ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第10話 硬い守りを崩せ!ヒトカゲと再挑戦への特訓

マサシは、目を開けるより先に手を伸ばした。

 

 枕元の図鑑を引き寄せる。

 

 画面をつけ、昨夜確認した技の説明をもう一度読んだ。

 

「……やっぱり、使えるな」

 

「カゲ?」

 

 ベッドの横から声がした。

 

 ヒトカゲが立っている。

 

 マサシが起きているとは思っていなかったのか、布団へ伸ばした前足が途中で止まっていた。

 

「おはよう。今日は起こさなくていいぞ」

 

 そう言いながら、マサシは布団を胸元まで引き上げた。

 

 ヒトカゲの目が細くなる。

 

「起きるって。考えてただけ」

 

 ベッドから足を下ろす。

 

 昨日、イシツブテへ爪を当てた前足と、体当たりを受けた肩を確かめた。

 

腫れもなく、動かしても痛がらない。

 

「よし。朝飯食ったら、少し付き合ってくれ」

 

 ヒトカゲが顔を上げた。

 

 マサシは図鑑を閉じる。

 

「昨日の続き、思いついた」

 

     ◇

 

 朝食のあと、センターの練習場へ出た。

 

 ポッポ、キャタピー、ビードルも外へ出し、木陰に水を置く。

 

 マサシはヒトカゲを連れ、低い岩の前へ立った。

 

「昨日、イシツブテがひのこを防いだとき、横へ動いたら一回当たっただろ」

 

 ヒトカゲが頷く。

 

「でも、その次は向き直られた。俺が当たったか確かめてから、指示してたから」

 

 マサシは岩の正面と、その左側を指した。

 

「今日は、吐いたあとに動くところを練習する」

 

 ヒトカゲが構える。

 

「ひのこ! 左!」

 

 火の粉が岩へ当たった。

 

 ヒトカゲが横へ走る。

 

 マサシはすぐに手を上げた。

 

「待った。もう一回、同じ場所から」

 

 ヒトカゲが戻る。

 

 二度目も、ほとんど同じ動きになった。

 

 炎を吐き終わる。

 

 両足を踏ん張り直す。

 

 それから走る。

 

 マサシはしゃがみ、ヒトカゲの足元を見た。

 

「……そっか。今、吐くために両足を揃えてるんだな」

 

 前足ではなく、後ろ足を指す。

 

「左へ行くとき、こっちを少し後ろに置いてみて」

 

 ヒトカゲが足を引いた。

 

「そう。無理に走り出さなくていい。その足で、体の向きを変えるだけ」

 

 マサシも隣で同じように立つ。

 

 半歩、足を置く。

 

 肩を回す。

 

 ヒトカゲがそれを真似した。

 

「よし。ひのこ!」

 

 火の粉が飛ぶ。

 

「左!」

 

 ヒトカゲの体が滑らかに向きを変えた。

 

 踏み直す音が、一つ減った。

 

 マサシは笑った。

 

「今のだ」

 

 ヒトカゲが振り向く。

 

「もう動ける。速く走ろうとするより、そっちの方が早いな」

 

 嬉しそうに尻尾の炎が揺れた。

 

     ◇

 

 次は、ポッポに手伝ってもらった。

 

 マサシが腕を出すと、枝から飛んでくる。

 

「ヒトカゲを見てて。攻撃はしなくていいから」

 

 ポッポが地面へ降りた。

 

 ヒトカゲと向かい合う。

 

「しっぽをふる!」

 

 炎の灯る尻尾が左右へ動いた。

 

 ポッポの顔が、その先を追う。

 

「横へ」

 

 ヒトカゲが一歩出た。

 

 ポッポが慌てて向き直る。

 

 マサシは二体の間へ入った。

 

「ありがと。今ので十分」

 

 ポッポが胸を張る。

 

 ヒトカゲも得意そうだった。

 

 けれど、マサシはすぐに次の場所を指した。

 

「今度は、尻尾を見ないようにしてて」

 

 ポッポが首を傾げた。

 

 もう一度、二体を向かい合わせる。

 

 ヒトカゲが尻尾を振った。

 

 今度のポッポは顔を動かさなかった。

 

 ヒトカゲが横へ出ると、すぐに体を向けて追った。

 

「カゲ……?」

 

 ヒトカゲがマサシを見る。

 

「そう。同じことをやったら、相手も覚える」

 

 マサシは二体の足元へ枝を一本置いた。

 

「最初は目を引ける。でも、次は引っかからないかもしれない。

 

だから、しっぽをふるのが効かなかったら、別のことをする」

 

 ヒトカゲが真剣な顔で聞いている。

 

「ポッポが追ってきたら止まる。止まったら、反対へ。全部、俺が声を出す」

 

