プロジェクト:ブラックサタン   作:∀キタカタ

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第一章 水原英行事件(一)

  一

 

 地獄に落ちろ。

 一九八七年当時の、世論のそれが水原英行・元三等陸佐に対する言葉であり、実際、地獄というシステムが本当に実装されているのならば、水原英行が地獄に落ちていないなどシステム不良も甚だしいと言えるだろう。

 戦争、というものを犯罪に分類しないのであれば、水原英行の起こした事件は史上空前と言える規模の犯罪であったことは疑いようもなく、反論の余地を見つけ出す方が困難かつ、無意味と言えた。水原英行が死亡していなければ、担当弁護士は心労の余りに倒れたことだろう。

 

 簡単に言えば内乱罪、及び殺人罪に問われるわけだが、規模が桁違いであった。自衛隊内に自派閥を形成、国家転覆を伴うクーデターを実行し、同時に政財界の要人を暗殺、首都移転による新政権樹立、もはや誇大妄想もいいところであるが、公式調査と発表に拠れば、その誇大妄想を以てして、まず百人は切らぬであろう人数を殺害している。

 

 なにゆえに水原英行がそのような凶行に及んだのかまでは全容が解明されていない。僅か二年ではとてもそこまで探れる筈がない規模であった。仮にも国家公務員が起こした、しかもただでさえ国内国際世論的に扱いが難しい自衛隊内の事件である。このような場合にまず疑われる「隠蔽」「虚偽発表」など微塵も許される空気ではなかった。

 むしろ全ての情報を公開した上で、より多くの情報を求めなければ捜査らしい捜査すら覚束ない。この二年で出来たことなど、水原英行個人がいかに常軌を逸していたかという状況確認でしかなかったのだ。

 

 何も分からぬのと同じである。

 当面、既にそこにいるであろう水原英行個人に対して「地獄に落ちろ」とでも罵るぐらいしか、やるべきことはなかった。このような巨大な不祥事・事件において、マスメディアやルポライター、作家、その手の者たちが腕まくりをして何ごとでも書き飛ばせば、それだけで一財産となる売り上げをなす。今回も寄ってたかって憶測にもならぬ根拠のない想像を世間に流布するかと思えば、みな、二の足を踏んだ。

 次から次へと信じがたい事情が掘り起こされてくるのだ。

 へたなことを書けば赤っ恥を掻くのは目に見えていた。

 

 水原英行が小型核爆弾まで所持していた可能性が浮上したときは、事件自体は既に終わっていたのは皆、承知の上で後追いの恐怖に駆られた。自衛隊を即刻解散させよという、これまた無茶な論調まで実現させざるを得ない風潮にすらなりかけていた。

 内閣はさすがにそれは行わなかったが、自衛隊という組織を再解体し構成し直す、まるで車一台を一度、ボルト一本に至るまで分解してから点検、組み立てを行うほど、組織末端にまで様々な第三者組織からの監査・調査が入った。

 これまた最早、口封じだの隠匿だのと通じないものである。

 

 ちなみに核爆弾は偽物であったため、国際世論・国内世論を少しばかりは落ち着かせることが可能だったが、いっときは本物の核爆弾であるという疑いは、その入手経路や保存運用に関して一定の信憑性があり、尚且つ、おそらく、水原英行自身が本物だと信じていたため、結果としてそんな騒ぎを引き起こしたと思われる。

 常軌を逸するとは言うが、逸しすぎたため逆に現実味に繋がった例と言える。

 

 そんな有り様であったから、入念な組織再編成ののちも「現状、問題なし」などと迂闊に言えず、精査中である、を口実に世間の波風が落ち着くのを待つしかなかったのであるし、その過程でアリバイ作りのように、無意味に解散させられた部署もまた無数にあった。

 

 鷹沢切人が水原英行に対して「地獄に落ちろ」と罵りたいのは、その悪辣非道な行いではなく、間接的に自分の所属部署が解体されてしまったこと、それのみが理由であった。

 防衛庁技術研究本部 第3研究所・特別研究班。通称、自衛隊特殊科学班。

 まず真っ先に狙われた部署である。

 

 理由など枚挙に暇がないが、最も問題視されたのが自衛隊特殊科学班が開発していた軍用ヘリ「BS-00」が事件に使用されたことだった。

 開発コードネーム「ブラックサタン」という名称も水原英行の指示(というかセンス)によるものであり、開発陣はもっと穏やかな名前を求めていた。

 そのBS-00を叩き壊したのは、他ならぬ水原英行であった。

 

 水原英行は何を思ったか小型核爆弾(と本人は信じていたもの)を富士の溶岩洞窟に設置し、それを守る為に部下の自衛官一個小隊を投入している。そこに勝手に持ち出されたのが、ブラックサタンであった。

 無許可の持ち出しでありただの無駄使いであり私的流用である。あんなものを私的にどう流用するのだという油断は恐らく誰しも持ち得ていただろうが、警戒しろという方が無理である。相手はもはや異常者の域であり想定が出来ない。

 異常者の動機動向を探ろうなど無駄である。

 

 鷹沢切人が許せなかったのは、試験運用機にこれでもかと設置されていた運用記録用のブラックボックスの類いが全て外されていたことだった。撃墜された、という話まで聞いているがそこまで考え始めるともう始末に負えない。

