ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
ハナダシティへ続く道の脇に、水場のある休憩所があった。
マサシはベンチへリュックを下ろし、腰のボールを手に取った。
「ちょっと休もう。そのあと、みんなで練習な」
現れたポッポが、近くの枝へ飛び移る。
トランセルとコクーンは日当たりのいい場所へ。
ヒトカゲとニドランたちは、水場へ向かった。
ニドラン♂が、相方の前へ回り込む。
低く構え、少し走って止まる。
ニドラン♀は水を飲んだまま、耳だけをそちらへ向けた。
「まださっきの話してるのか」
マサシが笑う。
ニドラン♂は顔を上げ、得意げに鳴いた。
「勝ったのは偉いけど、足、痛くない?」
前脚と後脚を確かめる。
歩き方にも、おかしなところはない。
「よし。じゃあ、さっきできたこと、忘れないうちにやっとこう」
*
休憩所の奥には、短い草の生えた空き地があった。
マサシは倒れていた小枝を一本拾い、地面へ置く。
「ここまで走って、止まる。角は当てなくていいぞ」
ニドラン♂が構えた。
「いけ!」
勢いよく駆け出す。
小枝の手前で踏ん張ったが、止まりきれずに越えた。
「ニド……」
「今の速さだと、もうちょっと前から止まらないとな」
マサシは小枝を拾い直した。
「バトルで角を出すのは、相手が近くなってからでいい。遠くからずっと構えてると、曲がりにくいだろ?」
ニドラン♂が自分の角を見ようとするように、顔を傾ける。
ヒトカゲが横から覗き込み、真似をして前かがみになった。
「お前は角ないだろ」
「カゲ」
ニドラン♀が、小さく鳴いた。
笑われたと思ったのか、ニドラン♂がすぐに位置へ戻る。
「そんな張り切らなくていいって。もう一回な」
二度目は、小枝のすぐ先で止まった。
三度目には、踏まずに止まれる。
マサシが手を上げた。
「よし、そこ!」
ニドラン♂はその場で振り向き、駆け戻ってきた。
マサシの手前でも、きちんと止まる。
「いいじゃん」
頭を撫でると、満足そうに目を細めた。
その隣へ、ニドラン♀が進み出た。
「お前もやる?」
ニドラン♀は、少し離れた切り株へ顔を向けた。
小さな針が飛ぶ。
乾いた音を立て、樹皮へ刺さった。
マサシは目を丸くする。
「どくばり、使えるのか」
ニドラン♀が耳を起こす。
近づいて確かめると、狙ったらしい切り株の中央近くに当たっていた。
「上手いな。もう少し離れてもいける?」
場所を変え、もう一度試す。
今度は少し下へ当たった。
さらに離すと、手前の地面に落ちる。
「なるほど。今はこのくらいか」
マサシは、最初の位置へ戻った。
「無理に遠くから狙うより、ちゃんと当たる距離で使おうな」
ニドラン♀が頷くように頭を動かす。
すぐ横で見ていたニドラン♂が、切り株へ駆け出しかけた。
「張り合わなくていい!」
声をかけると、ぴたりと止まった。
マサシはその姿を見て、吹き出した。
「……止まる練習は、効いてるな」
*
ヒトカゲとポッポの練習は、空き地の端で行った。
「ポッポ、弱くかぜおこし!」
翼が動く。
草が同じ方向へなびいた。
「ヒトカゲ、ひのこ!」
小さな火の粒が、風に乗った。
いつもより広く散り、狙っていた裸の地面を越えそうになる。
「ストップ!」
マサシがすぐに声をかける。
ポッポが羽ばたきを止めた。
ヒトカゲも口を閉じる。
「……強く飛ばせばいいってもんでもないか」
マサシは火が消えた地面へ近づき、残っていないことを確かめた。
ヒトカゲが隣へ来て、同じ場所を見る。
「昨日の洞窟では、相手を風で寄せてから当てたろ。今度は火のほうを動かせるかと思ったんだけど」
ポッポが、低く飛んで戻ってくる。
「散りすぎるな。もう少し、風の向き考えよう」
今度はヒトカゲが火を放ったあと、その横から弱い風を当ててみた。
火の粒が、わずかに進路を変える。
全部が同じように曲がるわけではない。
それでも、最初より狭い場所へ落ちた。
「お」
マサシの口元が緩む。
「今の、ちょっと使えそう」
ヒトカゲとポッポが顔を見合わせた。
「でも、まだ練習な。いきなりバトルでやって、変なとこ飛ばすなよ」
言ったあとで、マサシは自分を指さした。
「俺もな」
*
トランセルとコクーンは、日なたで並んでいた。
マサシが前へ座ると、二体の目がこちらを向く。
「待たせたな」
地面に落ちていた細い枝を拾い、二体へ見せた。
「かたくなる、確かめよう。痛かったらやめるから」
最初にトランセルへ声をかける。
緑の殻に光沢が走った。
枝で軽く触れると、硬い音がする。
「おお」
