ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語― 作:mss
ハナダシティを南へ抜ける道には、朝から多くの旅人が行き交っていた。
マサシは案内板の前で立ち止まった。
「ヤマブキ方面は通れないから、クチバへ行くには地下通路……」
地図と道を見比べる。
昨日、岬から戻ったあとにポケモンセンターで教わったとおりだった。
隣のヒトカゲが、先へ続く道を指さす。
「わかってる。行きますよ」
マサシはリュックを背負い直した。
バタフリーが頭上をひと回りして、少し先へ飛んでいく。
その白い羽を追いながら歩いていると、道端に小さな休憩所が見えてきた。
「……ちょっとだけ休む?」
ヒトカゲが立ち止まり、こちらを見る。
「まだそんな歩いてない、って顔すんなよ。場所を確かめるだけだって」
「カゲ」
短い返事に、マサシは笑った。
そのやり取りを聞いていた少女が、ベンチから顔を上げた。
「面白い二体ね」
「俺までポケモンみたいに数えられてるけど」
「あ、ごめんなさい!」
少女は慌ててから、自分でも笑った。
足元では、マダツボミが細い体を揺らしていた。
*
「私はユイ。この子と一緒に旅をしてるの」
「マサシ。クチバへ向かうところ」
「私も! でも、その前に少し練習していこうと思って」
ユイの視線が、バタフリーへ向く。
「よかったら、一勝負しない?」
「いいよ」
マサシが返事をすると、腰のボールが小さく揺れた。
指先で触れる。
もう一度、こつんと動いた。
「……お前?」
開いたボールから、コクーンが現れた。
地面へ下ろすと、真っすぐマダツボミを見る。
ユイが少し驚いた顔をした。
「コクーンで戦うの?」
「本人は、やりたいみたい」
マサシはしゃがみ、コクーンと目を合わせた。
「相手、つるを使うぞ。頑張れそうか?」
コクーンが体を起こす。
進化してから、仲間たちの練習やバトルをすぐそばで見てきた。
そのたびに、相手の動きを目で追っていたことを、マサシは覚えている。
「よし」
コクーンの殻へ、軽く手を置いた。
「一緒にやろう」
*
休憩所の奥には、踏み固められた空き地があった。
マサシとユイは、その両端へ立った。
ヒトカゲは木陰へ下がり、バタフリーは低い枝へ止まる。
「一対一。続けられなくなったら終わりね」
「ああ」
マサシが頷く。
ユイが腕を上げた。
「マダツボミ、つるのムチ!」
細いつるが伸びた。
「かたくなる!」
コクーンの殻に光沢が走る。
乾いた音が響いた。
体が地面を滑る。
それでも、コクーンは倒れなかった。
「もう一度!」
反対側から、つるが迫る。
「受け止めろ!」
殻が再び輝いた。
衝撃で体が傾いたものの、すぐに元へ戻る。
マサシは、その様子を確かめた。
指示には、きちんと反応できている。
けれど、受け続けるだけでは勝てない。
「それなら、巻きつけて!」
ユイの声で、二本のつるが左右へ分かれた。
「いとをはく!」
白い糸が、片方のつるへ絡みつく。
だが、もう片方がコクーンの胴を捉えた。
「持ち上げて!」
コクーンが宙へ浮く。
マダツボミの細い体が、重みに引かれて大きく反った。
「そのまま叩きつけて!」
「かたくなる!」
殻が強く輝く。
次の瞬間、コクーンが地面へ打ちつけられた。
土が跳ねた。
「コクーン!」
マサシの声に、細い目がこちらへ向いた。
まだ、戦うつもりだ。
マサシは唇を引き結んだ。
もう一度持ち上げられれば、同じ攻撃が来る。
ただ、今の動きには気になるところがあった。
コクーンを振り上げるとき、マダツボミ自身も大きく後ろへ反る。
叩きつけるときには、前へ。
長いつるを動かすたび、その体も一緒に揺れている。
マサシの目が、つるについた白い糸へ移った。
「……コクーン、もう一本にも!」
コクーンが糸を放った。
胴に巻きついたつるへ、白い糸が幾重にも絡む。
さらに、二本のつるの間をつないだ。
「糸で止めるつもり?」
ユイが声を張る。
「マダツボミ、そのまま上げて!」
マダツボミが体を反らす。
コクーンが持ち上がった。
マサシは、まだ待った。
宙へ上がったコクーンが、マダツボミより少し高くなる。
振り下ろそうと、細い体が前へ動く。
「今だ! 糸を引け!」
コクーンが体をひねった。
口元からつながる糸が、ぴんと張る。
片方のつるを大きく振るおうとしていたマダツボミの動きが、引っかかった。
二本のつるが寄り、体が前へつんのめる。
