「あー、これは終わったかな……」
楽屋のパイプ椅子に深々と腰掛け、リーダーのルルは溜め息をついた。
ふと見上げた先にある鏡に映る自分の姿は、派手なメイクと革ジャンの衣装に包まれている。
それもそのはず。
あたしたちは『ビビッド・ルージュ』
過激なロックサウンドと衝動的なパフォーマンスを売りにした、事務所存続を賭けた4人組アイドルグループ。それが自分たちの肩書きだった。
今までは地下アイドルだったが、それは仮の姿。新曲とともに本格的なロックに参戦。表舞台に飛び出る。
本格派ロックアイドルグループの堂々登場だ!!
……そうした筋書きのもと、道が作られていたはずだった。
しかし、現実の雲行きは怪しいどころの話ではない。
お披露目ライブまであとちょっとという土壇場で、委託していた作曲家が逃亡したという噂がスタッフの間で飛び交っていた。
噂っていうか感じる空気から、ほぼ確だった。
「ねえルルちゃん、曲がないって本当にライブできるの……?」
「衣装も準備して、会場も押さえたのに……」
不安そうに顔を見合わせてくるメンバーたち。ララとリリ。
ルルはさっきまでの自分の不安を押し殺し、リーダーとして必死に引きつる顔を崩さず、平然を装ってみせる。
「大丈夫だよ。きっと坂本さんがなんとかしてくれるって!」
坂本さんは、あたしたちのメインプロデューサー。
このプロジェクトにかける思いは、一蓮托生だ。
でも、ルルの心の中は焦燥感で押し潰されそうだった。
新曲がないデビューって何?
曲がないアイドルなんて、アルコールのないストロングゼロと同じだよ。
舞台に立つことすらできない。
もしかしたら、このまま本格デビュー前に解散かも、なんて最悪の未来が頭をよぎっていた。
その時――バンッ! と楽屋のドアが壊れんばかりの勢いで開いた。
「おいみんな!! 奇跡が起きたぞ!!!」
飛び込んできたプロデューサーの坂本は、髪を振り乱し、目を血走らせていた。
手には1枚のCD-Rが握られている。
「曲だ! メイン曲が届いたぞ!!」
「えっ、本当ですか!?」
すがるような思いで駆け寄るメンバーたち。
ルルは坂本が持ってきたCDケースの白ジャケットに目をやった。手書きで殴り書きされたタイトル。
「……『あああああああ』?」
ルルは首を傾げた。
『あああああああ』?
なにそれ。打ち込みのミス?
投げやりにも程があるタイトルに、一瞬で眉がひそむ。
晴れたかと思った雲行きが、途端に怪しくなる。
「坂本さん……これ、ホントに大丈夫なんですか……?」
「四の五の言わずに聴け! 脳みそ飛ぶぞ!!」
坂本が楽屋のCDプレイヤーにディスクを叩き込み、再生ボタンを押した。
――ガギィィィィィィィィン!!!!!!
耳を裂くような極悪なギターノイズが楽屋中に爆音で響き渡った。
「きゃっ!?」
メンバーのひとりが悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
直後、怒涛のドラムが雪崩のように打ち込まれ、地鳴りのような重低音が床を揺らした。
BPM190オーバー。一切の手加減も、アイドルらしい可愛げも投げ捨てた、暴力そのものの音塊。
「な……なにこれ……!」
ルルは思わず、息を呑んだ。
展開がない。メロディも乱暴で、途中で「ギャッ」と歪むような不協和音すら混ざっている。
だが――何だ、この圧倒的な【圧】は。
胸の奥が熱く焼けるような、全身の血が逆流するような感覚。
日頃の不満、デビューへの不安、大人たちへの怒り、そのすべてを代わりにぶち撒けてくれているかのような、生剥き出しの「衝動」がそこにあった。
曲がブツ切りで終わったとき、楽屋の中は静まり返っていた。
誰もが言葉を発せず、呆けている。
ルルは自分の手の平を見つめ、震えていることに気づいた。
これは恐怖からではない。溢れ出す武者震いからだ。
「……ルルちゃん」
ララリリレレ、メンバーたちが目を見開いたままルルを見つめてくる。
その瞳には、さっきまでの不安が消え去り、代わりにランランと輝く野性的な光が宿っていた。
全員の心は一致していた。
――いけるっ
ルルは不敵な笑みを浮かべ、坂本に向き直った。
「坂本さん、この曲……あたしたちに歌わせて! これなら勝てる!
