ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第13話 動かすのは岩の巨体!ヒトカゲ、最後の一手

火の粉を避け、イワークが首を引いた。

 

 その横へ、ヒトカゲが走る。

 

 マサシは大きな頭ではなく、その後ろに続く岩の体を見ていた。

 

 首が動けば、胴体も向きを変える。

 

 ただ、そのすべてが同時に動くわけではない。

 

「回り込め、ひのこ!」

 

 ヒトカゲが踏み込み、横から火を吐いた。

 

 イワークが顔を背ける。

 

 炎は当たった。

 

 だが、長い体は止まらなかった。

 

「イワーク、体で押せ!」

 

 タケシの声で、胴体が横へ滑った。

 

 岩の壁が迫る。

 

「引け!」

 

 ヒトカゲが後ろへ跳ぶ。

 

 足元の砂が、押し寄せる体に払われた。

 

 着地したヒトカゲが、すぐに構え直す。

 

 マサシはその位置を確かめた。

 

 右側には、低い岩。

 

 左側は開けている。

 

 逃げ道は、まだあった。

 

「そのまま、相手を見ろ!」

 

 ヒトカゲが顔を上げる。

 

 頭上から、イワークの目がこちらを捉えていた。

 

     ◇

 

 タケシは、ヒトカゲを追うようには指示しなかった。

 

 イワークの体を中央へ寄せ、首を低く保たせる。

 

 ポッポとの戦いで、岩へ近づく危険は分かっていた。

 

 このまま中央で迎えれば、小さなヒトカゲの方から近づかなければならない。

 

 マサシはその構えを見た。

 

「……こっちから来い、ってことか」

 

 ヒトカゲが振り返りかける。

 

「いい。前を見てて」

 

 マサシは短く声をかけ、砂の上へ視線を走らせた。

 

 ポッポが巻き上げた砂が、岩の根元へ溜まっている。

 

 イワークの通った跡は、中央から大きく曲がっていた。

 

 その外側へ、ヒトカゲを走らせる。

 

「右へ回れ!」

 

 ヒトカゲが動く。

 

 イワークは頭だけで追った。

 

 まだ、体までは動かさない。

 

「ひのこ!」

 

 火の粉が飛ぶ。

 

 今度は顔ではなく、床へ置かれた胴体へ当たった。

 

 イワークは身じろぎしただけだった。

 

 タケシが声を出す。

 

「そのまま待て。無理に追わなくていい!」

 

 マサシは目を細めた。

 

 胴体では、動かせない。

 

 なら、守りたいところへ当てる。

 

「顔へ、もう一発!」

 

 ヒトカゲが狙いを上げた。

 

 火の粉が目の前へ迫る。

 

 イワークが首を引き、顔を横へ向けた。

 

「今だ、懐へ!」

 

 ヒトカゲが走った。

 

 引かれた頭の下へ潜り込み、そのまま反対側へ抜けようとする。

 

「囲め、イワーク!」

 

 タケシの指示が飛んだ。

 

     ◇

 

 長い胴体が動いた。

 

 ヒトカゲの進む先へ、岩の体が回り込む。

 

 マサシはすぐに叫んだ。

 

「戻れ!」

 

 ヒトカゲが足を踏ん張る。

 

 切り返そうとした、その脇へ別の岩の塊が滑ってきた。

 

 道が狭まる。

 

 前にも、後ろにも、大きな体があった。

 

「上から抜けろ!」

 

 ヒトカゲが目の前の胴体へ前足をかけた。

 

 蹴って、越えようとする。

 

 だが、岩の体が持ち上がった。

 

 足場が動く。

 

 ヒトカゲの爪が滑り、小さな体が内側へ落ちた。

 

「しめつける!」

 

 岩が擦れる音が響く。

 

 ヒトカゲの肩と胴体が、長い体の間へ押さえ込まれた。

 

「カゲッ……!」

 

 マサシの指が、腰のボールへ触れた。

 

 目に入るのは、ヒトカゲの顔と、外へ出ている尻尾。

 

 前足が岩を押す。

 

 動かない。

 

 イワークの頭が、獲物を確かめるように下がってきた。

 

 マサシは、そこで顔を上げた。

 

「押すな、ヒトカゲ!」

 

 小さな前足が止まる。

 

「顔を狙え! ひのこ!」

 

 火の粉が弾けた。

 

 近づいていたイワークの鼻先へ、炎が届く。

 

 イワークが目を閉じ、首を引いた。

 

 締めつけが、わずかに緩む。

 

「抜け出せ!」

 

 ヒトカゲが体をひねった。

 