「マダッ!?」
「かたくなる!」
落ちてくるコクーンが、白く輝いた。
前へ引かれたマダツボミ。
その目の前へ、硬い殻が振り戻される。
二体がぶつかった。
マダツボミが押され、地面を転がる。
緩んだつるからコクーンも抜け、土の上へ落ちた。
「マダツボミ、大丈夫!?」
ユイが呼びかける。
マダツボミは葉をつき、起き上がろうとした。
けれど、体がふらつく。
コクーンも斜めになったまま、相手を見ていた。
ユイは二体を見比べ、首を振った。
「……そこまでにしよう。私たちの負けね」
マダツボミを抱き上げ、土を払う。
マサシも、すぐにコクーンのそばへしゃがんだ。
「よく耐えたな」
そっと起こす。
殻についた土を払うと、コクーンが指先へ体を寄せた。
「最後の一発、重かったぞ」
木陰からヒトカゲが走ってきた。
バタフリーも、その頭上を回って鳴いた。
コクーンの目が、二体へ向く。
マサシは笑い、両手で抱き上げた。
「初勝利、おめでとう」
*
休憩所へ戻ると、ユイが水を飲むマダツボミを見守りながら言った。
「糸で、つる同士をつなぐなんて思わなかった」
マサシは膝に乗せたコクーンへ目を落とす。
「持ち上げるとき、そっちも結構踏ん張ってたから。糸で動きを邪魔したら、振り下ろす方向を変えられるかなって」
「自分の攻撃の勢いで、引っ張られたのね」
「うん。こいつの重さも使えたし」
ユイが、コクーンを見た。
「次は、あんな近くまで振り上げないようにしなきゃ」
「俺たちも、何度も受けるのはきついな」
マサシが殻へ触れる。
「頑張ってくれたから、できたけど」
コクーンは静かに体を揺らした。
その前へ、バタフリーが下りてくる。
白い羽が、ゆっくり開いた。
コクーンの目が、その羽を追った。
「フリー」
呼びかけるような声。
次の瞬間、マサシの膝の上が白く輝いた。
「……え?」
マサシが両手を添える。
光の中で、殻の輪郭が変わっていく。
細い脚が伸びた。
大きな針が現れた。
背中から広がった羽が、一斉に震える。
軽い羽音が、木陰に響いた。
マサシの手から、黄色と黒の体が浮き上がる。
「スピアー……!」
空中で向きを変えたスピアーが、マサシの目の前へ戻ってきた。
迷いなく羽ばたき、その場で止まる。
赤い目が、真っすぐこちらを見ていた。
マサシは少しの間、言葉を忘れた。
それから、ゆっくり笑う。
「お前も、飛べたな」
スピアーが近づく。
両腕の針を横へ避け、頭をマサシの胸へ軽く押し当てた。
「おっと」
マサシは背中へそっと手を添えた。
「かっこよくなったじゃん」
ヒトカゲが、嬉しそうに両腕を上げる。
ユイもマダツボミと一緒に立ち上がった。
「おめでとう、スピアー!」
その声に応えるように、羽音が高くなった。
バタフリーが、隣へ並ぶ。
二体は向き合ったあと、ほとんど同時に空へ上がった。
枝を越え、日なたへ出る。
白い羽と、透き通った羽。
マサシは木陰から立ち上がり、その姿を追った。
森で出会った頃は、二体とも腕や肩に乗っていた。
今は、同じ空を並んで飛んでいる。
「……置いてくなよ」
呼びかけると、二体は大きく回って戻ってきた。
*
ユイと別れたあと、マサシたちは地下通路へ向かった。
入り口の階段を前に、スピアーが空中で待っている。
「中、狭いからな。ここはボールで頼む」
マサシがボールを見せると、スピアーは一度バタフリーのそばへ寄ってから戻った。
バタフリーもボールへ。
ヒトカゲだけを隣に連れ、階段を下りる。
地下には、ひんやりした空気が溜まっていた。
「……ほんとに涼しいな」
マサシが言うと、ヒトカゲが横を向いた。
「ほら。寄り道ばっかりしてても、ちゃんと進んでるだろ」
「カゲ」
短い返事が、壁に響いた。
長い通路を抜け、反対側の階段を上がる。
外へ出ると、草の匂いがした。
道の先には、クチバシティまでの案内が立っている。
マサシは腰のボールへ手を添えた。
コクーンとしての初勝利。
そして、スピアーへの進化。
街へ着いたら、まずはしっかり診てもらおう。
「あと少しだ」
ヒトカゲが頷く。
歩き始めてしばらくすると、風に潮の匂いが混じってきた。
昨日の岬を思い出す。
けれど、丘の向こうに見えたのは灯台ではなかった。
建物の屋根。
その奥に並ぶ、何本もの船のマスト。
マサシは顔を上げた。
「……港だ」
ヒトカゲも背伸びをする。
クチバシティは、もうすぐそこだった。
第28話終了
次回・第29話「港町クチバ!ジムから響く雷鳴」