どんな奴らも全員殴り倒せる!」
「だろ!? タイトルは『Aaaaaaaっ!』で行くっ!
歌詞はこっちで入れておいた。『くだらない世界なんてぶっ壊せ』だ! 明日までに身体に叩き込め!!」
「「「「はいっ!」」」」
――そして迎えた、お披露目ライブ当日。
ライブハウスの客席は、半信半疑の客や音楽ライターで埋まっていた。
地下アイドルが何かやる? 随分と金がかかってるじゃん。いやいや、ただの過剰広告だろ。
「本格派ロックアイドル」という触れ込みに、どこか冷ややかな視線を送る者も多い。
舞台裏で、ルルはメンバーと円陣を組んだ。
ルルたちの胸には、もはや不安などない。
確信してるんだ。この曲なら、世界とだって戦えるって!!
そんな圧倒的な自信だけが、溢れるように湧き上がってきていた。
「いい? アイドルらしく綺麗に魅せようなんて思わなくていい。あの曲の通り、あたしたちの衝動を全部フロアに叩きつけるよ!」
「「「おーっ!!!」」」
暗転するステージ。
ルルたちがポジションについた瞬間、あの音がスピーカーから解き放たれた。
――ガギィィィィィィィィン!!!!!!
イントロのノイズ一発で、会場の空気が凍りついた。
浮かび上がるのは、客たちの「なんだこれは」という困惑の表情。
だが、怒涛のドラムとギターが雪崩れ込んだ瞬間、冷ややかな空気は一変した。
「ぶっ壊っせぇぇぇぇええええええ――――っ!!!」
ルルが絶叫する。
振り付けだってあったけど関係ない。
湧き上がる衝動が頭から突き抜ける。汗を撒き散らし、髪を振り乱し、狂ったように拳を突き上げる。
客席の最前列にいた音楽ライターの男の眼鏡が、衝撃でズレた。
次の瞬間、フロア全体が爆発した。
「うおおおおおおおおっ!!!?」
「ヤバい!! なんだこの曲!!? カッコよすぎるだろ!!!」
地鳴りのような歓声。歓声は派生し、ライブハウスの床が抜けんばかりに揺れる。
客も、スタッフも、ライターも、全員が自我を失ったように叫び、拳を突き出していた。
たった3分半。
曲が終わった瞬間、静寂のあとに押し寄せたのは、耳が痛くなるほどの万雷の拍手と絶叫だった。
雷となった歓声が、ステージに向けて解き放たれる。
「「「ビビッド・ルージュ! ビビッド・ルージュ!」」」
ステージの上で息を切らしながら、ルルは沸き立つ客席を見渡した。
到来したのは、胸が破裂しそうなほどの達成感と興奮。
やったんだ! あたしたちは!!
間違いなしの大成功。
楽屋の袖で、プロデューサーの坂本が顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら親指を立てているのが見えた。
(勝った……! あたしたち、天下獲れる……!)
ルルは確信していた。
自分たちをこの最高の舞台に引き上げてくれた、顔も知らない天才作曲家に、心からの感謝を捧げながら。
★
お披露目ライブの熱狂からしばらく、世間はビビッド・ルージュと『Aaaaaaaっ!』の話題で持ちきりだった。
一般雑誌や一部のニュースにまで取り上げられ、無事に本格デビューと相成った。
それから何回も開催したライブも成功をおさめ、波に乗っている。
この波を絶やしてはならない。
そう――世間の注目は、ビビッド・ルージュの次の曲に集まっていた。
この日の楽屋の空気は、毎回の劇場満員に喜ぶ一方、ちょっとした焦燥感も漂っていた。
「ねえルルちゃん……次のライブ、どうする……?」
ララの言葉に、ルルは唇を噛みしめた。
あの『Aaaaaaaっ!』の爆発的なバズのおかげで、毎回のライブのチケットは即日完売、箱のキャパも倍以上になった。
しかし、致命的な問題があった。
自分たちには、まだ『Aaaaaaaっ!』の一曲しかないのだ。
一応、地下アイドル時代の遺物でお茶を濁してるとはいえ、本格デビューした以上は、いつまでもそれでやりくりするわけにもいかない。
また『Aaaaaaaっ!』がどんなにすごい曲とはいえ、まさかライブで同じ曲を、何回も演奏するわけにはいかない。
いかに凄い打撃力があっても、主力一曲ではバンドとして、グループとして成り立たない。
「例の作曲家の人……次の曲は作ってくれてるのかな……?」
「分からないよ。坂本さんに聞いてみるしか」
不安がるメンバーに応えるため、ルルがスマホを手に取ったその時、楽屋のドアが勢いよく開いた。
折しも坂本の登場。
いつものように汗だくで駆け込んできた彼の手には、新しいCD-Rが握られていた。
「届いたぞ……! アキヒコ先生からの第二弾だ!!」
「ほんとですか!?」
アキヒコ先生! 『あああああああ』を作ってくれた、あたしたちの救世主!!
