ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第14話 初めてのバッジ!仲間たちと過ごす休息の日

治療室の扉が閉まると、急に両腕が軽くなった。

 

 マサシはその場へ立ち止まり、自分の手を見た。

 

 さっきまで抱いていたヒトカゲの温かさが、まだ残っている。

 

「マサシ、こっち」

 

 カスミに呼ばれ、顔を上げる。

 

 待合室の椅子を指していた。

 

「座って待ちましょ」

 

「……うん」

 

 腰を下ろすと、足に重さを感じた。

 

 自分は走っていないはずなのに、膝から力が抜けていく。

 

 サトシが隣へ座った。

 

 肩のピカチュウも、治療室の方を見ていた。

 

「イワーク、どうやって勝ったんだ?」

 

 尋ねられ、マサシは少し考えた。

 

「ポッポで回り込んだ。そしたら、頭を追わせたときに体も動くって分かって」

 

 言いながら、指で空中へ大きな輪を描く。

 

「ヒトカゲで、その曲がる方を変えた」

 

「曲がる方?」

 

「うん。こっちへ来てほしい方に、走ったり、火を当てたりして」

 

 サトシが眉を寄せる。

 

 マサシは説明を続けようとして、言葉を止めた。

 

 頭の中には動きが残っている。

 

 けれど、順番に話そうとすると難しかった。

 

「……今度、地面に描く。口だと、うまく言えない」

 

 カスミが二人の間を見る。

 

「その前に、今は休ませてあげなさいよ」

 

「あ、そっか。ごめん」

 

 サトシが座り直した。

 

 マサシは首を振り、背もたれへ体を預ける。

 

「いいよ。俺も、ちゃんと覚えときたいし」

 

 ポケットへ手を入れる。

 

 グレーバッジの角が、指先へ触れた。

 

     ◇

 

 ジョーイに呼ばれるまで、マサシは椅子から動かなかった。

 

 時計を見て、扉を見て、また時計を見る。

 

 その間に、サトシのピカチュウが膝のそばへ寄ってきた。

 

「ピカ」

 

 顔を上げる。

 

 マサシは手を下ろし、指先で頭を撫でた。

 

「ありがと。俺は平気だよ」

 

 ピカチュウはしばらくそこへ座っていた。

 

 やがて、治療室のランプが消えた。

 

 マサシは立ち上がる。

 

 ジョーイが扉から出てきた。

 

「二体とも、落ち着いているわ」

 

 その声を聞いた途端、胸につかえていた息が抜けた。

 

「ヒトカゲの脇腹は?」

 

「打ち身になっているけれど、大きな怪我はないわ。ポッポの翼も、きちんと動く。ただ、どちらも疲れているから、明日はゆっくり休ませてあげてね」

 

「分かりました」

 

 マサシは頷いた。

 

 返されたボールを、両手で受け取る。

 

 サトシとカスミも、後ろから覗き込んでいた。

 

「よかったな!」

 

「うん」

 

 マサシが笑うと、カスミも安心したように肩を下ろした。

 

     ◇

 

 部屋へ戻り、床へ柔らかな布を敷いた。

 

 水の容器を置く。

 

 ヒトカゲの尻尾が物へ触れないよう、周囲の荷物を寄せる。

 

 それから二つのボールを開いた。

 

 ヒトカゲは現れると、すぐにマサシを見上げた。

 

「おかえり」

 

 しゃがんで手を出す。

 

 小さな前足が重なった。

 

 ポッポは布へ降りると、翼を体へ寄せた。

 

 マサシはその隣へ座った。

 

「今日は、もう何もしない。飯食って、寝るだけ」

 

 ヒトカゲが小さく鳴いた。

 

 ポッポは目を細める。

 

 キャタピーとビードルも外へ出すと、二体はすぐに仲間のそばへ寄った。

 

 ヒトカゲへ声をかけ、次にポッポを見る。

 

 ポッポが短く返事をした。

 

 マサシはその前へ、バッジを置いた。

 

「これ、見せたかったんだ」

 

 ヒトカゲが顔を近づける。

 

 ポッポも首を伸ばした。

 

「二体で取った、一個目」

 

 灰色の表面へ、ヒトカゲの前足が触れる。

 

 ポッポは少し離れた場所から、じっと見ていた。

 

 マサシはバッジを持ち上げ、ポッポの前へ寄せた。

 

「お前の分も、ここに入ってるからな」

 

 ポッポの目が、マサシへ向いた。

 

「イワークに当てた一撃も、ちゃんと覚えてる」

 

 指で胸元の羽を撫でる。

 

 ポッポは体を少し前へ寄せ、その手へ頬を触れさせた。

 

 マサシはそのまま、しばらく手を動かさなかった。

 

     ◇

 

 翌朝、マサシは扉を叩く音で目を覚ました。

 

「マサシ! 起きてるか?」

 

 サトシの声だった。

 

 時計を見る。

 

 昨日、練習へ出た時間より少し早い。

 

「……今、起きた」

 

 扉を開けると、サトシが立っていた。

 

 帽子をきちんと被り、肩にはピカチュウがいる。

 