 ポッポも構え直した。

 

 マサシはその目を見た。

 

「頼む。今度はちゃんと見つけてくれ」

 

     ◇

 

「しっぽをふる!」

 

 ポッポの目は動かなかった。

 

「右!」

 

 ヒトカゲが動く。

 

 ポッポが追う。

 

「止まれ!」

 

 ヒトカゲの足が止まった。

 

 ポッポが少し先へ進んだ。

 

「左!」

 

 ヒトカゲが反対へ抜ける。

 

 ポッポは翼を広げ、体の向きを変えた。

 

 ヒトカゲが振り向く。

 

 追いつかれた。

 

 マサシはその場で笑った。

 

「そう来るか」

 

 ポッポが誇らしげに鳴く。

 

「じゃあ、今度は追いつかれたところから」

 

 マサシは二体を戻し、立つ場所を少し変えた。

 

 さっきポッポが翼を広げた側へ、低い岩がくる。

 

「同じようにやってみよう」

 

 ヒトカゲが動いた。

 

 ポッポが追う。

 

 止まり、切り返す。

 

 ポッポはまた翼を開きかけたが、岩が近い。

 

 一度、足で距離を取る。

 

 その間に、ヒトカゲが横へ出た。

 

「そこまで!」

 

 マサシが手を上げた。

 

 ヒトカゲが顔を上げる。

 

 ポッポも岩を見て、それからマサシを見た。

 

「動き方を変えさせれば、間に合うんだな」

 

 マサシは小さく呟いた。

 

 昨日、岩の上へ逃げたヒトカゲは、下から足場を揺らされた。

 

 同じ岩でも、使い方は変えられる。

 

「ポッポ、助かった」

 

 腕を出すと、ポッポが飛び乗ってきた。

 

 その胸を軽く撫でる。

 

「お前、追いかけるの上手いな。今度はバトルでも頼むぞ」

 

 ポッポが強く鳴いた。

 

     ◇

 

 木陰で休む間、マサシは地面へニビジムの形を描いた。

 

 ヒトカゲが水を飲みながら覗き込む。

 

 大きな岩と、低い岩。

 

 イシツブテが最初に立っていた場所。

 

 昨日の試合を思い出し、線を足す。

 

「タケシは、岩の陰へ行っても追ってきた」

 

 線が曲がる。

 

「でも、そのまま曲がったんじゃない。腕をついて、向きを変えてた」

 

 マサシはその場所へ印をつけた。

 

 もう一つ。

 

 さらに、もう一つ。

 

 ヒトカゲが顔を寄せる。

 

 マサシは三つの印を見比べ、枝の先を止めた。

 

「……だったら、逃げる方向より、腕を置かせる場所か」

 

「カゲ?」

 

 マサシは顔を上げた。

 

「ひのこを当てる場所、変えようと思って」

 

 ヒトカゲの目が輝く。

 

 マサシは手を上げた。

 

「まだ休憩。今すぐ全部やったら疲れるだろ」

 

 ヒトカゲが少し肩を落とす。

 

 その横では、キャタピーとビードルが同じ枝へ糸をつけていた。

 

 キャタピーが引く。

 

 枝が動く。

 

 ビードルが地面の根へ糸を重ねると、今度はそこで止まった。

 

「お前らも、上手くやるな」

 

 マサシが声をかける。

 

 二体が揃って顔を上げた。

 

 マサシは枝と糸を見てから、地面の図へ目を戻した。

 

 止める。

 

 動かす。

 

 相手そのものを押さえ込まなくても、選べる道を減らすことはできる。

 

 枝の先で、新しい線を一本引いた。

 

     ◇

 

 休憩後の練習は短かった。

 

 ヒトカゲの足元へ目印を置き、マサシが指した場所へひのこを飛ばす。

 

 正面。

 

 右下。

 

 少し離れた地面。

 

 命中するたび、次の指示を出した。

 

「左!」

 

 ヒトカゲが動く。

 

「止まれ、もう一回!」

 

 火の粉が散った。

 

 今度は的の端へ当たった。

 

 マサシはすぐに手を下ろした。

 

「そこまで」

 

 ヒトカゲが振り向く。

 

「今の、首を向けきる前に俺が言った。悪い」

 

 ヒトカゲは一度息を吐き、また構えようとした。

 

 マサシは水の容器を持ち上げる。

 

「終わり。足が、さっきより揃わなくなってる」

 

 その言葉で、ヒトカゲも自分の足を見た。

 

 少し疲れていた。

 

 やりたいことは、まだいくつもある。

 

 けれど、全部を今日中に覚えてもらう必要はない。

 

 マサシは肩へ手を置いた。

 

「動けることは分かった。あとは俺が、間に合うように言う」

 

