ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
岩陰から、丸い耳が覗いていた。
マサシが足を止めると、桃色のポケモンも動きを止めた。
「……ピッピ?」
「そう。この山に暮らしているんだ」
リカオが懐中電灯を少し下げる。
光を直接向けないようにすると、ピッピはゆっくり顔を出した。
「ピッピ」
隣のヒトカゲが、小さく手を上げる。
「カゲ」
ピッピの耳が動いた。
マサシとヒトカゲを交互に見てから、今度はリカオへ近づいていく。
「知り合いなの?」
「何度か会ってるよ。もっとも、いつも会えるわけじゃないけどね」
リカオがしゃがむ。
ピッピは何かを伝えようとするように、短く鳴いた。
奥へ数歩進み、振り返る。
リカオの表情が変わった。
「……様子が変だな」
ピッピはもう一度鳴いた。
今度は、急かすような声だった。
*
通路が広くなるにつれ、足元に細かな石が増えてきた。
マサシはヒトカゲの炎で地面を確かめながら進んだ。
前を行くピッピが、曲がり角で止まる。
その向こうから、金属が岩を叩く音が聞こえた。
「もう少し丁寧に扱いなさいよ! 割れちゃったらどうするの!」
「だったら、お前も運ぶのを手伝えよ!」
「口ばっかり動かしてないで、さっさと積むニャ!」
マサシが眉を上げた。
「……聞き覚えあるな」
曲がり角から覗く。
広い空洞の中央に、手押しの運搬台が置かれていた。
荷台には、いくつもの石。
その周りで動いているのは、白い制服の二人組と、二本脚で立つニャースだった。
「やっぱり」
マサシが姿を見せると、ムサシが顔を上げた。
「あら? あんた、どこかで……」
「トキワのポケモンセンターにいたガキじゃないか!」
コジロウが指をさす。
ニャースもこちらを見た。
「あのヒトカゲまでいるニャ!」
ヒトカゲが一歩前へ出た。
マサシは運搬台へ目を向ける。
「今度は何を持ってく気?」
「聞かれたからには答えてあげるわ!」
ムサシが胸を張った。
「この山に眠る、お宝の石よ!」
「強いポケモンをたくさん進化させれば、俺たちの戦力は一気に上がる!」
「余った石を売れば、お金も入って一石二鳥ニャ!」
「……その石が全部、進化に関係するとは限らないよ」
リカオが静かに言った。
ムサシが振り向く。
「何よ、あんた」
「ここで調査をしているリカオだ。その石はどこから運んだんだい?」
「そこらへんよ、そこらへん!」
ムサシが手を振る。
その背後で、ピッピが強く鳴いた。
「ピッピッ!」
荷台へ駆け寄ろうとする。
ニャースが前を塞いだ。
「駄目ニャ。もうニャーたちのものニャ!」
ピッピが足を止める。
マサシは一歩進んだ。
「返してやれよ」
ムサシの口元から笑みが消えた。
「邪魔するなら、容赦しないわよ。アーボ!」
「出てこい、ドガース!」
二つのボールが開いた。
紫色の体が岩の上を滑り、丸いポケモンが宙へ浮く。
ヒトカゲが身構えた。
マサシは、天井と足元へ素早く目を向ける。
空洞は広い。
けれど奥にはピッピたちがいるかもしれない。
「リカオさん。ピッピと下がって」
そう言いながら、腰のボールを取った。
「ポッポ、頼む!」
現れたポッポが、ヒトカゲの斜め上へ舞い上がった。
*
「アーボ、まきつく!」
アーボが地面を蹴るように飛び出した。
「かわせ!」
ヒトカゲが横へ跳ぶ。
その着地点へ、ドガースが近づいていた。
「たいあたり!」
コジロウの声が響く。
「ポッポ、横から押せ!」
ポッポが翼を打った。
風を受けたドガースの軌道がずれる。
ヒトカゲの脇を通り過ぎ、岩壁の手前で慌てて止まった。
「ひのこ!」
ヒトカゲの口から火の粒が飛ぶ。
だが、アーボが体を引いた。
炎はその背をかすめ、岩の上で消える。
「ふふん、そう簡単にはいかないわよ!」
ムサシが腕を振った。
「アーボ、にらみつける!」
アーボが首を持ち上げる。
鋭い目に捉えられ、ヒトカゲの動きが一瞬止まった。
「ドガース、もう一発!」
背後から迫る丸い影。
「上へ!」
ヒトカゲが跳ぶ。
足をかすめられ、着地が乱れた。
そこへアーボの尾が伸びる。
「カゲッ!」
腕で受けたものの、体が押される。
マサシは口を引き結んだ。
二体を別々に見ていたら、間に合わない。
アーボが前を塞ぎ、ドガースが横や後ろから狙う。
それなら——。
「ヒトカゲ、こっちへ下がれ!」
ヒトカゲがマサシ側へ戻った。
アーボが追う。
ドガースも、その頭上から近づいてくる。
「逃がさないわよ!」
「挟み撃ちだ!」
マサシは、二体の位置が重なる瞬間を見た。
「ポッポ、かぜおこし!」
風が、正面から吹きつけた。
地を這うアーボは低く構えて耐える。
だが、浮いているドガースは押し戻された。
「ドガッ!?」
背後のアーボへぶつかる。