「俺、もう一回行ってくる!」

 

「ジム?」

 

「うん!」

 

 返事は強かった。

 

 マサシはサトシとピカチュウを見比べる。

 

 何か、試すことを決めた顔だった。

 

「そっか。いってらっしゃい」

 

「おう!」

 

 サトシは走り出しかけ、振り返った。

 

「昨日の勝ち方、あとで聞くからな!」

 

「分かった。でも、タケシは俺にやられたこと、もう覚えてると思うぞ」

 

「だから、俺たちのやり方で勝つ!」

 

 その声に、マサシは笑った。

 

「うん。そっちの方がいい」

 

 ピカチュウが鳴く。

 

 サトシは大きく頷き、階段へ向かった。

 

 扉を閉めて振り返ると、ヒトカゲが目を開けていた。

 

「今日は、俺たちは休み」

 

 マサシが言う。

 

 ヒトカゲはその場で大きく伸びをした。

 

「そう。お前、今日の俺と気が合うな」

 

     ◇

 

 朝食のあとは、センターの中庭へ出た。

 

 日陰へ布を敷き、ヒトカゲとポッポを休ませる。

 

 キャタピーとビードルは、その周りをゆっくり歩いていた。

 

 マサシはベンチへ荷物を広げた。

 

 空に近くなった食事の袋。

 

 使った傷薬。

 

 泥のついたタオル。

 

 旅立つ前にはきれいに揃っていたものが、今は少しずつ形を変えている。

 

「……補充するもの、書いとくか」

 

 小さな手帳を開いた。

 

 食事、傷薬、洗濯。

 

 そこまで書いて、手が止まる。

 

 余白へ、昨日のフィールドを描いた。

 

 大きな丸をイワークに見立て、横へ曲がる線を足す。

 

 顔へ火を当てた場所。

 

 胴体が寄ってきた場所。

 

 その印をつけていると、ポッポが近くへ歩いてきた。

 

「見る?」

 

 手帳を低くする。

 

 ポッポが首を傾げた。

 

 自分のことが描いてあるとは、分からないかもしれない。

 

 マサシは空を指した。

 

「次は、もっと広い場所で飛ぼうな」

 

 ポッポの顔が上がる。

 

 青い空を見て、翼を少し開いた。

 

「今日は駄目だけど」

 

 付け足すと、翼が閉じた。

 

 マサシは笑い、手帳をしまった。

 

 今日はここまででよかった。

 

     ◇

 

 昼前、カスミが中庭へ来た。

 

 腕には洗い終えたタオルを抱えている。

 

「サトシ、出かけたわよね」

 

「うん。朝、部屋まで来た」

 

「じっとしていられないんだから」

 

 そう言いながら、カスミの声には心配が混じっていた。

 

 マサシはベンチの荷物を寄せる。

 

「座る?」

 

「ありがと」

 

 カスミは腰を下ろし、膝の上でタオルを畳み始めた。

 

 マサシも上着を持ち上げる。

 

 袖へ指を通そうとして、小さな穴が目に入った。

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

 カスミが顔を向ける。

 

 マサシは袖を見せた。

 

「森で引っかけた。ビードルが糸で塞いでくれたんだけど」

 

 白い糸が、まだ少し残っていた。

 

 洗う前にきちんと直そうと思い、後回しにしていた場所だった。

 

 カスミは縫い目になるはずの部分を見る。

 

「このまま引っ張ると、広がるわよ」

 

「……だよな」

 

「針と糸、ある?」

 

「まだ買ってない」

 

 カスミは小さくため息をつき、自分の荷物を開いた。

 

「貸して。これくらいなら、すぐだから」

 

 マサシは少し驚いてから、上着を差し出した。

 

「助かる」

 

     ◇

 

 針が、布へ通っていく。

 

 マサシはその手元を見ていた。

 

 自分がやれば、何度も指を刺しそうだった。

 

「手際いいな」

 

「旅に出るなら、これくらい覚えときなさいよ」

 

「覚える。今、見てる」

 

 真面目に答えると、カスミが横目で彼を見た。

 

「本当に?」

 

「バトルより難しいかも」

 

「そんなわけないでしょ」

 

 二人で笑う。

 

 足元へ、ビードルが来ていた。

 

 マサシの袖を見上げ、じっとしている。

 

 カスミは気づいた瞬間、少し肩を強張らせた。

 

 マサシはすぐに手を下ろす。

 

「ここで見てよう」

 

 ビードルを自分の反対側へ誘い、間に入った。

 

「今、直してもらってる。お前の糸、助かったって」

 

 カスミは手を止めた。

 

「……そうね。広がらないようにしてくれたんだものね」

 

 声をかける相手を迷うようにしてから、少し離れたビードルへ目を向ける。

 

「ありがとう」

 

 ビードルが鳴いた。

 

 カスミはびくりとしたが、逃げなかった。

 

 マサシは何も言わず、そのまま隣へ座っていた。

 

 やがて縫い終えた上着が戻ってくる。

 

「はい。これで大丈夫」

 

 マサシは袖を軽く引いた。

 