 大切なのは、この際、壊してもいいから記録を残せ、ということに尽きる。落ちる、壊れる、それは問題ではない。むしろそれを発生させてこその試験運用機であるから、忘れてやることも出来たのだし地獄に落ちろとまでは言わなかったかもしれない。

 

 ともあれそういった生のデータは失われたのであるし、では開発主任であるとか開発情報であるとか、そちらから、というアプローチすら許されなかった。

 書類等々は紛失、開発陣は上から順に念入りに死んだ。暗殺された形跡もあるというが、それは措く。ともあれ何もかも失われたのである。

 

 というようなことを新聞記者に話した。

 ひどく熱心な取材を繰り返す記者であり、毎潮新聞社の露口正義と名乗った。

 見れば自分と変わらない、そして恐らく年下の記者である。自衛隊関係者全員に取材を敢行しかねないという熱心さは、若年故の野心にも満ちているのだろう。自分もそうだが、年功序列の世の中である。若手はチャンスを自分で掴まなければならない。

 

「……おかしいでしょう、何故、上の人間がみんな、ほぼ同時に」

 おかしいのは一から十までだろう、と鷹沢切人は思った。

「しかしご熱心に私に取材なされてもですね」

 オフィスの隣にある応接室である。そこそこ割った話も出来る。

「私は生憎、下なんですよ。だから生きていて、お役に立てないわけでして」

「それでも何かはご存じでしょう」

「公式発表を待った方が効率的ですよ」

 

 言ってから、意地の悪い言い方になったと鷹沢切人は後悔した。少し、うんざりしていたところがある。公式発表を書き写すだけなら新聞記者など志さない方がいいに決まっている。

「……なにか、を知りたいのは私の方なんです、露口さん。知りたいことは軒並み、何処かに消えてしまった。恐らく、しばらくは実験としてでも兵器開発に繋がるものには予算が下りませんよ」

 とにかく、自衛隊組織改革と称した洗浄は徹底していた。

 

 まさに二年前、取り合えずここから、と言わんばかりの内閣総辞職ののち、内閣総理大臣となった板垣重政は絵に描いたような清廉潔白の男であり、実際にそうなのだろうことは、洗浄される側としてよく分かっている。

 国民は家族であり、一切の隠しごとはしない、と断言しているのは決してパフォーマンスではないのだ。

 

「そこが気になっているんですよ。そもそも、大型軍事ヘリなど独自開発する理由があったと思いますか? 自衛隊にはAH-1Sが配備されています。何処ぞに攻め込むわけでもない自衛隊が、それ以上のものを欲しがる理由がありますか?」

 しかし、承認されたのだ。そして機体は開発されたのだ。何故だ、などと鷹沢切人は一度も考えたことはない。どうでも良かった。

 

「……二年前に解散させられた自衛隊特殊科学班は、水原駿太郎陸幕長の肝いりで設立されたものですよね、そしてその息子が、勝手にブラックサタンを持ち出しています」

「暗殺されたらしいね、陸幕長は」

「暗殺が多すぎるんですよ」

「水原英行三等陸佐による、鈴木太一陸将補以下の殺害も暗殺のうちですか」

「ありゃただの処刑です。隠し通す気もなかったでしょう」

 露口正義はただでさえ緩めていたネクタイを完全に外し、よれたスーツのポケットに、雑にしまい込んだ。

 

「……俺はね、今回の件を巨大な組織が扇動した件だと睨んでいて、水原英行個人が暴走したんじゃない、と確信してますよ。今なら、巧くやれば暴露できるかもしれない。だから恐らくは、鷹沢さん。現状で言えば生き残りのポジションにいるあなたは、比較的の話ですけどより近い、だから何か心当たりはないか、とお願いしているんです」

 新聞記者らしい、とは思えた。極論、隠蔽や虚偽があってこそ、新聞記者は飯が食える。信用しないことが仕事の一部なのだ。

 

「巨大な組織、というのはあれですか? 秘密結社かなにかですか?」

「ええ。そう表現すればいいかと。名前は明かせませんが」

 別に聞きたくもない、興味がない、と鷹沢切人は考えていた。なんだってこの露口正義という記者は、自分などから飯のタネを掘り出そうとしているのだ、見当違いも甚だしい。

 とは言え、年も近い、気持ちは分かる、無碍な対応になってしまって済まない、等々、鷹沢切人は常識人としての感覚をきちんと持ち合わせてもいる。何かを伝える、ということは出来そうにないが、何かを思い出してみよう、という気持ちは湧いてきていた。

 

「……デッド・ゴッド・ベータ」

 ぽつりとそう口に出た。

 露口正義がきょとんとしている。そりゃあそうだろう、と鷹沢切人は苦笑した。なにせ、自分でも見かけたときはきょとんとした。開発主任の研究ノートのうち、問題なしと何者かに、巨大組織とやらに(今となってはフリーメイソンの陰謀だと言われても納得する)見逃された手帳に殴り書きされていた言葉だった。

 何かの開発名だろうか、それにしてはアルファがない。

 気になった、思い出した、のはそんなことぐらいだった。

 

 DEADGODb、と書いてあったのだ。

 何故気になったかというと、ブラックサタンなんて名前ではなく、開発主任がデッドゴッドを開発名にしたかったのだとしたら、それはそれでセンスが酷い、とうんざりした覚えがあったからだった。

 それにしてもベータとは、なんだろう?

 そもそもベータでいいのだろうか。本来ならβと書くだろうに。

 露口正義にそれを話したところで、何かが分かる筈はなかった。

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