 片方の前足が外へ出る。

 

 地面を掴み、体を引きずり出した。

 

 そのまま数歩走り、片膝をつく。

 

 マサシは目を離さなかった。

 

「こっちへ来い!」

 

 ヒトカゲが振り向く。

 

 立ち上がって、マサシの側まで戻ってきた。

 

     ◇

 

 マサシはその前へしゃがんだ。

 

 ヒトカゲの呼吸は荒かった。

 

 脇腹が大きく上下している。

 

「息、苦しいか?」

 

 ヒトカゲが一度、ゆっくり息を吐いた。

 

 それから首を振る。

 

 マサシは肩と前足を確かめた。

 

 体を動かすと痛そうにはしたが、立つ姿勢は崩れない。

 

 ヒトカゲが、イワークへ顔を向けた。

 

「カゲ!」

 

 マサシはその横顔を見た。

 

 まだ戦う気持ちはある。

 

 けれど、もう何度も捕まらせる余裕はなかった。

 

「分かった。次に捕まったら、俺が止める」

 

 ヒトカゲが彼を見る。

 

「だから、あの輪にはもう入らない。外側で戦おう」

 

 小さな顔が頷いた。

 

 マサシは立ち上がり、相手の体へ目を向ける。

 

 ヒトカゲを抜け出させるために、顔へ火を当てた。

 

 そのとき、イワークは首を引いた。

 

 ただ後ろへ下げたのではない。

 

 内側へ寄せ、胴体の上へ逃がしていた。

 

 マサシの視線が、首から胴体へ移る。

 

 何かが、つながりかけていた。

 

     ◇

 

「よく抜けたな」

 

 タケシが言った。

 

 マサシはヒトカゲを見たまま答える。

 

「こいつが、間に合わせてくれた」

 

「だが、同じ逃げ方はさせないぞ」

 

「うん」

 

 マサシは顔を上げた。

 

「俺も、同じ入り方はしない」

 

 タケシは、その目を見た。

 

 追い詰められているはずだった。

 

 使えるのは、疲れの残るヒトカゲ一体。

 

 それでも、マサシの視線は忙しく揺れていない。

 

 イワークの顔。

 

 巻かれた胴体。

 

 床の岩。

 

 順番に確かめ、やがて一つの場所へ止まった。

 

「ヒトカゲ、左へ回れ!」

 

 小さな足が砂を蹴る。

 

 イワークが首を向けた。

 

「ひのこ!」

 

 火の粉が顔へ迫る。

 

 イワークが頭を引いた。

 

「追わずに回れ!」

 

 ヒトカゲは近づかなかった。

 

 体の外側を走り、次の位置へ出る。

 

 イワークの頭が追う。

 

 胴体の上へ戻した首を、反対側へ向け直す。

 

「もう一発!」

 

 再び、顔へ火が届いた。

 

 イワークが頭を上げた。

 

 マサシはその下を見た。

 

 巻かれた体の曲がり方が、少し変わっている。

 

 ヒトカゲを囲もうとしたときとは、逆だった。

 

     ◇

 

「イワーク、追うな!」

 

 タケシの声が響いた。

 

 マサシはすぐに指示を変えた。

 

「止まれ、ひのこ!」

 

 ヒトカゲが足を止めた。

 

 動かなくなった顔へ、火の粉を重ねる。

 

 イワークは目を閉じて受けた。

 

 長くは続けさせられない。

 

 ヒトカゲが息を継ぐ、その瞬間。

 

「たいあたり!」

 

 大きな頭が飛び出した。

 

 マサシは腕を振る。

 

「かわせ!」

 

 ヒトカゲが横へ跳んだ。

 

 イワークの顔が地面すれすれを通る。

 

 その首の後ろへ、巻いていた胴体がついてきた。

 

 マサシの目が開く。

 

 待っていた動きだった。

 

「岩へ誘え!」

 

 ヒトカゲが走った。

 

 向かうのは、斜めに張り出した大きな岩。

 

 昨日、上へ登って足場を揺らされた場所だった。

 

 タケシはすぐに気づいた。

 

「そっちへ追い込め!」

 

 イワークの体が動く。

 

 ヒトカゲの右側へ、長い胴体が回り始めた。

 

 左には大きな岩。

 

 そのまま進めば、逃げ場が狭くなる。

 

 マサシはヒトカゲの足元と、岩の斜面を見ていた。

 

「登れ!」

 

 ヒトカゲが前足をかける。

 

 爪を立て、低いところまで駆け上がった。

 

 タケシが声を出す。

 

「頭を上げろ、イワーク!」

 

