ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
ポッポが翼を傾けた。
イワークの正面を外れ、長い胴体の横へ回る。
大きな頭が、その動きを追った。
首が曲がる。
少し遅れて、床へ広がっていた岩の体が動いた。
マサシは、その遅れを見ていた。
「ポッポ、もう一回り!」
ポッポが羽ばたく。
イワークの尾に近いところまで飛び、外側から弧を描いた。
タケシが腕を振る。
「イワーク、たいあたり!」
大きな頭が前へ出た。
ポッポとの距離が、一気に縮まる。
「かわせ!」
ポッポが身をひねった。
岩の顔がすぐ脇を通り、羽が風に煽られる。
それでも飛ぶ高さは崩れなかった。
「そのまま抜けろ!」
ポッポが首の横を通り過ぎた。
マサシは、頭が戻るまでの動きを追う。
首だけで振り向こうとしたイワークが、途中から胴体を引き寄せた。
長い体が、フィールドの岩を擦った。
「……そこからは、体ごとなんだな」
マサシの口元が上がった。
タケシは、その顔を見逃さなかった。
◇
「回っているだけでは、勝てないぞ」
「分かってる」
マサシはポッポへ手を向けた。
「低く回れ! かぜおこし!」
ポッポが高度を落とした。
翼が大きく動く。
床の砂が舞い上がり、イワークの顔へ吹きつけた。
大きな目が細くなる。
岩の体を押し返すことはできなくても、顔へ砂を運ぶことはできた。
「逆からだ!」
ポッポが向きを変える。
イワークの頭も、そちらへ動いた。
「追いすぎるな、イワーク! 体を寄せろ!」
タケシの声に、長い胴体が滑った。
ポッポの進む先へ、岩の壁がせり出す。
上へ逃がせば、今度は頭で追い上げられる。
天井までは、それほど余裕がない。
マサシは迷わず指示を変えた。
「内側へ飛び込め!」
ポッポが低く滑る。
イワークの胴体に囲まれた空間へ入った。
「そのまま閉じろ!」
岩の輪が狭くなる。
ポッポの羽音が速まった。
マサシは、イワークの顔を見ていた。
獲物を確かめるために、首が持ち上がる。
その下へ、隙間が開いた。
「頭の下を抜けろ!」
ポッポが翼を狭めた。
岩の影を潜り、外へ飛び出す。
背後で、胴体の擦れ合う音が響いた。
ポッポは大きく旋回し、マサシの側へ戻ってくる。
「よし!」
短い声に、力強い鳴き声が返った。
◇
タケシは、イワークの首元へ目を向けた。
砂を顔へ当てた。
反対側へ回った。
体で囲まれると、頭の下を抜けた。
追いかける側だったはずのイワークが、少しずつ構えを変えさせられている。
「イワーク、頭を下げろ。隙間を作るな!」
大きな顔が低くなった。
さっきポッポが通った場所が塞がる。
マサシは頷いた。
「じゃあ、顔が近いな」
タケシの目が動く。
「ポッポ、正面へ!」
ポッポが飛んだ。
低く構えたイワークへ向かう。
「迎えろ!」
大きな頭が前へ出た。
「かぜおこし!」
ポッポが、地面近くで翼を打つ。
砂がまとまって跳ね上がった。
イワークが顔を背ける。
頭を低くしたぶん、風に乗った砂が届きやすくなっていた。
「今だ、回り込め!」
ポッポが横へ抜ける。
イワークは首を戻そうとした。
マサシはその後ろを見た。
胴体が動く。
尾が、わずかに浮いた。
「引け、ポッポ!」
小さな体が急に向きを変える。
そのすぐ前を、岩の尾が横切った。
床の砂が、強く払われた。
ポッポの姿勢が風に揺れる。
マサシは間を置かずに声を出した。
「立て直せ!」
ポッポが二度羽ばたき、体を起こした。
タケシの眉が上がった。
「尾も見ていたか」
「頭だけ追ったら、危なそうだったから」
マサシは答えた。
言いながらも、目は相手の体から離れない。
頭を上げれば、下に隙間ができる。