二体の動きが止まった。
「ひのこ!」
火の粒が、まとまって飛んだ。
逃げ場を失ったアーボとドガースに当たり、二体が左右へよろめく。
「ちょっと! 何ぶつかってるのよ!」
「風で押されたんだから仕方ないだろ!」
言い争う二人の前で、マサシはすぐに続けた。
「ヒトカゲ、回り込め! ポッポは上!」
ヒトカゲが走る。
アーボが向きを変え、追おうとした。
その頭上へ、ポッポの影が差す。
アーボが反射的に顔を上げた。
「今だ、ひのこ!」
横から放たれた炎が、アーボを捉えた。
岩の上へ倒れた体は、すぐには起き上がらない。
「アーボ!」
「だったらこっちだ! ドガース、たいあたり!」
ドガースが、今度はポッポへ向かった。
マサシはその動きを追う。
「引きつけろ!」
ポッポは高く逃げず、その場で翼を動かした。
ドガースが迫る。
ぶつかる寸前だった。
「かわせ!」
ポッポが翼を傾ける。
ドガースの体が空を切った。
「後ろから、かぜおこし!」
振り返ったポッポが、強く羽ばたく。
勢いをつけられたドガースが、そのままムサシたちのほうへ流れていく。
「ニャ、こっち来るニャ!」
「止まれ、止まれって!」
ドガースはコジロウへぶつかった。
隣のムサシとニャースも巻き込み、三人が重なるように倒れる。
マサシは、息を整えるヒトカゲの隣へ立った。
「まだやる?」
ポッポが、その肩の上を旋回する。
ムサシは倒れたアーボをボールへ戻し、悔しそうに歯を食いしばった。
「……覚えてなさいよ!」
「今日は引き上げるぞ!」
「早いとこ逃げるニャ!」
ドガースもボールへ戻される。
ロケット団は互いを押しのけるように、通路の奥へ走っていった。
足音が遠ざかってから、マサシは肩を落とした。
「……忙しい連中だな」
ヒトカゲが、同意するように鳴いた。
*
「二体の位置を重ねたんだね」
リカオが近づいてきた。
マサシはヒトカゲの腕を確かめながら頷く。
「別々に来られると、片方を避けてももう片方が来るから。だったら、まとめて止めようと思って」
「相手も二体で戦うつもりが、動きを邪魔し合っていたね」
「こっちも気をつけないとな」
マサシがポッポを見上げる。
「風、助かったぞ」
「ポッ!」
ポッポが胸を張った。
ヒトカゲも隣から手を上げる。
その二体の前へ、ピッピが歩いてきた。
「ピッピ」
小さく頭を下げる。
それからマサシの手に触れ、運搬台のほうへ向かった。
荷台には、淡く光を返す石が混じっていた。
リカオが一つ持ち上げ、表面を確かめる。
「……やはり、奥のほうから運んできたんだ」
「大事な石なの?」
「ピッピたちが、特別に扱っている石があるんだよ。僕も、全部を知っているわけじゃないけどね」
ピッピが、その石へ両手を伸ばした。
リカオはすぐに返す。
石を抱えたピッピは、通路の向こうへ歩き始めた。
「待って。残りも戻すのか?」
マサシが声をかけると、ピッピは振り返って頷いた。
「じゃあ、これで運ぼう」
運搬台の取っ手を握る。
少し重い。
マサシはヒトカゲへ顔を向けた。
「後ろ、押せる?」
「カゲ!」
リカオも横へつき、崩れそうな石を押さえた。
ポッポが前を飛び、ピッピのあとを追う。
車輪の音が、洞窟に響き始めた。
*
ピッピが案内したのは、岩の間に隠れるように開いた細い道だった。
運搬台をいったん止め、石を何度かに分けて奥へ運ぶ。
最後の一つを抱えたマサシが通り抜けると、急に視界が広がった。
「……こんな場所が」
大きな空洞だった。
高い天井の隙間から、細い光が差し込んでいる。
その下に、何体ものピッピがいた。
マサシたちを見ると、一斉に動きを止める。
先導していたピッピが駆け寄り、抱えていた石を見せながら鳴いた。
「ピッピ、ピッピ!」
ほかのピッピたちの表情が変わる。
マサシが石を下ろすと、小さな手がいくつも伸びてきた。
ヒトカゲも、持っていた石を渡す。
受け取ったピッピが、嬉しそうに跳ねた。
マサシは空洞の中央へ目を向けた。
そこには、ひときわ大きな石があった。
周囲のピッピたちは、戻ってきた石をそのそばへ並べている。
リカオが静かに帽子を取った。
「ここへ入れてもらったのは、僕も初めてだ」
「……大事な場所なんだな」
マサシは声を落とした。
先ほどのピッピが戻ってきて、マサシの袖を引く。
まだ帰らないで、と言うように。
マサシはしゃがんだ。
「ここにいていいのか?」
「ピッピ!」
弾んだ返事。
隣のヒトカゲも、興味深そうに中央の石を見つめていた。
マサシはリカオと顔を見合わせる。
それから運搬で少し痛くなった腕を回し、岩のそばへ腰を下ろした。
「じゃあ、少しだけお邪魔するよ」
ピッピたちが、中央へ集まっていく。
洞窟の奥に、柔らかな鳴き声が重なり始めた。
第18話終了
次回・第19話「ピッピたちの祈り!月の石と新しい殻」