ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
プールの上を、ポッポが飛んでいた。
夕方のハナダジム。
翌朝の準備をする係員に許可をもらい、マサシはフィールドの端に立っていた。
「一回、下りてみてくれ」
ポッポが翼を広げ、水面に浮かぶ足場へ着地する。
丸い足場が、わずかに揺れた。
ポッポは尾を動かし、体勢を整える。
「……地面と、ちょっと違うな」
マサシはしゃがみ、水面へ目を向けた。
照明が映り、向こう側が見えにくい。
水の中に相手がいれば、上からでも見失うことがありそうだった。
「ポッポ、隣へ!」
ポッポが短く羽ばたく。
次の足場へ移り、また止まった。
今度は、ほとんど揺れない。
「よし。そこで休めるな」
マサシは口元を緩めた。
ずっと飛び続ける必要はない。
空を使うときと、足場を使うとき。
その切り替えができれば、戦い方も変えられる。
「今日はここまでにしよう」
腕を上げると、ポッポが戻ってきた。
マサシはその胸を軽く撫でる。
「明日、頼むぞ」
*
翌朝、サトシはジムの入り口で足を止めた。
「ここがハナダジムか!」
隣のピカチュウも、建物を見上げる。
マサシが先に扉を開けると、プールの向こうでカスミが振り返った。
「来たわね」
「おはよう」
マサシは手を上げる。
サトシは二人を見比べた。
「……カスミ? 何でそっちにいるんだ?」
カスミが少しだけ肩を上げた。
それから、正面を向く。
「今日は、私がマサシの挑戦を受けるの」
「えっ!?」
サトシの声が、プールに響いた。
「カスミがジムリーダーなのか!?」
「そうよ。ここは私の家で、姉たちと一緒にジムもやってるの」
「そんなの聞いてないぞ!」
「今、話したでしょ」
サトシがマサシへ顔を向ける。
「お前、知ってたのか?」
「昨日な。カスミが自分で話すって言ってたから」
「そういうこと」
カスミは腕を組み、サトシを見た。
「応援に来たんでしょ? だったら、ちゃんと見てなさいよね」
驚いた顔のままだったサトシが、やがて笑った。
「ああ! どっちも頑張れよ!」
タケシとともに観客席へ向かう。
ピカチュウが肩の上から、マサシへ手を振った。
マサシも軽く応え、挑戦者側の位置へ立った。
*
プールの脇へ、係員が進み出た。
「本日の審判を務めます。使用ポケモンは双方二体。挑戦者のみ、途中で交代できます」
説明を聞きながら、マサシは水面を見た。
いくつもの足場が、ゆっくり揺れている。
向こう側では、カスミがボールを構えていた。
「それでは、ポケモンを出してください」
「いくわよ、ヒトデマン!」
赤い中心核を持つ、星形のポケモンが現れた。
足場へ一度着地し、そのまま水へ飛び込む。
ほとんどしぶきが上がらない。
マサシは、腰のボールを取った。
「ポッポ、頼む!」
現れたポッポが、プールの上へ飛び出す。
水面から、ヒトデマンの中心核が覗いた。
「試合、始め!」
「ポッポ、かぜおこし!」
「ヒトデマン、潜って!」
風が水面を走る。
だが、その下へ消えたヒトデマンには届かない。
波紋が広がった。
マサシは水の中へ目を凝らす。
影が見えた、と思った瞬間だった。
「みずでっぽう!」
ポッポの真下から、水が噴き上がった。
「かわせ!」
ポッポが横へ流れる。
水の柱が、翼のすぐ脇を通り抜けた。
「もう一度!」
別の場所から、二発目。
翼の先へ当たり、ポッポの体が傾いた。
「ポッ!」
「高度を上げろ!」
ポッポが羽ばたく。
その下で、ヒトデマンが再び潜った。
サトシが客席から身を乗り出す。
「どこから来るかわからないぞ……!」
マサシは声を出さず、水面を追った。
飛んでいれば安全、というわけではない。
上を見せられ、横へ逃げれば、そこを狙われる。
「足場へ!」
ポッポが近くの丸い足場へ下りる。
着地と同時に、水面が割れた。
「たいあたり!」
ヒトデマンが回転しながら飛び出す。
「上だ!」
ポッポが跳んだ。
間に合わない。
ヒトデマンの体が胸を捉え、ポッポが押し上げられた。
「ポッポ!」
空中で翼が開く。
どうにか姿勢を戻したポッポの下へ、ヒトデマンが落ちていく。
水へ戻る、その背中。
マサシの目が止まった。
「……そこだ」
*
「大丈夫か、ポッポ!」
「ポッ!」
返事は力強い。
けれど、羽ばたきは少し速くなっていた。
マサシは、浮いている足場を指した。
「下りろ!」
「また同じ場所で休ませるの?」
カスミがボールを握る手に力を込める。
「ヒトデマン、みずでっぽう!」
水面からヒトデマンが現れる。
水が放たれた。
「かわせ!」
ポッポが足場から飛び立つ。