 岩の上にいるヒトカゲへ、大きな顔が向く。

 

 その首が伸びきる前に、マサシは叫んだ。

 

「顔へ、ひのこ!」

 

 火の粉が近い距離で弾けた。

 

 イワークが首を引く。

 

 体の内側へ。

 

 だが、その場所には、ヒトカゲを囲うため回していた胴体があった。

 

 大きな頭が、引き寄せた自分の体へぶつかる。

 

 岩の擦れる重い音がした。

 

 イワークの姿勢が崩れた。

 

「今だ、飛び降りろ!」

 

 ヒトカゲが岩を蹴った。

 

 大きな頭から離れる方へ跳び、砂の上へ着地する。

 

 その後ろで、イワークの胴体が大きく滑った。

 

     ◇

 

 タケシは息を呑んだ。

 

 岩へ追い込んだつもりだった。

 

 だが、ヒトカゲは高い場所へ逃げたのではなかった。

 

 顔を上げさせるために、登った。

 

 さらに火を当て、首を引かせた。

 

 その引き先へ、長い胴体を集めさせていた。

 

 タケシはすぐに指示を飛ばす。

 

「イワーク、体を開け!」

 

 イワークが頭を起こそうとする。

 

 マサシは、その動きより早く声を出した。

 

「回り込め、ひのこ!」

 

 ヒトカゲが走る。

 

 立て直すため顔を向けた先へ、火の粉が届いた。

 

 イワークが目を閉じ、反対へ首を引く。

 

「逆からだ!」

 

 ヒトカゲが切り返した。

 

 朝、ポッポを相手に繰り返した動き。

 

 走って、止まり、また向きを変える。

 

「もう一発!」

 

 炎が、横顔へ弾けた。

 

 イワークの頭が下がる。

 

 マサシはヒトカゲの呼吸を見た。

 

 次へ走り出す足が、重い。

 

 もう、回らせない。

 

「そこで踏ん張れ!」

 

 ヒトカゲが両足を地面へ置いた。

 

 前を向く。

 

 イワークも、最後の力で首を持ち上げようとしていた。

 

 マサシが拳を握る。

 

「押し切れ、ひのこ!」

 

「カゲェッ!」

 

 火の粉が、低くなった顔へまとまって届いた。

 

 イワークの首が揺れた。

 

 長い体が一度、床を擦る。

 

 その頭が、ゆっくり下がった。

 

     ◇

 

 重い音が響いた。

 

 ヒトカゲは立っていた。

 

 口元から、小さく息が漏れる。

 

 前足が一度持ち上がり、それから下りた。

 

 イワークは、動かなかった。

 

 マサシも指示を止める。

 

 大きな目が、わずかに開いた。

 

 頭を上げようとする。

 

 けれど、少し持ち上がったところで力が抜け、床へ戻った。

 

 タケシがゆっくり歩み寄った。

 

 その額へ手を置く。

 

「……もういい。よく頑張ったな」

 

 ボールが構えられる。

 

 赤い光が、長い岩の体を包んだ。

 

 フィールドから、大きな影が消えた。

 

 タケシはマサシへ向き直った。

 

「俺たちの負けだ」

 

     ◇

 

 ヒトカゲが振り返る。

 

 マサシは、その顔を見た。

 

 疲れ切っている。

 

 それでも、こちらの言葉を待っていた。

 

「……勝ったぞ」

 

 口にした瞬間、笑いが込み上げた。

 

「ヒトカゲ、勝った!」

 

「カゲ!」

 

 前足が上がる。

 

 だが、そのまま立っているのは難しかったらしい。

 

 膝が曲がり、ヒトカゲが座り込んだ。

 

 マサシは駆け寄り、その前へしゃがんだ。

 

「もういい。休もう」

 

 両手で、そっと体を支える。

 

 ヒトカゲの額が胸へ触れた。

 

 熱かった。

 

 走って、火を吐いて、最後まで声へ応えてくれた体だった。

 

「ありがとな。最後の切り返し、すごかった」

 

 ヒトカゲが目を細める。

 

 マサシは腰のボールへ手を添えた。

 

「ポッポも。ちゃんと、つないだぞ」

 

 フィールドの外では、キャタピーとビードルが声を上げていた。

 

 マサシが顔を向けると、二体が体を起こす。

 

 彼は笑って頷いた。

 

     ◇

 

 タケシが近づいてきた。

 

 マサシはヒトカゲを抱き、立ち上がる。

 

「最後の動き、いつ考えた?」

 

 尋ねられ、マサシはイワークが倒れていた場所を見た。

 