 穴は開かない。

 

「すご。ありがとな」

 

 素直な声に、カスミは少しだけ顔を逸らした。

 

「次は、自分でもやってみるのよ」

 

「先生、厳しいな」

 

「怠ける生徒だからでしょ」

 

 マサシが笑うと、彼女も笑った。

 

     ◇

 

 午後、マサシは研究所へ電話をかけた。

 

 画面へオーキド博士が映る。

 

『おお、マサシ! 旅は順調か?』

 

「うん。見せたいものがある」

 

 手のひらへバッジを載せた。

 

 博士の目が丸くなる。

 

『グレーバッジではないか!』

 

「昨日、勝った。ヒトカゲとポッポで」

 

 足元のヒトカゲを抱き上げる。

 

 画面を見ると、ヒトカゲは元気よく鳴いた。

 

『よく頑張ったな』

 

 博士に褒められ、胸を張る。

 

 マサシは腕を添え直した。

 

「ポッポもいる。今日は、二体とも休み」

 

『うむ。それがよい。勝負のあとの様子を見るのも、トレーナーの大事な役目じゃ』

 

 ポッポを腕へ乗せ、続いてキャタピーとビードルも紹介した。

 

 博士は食事や体調を尋ね、一体ずつ様子を見てくれた。

 

『キャタピーは、よく食べておるか?』

 

「うん。さっきも、出した分すぐ食った」

 

 マサシは近くの葉へ顔を向けた。

 

 キャタピーは、そこでまた口を動かしていた。

 

「……今も食べてる」

 

 博士が笑った。

 

『成長に必要な時期なのじゃろう。食べる量や動き方が変わったら、気にかけてやるといい』

 

 マサシはキャタピーを見つめた。

 

 元気に葉を食べ、こちらへ気づくと頭を上げる。

 

「分かった。よく見とく」

 

     ◇

 

 夕方、センターの入口から大きな声が聞こえた。

 

「マサシ!」

 

 顔を上げると、サトシが立っていた。

 

 掲げた手の中に、灰色のバッジがある。

 

「俺も取ったぞ!」

 

 マサシは立ち上がった。

 

 肩にいるピカチュウを見る。

 

 疲れてはいたが、しっかり顔を上げていた。

 

「……よかったな!」

 

「おう!」

 

 サトシが近づいてくる。

 

 マサシも、自分のバッジを取り出した。

 

 二つを並べる。

 

 同じ形が、明かりを受けて光った。

 

「追いついた!」

 

「まだ一個目だろ」

 

「次は俺が先だからな!」

 

 マサシは笑いかけ、ふとサトシの後ろを見た。

 

 タケシがいた。

 

 ジムで見たときとは違い、大きなリュックを背負っている。

 

「……タケシも出発?」

 

「ああ。サトシたちと行くことになった」

 

 サトシが勢いよく頷く。

 

「一緒に旅するんだ!」

 

 マサシは少しだけ目を丸くした。

 

 昨日まで、岩のフィールドの向こう側へ立っていた相手だった。

 

 そのタケシが、今は旅の荷物を背負っている。

 

「そっか」

 

 マサシは笑った。

 

「じゃあ、外で会ったらまた話そう。聞きたいこと、まだあるし」

 

「俺も、お前たちの次のバトルを見てみたい」

 

 タケシが答えた。

 

 足元で、ヒトカゲが顔を上げる。

 

 タケシはしゃがみ、その頭へ軽く手を置いた。

 

「また会おうな」

 

 ヒトカゲが嬉しそうに鳴いた。

 

     ◇

 

 夜、マサシは荷物をまとめ終えた。

 

 補充した傷薬と食事。

 

 洗った容器。

 

 縫い直してもらった上着。

 

 バッジは、小さなケースへ収めた。

 

 リュックの内側へ入れてから、手帳を開く。

 

 次に向かうのは、おつきみやま。

 

 地図の道を指で辿り、明日の最初の分かれ道を確かめた。

 

「急がず行こうな」

 

 ヒトカゲが隣で頷く。

 

 ポッポは低い台へ落ち着いていた。

 

 キャタピーとビードルは、床の布の上に並んでいる。

 

 マサシはその前へしゃがんだ。

 

 キャタピーが自分から手へ乗り、袖を少し登る。

 

 その背中を指でそっと撫でた。

 

「お前らとも、また練習しよう。糸、まだいろいろ使えそうだし」

 

 キャタピーが頭を上げた。

 

 ビードルも近づいてくる。

 

 マサシは二体の場所を作り直し、水の容器を少し寄せた。

 

 次の仲間と、いつ会えるかは分からない。

 

 けれど明日は、今日隣にいる四体と、まだ歩いたことのない道を進む。

 

 それだけで、十分楽しみだった。

 

「よし。寝るか」

 

 明かりを落とす。

 

 ベッドへ横になったマサシは、目を閉じる前に付け足した。

 

「朝、起こしてくれよ」

 

 暗がりから、四体の返事が重なった。

 

第14話終了

 

次回・第15話「ニビシティをあとに!相棒たちと進む新しい道」

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