ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
ピッピたちの声が、洞窟の天井へ重なっていく。
マサシは壁際の岩に座り、その様子を眺めていた。
空洞の中央には、大きな石。
ロケット団から取り戻した石も、その周りへ並べられている。
一体のピッピが両手を上げると、ほかのピッピたちも同じように手を上げた。
ゆっくりと輪が動き始める。
「……踊ってる?」
マサシが声を落とすと、隣のリカオが頷いた。
「そうみたいだね」
「何のために?」
「それは、僕にもまだわからない」
リカオはノートを開きかけ、少し考えて閉じた。
「今は、見せてもらおう」
マサシも頷いた。
ヒトカゲは足元に座り、揺れるピッピたちを目で追っている。
ほかの仲間たちにも見せたくなり、マサシは先導してくれたピッピへボールを示した。
「みんなも出していいか?」
ピッピはボールとマサシを交互に見てから、明るく鳴いた。
マサシは笑って、仲間たちを呼んだ。
ポッポは低い岩へ止まる。
トランセルはマサシの隣へ。
ビードルはその前で体を起こし、ニドランたちは耳を立てた。
「静かにな」
マサシが言うと、ニドラン♂がさっそく一歩前へ出た。
近くのピッピが跳ねたのを見て、つられたらしい。
ニドラン♀が、その脇腹を鼻で押す。
「お前、見張りやめたら結構落ち着きないな」
マサシが小さく笑った。
*
天井の隙間から差し込んでいた光が、少しずつ細くなっていった。
空洞の中が暗さを増すにつれ、中央の石が、ほのかに光を返し始める。
ピッピたちは輪を狭めた。
両手を上げ、空を見上げる。
マサシもつられて天井へ顔を向けた。
岩の隙間のずっと向こうに、小さな空がある。
そこで起きた光の変化に合わせるように、ピッピたちの声が高くなった。
「ピッピ、ピッピ!」
跳ねる。
着地する。
また跳ねる。
ヒトカゲの尻尾の炎まで、声に合わせて揺れているようだった。
マサシはその横顔を見た。
「楽しいか?」
「カゲ」
ヒトカゲが頷く。
そのそばで、ビードルも頭を揺らしていた。
けれど次の瞬間、ビードルの動きが止まった。
細い足が、岩の上へかかる。
「……どうした?」
ビードルは輪の向こうを見ていた。
マサシも視線を追った。
壁際の斜面に、小さな石が積まれている。
ロケット団が石を運び出すときに崩したのか、足元の土がえぐれていた。
その一番上で、平たい石が傾く。
下には、踊りの輪へ入ろうとしているピッピがいた。
「危ない!」
マサシが立ち上がった。
その前に、白い糸が飛んだ。
ビードルの糸が、転がり始めた石へ巻きつく。
だが、石は止まらない。
ビードルの体が前へ引かれた。
「ヒトカゲ、支えろ!」
ヒトカゲがビードルの後ろへ回った。
両腕で体を支え、足を踏ん張る。
「ポッポ、ピッピの前へ!」
ポッポが舞い下り、鋭く鳴いた。
気づいたピッピが顔を上げる。
石が糸を引き、斜面を滑った。
マサシはピッピの脇へ駆け込み、両腕で抱える。
「離せ、ビードル!」
糸が緩む。
石は誰もいない地面へ落ち、鈍い音を立てて止まった。
マサシはピッピを抱いたまま、ひとつ息を吐いた。
「……大丈夫か?」
「ピッ……」
腕の中のピッピが、目を丸くしている。
その向こうでは、ヒトカゲが座り込み、ビードルを支えていた。
「そっちも平気?」
「カゲ!」
ビードルも、顔を上げた。
マサシはようやく笑った。
「よく気づいたな、お前」
*
リカオが斜面を確かめている間に、ピッピたちは落ちた石の周りへ集まった。
先導してくれたピッピが、ビードルの前へ来る。
「ピッピ」
小さな両手が、そっと差し出された。
ビードルが鼻先を近づける。
そのやり取りを見ながら、マサシはビードルの体についた土を払った。
「一体で止めようとしたの、びっくりしたぞ」
ビードルがこちらを見る。
「でも、助かった。俺、気づくの遅れたからな」
その頭を指で撫でると、ビードルは目を細めた。
リカオが戻ってくる。
「崩れそうな石は、ほかにはなさそうだ。運び出すときに動かしたんだろうね」
「そっか」
「君たちがいてくれてよかった」
マサシは足元のビードルを見た。
