ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
朝食を取りに行こうとしたところで、足元から声がした。
「ニド」
マサシが見下ろす。
ニドラン♂が、廊下の真ん中に立っていた。
「おはよう。お前、もう起きてたのか」
しゃがむと、ニドラン♂は数歩先へ進み、振り返った。
「……来いって?」
もう一度、短く鳴く。
マサシはヒトカゲと顔を見合わせた。
「呼びに来てくれたらしいな」
ついていくと、昨日の治療室の前にジョーイがいた。
「あら、ちゃんと呼んできてくれたのね」
「何かあったんですか?」
「ええ。嬉しい知らせよ」
開かれた扉の向こうで、ニドラン♀が立っていた。
マサシを見ると、耳を起こす。
昨日かばっていた前脚にも、しっかり体重が乗っていた。
「歩けるようになったのか」
マサシが近づくと、ニドラン♀は自分から数歩進んできた。
足を引きずる様子はない。
ジョーイが穏やかに頷いた。
「傷の治りもよく、今朝の検査では痛みもほとんど見られませんでした。食欲も戻っています。二体とも、もう外へ出ても大丈夫ですよ」
「よかった……」
マサシが手を差し出す。
ニドラン♀はその匂いを確かめてから、指先へ鼻を寄せた。
少し冷たい感触に、マサシは笑った。
「昨日より、ずっといい顔してる」
その横へ、ニドラン♂が並んだ。
相方の肩に鼻を触れさせ、前脚を確かめるように顔を下げる。
ニドラン♀は、その額を軽く押した。
「心配しすぎって言われてるぞ」
ニドラン♂が顔を上げる。
マサシの隣で、ヒトカゲが楽しそうに鳴いた。
*
朝食のあと、マサシはセンターの裏庭へ出た。
ニドランたちと出会った草原は、道を少し戻ったところにある。
野生の二体なら、戻る場所もあるだろう。
「ここからなら、昨日の道も近いな」
マサシはしゃがみ、二体を見た。
「もうオニスズメの餌場には近づくなよ。ほかにも木の実はあるだろうし」
ニドラン♀が耳を傾けた。
ニドラン♂は、マサシの背後を見ている。
そこには、朝の日差しを浴びる仲間たちがいた。
ヒトカゲは地面に座り、ビードルと向き合っている。
ポッポは柵の上、トランセルはマサシのリュックのそばだ。
ニドラン♂が、そちらへ歩き出した。
「ん?」
トランセルの前で止まり、顔を近づける。
トランセルが体を揺らした。
ビードルも寄ってきたが、ニドラン♂の額の角を見て、少しだけ動きを止める。
「角同士、ぶつけんなよ」
マサシが声をかけると、ニドラン♂はビードルの隣へ回った。
ニドラン♀も、そのあとを追う。
ヒトカゲが二体へ何かを話しかけた。
ニドラン♀はすぐに鼻を寄せたが、ニドラン♂は少し離れて座る。
それでも、草原へ帰ろうとはしなかった。
マサシは立ち上がり、リュックを肩へかけた。
「俺たちは、おつきみやまへ行くんだ」
二体の耳が、同時にこちらを向く。
「山を越えて、次の街のジムに挑戦する。昨日みたいに走り回る日もあるし、バトルもするぞ」
ニドラン♂が立ち上がった。
マサシの前まで来て、靴の横へ座る。
ニドラン♀も並んだ。
「……一緒に来たいのか?」
ニドラン♂が、はっきりと鳴いた。
ニドラン♀も、続けて声を上げる。
マサシは二体を見つめた。
昨日は、手を伸ばすだけで警戒されていた。
今は二体とも、自分の足で目の前まで来ている。
「そっか」
リュックを下ろし、空のモンスターボールを二つ取り出した。
「だったら、よろしく」
二体の前へ、それぞれ差し出す。
「無理に入らなくていいからな。嫌だったら——」
言い終わる前に、ニドラン♂がボールのボタンを鼻で押した。
「あっ」
赤い光が、その体を包む。
隣ではニドラン♀も、そっともう一つのボールへ触れていた。
二つのボールが、マサシの手の中で小さく揺れる。
やがて、ほとんど同時に静かになった。
マサシは少しの間、手のひらを見下ろしていた。
それから笑って、二つを持ち上げる。
「……せっかちなとこは、似てるんだな」
ヒトカゲが、早く出してあげろと言うように鳴いた。
「はいはい」
ボールを開く。
二体は現れるなり、互いの姿を確かめた。
ニドラン♂が相方へ寄り、ニドラン♀が鼻先で押し返す。
「ちゃんと一緒だって」
マサシが笑うと、ポッポが柵から舞い下りた。
