僕の最強音楽理論   作:小の字

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02 ルナティックワールド!

「おいアキヒコ……っ! 頼む、切らないでくれ! 頼むから話を聞いてくれ……っ!!」

 

 なんか突然かかってきた電話。

 受話器の向こうから聞こえてきたのは、耳を疑うような声だった。

 

 普段なら結構横柄で、軽薄っぽいプロデューサーである坂本さんが、鼻水をズルズルと啜りながら、子供のように大声をあげて号泣しているのだ。

 

 え、何? なんなんですか?

 宗教の勧誘より怖いんですケド……

 

「さ……坂本さん? どうしたんですか一体? 事故でも遭ったんですか?」

 

 ベッドの上でスマホを耳に当てたまま、僕は首を傾げた。

 

「事故なんかじゃねえ! 天国だ! 俺たちは今、天国にいるんだよアキヒコぉぉぉ!!」

 

 天国だって。やっぱ宗教かな?

 

 今日は今月末。

 深夜に差し掛かる頃合いだ。

 

 話を聞くと、つい数時間前に『ビビッド・ルージュ』のお披露目初ライブが終わったのだという。

 

 ああ、んなもんありましたね。

 頭の片隅にもなかったわ。

 

「ライブだよ! 今日の初ライブ!!」

 

 坂本さんは興奮のあまり、過呼吸になりかけながら捲し立ててきた。

 

「凄かったんだ……凄まじかったんだよ!

 お前があの10分くらいで作った曲――『Aaaaaaaっ!』をな、一曲目に叩き込んだんだ!

 そうしたら会場の客が、音楽ライターが、レコード会社の連中が、全員っ、雷に打たれたみたいに固まったんだよ!」

 

「はぁ……固まった……?」

 

 え、あの曲のカタチをしたナニカ。

 

 マジで採用したん?

 

 流石の僕も、これには困惑である。

 

「音がうるさすぎて引かれたんじゃないですか?」

 

「違う! 逆だ!! 終わった瞬間、フロアが爆発したんだ!!

 あれは雷だよ雷!!」

 

 電話越しに坂本さんが、机をガタガタと叩いた音が響く。

 

 雷とかラムちゃんかよ。

 そんなにガタガタしないで~。

 

「『なんだこの曲は!?』『狂気だ!』『これこそ本物のパンクロックだ!』って、客が前列に押し寄せて狂ったように暴れ出してさ! 終演後の物販もパニックだよ! 

 用意してたCDは一瞬で完売! 現場にいた大手レコード会社の社長がその場で『ウチでメジャーデビューさせろ』って札束積んできたんだぞ!?」

 

「……え?」

 

「それだけじゃねえ! さっさとSNSを見てみろ! Kurutterのトレンド1位だ! 

 誰かがKuruTokに上げたライブ動画の盗撮音源が、たった2時間で100万再生突破だ!

 『奇跡の神曲』『令和のロックの体現者』って、大バズりどころの騒ぎじゃねえんだよ!!」

 

 んなおかしなことあっかよ。

 世の中狂わん限りありえん。

 

 スマホをスピーカー通話に切り替え、半信半疑でSNSを開いてみる。

 

『ビビッド・ルージュの新曲「Aaaaaaaっ!」、ヤバすぎて鳥肌立った』

『コード進行がずっと同じなのに狂気的なまでに中毒性がある。作曲者アキヒコ何者???』

『削ぎ落とされたミニマリズムと剥き出しの衝動。商業主義のポップスを嘲笑うかのような完璧なアンチテーゼ』

『間違いなく神曲。今年一番のロック』

 

 画面をスクロールする手が止まる。

 

 絶賛、絶賛、大絶賛。

 わけ分からないレベルの賞賛が溢れている。

 

 タイムラインは、あの適当にキーボードを叩きつけて作られたゴミデータ『あああああああ』の話題で埋め尽くされていた。

 

 一瞬、作曲家のアキヒコって誰だっけ? と思ったが、アキヒコは――確かにアレにつけた僕のペンネームだ。

 

「……は? 商業主義のポップスを嘲笑う……?

 アンチテーゼ……?」

 

 僕は呆然と呟いた。

 

 もちろんそんな高尚な思想など、微塵も込めていない。

 

 ていうかあれは、ロックなんてこんなもんでいいだろとヤケクソで打ち込み、入力ミスした音飛びすら直さずに10分で放り投げただけの雑音だよ。

 

 く、狂ってる……

 

「アキヒコ……お前は天才だよ……!」

 

 坂本さんが電話の向こうで、再び激しく泣きじゃくり始める。

 

「ごめん。俺は間違ってた……! 