「こいつのおかげ」
ビードルが胸を張るように体を起こした。
ピッピたちの輪へ、さっき助けた一体が戻っていく。
しばらくすると、再び声が重なり始めた。
マサシたちも元の場所へ座った。
今度はビードルが、マサシのすぐ隣にいる。
中央の石を囲むピッピたちの姿が、淡い光の中で揺れていた。
*
帰り道を教えてもらおうと立ち上がったとき、ピッピが一つの石を運んできた。
両手に収まるほどの、小さな石だった。
マサシの前へ来て、差し出す。
「……俺に?」
「ピッピ!」
受け取っていいのか迷い、リカオを見る。
リカオは石を覗き込み、目を細めた。
「つきのいしだね」
マサシは手の中へ視線を落とした。
でこぼこした表面に、細かな光が見える。
「これ、進化に関係する石?」
「そう。適したポケモンに使うと、進化を促すことがある」
足元で、ニドラン♂が耳を動かした。
マサシはその顔を見てから、石をくれたピッピへ向き直る。
「大事なものなんだろ。いいのか?」
ピッピは、石を持つマサシの手を軽く押した。
その後ろで、助けたピッピも頷いている。
マサシは少し照れくさくなった。
「……ありがとな。大事にする」
リュックから柔らかな布を出し、石を包む。
ニドラン♂はその手元を見ていたが、やがて隣のニドラン♀へ鼻を寄せた。
マサシは二体を見下ろし、笑った。
「まずは、もっとお互いのこと知ってからだな」
包んだ石を、リュックの奥へしまった。
*
ピッピに見送られ、元の通路へ戻ったころには、洞窟の中はすっかり暗くなっていた。
リカオが地図を広げる。
「ここから少し進んだところに、休める場所がある。今日はそこで夜を明かしたほうがいい」
「出口は遠い?」
「急げば行けるかもしれない。でも、暗い中で道を探すより安全だよ」
マサシは仲間たちを見た。
ヒトカゲもポッポも、バトルと石運びを頑張ってくれた。
ビードルも、今日はよく動いている。
「じゃあ、そうする」
「僕は手前の分かれ道から調査小屋へ戻る。ロケット団のことも知らせておかないとね」
リカオは地図の一か所を指した。
「明日は、この道を進んで。大きな分岐には案内板があるはずだ」
「わかった。いろいろありがとう」
「こちらこそ。助かったよ」
別れ際、リカオが手を差し出した。
マサシも握り返す。
「またピッピに会ったら、よろしく言っといて」
「ああ。きっと覚えていると思うよ」
懐中電灯の光が、別の通路へ遠ざかっていった。
*
教えてもらった場所は、通路より一段高くなった、乾いた岩棚だった。
天井もしっかりしていて、冷たい風も直接吹き込まない。
マサシは敷物を広げ、仲間たちに食事を配った。
「今日はここまで。もう走らないから、安心して食えよ」
ニドラン♂が顔を上げる。
「お前に言ってんの」
隣のニドラン♀が、小さく鳴いた。
食事が終わると、ポッポは岩のくぼみへ落ち着き、ニドランたちも並んで丸くなった。
マサシはトランセルを敷物の端へ寝かせ、隣を軽く叩いた。
「ビードルも、ここで——」
呼びかけが止まった。
ビードルの体が、白く光っていた。
ヒトカゲが顔を上げる。
光の中で、小さな体が伸びていく。
丸みのあった輪郭が細長くなり、硬い殻に包まれた。
光が消える。
そこには、一体のコクーンがいた。
「……お前もか」
マサシは目を丸くしたあと、ゆっくり笑った。
コクーンが体を揺らす。
その目は、真っすぐマサシを見ていた。
「進化、おめでとう」
そっと手を添える。
ついさっきまで撫でていた体とは、違う感触だった。
ヒトカゲが近づき、声をかける。
ポッポも目を覚まし、ニドランたちが敷物の上へ集まった。
隣にいたトランセルが、わずかに体を動かす。
マサシは二体を並べた。
「森で会ったときは、二体ともあんなに小さかったのにな」
緑の殻と、黄色い殻。
二体はしばらく、互いを見つめていた。
マサシはその前へ横になり、片肘をつく。
「今度は、どっちが先に空を飛ぶんだろうな」
答えを急ぐつもりはなかった。
今日は、コクーンになった姿をゆっくり見ていられる。
ヒトカゲの炎が、二体の殻を柔らかく照らしていた。
第19話終了
次回・第20話「洞窟の出口へ!ニドラン♂、初めての一戦」