ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
ハナダシティへ入ると、噴水の水音が聞こえてきた。
道沿いの花壇には色とりどりの花が咲き、その向こうを買い物袋を提げた人たちが歩いている。
マサシは立ち止まり、街を見渡した。
「……まず、ポケモンセンターか」
隣のヒトカゲが頷く。
ニドラン♂は噴水へ顔を向けていたが、ニドラン♀に肩を押され、マサシのあとを追った。
「水なら、着いたら飲めるって」
そう声をかけてから、マサシも噴水を振り返った。
山の中では聞こえなかった音が、あちこちにある。
話し声。車輪の音。店先から客を呼ぶ声。
久しぶりの大きな街だった。
*
ポケモンセンターでは、ジョーイが六体を迎えてくれた。
「山を越えてきたんですね」
「はい。途中でバトルもしたから、診てもらえますか」
「もちろん。みんな、少し休んでいきましょうね」
ポッポは広げた翼を確かめられ、ニドラン♀は以前傷めた前脚を診てもらった。
マサシが気にしているのに気づき、ジョーイが微笑む。
「こちらの脚は、もうきれいに治っていますよ。歩き方にも問題ありません」
「そっか。よかった」
ニドラン♀がマサシを見上げる。
「もう心配しすぎなくていいってさ」
額を軽く撫でると、隣のニドラン♂も前脚へ鼻を寄せた。
「お前も聞いた?」
ニドラン♂は耳を立てたあと、何事もなかったように顔を上げた。
治療が終わったのは、その日の午後だった。
戻ってきたポッポはまっすぐマサシの肩へ飛び乗り、ヒトカゲも元気に腕を上げる。
トランセルとコクーンも、異常はなかった。
「みんな、もう大丈夫です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
マサシが頭を下げると、ヒトカゲも真似をした。
*
街へ出るときは、ヒトカゲとニドラン♀を連れていくことにした。
ほかの四体は、ボールの中で休憩だ。
ニドラン♂は少し迷ったものの、相方が平気そうに歩くのを見て、素直に戻ってくれた。
「今日は、こいつの付き添いも休みだな」
腰のボールへ声をかけてから、マサシは案内板を探した。
次のジムへ行く前に、場所を確かめておきたい。
そのはずだった。
広場へ差しかかったところで、目の前を一枚のチラシが横切る。
「本日の水中ショー、まもなく開演でーす!」
受け取った紙には、水面から跳び上がる女性たちが描かれていた。
その下に、大きな文字。
『ハナダ三姉妹・華麗なる水中ショー』
「……水中ショー?」
ヒトカゲが紙を覗き込む。
ニドラン♀も背伸びをした。
マサシはチラシと、その向こうの大きな建物を見比べた。
「ちょっとだけ見てくか」
*
観客席へ入ると、青いプールが広がっていた。
水面に照明が揺れている。
マサシは通路側の席に座り、ヒトカゲを隣へ、ニドラン♀を膝へ乗せた。
音楽が流れ始める。
水面を割って、三人の女性が現れた。
揃った動きで腕を伸ばし、滑るように泳ぐ。
水しぶきが光を受け、白くきらめいた。
「おお……」
ヒトカゲが体を乗り出した。
ニドラン♀も、動くたびに耳の向きを変えている。
マサシはその横顔を見て、少し笑った。
ニビジムの岩のフィールドとは、まるで違う。
同じ建物の中に、これほど大きなプールがあることにも驚いた。
ショーが終わると、客席から拍手が湧いた。
マサシも手を叩く。
「すごかったな」
「カゲ!」
ヒトカゲの返事は、いつもより少し大きかった。
*
客席を出て、廊下の掲示を見ていたときだった。
「何やってるの?」
背後から、聞き覚えのある声がした。
振り向く。
「カスミ?」
そこには、少し気まずそうな顔をしたカスミがいた。
マサシはチラシを見せる。
「ショー見に来た。お前も?」
「私は……」
「あら、カスミ!」
廊下の奥から、先ほどプールにいた女性たちが歩いてきた。
一人がカスミを見つけ、手を振る。
「帰ってきたなら、声くらいかけなさいよ」
「今、かけようとしてたの!」
カスミが言い返す。
マサシは二人を交互に見た。
「帰ってきた?」
カスミの肩が、わずかに上がった。
三人の女性が、今度はマサシへ視線を向ける。
「あら、この子はお友達?」
「旅の途中で知り合ったの」
「私はサクラ。こっちがアヤメで、こっちがボタン」
サクラが隣の二人を紹介する。
マサシも軽く頭を下げた。
「マサシです。ショー、すごかったです」
「あら、ありがとう」
アヤメが嬉しそうに笑う。
ボタンはカスミの隣へ立ち、肩へ手を置いた。
「カスミの知り合いなら、また見に来てね」
マサシは、ようやく気づいた。
「……もしかして、姉妹?」
カスミが小さく息を吐く。
「そう。私の姉たち」
「三姉妹って書いてあったけど」
「ショーの名前よ、名前!」
少し強く返され、マサシは口を閉じた。
姉たちは慣れた様子で笑っている。