 お前が今まで持ってきてた退屈なポップスは、己の内に秘めた化け物のようなロックの衝動。それを押し殺すための、ただの仮面だったんだな!?

 

 自分の才能を隠して、健気にポップスを作ろうとしてたんだろ!?

 ごめんな、カスなんて言って本当にごめん!!」

 

「いや坂本さん、待ってください。僕は本当にポップスが作りたくて――」

 

「言わなくてもわかってる! 照れるな!!」

 

 坂本さんのテンションは、すでに僕の言葉など耳に入らない領域に達していた。

 

 あ、ひょっとしてこの人も狂ってる!?

 

「来週にでも、事務所に来てくれ! 契約を正式に巻き直す!

 一曲あたり……いや、印税契約だ! これから『ビビッド・ルージュ』のメイン作曲家として、あの怒りと衝動に満ちた最高のロックを、ジャンジャン書いてくれ!

 

 頼む、俺を、いや日本のロック界を救ってくれアキヒコ先生!!」

 

「え、ちょっと……先生って……? 救うって……」

 

「じゃあ来週な! 詳しい日程は後で調整して送る。

 期待してるぞ、俺たちの最高で最凶のロッククリエイターアキヒコ!!」

 

 ガチャリ、と通話が切れた。

 

 ツーツー

 

 しんと静まり返った自室。

 

 手の中のスマホではSNSを更新するたびに、あの曲の話題が上がっていた。

 画面には『令和のロックの神』『令和のモーツァルト』という、謎の恐ろしいパワーワードが躍っていた。

 

 僕はベッドの上で正座をしたまま、虚空を見つめた。

 

「なんで……?」

 

 意味が分からない。

 

 寝る間も惜しんで音楽理論を叩き込み、副交感神経に届くストリングスを計算して、まさに血反吐を吐く思いで作った渾身のポップス。

 

 しかし、それはゴミのように扱われ、持ち込んだ先では部屋から叩き出されてしまった。

 あげくの果てに、妹にはミミズみたいで気持ち悪いとドン引きされる始末。

 

 なのに。

 

 10分で作った『あああああああ』という名のゴミくずが、なぜ神曲として世界中から持て囃されているのか。

 

「いったい何が起こってるんだ……?」

 

 僕の頭の中は、渦巻く疑問符に埋め尽くされるのだった。

 

 

 

★

 

 

 

 それから、1週間。その期間に僕は悪夢を見る。

 外の世界に広がっていたのは、異常な光景だった。

 

 恐る恐る外に出て見れば、駅へ向かう商店街のスピーカーから、聞き覚えのある凶悪な重低音が鳴り響いていた。

 

 カフェの店内から、服飾店の店頭から、コンビニの自動ドアが開くたびに――

 

 ガギィィィィィィィィン!!!!!!

 ドカドカドカドカパン!!

 

 街のあらゆる場所に、『あああああああ』が溢れていた。

 

 CDショップの店頭には、早くも巨大な特設コーナーが作られている。

 

 『あああああああ』は、『Aaaaaaaっ!』というタイトルが名付けられ、アイドルのビビッド・ルージュがパンクなポーズを決めていた。

 

 看板には『時代を撃ち抜く衝撃のアンダーグラウンド・ロック!』とデカデカと書かれている。

 

(嘘だろ……なんで街中で僕のゴミが流れてるんだよ……)

 

 人々は「この曲ヤバいよね」「めっちゃ刺さる」と会話しながら通り過ぎていく。

 

 その言葉、とっても僕に刺さります。

 

 

 なんで?

 

 

 一度も僕のポップスがこんな風に扱われたことなんてないよ。

 僕が命を削って作った心を震わせる優しいポップスはどこ?

 

 まさか、大衆が求めていたのは、僕の感動ポップスじゃなく、この血も涙もない雑音だったとでもいうのか。

 

 一通り町をさまよい頭がクラクラしながらも、なんとか家に逃げ帰った。

 

「ただいま……」

 

 返事はない。

 

 リビングへ向かうと、傷心の僕を出迎えたのは、ソファの前で背を向ける妹の結衣だった。

 

 可愛いうさぎのヘッドホンを装着し――身体をシャカシャカ、シャカシャカと激しく上下に揺らしていた。

 

 首を上下に激しく振り、足でドカドカとリズムを刻み、エアギターを掻き鳴らすような謎の高速ムーブ。

 

「……ゆ、結衣……?」

 

 嫌な予感がいたしますぞ。

 

