ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
目を覚ますと、ヒトカゲが顔を覗き込んでいた。
「……わかった。起きる」
マサシは寝袋から腕を出し、ゆっくり体を起こした。
岩棚の上には、仲間たちが集まっている。
ポッポは羽を整え、ニドランたちは並んで水を飲んでいた。
トランセルの隣には、昨夜進化したコクーンがいる。
マサシはその前へしゃがんだ。
「おはよう、コクーン」
黄色い殻が、わずかに揺れた。
昨日までのビードルとは違う姿。
それでも、呼びかけるとすぐにこちらを見るところは同じだった。
「今日は外に出るぞ。そしたら、日なたで休もうな」
コクーンの隣で、トランセルも体を動かした。
*
朝食と片づけを済ませ、マサシたちは通路へ戻った。
トランセルとコクーン、ポッポはボールの中。
ヒトカゲが少し前を照らし、ニドランたちがマサシのそばを歩いている。
ニドラン♂は、岩の隙間があるたびに鼻先を向けた。
「そっちは道じゃないぞ」
声をかけると戻ってくる。
けれど、次の隙間でもまた立ち止まる。
「……気になるもの、多いな」
マサシが笑ったとき、前を歩くヒトカゲが足を止めた。
通路が二つに分かれている。
壁際には、木の板が倒れていた。
拾い上げると、矢印と『出口』の文字が見える。
「これか、リカオさんが言ってた案内板」
マサシは分かれ道を見比べた。
板を支えていた杭は折れている。どちらを向いていたのか、すぐにはわからなかった。
「……倒れるなら、わかるように倒れてくれよ」
ヒトカゲが振り返る。
「お前に言ってないって」
マサシはリカオに教わった道順を思い返した。
大きな分岐までは一本道。
その先は——。
足元で、ニドラン♂の耳が動いた。
右の通路へ顔を向ける。
「どうした?」
ニドラン♂は、その場でじっとしていた。
マサシも耳を澄ませる。
しばらくして、かすかな音が聞こえた。
靴が小石を踏む音。
やがて右の通路から、帽子をかぶった男性が現れた。
「おや、こんなところでどうした?」
「出口を探してるんです。案内板が倒れてて」
「ああ、それでか。出口なら、こっちだよ」
男性が歩いてきた通路を指さす。
マサシは息を吐いた。
「助かった……。ありがとうございます」
「この先は大きな分かれ道もない。もう少しだから、気をつけてな」
男性を見送り、マサシはニドラン♂の前へしゃがんだ。
「足音、聞こえたんだな」
大きな耳が、こちらへ向く。
「ありがと。迷わずに済んだ」
ニドラン♂は少し胸を張った。
その隣で、ニドラン♀が耳を揺らした。
*
通路の先が白く見えたとき、マサシの歩幅が大きくなった。
光が近づく。
出口をくぐると、風が前髪を揺らした。
「……出た!」
青い空。
草の匂い。
振り返れば、大きな山肌に洞窟の入り口が開いている。
ヒトカゲが両腕を上げた。
ニドラン♂は近くの草へ駆け寄り、ニドラン♀もそのあとを追う。
マサシは日当たりのいい平らな場所を見つけ、残りの三体をボールから出した。
ポッポが勢いよく飛び立つ。
トランセルとコクーンには、敷物を広げた。
「ほら、外だぞ」
二体の目が、空へ向いた。
マサシもその隣へ座る。
「洞窟も面白かったけど、やっぱ明るいほうが歩きやすいな」
頭上をポッポの影が横切った。
少し休んでから、地図を広げる。
次の目的地は、ハナダシティ。
山を下る道は、その街へ続いていた。
*
昼過ぎ、道沿いの草原でマサシは声をかけられた。
「君もトレーナー?」
振り向くと、同じくらいの年頃の少年が立っていた。
足元にはコラッタがいる。
「そうだけど」
「よかったら、一勝負しない?」
マサシが返事をする前に、ニドラン♂が前へ出た。
額の角を少し上げ、コラッタを見つめる。
「……お前、やる気か?」
「ニドッ!」
はっきりした返事だった。
マサシはニドラン♂の前へしゃがんだ。
「俺とバトルするの、初めてだぞ。声、ちゃんと聞けよ」
ニドラン♂は耳をこちらへ向けた。
マサシは笑い、少年へ頷いた。
「一対一で頼む」
「わかった。僕はシンジ!」
「マサシ」
二人は道から離れ、草の短い場所へ移った。
ニドラン♀はヒトカゲの隣へ座る。
ニドラン♂が一度だけ振り返った。
「こっちは大丈夫。前、見てろ」
マサシに言われ、相手へ向き直る。
「いくよ! コラッタ、たいあたり!」
コラッタが走った。
「ニドラン、かわせ!」
ニドラン♂が横へ跳ぶ。
コラッタの体が脇を抜けた。
