本計画は一九八五年の試作運用機から数えて既に四十年以上が経過している。
これまでの研究開発によって、現在のBS-3は航空機として一定の完成度に達した。また、限定的ながら実戦への投入実績も認められる。しかし、ここに提出された次世代機BS-4の開発計画を見れば、従来と同じ武装体系、同じ低騒音飛行能力、そして今なお研究中の生命体探知装置が中核となっている。
我々が問いたいのは単純だ。
BS-00シリーズは、いったい、いつ完成するのか。
完成の定義が存在しない研究に、今後も国費を投入し続けるわけにはいかない。本審査では研究継続を前提としない。計画の縮小、分離、廃止を含めて判断する。
問一
BS-00シリーズは、もはや必要のない兵器ではないか?
BS-3は七.六トン級、双発エンジン、二十mm機関砲、ロケット兵装を備える。だが、そもそも何のためにこれほどの攻撃能力が必要なのか。敵の位置を探すのが任務なら、偵察機でよい。攻撃が目的なら、既存の攻撃ヘリコプターでよい。BS-00シリーズでなければならない理由を説明してほしい。
答
現行BS-3の武装構成が、本来の任務に対して過大である可能性は認識しています。原型機は敵地への侵入、生命反応の探知、直接攻撃を一機で実施する設計でした。しかし現在では、偵察、捜索、攻撃を別々の航空機や無人機で分担することが可能になっています。従来の設計思想をそのまま次世代機へ継承する必要はありません。
提出された任務報告では、低騒音接近、夜間監視、生命反応の捕捉によって作戦に寄与した事例が記録されています。ただし、同じ条件で通常の航空機を運用した場合との比較試験は十分ではありません。
問二
一九八五年の試作運用機に既に搭載されていた「生命体探知装置」が、二〇二六年のBS-3でもなお未完成である。四一年間で、何を研究してきたのか?
答
装置の性能そのものは大きく改善しています。熱画像、電波による微小運動検出、位置補正、複数反応の分離、誤探知抑制などについて、原型機より高度な技術を実現しました。しかし、原型機で観測された一部の生命反応検出能力は、現在でも再現条件が完全には解明されていません。ただし、未解決であることと、研究に価値がないことは必ずしも同義ではありません。
問三
ここに一九八〇年当時の議事録がある。改めて問う。
「生命体探知装置」とあるが、そもそも生命体をどうやって探知するのか? 一体何を測定するのか? 森林には鳥も獣もいる。あの画面に表示される光点は、全て生命体なのか。人間だけなのか?
答
現時点では赤外線による熱的特徴、マイクロ波を利用した微細運動の検出、その他の補助情報を利用する方式を研究対象としています。ただし、これらを統合して人間を安定して識別する技術は、まだ完成していません。そして我々は完成していない技術の成立性を検証するための研究費を要求しております。完成装置の購入費ではありません。
問四
誠意ある返答を改めて求める。
『生命体探知』という名称は誇張ではないのか?
生死状態まで分かるというのは本当か?
なぜ探知装置をわざわざ吊るす?
あのトゲのある球体はなにか?
ヘリコプターを無音にすることなどそもそも可能なのか?
BS-00シリーズは本当に必要なのか?
「全てに於いて真摯な回答を準備しております。BS-00シリーズの開発継続は我が国固有の技術発展のみならず」
問五
一九八五年の研究記録は本当に信頼できるのか?
答
……
鷹沢切人はだんだん、答えるのが億劫になってきていた。
このBS-00シリーズに携わって40年余、生涯を賭したと言っていい。もはや何がどうした、どれがどうしたという話ではなかった。血税もくそもあるかと開き直っていた。BS-00シリーズ開発継続は、鷹沢切人が生きていくことと同義であり、開発打ち切りとなれば明日にでも自分はくたばるだろう、と思っている。だから幾らでも能書きを言えた。
必要かどうかすら、どうでもいい。
科学技術の発展がどうしたとかお為ごかしもいいところだ。
単に、この研究を続けさせろと言っているだけなのだ、鷹沢切人は。
だが、さすがに終わりかな、とは覚悟している。
いい加減、話を引き延ばすのも限界であり、鷹沢切人自身、純粋な兵器としてのBS-00シリーズになど最早意味はないと自覚している。
しかしまあ、さすがにこれは、と苦笑すら浮かんでいた。
自殺する気はないから、引退してほそぼそ生きていくしかない。しかし粘れるまでは粘ってみよう。父のように(一度も会ったことはないが、息子に「切人」などという物騒な名前を付ける、ろくでもない人物だったのだろう)神父にでもなって違う能書きを並べ立てながら本当に死ぬのを待っても良いが、今はまだ、かつての自衛隊特殊科学班の鷹沢切人であることに拘っている方が気持ちが良かった。
今となっては技術顧問という代表職、かつ名誉職のようなものであったが、鷹沢切人は現役の科学者であるという自負を失っていない。
実のところ、ただの意地を引っぺがしてみたとして、鷹沢切人には四十年間燻っていて、今もなお輝きが失せていない、科学者・技術者としての疑問があり、そしてそれを探求したいという思いには一切の濁りがなかった。
それは子供が「どうして朝が来て夜が来るの?」と最初に思う純朴さと同じだ。
大人はそれを懇切丁寧に説明してやるだろう。
そして誰しも、朝と夜が巡る仕組みを知るのだ。
だが鷹沢切人の知的探究心は四十年かかっても満たされることはなかった。
何故、初期開発チームは「完全無音のヘリコプター」など開発できると思ったのだろう。
四十年という、技術革新に余りある歳月を経ても無理である。
何故、ヘリコプターに「無」を実装できると考えたのだ?
そして生命体探知装置とは本当に、一体どういうシステムなのだろう?
何を感知しているのだろう。
何を検出して「悟っている」というのだろう。
そして鷹沢切人がまだ、この計画に未練があるのは「敗北感」がかなり大きい。どうしても勝てない。四十年前の技術に勝てないという自分を科学者として認めたくなかった。ここで諦めれば、鷹沢切人は過去に敗北した科学者としての余生が待っているのだから。
データが物語っておりデータは嘘を言わない。
試験運用機であったBS-00ブラックサタン。その機体は完全消音と生命体探知なるものが達成出来ていたと鷹沢切人は確信している。
そしてその検証機会は永遠に失われた。
機体は富士の裾野の樹海に墜落し、爆発炎上して四散した。
それが四十年ほど前のことである。まさに完成した直後、一九八五年のことである。
世に言う「水原英行事件」によって、その二つの技術は今なお失われたままであった。
少なくとも鷹沢切人にとっては、検証できない技術は失われたも同然だった。