 僕の気配に気づいた結衣がヘッドホンを外した。

 

――漏れ出してきたのは、間違いなくあの爆音ギターノイズだ。

 

「あ、お兄ちゃん。おかえり」

 

「お前……それ、何聴いて……」

 

「これ? 今SNSでめっちゃバズってる『ビビッド・ルージュ』ってアイドルの曲。

 超カッコいいんだよ! 聴いてみなよ!」

 

 そう言って、結衣はキラキラした瞳で、僕にヘッドホンを差し出してきた。

 

 数日前、僕の渾身のポップスを聴いて「ナメクジみたいで気持ち悪い」「ミミズが踊ってる」とゴミを見るような目で吐き捨てたあの妹が、だ。

 

 震える手で被り、聞こえるノイズ。

 雑音に気が遠くなりそうになるも、なんとか持ち直す。

 

「……これ、カッコいいの?」

 

「うん! なんか余計な飾りが一切なくてさ!

 聴いてるとムシャクシャした気分が吹き飛ぶっていうか、心の叫びって感じ!

 作曲した人、マジで神だと思う!」

 

「……」

 

 神。

 

 ――目の前で目を輝かせている妹は知らない。

 

 その神とやらが、目の前で引きつった顔をして立っている僕であることを。

 

 だってその神ですら、こんな展開は知らないんだぞっ!?

 

 妹の発言に撃ち抜かれた僕は、呆然と立ち尽くすしかない。

 

「お兄ちゃんもさー、こういう疾走感のある曲作りなよ。いっつも作ってるあの、ぬめぬめしたやつじゃなくてさ」

 

 結衣はマシンガンのように暴言で僕を追撃すると、再びヘッドホンを耳に当て、シャカシャカと首を振る動作に戻っていった。

 

 僕は自分の部屋に戻り、ベッドの上に倒れ込んだ。

 

「……わ、わけが分からない」

 

 天井を見つめたまま、ポツリと呟く。

 

 真剣に愛を込めて作ったポップスはカスと吐き捨てられ、ミミズと蔑まれた。

 

 なのに適当にぶん投げたロックは、神曲と持て囃され時代の体現者とまで称賛されている。

 

 僕が信じてきた音楽理論とは何だったのか。

 そしてポップスへの情熱とは。

 

 世界がまるごとバグってしまったような感覚に包まれながら、僕は現実から逃げるように、深く布団をかぶるしかないのだった。

 

 ぐすん。

 

 

 

★

 

 

 

 翌朝。

 

 自室のデスク前で、僕はPC画面に表示された音源データを静かに見つめていた。

 

 僕の作った正真正銘の駄作である『あああああああ』が大バズりしたという事実には、非常に衝撃を受けたものだが、僕は思考停止することにした。

 

 便利な言葉があるよね。

 

――そして僕は考えることをやめた。

 

 こんなことでいちいち気にしてられないっての。

 印税契約でいくら貰えるんだか知らないけど、貰えるものだけ貰っておこう。

 

 あとは知らん。

 

 ということで、今日は契約更新とやらで坂本さんに会いに行くわけだが、ついでに新しい曲を持っていくことにした。

 

 何気に前回の納品から、数週間たっている。

 その間、僕もただ引きこもっていたわけではないのだ。

 

 『透明なシンフォニア』

 

 余裕で三徹くらい集中して組み上げたのが、この新曲である。

 

 音源を移し、曲が入ったUSBを朝日にかざす。

 きらりと反射した光の輝きが、まるでこの曲のようだ。

 

「ふふふ。なんて美しい煌めき」

 

 脳内に舞い降りてきた天使たちが、荘厳なオーケストラを奏でる。

 

 静けさの中に鋭さを秘めたイントロから、聴く者の心を徐々に掴んで離さない完璧な構成。

 専門家の知見から見れば、『ああああああああ』とは比べるまでもない傑作であることがすぐわかるだろう。

 

 ロックの産物であることが悔やまれるが、あの5万円の臨時収入が、僕の心にゆとりと安らぎをもたらした。

 

 ゆとりと安らぎは、僕を渇望から解放し無垢な心境をもたらしてくれたのだ。

 その明鏡止水から生み出されたのが、この『透明なシンフォニア』。

 

 今回の僕には、迷いも悲壮感もない。

 己の技術と感性への、揺るぎない絶対の自信があった。

 

「坂本さん、今度こそ本物のポップスを見せてあげるよ……」

 

 僕は胸ポケットにUSBをしっかりと収めると、静かな高揚感とともに家を出るのだった。

 

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