次はコクーン。
こちらも、声に合わせて体を輝かせた。
マサシは枝を置き、二体を撫でた。
「ちゃんとできるな」
トランセルが体を揺らす。
コクーンは、近くを歩くニドランたちへ目を向けていた。
自分も動きたいのだろうか。
マサシは敷物を少しずらし、二体から空がよく見えるようにした。
「焦らなくていいぞ。今できること、やってこうな」
頭上を、ポッポが横切った。
二体の目が、そろってその影を追った。
*
「そのポッポ、よく曲がるね」
声をかけてきたのは、水場へ来た少年だった。
肩には、一体のオニスズメが止まっている。
ポッポが枝へ戻ると、オニスズメもそちらへ顔を向けた。
「ずっと見てたの?」
「最後のほうだけ。よかったら、空中戦しない?」
マサシはポッポを見上げた。
「どうする?」
「ポッ!」
すぐに返事があった。
「じゃあ、頼む」
二人は通り道から離れ、空き地の両端へ立った。
ヒトカゲたちは木陰へ下がる。
ポッポとオニスズメが、空へ飛び立った。
「オニスズメ、つつく!」
鋭いくちばしが、ポッポを狙う。
「かわせ!」
ポッポが横へ流れた。
オニスズメはそのまま通り過ぎず、すぐに翼を傾けて追う。
続けて、もう一度。
ポッポが身をひねる。
くちばしが翼の先をかすめ、羽が一枚落ちた。
「速いな……」
マサシは二体の飛び方を見た。
まっすぐ飛ぶ速さでは、オニスズメが上だった。
離れても追いつかれる。
大きく逃げ続ければ、ポッポのほうが先に疲れるだろう。
「かぜおこし!」
ポッポが振り返り、風を送る。
「突っ切れ!」
オニスズメは翼を狭めた。
風を受けながらも、そのまま前へ出る。
ポッポが慌てて高度を変えた。
マサシは、その瞬間を見ていた。
オニスズメが、追うために翼を開く。
風を抜けるときとは違う、大きな広がり。
「……そこか」
オニスズメが再び迫る。
「ポッポ、引きつけろ!」
ポッポは羽ばたきながら待った。
距離が縮まる。
「切り返せ!」
小さな体が、鋭く向きを変えた。
オニスズメのくちばしが空を切る。
すぐに追おうと、翼が開いた。
「今だ、かぜおこし!」
横からの風が、広がった翼を捉える。
オニスズメの体が傾いた。
「たいあたり!」
ポッポが飛び込む。
衝突を受けたオニスズメが、空中で大きくよろめいた。
「立て直して!」
少年が叫ぶ。
オニスズメは翼を動かし、どうにか姿勢を戻した。
だが、もうポッポは正面にいない。
「上から!」
声とともに、ポッポが降下した。
もう一度、体当たり。
オニスズメは草の上へ落ち、羽を広げたまま伏せた。
少年が駆け寄る。
様子を確かめてから、マサシへ顔を上げた。
「……参った。そっちの勝ちだ」
マサシは腕を上げた。
「戻ってこい、ポッポ!」
降りてきたポッポが、その腕へ止まる。
呼吸は少し速い。
マサシは翼の先を確かめ、そっと背を撫でた。
「よく見て動けたな」
ポッポが、誇らしげに鳴いた。
*
「かぜおこし、最初は抜けられたのに」
オニスズメを休ませながら、少年が言った。
マサシは空へ目を向ける。
「翼を閉じてるときは、あんまり押せなかった。でも、曲がるときは開くだろ?」
「そこへ横から当てたのか」
「うん。追いかけてくれるなら、その瞬間は来るかなって」
少年はオニスズメの翼を見つめた。
「同じ技でも、使うところで変わるんだな」
「俺も、今わかった」
マサシが笑うと、少年も悔しそうに笑った。
「次は、簡単に追いかけないからね」
「じゃあ、次は追いかけたくなるようにする」
「言ったな!」
別れ際、二人は手を振った。
マサシがリュックを背負うと、ヒトカゲが隣へ来る。
ニドランたちも並んだ。
ポッポは少し休ませるため、ボールへ戻した。
「今日は、みんなのこと結構わかったな」
足元の二体が顔を上げる。
走るのが得意なニドラン♂。
狙いを定めて針を飛ばすニドラン♀。
空で鋭く向きを変えられるポッポ。
声に合わせて、すぐに火を放てるヒトカゲ。
トランセルとコクーンにも、これから見せてもらうものがたくさんある。
「……俺がちゃんと覚えとかないとな」
マサシは歩き出した。
道が丘を回り込む。
その先で、建物の並びがはっきりと見えた。
赤い屋根。
行き交う人影。
山道とは違う、賑やかな街の気配。
「見えた」
マサシが指さすと、ヒトカゲが嬉しそうに鳴いた。
「ハナダシティだ!」
ニドラン♂が一歩前へ出る。
けれど今度は走り出さず、マサシが来るのを待っていた。
その隣へニドラン♀が並ぶ。
マサシは笑って、二体に追いついた。
第21話終了
次回・第22話「水の都ハナダ!カスミの帰る場所」