「ヒトカゲが、しめつけるから抜けたとき」

 

 タケシが目を細める。

 

「顔へ火を当てたら、内側へ引いたから。次も同じ方向へ引くなら、そこに体があったらどうなるかなって」

 

「それで、外を回りながら体の向きを変えさせたのか」

 

「うん。でも、途中で追わなくなっただろ」

 

 マサシは砂についた跡を指した。

 

「だから、止まってひのこを使った。あのまま待たれたら、こっちが先に疲れるし。来たら、岩へ向かうつもりだった」

 

 タケシはフィールドを見渡した。

 

 マサシは一つの形を、最初から最後まで押し通したわけではない。

 

 イワークが止まれば、前へ出させる。

 

 追われれば、岩へ導く。

 

 その中で、同じ狙いへつなげていた。

 

 あの短い攻防の間に。

 

「……大したやつだな」

 

 タケシが言った。

 

 マサシは顔を上げる。

 

「ヒトカゲとポッポが、ちゃんと動いてくれたから」

 

「それもある。だが、動ける場所を見つけたのは、お前だ」

 

 マサシは少しだけ照れたように笑った。

 

 腕の中で、ヒトカゲが胸を張ろうとする。

 

「お前も褒められてるから、寝てていい」

 

 小声で言うと、タケシが笑った。

 

     ◇

 

 差し出された手のひらに、小さなバッジがあった。

 

 灰色の、岩をかたどった形。

 

「グレーバッジ。お前たちが、ニビジムに勝った証だ」

 

 マサシは空いている手で受け取った。

 

 金属の感触が、指へ伝わる。

 

 初めてのジムバッジだった。

 

「ヒトカゲ。見えるか?」

 

 手を少し近づける。

 

 ヒトカゲが眠そうな目を開き、バッジを見た。

 

 小さな前足が伸びる。

 

 端へ、そっと触れた。

 

「カゲ……」

 

「おう。ちゃんと、もらった」

 

 マサシはしばらくその形を見つめた。

 

 家で想像していたときには、勝ったら大声で喜ぶつもりだった。

 

 実際には、早く仲間を休ませたかった。

 

 ポッポの羽も、ヒトカゲの脇腹も、もう一度診てもらわなければならない。

 

 バッジを大切にしまい、タケシへ頭を下げた。

 

「ありがとう。俺、センター行ってくる」

 

「ああ。早く診てもらうといい」

 

 タケシは入口まで見送ってくれた。

 

 扉を開ける前に、マサシが振り返る。

 

「また戦おうな」

 

 タケシが頷いた。

 

「次は、今日より簡単にはいかないぞ」

 

「じゃあ、また考える」

 

 マサシが笑う。

 

 その声には、もう次を楽しみにする響きがあった。

 

     ◇

 

 外へ出ると、夕方の空気が頬へ触れた。

 

 町の明かりが、一つずつ灯り始めている。

 

 キャタピーとビードルをボールへ戻し、マサシはヒトカゲを抱き直した。

 

「戻るか?」

 

 ボールを見せる。

 

 ヒトカゲは前足で、彼の服を軽く掴んだ。

 

「……このままね。分かった」

 

 揺らさないよう、早足でセンターへ向かう。

 

 入口の近くには、サトシとカスミがいた。

 

 こちらへ気づき、サトシが駆け寄ってくる。

 

「マサシ! どうだった!?」

 

 マサシは立ち止まった。

 

 片手でヒトカゲを支え、もう片方でポケットを探る。

 

 灰色のバッジを見せた。

 

 サトシの目が大きく開く。

 

「取ったのか!?」

 

「取った」

 

 マサシは、少し生意気に笑った。

 

「先に一個な」

 

「俺だって、絶対取るからな!」

 

「待ってる」

 

 カスミは腕の中へ目を向けた。

 

「ヒトカゲ、大丈夫?」

 

「うん。でも、早く診てもらいたい。ポッポも頑張ったから」

 

 カスミがすぐに扉へ手を伸ばす。

 

「じゃあ、こっち。先に入って」

 

「ありがと」

 

 センターの明るい光が差した。

 

 マサシは受付へ向かう。

 

 バッジは、あとで何度でも見られる。

 

 まずは仲間たちへ、安心して眠れる場所を。

 

「ジョーイさん。ヒトカゲとポッポ、お願いします」

 

 声をかけると、腕の中でヒトカゲが小さく息を吐いた。

 

 マサシはその背中を支え直し、そっと笑った。

 

「お疲れ、相棒」

 

第13話終了

 

次回・第14話「初めてのバッジ!仲間たちと過ごす休息の日」

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