低くすれば、顔へ砂が届く。
近くへ寄せれば、尾が動く。
ようやく、相手の攻め方がつながってきた。
◇
ポッポが高く鳴いた。
マサシへ顔を向け、すぐにイワークを見た。
次の指示を待っている。
マサシは、翼の動きを確かめた。
まだ左右は揃っている。
ただ、旋回するたび羽ばたく回数が増えていた。
大きな相手を避け続けるのは、見た目以上に力を使う。
そう長くは続けられない。
「一度、岩へ降りろ!」
ポッポが低い岩へ向かった。
タケシがすぐに声を出す。
「休ませるな! たいあたり!」
イワークの頭が迫る。
ポッポは着地しかけた足で岩を蹴った。
「かわせ!」
小さな体が飛び上がる。
その直後、イワークの顔が岩の脇を通り抜けた。
ポッポは無事だった。
けれど、止まって休むことはできなかった。
マサシはタケシを見た。
タケシも、こちらを見ている。
飛び続けさせれば、ポッポが先に疲れる。
相手はそこまで分かっていた。
「……ちゃんと嫌なことしてくるな」
マサシが呟く。
それでも、笑みは消えなかった。
地面で待てるなら、待てない形へ変える。
「ポッポ、奥へ回れ!」
◇
ポッポが、イワークの頭から離れた。
長い胴体の外側を飛び、尾へ近づく。
タケシはすぐに指示した。
「尾で追い払え!」
太い尾が動いた。
ポッポへ向かって回る。
「岩へ寄せろ!」
マサシが指したのは、フィールドの端にある張り出した岩だった。
ポッポがその近くを通る。
尾が追う。
だが、大きく振り抜くには岩が邪魔だった。
イワークが尾を持ち上げる。
マサシの声が飛んだ。
「くぐれ!」
ポッポが低く抜けた。
尾の内側へ入り、そのまま胴体に沿って飛ぶ。
イワークの顔が後ろを向こうとする。
首だけでは届かない。
長い体が、大きく動いた。
それまで床に置かれていた岩の連なりが、次々に向きを変える。
「今だ、かぜおこし!」
ポッポがイワークの横顔へ向かって翼を打った。
砂が舞う。
イワークが目を閉じ、頭を引く。
すぐ後ろには、低い岩があった。
岩と岩がぶつかる、重い音がした。
イワークの頭が揺れた。
ポッポが声を上げる。
マサシも拳を握った。
「届いた!」
風だけで倒すのではない。
動かして、足場と距離を使う。
ポッポの速さで、岩の巨体にも一撃を与えられた。
◇
イワークが、ゆっくり顔を起こした。
動きが止まったのは、短い間だった。
長い体が引き寄せられ、今度はフィールドの中央へまとまる。
タケシの表情から、笑みが消えていた。
「イワーク、端へ寄るな。中央を使え!」
マサシは、相手の位置を見た。
周囲の岩から離れている。
さっきの手は、もう同じようには使えない。
ポッポがマサシの前を横切った。
翼の動きが、重くなっていた。
マサシはボールへ手を伸ばす。
ここで戻す。
そう考えたとき、ポッポがこちらへ顔を向けた。
ボールを見て、鋭く鳴く。
そのままイワークへ向き直った。
まだ戦うつもりだった。
「ポッポ」
マサシが呼ぶ。
空中で、顔だけが振り向く。
その目を見て、マサシは手を止めた。
次のヒトカゲへ情報を渡すためだけに、飛んでいるわけではない。
ポッポ自身も、勝ちたかった。
岩へ頭を寄せさせた手応えが、まだ残っているのだろう。
マサシは翼と呼吸を見た。
飛べている。
声にも反応する。
「……分かった。もう一度、仕掛けよう」
ボールから手を離した。
「無理なら止める。それまでは、俺を聞け!」
ポッポが強く鳴いた。
◇
中央へ陣取ったイワークは、頭を低くして待っていた。
ポッポは大きく回る。
外へ誘おうとしても、相手は追ってこない。
タケシは、マサシが次に何を狙うか見ていた。
マサシも相手を見る。
岩から離れた。
頭を下げた。