 ヒトカゲが頷いた。

 

     ◇

 

 センターへ戻ると、待合室にサトシがいた。

 

 膝へ帽子を載せ、珍しく静かに座っている。

 

 カスミがその隣にいた。

 

 マサシは立ち止まった。

 

「ジム、どうだった?」

 

 サトシが顔を上げる。

 

「……負けた」

 

「そっか」

 

 マサシは隣へ座った。

 

「ピカチュウは?」

 

「診てもらってる。大丈夫だって」

 

 それを聞き、マサシは頷いた。

 

 サトシが帽子を握り直す。

 

「イワーク、すっごく大きかった。巻きつかれて、動けなくなって……」

 

「イワークもいるのか」

 

 マサシはジムの奥を思い出した。

 

 昨日は、イシツブテしか見ていない。

 

 相手はまだ、その先を残していた。

 

 サトシが勢いよく顔を上げる。

 

「でも、もう一回やる!」

 

「うん。俺も今日、挑戦するつもり」

 

「今日!?」

 

「ヒトカゲの様子を、もう一回見てもらってから」

 

 サトシが足元へ目を向ける。

 

 ヒトカゲは眠そうにあくびをしていた。

 

 カスミが眉を上げた。

 

「大丈夫なの?」

 

「午前中に練習した。今から飯食って休む」

 

「何か、作戦できた?」

 

 マサシは少し考えた。

 

「いくつか」

 

 サトシが身を乗り出す。

 

「どんな?」

 

「タケシがどう動くかで変えるから、まだ一つには決めてない」

 

 そう答えると、サトシは口を閉じた。

 

 カスミも、少しだけマサシを見つめた。

 

 本人は二人の視線に気づかず、ヒトカゲを抱き上げていた。

 

「でも、昨日より面白くなりそう」

 

     ◇

 

 夕方、マサシはニビジムの扉を開いた。

 

 昨日と同じ場所。

 

 同じ岩。

 

 同じ、砂を踏む音。

 

 ヒトカゲが隣へ並ぶ。

 

 奥からタケシが歩いてきた。

 

「来たか」

 

「うん。今日は、正式に挑戦したい」

 

 タケシはヒトカゲの様子を見て、頷いた。

 

「二体ずつの勝負だ。交代できるのは挑戦者だけ。構わないか?」

 

「分かった」

 

 マサシはリュックを下ろし、ポッポたちも外へ出した。

 

 三体を安全な場所へ落ち着かせる。

 

 ポッポが低い岩へ止まり、キャタピーとビードルがその下へ並んだ。

 

 ヒトカゲの前へしゃがむ。

 

「朝やったこと、全部使うとは限らない」

 

 ヒトカゲが彼を見る。

 

「俺が言った方へ。間に合わないと思ったら、無理に跳ばずに止まってくれ」

 

 拳を出す。

 

「今度は、あっちに考えてもらおう」

 

 小さな前足が重なった。

 

     ◇

 

「行け、イシツブテ!」

 

 白い光が広がり、重い腕が地面を叩いた。

 

 ヒトカゲが前へ出る。

 

 マサシは昨日より少し右側へ立たせた。

 

 タケシが、その位置へ目を向ける。

 

「始めるぞ」

 

「うん。ひのこ!」

 

 火の粉が飛んだ。

 

 イシツブテが腕を上げる。

 

「左!」

 

 ヒトカゲが動いた。

 

 昨日より早い。

 

 タケシがすぐに指示を出す。

 

「追え、イシツブテ!」

 

 腕が地面へ伸びる。

 

 マサシの目が、その手前の砂を捉えた。

 

「足元へ、ひのこ!」

 

 火の粉が、イシツブテの腕を置こうとした場所へ散った。

 

 砂が跳ねる。

 

 イシツブテが反射的に腕を引き、別の場所へつき直した。

 

 追う動きが、一拍遅れる。

 

「横から!」

 

 ヒトカゲが体を向けた。

 

 二度目のひのこが、開いた守りの脇へ届く。

 

 イシツブテが体を引いた。

 

 タケシの目が、ヒトカゲからマサシへ移った。

 

「……最初の攻撃は、当てるためじゃなかったのか」

 

 マサシはヒトカゲの次の足場を見たまま、笑った。

 

「昨日、よく見せてもらったから」

 

 タケシの表情が引き締まる。

 

 イシツブテが、改めて両腕を広げた。

 

 マサシはすぐに指示を変えた。

 

「ヒトカゲ、そこで待て」

 

 追われる前に、逃げる必要はない。

 

 今度は、相手が何を変えるのかを見たかった。

 

第10話終了

 

次回・第11話「守りの先を読め!ヒトカゲ対イシツブテ」

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