マサシは、ヒトデマンを追わせなかった。
水を撃ち終えた星形の体が、再び水中へ向かう。
「今だ、かぜおこし!」
ポッポが翼を打った。
風が、落ちていくヒトデマンの横腹を押す。
体が傾いた。
滑らかだった入水が崩れ、大きなしぶきが上がる。
マサシは、その位置を見ていた。
「真上へ!」
ポッポがしぶきの上へ移動する。
水中で姿勢を直したヒトデマンが、顔を出す。
「たいあたり!」
ポッポが降下した。
水面へ出かけたヒトデマンにぶつかり、その体を足場の縁へ押し上げる。
「ヒトデマン!」
カスミの声に、星形の体が動いた。
水へ逃れようとする。
「かぜおこし!」
横からの風。
ヒトデマンが足場の中央へ滑る。
マサシは短く息を吐いた。
やっと、水の外へ出せた。
「潜る前を狙ったのね」
カスミがマサシを見る。
「潜ってから探すより、見えてるうちに狙ったほうが早いだろ」
マサシの返事に、カスミは笑った。
「でも、出しただけじゃ勝てないわよ!」
「みずでっぽう!」
足場の上から、水が走る。
「横へ!」
ポッポがかわす。
ヒトデマンは、その隙に反対側へ動いた。
水へ飛び込もうと、足場の端へ。
「回り込め!」
ポッポが短く曲がる。
先ほどとは逆側へ出た。
「かぜおこし!」
羽ばたきが、ヒトデマンを押し戻す。
カスミがすぐに指示を出した。
「正面へ、たいあたり!」
星形の体が跳んだ。
今度は逃げるためではない。
低く飛ぶポッポを、直接狙っている。
「上へかわせ!」
ポッポが翼を大きく動かした。
ヒトデマンが下を抜ける。
その先には、水面。
マサシは、すぐに続けた。
「切り返せ! もう一度!」
ポッポが反転する。
風を受けたヒトデマンの体が流され、隣の足場へ落ちた。
乾いた音が響く。
客席で、タケシが身を乗り出した。
「着地する場所まで変えられてる……」
サトシは、二体から目を離せずにいた。
*
ポッポが、近くの足場へ下りた。
その小さな胸が上下している。
ヒトデマンも、すぐには動かなかった。
マサシはポッポを見た。
空中を飛び続けていたら、ここまで何度も曲がれなかったかもしれない。
昨日、足場を確かめておいてよかった。
「ヒトデマン、みずでっぽう!」
カスミの声。
ポッポが飛び立つ。
水が足場を叩き、その表面を濡らした。
ヒトデマンが回転を始める。
また、飛び込んでくる。
マサシは口元を上げた。
「来い、ポッポ!」
ポッポがマサシ側へ引く。
ヒトデマンが追った。
空中で近づく二体。
「今、上へ!」
ポッポが跳ね上がる。
ヒトデマンが、その下を通る。
狙いを外した体は、今度こそ水へ戻ろうとしていた。
「かぜおこし!」
上から吹き下ろされた風が、ヒトデマンの姿勢を崩す。
星形の体が傾き、足場の縁へ当たった。
跳ね返る。
「いけ、たいあたり!」
ポッポが翼をすぼめた。
迷いなく降下する。
衝突。
ヒトデマンが足場の中央へ押し倒された。
赤い中心核が、点滅する。
「ヒトデマン、立って!」
カスミが呼びかける。
その体がわずかに動いた。
けれど、それ以上は起き上がらなかった。
審判役の係員が、様子を確かめて腕を上げた。
「ヒトデマン、戦闘不能! ポッポの勝ち!」
客席から、サトシの声が響いた。
「やったあ! すごいぞ、ポッポ!」
「ピカチュウ!」
ポッポは足場へ下り、その場で一度だけ翼を広げた。
マサシも、握っていた手を開いた。
「よくやった」
*
カスミはヒトデマンをボールへ戻した。
「ありがとう。頑張ったわね」
小さく声をかけ、それからマサシを見た。
「途中から、全然潜らせてくれなかったじゃない」
「水の中にいたら、こっちは困るからな」
「最初は、ちゃんと困ってたくせに」
「だから変えたんだろ」
マサシが笑う。
カスミも口元を上げ、次のボールを取った。
「じゃあ、今度はどうする?」
ボールが開く。
紫色の大きな星形。
中央の宝石が、照明を受けて輝いた。
「スターミー、お願い!」
現れたスターミーが、水面へ滑り込む。
ヒトデマンよりも速く、深く。
波紋だけを残して、その姿が消えた。
ポッポが、水面へ顔を向ける。
マサシはすぐにボールを構えた。
「ポッポ、戻れ!」
赤い光が、小さな体を包む。
「一体倒してくれて、助かった。少し休んでてくれ」
ボールを腰へ収める。
カスミは黙って待っていた。
水の中で、紫色の影が動く。
マサシは一度だけ深く息を吸った。
相手が変わった。
さっきと同じ方法が、そのまま通じるとは限らない。
それでも、戦い方はきっとある。
次のボールを、指先で確かめる。
「頼むぞ」
マサシは前を向いた。
第23話終了
次回・第24話「水の速さを打ち破れ!マサシとカスミの決着」