その体勢では、上から来る相手を追うために、一度は首を上げなければならない。
「ポッポ、上を取れ!」
ポッポが羽ばたいた。
高く上がる。
天井へ近づく前に、マサシは腕を振った。
「急降下!」
ポッポが翼を畳む。
イワークの顔へ向かって、斜めに落ちた。
「迎え撃て!」
大きな頭が持ち上がる。
マサシは、その根元を見た。
胴体が動くより早く、首だけが伸びる。
「かわせ! 横から風だ!」
ポッポが翼を広げた。
体をひねり、顔の横へ抜けようとする。
だが、速度が落ちきらなかった。
疲れた翼が、体を曲げる力に追いつかない。
「ポッポ!」
イワークの頭が触れた。
小さな体が弾かれる。
ポッポは懸命に羽ばたき、空中で姿勢を戻しかけた。
そこへ、タケシの声が響いた。
「そのまま押せ!」
イワークが前へ出た。
マサシは叫んだ。
「離れろ!」
ポッポが翼を打つ。
間に合わなかった。
岩の顔が、小さな体を押し飛ばした。
砂の上へ落ち、一度だけ羽が動く。
マサシはすぐに手を上げた。
「そこまで!」
タケシもイワークを止めた。
◇
マサシはフィールドへ入り、ポッポのそばへ膝をついた。
体を両手ですくう。
胸が速く上下していた。
薄く開いた目が、彼を見る。
「……頑張ったな」
ポッポが小さく鳴く。
立ち上がろうとしたのか、足が動いた。
マサシは指を添えた。
「もういい。休もう」
ポッポの顔が下がる。
悔しそうだった。
マサシは、その背をそっと撫でた。
「岩へぶつけたの、すごかった。あいつに、ちゃんと攻め方を変えさせたぞ」
頭がわずかに上がった。
「でも、最後は俺が欲張った」
急降下したあと、どれだけ鋭く曲がれるか。
元気なときと、飛び続けたあとでは違う。
頭の中で組み立てた動きに、ポッポの体が追いつかなかった。
その差を、もっと早く見なければならなかった。
「次は、今できる動きで勝とう。お前の速さ、俺がちゃんと使えるようにする」
ポッポの頬が、指へ触れた。
マサシは受け止め、ボールを近づける。
「ありがとう。戻れ、ポッポ」
赤い光が、その体を包んだ。
◇
マサシが立ち上がると、タケシが静かに言った。
「よく戦ったな、ポッポも」
マサシは頷いた。
「うん。すごかった」
イワークを見る。
頭の横には、岩へ触れた擦れ跡が残っていた。
体はまだ動く。
けれど、最初のように自由に首を伸ばしてこない。
砂を警戒し、岩から離れ、頭を低くしている。
ポッポが、そうさせた。
マサシは腰のボールへ手を伸ばした。
「頼む、ヒトカゲ!」
白い光が広がる。
現れたヒトカゲは、すぐにフィールドを見た。
イワーク。
砂の跡。
ポッポのいた場所。
それから、マサシへ顔を向ける。
彼はその前へしゃがんだ。
「ポッポが見つけてくれた。あいつ、顔を追わせると体の向きも変わる」
ヒトカゲがイワークを見上げる。
「でも、お前は飛べない。同じ抜け方はしないぞ」
小さな顔が戻ってきた。
「地面は、俺とお前で使おう」
拳を出す。
ヒトカゲの前足が、強く重なった。
◇
マサシが挑戦者の位置へ戻る。
ヒトカゲはフィールドの手前へ立った。
イワークが頭を低くする。
その後ろにある長い胴体を、マサシは見た。
低く構えているなら、ひのこが顔へ届く。
防ごうと頭を引けば、体の置き方も変わる。
相手が何を選ぶか。
その次に、自分たちはどこへ進むか。
マサシは二つ先の場所へ目を走らせた。
「ヒトカゲ、ひのこ!」
火の粉が飛ぶ。
イワークが首を引いた。
マサシはその動きを捉え、腕を振った。
「追うな! 横を取れ!」
小さな足が、砂を蹴った。
最後の一体同士の勝負が、始まった。
第12話終了
次回・第13話「動かすのは岩の巨体!ヒトカゲ、最後の一手」