だが、避けた勢いのまま大きく離れすぎてしまう。
振り返ったときには、コラッタが次の突進へ入っていた。
「つのでつく!」
ニドラン♂が角を突き出して駆ける。
「横へ!」
シンジの声で、コラッタが進路を変えた。
角が空を切る。
ニドラン♂はすぐに止まれず、数歩走り抜けた。
「コラッタ、後ろから!」
背中へ体当たりが入る。
ニドラン♂が草の上を転がった。
「ニドラン!」
起き上がった体に、大きな怪我はない。
けれど、口元に力が入りすぎていた。
またすぐに駆け出そうとする。
「待て!」
ニドラン♂の足が止まった。
マサシはしゃがまず、その目を見た。
「今の、避けられてからも走ってたぞ」
ニドラン♂の耳が動く。
「角を当てようとして、前しか見えてない」
相手のコラッタが、再び低く構えた。
マサシはその位置を確かめる。
「今度は、こっちから追いかけなくていい」
「コラッタ、たいあたり!」
コラッタが迫る。
ニドラン♂が身を固くした。
「小さくかわせ!」
今度は、ほんの少しだけ横へずれた。
肩が触れそうな距離を、コラッタが抜ける。
ニドラン♂が踏ん張った。
足が止まる。
「振り向け!」
コラッタも向きを変えようとしていた。
二体の目が合う。
「つのでつく!」
短い距離を、ニドラン♂が踏み込んだ。
角がコラッタの脇腹を捉える。
「コラッ!」
押されたコラッタが、草の上へ跳ねた。
「よし!」
マサシの声に、ニドラン♂が耳を立てる。
すぐに追おうとする足を、自分で止めた。
それを見て、マサシは口元を緩めた。
「そう。それでいい」
シンジが声を張る。
「コラッタ、まだいける! でんこうせっか!」
コラッタの速度が上がった。
一直線に迫ってくる。
さっきより速い。
ニドラン♂の体が、反射的に前へ出かけた。
「待て!」
耳が動く。
マサシはぎりぎりまで相手を見た。
「今だ、かわせ!」
ニドラン♂が横へ動く。
コラッタの体がかすめた。
少しよろめく。
それでも、前脚を踏ん張った。
「切り返せ!」
ニドラン♂が向き直る。
コラッタは、まだ走り抜けた勢いを殺しているところだった。
「つのでつく!」
ニドラン♂が地面を蹴った。
今度は迷いなく、短く鋭く。
角を受けたコラッタが倒れる。
起き上がろうと前脚をついたが、そのまま伏せた。
シンジが駆け寄った。
「……僕たちの負けだ」
コラッタを抱き上げ、背中を撫でる。
「頑張ったね」
マサシもニドラン♂へ近づいた。
「初勝利だな」
ニドラン♂は少し息を切らしていた。
それでも、顔は真っすぐ上がっている。
マサシが差し出した手へ、鼻先を押しつけた。
「ちゃんと止まれたじゃん」
「ニドッ!」
明るい声が返った。
*
バトルのあと、二人は道端の木陰でポケモンたちを休ませた。
「最初は、突っ込んでくるだけかと思ったんだけどな」
シンジが言う。
マサシはニドラン♂についた草を払った。
「こいつとは、一緒に戦うの初めてだったから。どれくらい走って、どこで止まれるか、俺もわかってなかった」
「途中から、全然追いかけてこなくなったね」
「コラッタのほうが速かったし。追いかけるより、来たとこ狙うほうがよさそうだった」
シンジが自分のコラッタを見下ろす。
「僕も、もっと違う攻め方を考えないと」
「また会ったらやろうぜ」
「うん!」
差し出された手を、マサシは握った。
その横で、ニドラン♀が相方へ近づく。
ニドラン♂はすぐに顔を上げ、角を少し傾けた。
何かを伝えるように鳴いてから、短く前へ踏み出す。
ニドラン♀はその動きを見て、鼻先で頬をつついた。
ヒトカゲが楽しそうに声を上げる。
「……さっそく自慢してるな」
マサシは笑った。
*
再び歩き始めると、道は緩やかな下り坂になった。
ニドラン♂はマサシの少し前を進んでいる。
ときどき振り返り、こちらを確かめる。
マサシが足を止めると、今度はすぐに立ち止まった。
「お、覚えた?」
大きな耳が、ぴんと立つ。
「毎回バトルじゃないから、そんな構えなくていいって」
ニドラン♀が隣へ並び、二体で歩き出した。
その向こうに、町の屋根が小さく見え始める。
マサシは目を細めた。
「ハナダかな」
ヒトカゲが背伸びをする。
ポッポが少し高く飛び、先を見渡した。
昨日は洞窟の中にいた。
今日は山を越え、新しい仲間と初めてのバトルをした。
腰のボールへ手を添え、マサシは坂を下る。
「あと少し、行こうぜ」
足元で、二体分の元気な返事が重なった。
第20話終了
次回・第21話「六体の歩幅!それぞれの得意なこと」