新しい仲間を囲むように、四体が集まる。
これで、六体。
マサシはその顔を、一体ずつ見渡した。
「みんな、仲良くやろうな」
*
旅立つ支度を終え、受付へ戻ると、見覚えのある声が聞こえた。
「マサシ!」
サトシが手を上げて駆け寄ってくる。
後ろにはカスミとタケシもいた。
「お前、ここにいたのか!」
「昨日、ちょっとあってな」
マサシが足元へ目を向ける。
ニドラン♂が、サトシを見上げた。
ニドラン♀はその隣から、ピカチュウへ鼻先を伸ばす。
「ピカ?」
「ニド」
「新しい仲間か?」
「ああ。今朝から」
「二体とも!? いいなあ!」
サトシがしゃがみ込むと、ニドラン♂が一歩前へ出た。
相方の前を塞ぐ、その動きに、マサシが苦笑する。
「こいつ、ちょっと心配性でさ」
「そっか。よろしくな!」
サトシは無理に触らず、笑って挨拶した。
タケシが二体の様子を見て頷く。
「元気そうだな。よく懐いてるじゃないか」
「昨日は近づくだけで怒られたけどな」
「ちゃんと助けてくれたの、わかってるのね」
カスミが言った。
マサシは照れくさくなり、リュックを背負い直す。
「まあ、これからもっと知ってくつもり」
そのとき、リュックのそばに置いていたトランセルへ、サトシが気づいた。
「あれっ、キャタピーも進化したのか!」
「昨日な」
「すげえ! おめでとう、トランセル!」
トランセルが体を揺らす。
ピカチュウも近寄り、目を合わせて鳴いた。
つい昨日、一緒にバトルした相手だ。
マサシは二体を見ながら、口元を緩めた。
「次にやるときは、もっと強くなってるぞ」
「こっちだって負けないからな!」
サトシの返事は、すぐだった。
*
センターを出ると、山肌に開いた洞窟の入り口が見えた。
サトシたちは、先に山道の売店へ寄っていくという。
「じゃあ、またな!」
「ああ。山ん中で会うかもな」
手を振り、マサシは先へ歩き出した。
足元では、ニドランたちが並んでいる。
ニドラン♂は少し前。
ニドラン♀は、マサシのすぐ隣。
まだ互いの歩幅が合わず、ときどきどちらかが立ち止まった。
マサシも、そのたびに足を緩める。
「急がなくていいぞ」
洞窟の前へ着くと、ひんやりした空気が頬に触れた。
中は、外から見るより暗い。
マサシはポッポたちをボールへ戻し、ニドランたちにも声をかけた。
「中の道がわかるまでは、ヒトカゲと行くよ。また出すからな」
二体は洞窟の奥を見てから、マサシへ向き直った。
それぞれをボールへ戻し、腰へ収める。
「頼むぞ、ヒトカゲ」
「カゲ!」
尻尾の炎が、岩の壁を橙色に照らした。
二人分の足音が、洞窟の奥へ響いていく。
しばらく進んだところで、ヒトカゲが立ち止まった。
「どうした?」
小さな羽音が聞こえる。
岩の隙間で、何かがもがいていた。
青い翼。
ズバットだった。
片方の翼が、壁に立てかけられた板と岩の間に挟まっている。
「……動くなよ。今どけるから」
マサシは荷物を下ろした。
板の端を持ち、ゆっくり浮かせる。
ズバットが翼を引き抜いた。
勢いよく飛び出しかけ、すぐ近くの岩へぶら下がる。
「大丈夫そうか?」
ヒトカゲの明かりを少し離す。
ズバットは一度翼を広げると、今度は滑らかに飛び上がった。
そのまま暗がりへ消えていく。
「よし」
マサシが板を安全な場所へ寝かせた、そのときだった。
「おや、そのズバットを助けてくれたのかい?」
奥から、懐中電灯の光が揺れた。
ヘルメットをかぶった青年が、岩陰から姿を現す。
「僕はリカオ。この山で、ポケモンと石の関係を調べているんだ」
「俺はマサシ。こっちはヒトカゲ」
挨拶したヒトカゲへ、リカオも笑って手を上げた。
「山を越えるところ?」
「ああ。でも、入ったばっかりで道は全然」
「それなら途中まで一緒に行こう。道具を片づけるつもりだったんだけど、先に面白いものを見せてあげられるかもしれない」
「面白いもの?」
リカオが懐中電灯を奥へ向けた。
その先の岩陰で、小さな影が動く。
丸い耳。
淡い桃色の体。
一瞬だけ顔を覗かせたポケモンが、すぐに隠れた。
マサシが目を丸くする。
リカオは唇の前へ指を立て、声を落とした。
「驚かせないようにね。この山の、大事な住人なんだ」
ヒトカゲの炎が、静かに揺れた。
第17話終了
次回・第18話「月明かりのない洞窟!ピッピが守るもの」