カスミはその輪からマサシを引き離すように、廊下の端へ歩き出した。
「ちょっと来て」
「なんだよ」
ヒトカゲとニドラン♀も、二人のあとを追った。
*
人の少ない廊下へ出たところで、カスミが立ち止まった。
「サトシには、まだ言ってないの」
「ここの家族だってこと?」
「うん。それと……」
カスミは壁の掲示へ目を向けた。
マサシも、その文字を読む。
『ハナダジム 挑戦をご希望の方へ』
少し間が空いた。
「……ここ、ジムなの?」
「そうよ」
「じゃあ、お前もジムの関係者?」
カスミは腕を組んだ。
「私も、ここのジムで挑戦を受けることがあるの」
マサシは、先ほどのプールを思い浮かべた。
泳いでいた姉たち。
広い水面。
その中で戦う、みずポケモン。
「なるほどなあ……」
「何、その顔」
「いや。ずっとジム探してたんだけど、もう着いてたんだと思って」
カスミが、呆れたように息を漏らした。
「先に入り口の看板を見なさいよ」
「チラシのほう見てた」
「でしょうね」
ヒトカゲが、マサシの服を引いた。
プールのあるほうを見ている。
マサシは頷き、カスミへ顔を向けた。
「じゃあ、挑戦していい?」
カスミの表情が変わった。
「私に?」
「ああ」
「水のフィールドよ?」
「見たからわかってるって」
マサシは少し笑った。
「ニビとは全然違うな。どう戦うか、考えたくなった」
カスミは、しばらくその顔を見ていた。
やがて、口元を上げる。
「いいわよ。受けてあげる」
声に、いつもの強さが戻っていた。
「ただし、簡単にバッジを渡すつもりはないからね」
「それくらいじゃないと、面白くないだろ」
足元で、ニドラン♀が耳を立てた。
*
ジムの受付で、翌朝の対戦を申し込んだ。
係員が用紙を確かめながら説明する。
「使用するポケモンは、双方二体。挑戦者は途中で交代できます。審判は、こちらの係員が担当します」
「わかりました」
マサシが答える。
隣のカスミも頷いた。
「明日はショーの前だから、客席も静かよ」
「応援はいてもいい?」
「もちろん」
そこでカスミは、少しだけ視線を落とした。
「……サトシには、私から話すから」
「わかった」
マサシはすぐに頷いた。
「俺からは言わない」
カスミが顔を上げる。
「聞かないの?」
「何を?」
「どうして黙ってるのか、とか」
マサシは考え、肩をすくめた。
「話したくなったら聞くよ」
カスミは少し黙った。
それから、困ったように笑う。
「あんた、そういうところは気が利くのね」
「そういうところは、ってなんだよ」
「普段はすぐ、歩きたくないとか言うくせに」
「今、関係なくない?」
ヒトカゲが声を上げた。
カスミも笑った。
*
ポケモンセンターへ戻ると、サトシが受付の前にいた。
タケシとピカチュウも一緒だ。
「マサシ! もう着いてたのか!」
「さっきな」
「ハナダジム、見つけた?」
「見つけた。明日、挑戦する」
「えっ、もう!?」
サトシが勢いよく近づく。
「どんなジムだった? ジムリーダーは?」
マサシは、一拍置いた。
カスミとの約束が頭をよぎる。
「でっかいプールがあった」
「プール?」
「水のフィールドで戦うらしい」
「へえー! じゃあ、みずポケモンか!」
サトシがピカチュウを見る。
ピカチュウも、元気よく鳴いた。
「明日、見に行っていいか?」
「いいよ。応援、頼む」
「任せろ!」
タケシが、マサシの足元にいるニドラン♀へ目を向けた。
「すっかり元気だな」
「ああ。センターでも、もう大丈夫だって」
「よかったな」
ニドラン♀が頷くように耳を動かした。
マサシはその頭を撫で、窓の向こうへ目を向ける。
西日が、街の屋根を照らしていた。
*
夕方の中庭で、マサシは六体を前に座った。
「明日は、カスミとジム戦だ」
ヒトカゲが顔を上げる。
ポッポは羽づくろいを止めた。
ニドランたちも耳をこちらへ向ける。
「フィールドはプール。水の中に入られると、こっちからは見えにくい」
地面に小枝で四角を描き、その中へ丸をいくつか書く。
「足場はある。ずっと泳がなきゃいけないわけじゃないけど、地面みたいには走れないな」
ニドラン♂が、描かれた丸へ鼻を寄せた。
「そう、それが足場」
ポッポが低く舞い上がる。
マサシはその飛び方を見て、少し考えた。
「空から見るのは、よさそうだな」
「ポッ!」
「でも、ずっと飛んでたら疲れるし……」
小枝を動かし、もう一度足場を描く。
ヒトカゲが、その横から覗き込んだ。
トランセルとコクーンは並んだまま、仲間たちを見ている。
マサシは顔を上げ、六体を見渡した。
「どうするか、もう少し考えさせてくれ」
勝負は明日の朝。
相手は、これまで一緒に道を歩いてきたカスミだ。
けれど、ジムでどんな顔をするのかは、まだ知らない。
マサシは小枝を指先で回し、笑った。
「……楽しみになってきた」
第22話終了
次回・第23話「潜る相手をどう狙う?ハナダジムへの作戦」