こぞって坂本のもとに集うメンバーたち。
ルルも駆け寄り、キラキラな視線を向けた。
手渡されたCDケース。そこに書かれていたタイトルは、たった一文字。
『青』
「『青』……? 今度の曲は青……?」
ルルとメンバーたちは顔を見合わせ、期待を胸にプレーヤーの前に集まった。
前回の『あああああああ』が黒い衝撃なら、今回は一体どんな狂気が詰まっているのか。
固く拳を握りしめ、再生ボタンを押す。
――シャリーン……♪
スピーカーから流れてきたのは、耳を疑うほど透明で、美しく眩しいギターのカッティングだった。
「……え?」
前回の耳を刺すノイズじゃない。
直後、弾けるようなドラムと、胸を締め付けるように切なく駆け抜けるベースラインが合流する。疾走感溢れる、けれどどこまでも爽やかで澄み切ったメロディ。
「な……なに、これ……」
メンバーのひとりが息を呑む。
サビに入った瞬間、ルルの胸の奥から熱い塊が込み上げてきた。
放課後の夕道。
汗ばんだ衣装。
楽屋で分け合った安いお弁当。
ぶつかり合いながらも掴み取った、あの初めてのステージの光――
「青春……」
ルルは震える声で呟いた。
大人はよく言う。
「若い頃はよかった」「青春は過ぎ去るものだ」と。
――けれど違うっ!
自分たちにとって、泥臭く汗を流し、不安と戦いながら今この瞬間に命を燃やしている【今】こそが、紛れもない青春なのだっ!!
この曲はそんなあたしたちの心境を写し取り、心に届く青い旋律として表現していた。
「これ……あたしたちの曲だ……!」
気づけば、メンバー全員の目からポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
「作曲の人、天才すぎるよ……! なんでこんな、なんであたしたちの今の気持ちが分かるのっ……!?」
「『あああああああ』みたいな狂気だけじゃなくて、こんなに綺麗で胸を打つ青春まで描けるなんて……!」
ルルは拳を強く握りしめた。
ありがとう。ありがとうアキヒコ先生。あたしたちのためにこんな曲をくれて!
顔も知らないアキヒコ先生という存在への尊敬が、胸の中で爆発していた。
「いくよ、みんな。あたしたちの青春を、ぶつけに行くんだっ!」
次の公開。超満員のライブハウス。
「ぶっ壊っせぇぇぇぇええええええ――――っ!!!」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
1曲目の『Aaaaaaaっ!』でフロアを地獄のような熱狂に叩き落とした後、ルルはマイクを握り締め、荒い息を整えた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!
……でもさ、あたしたちは『Aaaaaaaっ!』だけのグループじゃないよ!」
客席から「おおっ!?」と、どよめきが起こる。
これはまさか新曲!?
聴衆はワクワクに胸を躍らせる。
それに答えるように、ルルは語りを続けた。
「次に届いた曲を聴いた時、あたしたちは涙が出た。
これからみんなに届けるのは青春――
青春は過去の思い出じゃない……今、この場所で生きてるあたしたち自身なんだって!
聴いて……『青』!!」
ドラムの軽快なカウントとともに、爽快なバンドサウンドがフロアを突き抜けた。
客席の一瞬の困惑。
『Aaaaaaaっ!』のような暴力的なパンクを期待していた客たちは、一瞬呆気にとられた。
しかし――次の瞬間、その旋律が持つ圧倒的な引力に引きずり込まれていった。
「うおおおおおおおおっ!!!?」
「なんだこの曲……! めちゃくちゃ胸に刺さる……!!」
「思い出すよ……あの素晴らしき日々」
「最高だ!! ビビッド・ルージュ最高!!!!」
暴力的な破壊衝動も――ロック。
されど胸を焦がすような眩しい青春も、また――ロック。
型にはまらない、ジャンルの垣根すら跳び越えていくビビッド・ルージュの姿に、フロアからは『Aaaaaaaっ!』の時以上の熱狂と、地鳴りのような歓声が巻き起こっていた。
ステージの上で、最高に輝く笑顔で歌うルルたち。
彼女たちの青春は、まだまだ続いていく。