られる。
そして何より、実戦経験を積める。
システムには試合で獲得できる経験点も存在する。
これまで解放されていなかった機能が、いよいよ使えるようになるのだ。
(楽しみだな……)
俺は自然と笑みを浮かべた。
これから始まる少年野球生活。
それは俺にとって、世界最高の二刀流選手への第一歩になる。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
俺は育成システムを開いていた。
――――――――――――――――――
【朝倉悠真】
年齢:5歳
利き腕:右投右打
成長タイプ:万能型
【野手能力】
弾道:1
ミート:G 14
パワー:G 8
走力:G 16
肩力:G 12
守備力:G 13
捕球:G 15
【投手能力】
球速:測定不能
コントロール:G 18
スタミナ:G 8
変化球:なし
【特殊能力】
なし
――――――――――――――――――
まだまだ低い。
全てGランクだ。
それでも、五歳という年齢を考えれば十分すぎる成長だった。
そして、俺はあることに気づいていた。
このシステムの最大の強み。
それは、能力値を上げられることだけではない。
成長の積み重ねが、決して無駄にならないことだ。
普通の人間なら、どれほど練習しても才能の限界がある。
どれほど努力しても、プロに届かない人間は大勢いる。
俺自身、前世ではその一人だった。
だが、今は違う。
経験点を使えば、才能の壁を越えられる。
そして、その経験点は努力によって獲得できる。
つまり、努力を続ける限り、俺はどこまでも成長できるのだ。
(……最高じゃないか)
俺は思わず笑った。
まだ五歳。
小学校にすら入っていない。
それでも、これから先の野球人生が楽しみで仕方なかった。
甲子園。
プロ野球。
メジャーリーグ。
その全てで頂点に立つ。
投手としても、打者としても。
誰もが認める史上最高の野球選手になる。
そのために、今できることを一つずつ積み重ねていこう。
俺は画面を閉じた。
明日も父さんとキャッチボールをする予定だ。
きっと、また新しい経験点が手に入るだろう。
そう考えるだけで、自然と頬が緩んだ。
……もっとも。
そんな俺の想像を遥かに超える出来事が、翌年の春に待ち受けていることを、このときの俺はまだ知らなかった。
俺の野球人生が、初めて他人の目に触れる日。
そして、周囲の大人たちが俺の才能に驚愕する日が、少しずつ近づいていたのである。
――――――――――
第三話 完
次回 第四話「少年野球チームと小さな怪物」
六歳になり、小学校へ入学した悠真は、地元の少年野球チームの体験練習に参加する。
初めて同年代の子供たちと野球をする悠真だったが、前世の経験と育成システムによって身につけた技術は、すでに普通の小学一年生の水準を大きく超えていた。