ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第29話 港町クチバ!ジムから響く雷鳴

クチバシティの入り口を抜けると、船の汽笛が聞こえた。

 

 マサシは顔を上げた。

 

 大きな通りの向こうに、海が見える。

 

 港には何隻もの船が並び、荷物を運ぶ人たちの声が飛び交っていた。

 

「……でっかい船だな」

 

 ヒトカゲも、マサシの隣で背伸びをする。

 

 白い船体の上に、窓がいくつも並んでいる。動く街のようだった。

 

 もう少し近くで見たい。

 

 足がそちらへ向きかけたところで、腰のボールが目に入った。

 

「先にセンター、だったな」

 

 ヒトカゲが頷く。

 

「わかってるって。俺が言ったんだから」

 

 マサシは港へもう一度だけ目を向けてから、赤い屋根の建物へ歩き出した。

 

*

 

 ポケモンセンターで六体を預けると、ジョーイはスピアーを見て微笑んだ。

 

「進化したばかりなんですね」

 

「はい。その前にバトルもしたから、診てもらいたくて」

 

「わかりました。みんな、少し休んでいきましょうね」

 

 ヒトカゲたちを見送り、マサシは待合室の椅子へ座った。

 

 壁の案内には、クチバジムの場所が記されている。

 

 港とは反対側だ。

 

「でんきタイプか……」

 

 地図を眺めていると、受付のほうで扉が開いた。

 

「ジョーイさん!」

 

 聞き覚えのある声に、マサシは立ち上がった。

 

 サトシが駆け込んでくる。

 

 その腕の中に、ピカチュウがいた。

 

「ピカチュウをお願いします!」

 

 目を閉じた黄色い体。

 

 頬も耳も、力なく垂れている。

 

 ジョーイの表情が変わった。

 

「すぐにこちらへ!」

 

 運ばれてきたベッドへ、サトシがピカチュウを寝かせる。

 

 そのあとを、カスミとタケシが入ってきた。

 

「サトシ」

 

 マサシが声をかける。

 

 振り向いたサトシは、そこで初めて気づいたようだった。

 

「……マサシ」

 

「何があった?」

 

 サトシは治療室へ目を戻した。

 

 扉が閉まる。

 

「ジムで、負けたんだ」

 

*

 

 しばらくして、ジョーイが待合室へ出てきた。

 

「大きな異常はありません。ただ、かなり消耗しています。今夜はゆっくり休ませましょう」

 

 サトシの肩が、わずかに下がった。

 

「……ありがとうございます」

 

「目を覚ましたら、お知らせしますね」

 

 ジョーイを見送ってから、マサシはサトシの隣へ座った。

 

 タケシが、落ち着いた声で話す。

 

「ジムリーダーはマチス。使っていたのは、ライチュウだ」

 

「ライチュウ……」

 

 マサシは治療室の扉を見た。

 

 ピカチュウの進化した姿。

 

 それは知っている。

 

 けれど、実際に戦っているところはまだ見たことがなかった。

 

「電撃も、体当たりも強かった。ピカチュウが攻めようとしても、正面から押し返されて……」

 

 サトシが膝の上で拳を握る。

 

「俺、もっと早く、何か考えなきゃいけなかったんだ」

 

 マサシはすぐには答えなかった。

 

 自分もニビジムで、ヒトカゲに無理をさせたことがある。

 

 勝てると思って出した指示が、相手に届かない。

 

 その間に、仲間だけが攻撃を受ける。

 

 隣の拳を見ながら、マサシは口を開いた。

 

「ピカチュウが起きたら、話そうぜ」

 

 サトシが顔を向ける。

 

「お前だけで決めるより、二体……じゃなくて、一人と一体で考えたほうがいいだろ」

 

 サトシは少し目を丸くした。

 

 やがて、拳をゆっくり開く。

 

「……うん」

 

*

 

 ヒトカゲたちの治療は、その日のうちに終わった。

 

 スピアーにも異常はなく、ボールから出るなり、嬉しそうに羽を鳴らした。

 

「また進化したのか!」

 

 サトシが顔を上げる。

 

「今日な。コクーンで一回、勝てたんだ」

 

 スピアーがサトシの前へ進み、頭を少し下げた。

 

 サトシも、ようやく小さく笑った。

 

「おめでとう、スピアー」

 

 その声を聞いてから、マサシはリュックを手に取った。

 

「俺、ジム見てくる」

 

 カスミが顔を上げる。

 

「今から挑戦するの?」

 

「まずは、どんな場所か見たい」

 

 マサシはヒトカゲへ目を向けた。

 

「一緒に来るか?」

 

「カゲ」

 

 ヒトカゲが隣へ立つ。

 

 サトシは少し迷ってから、治療室の扉を見た。

 

「俺は、ここにいる」

 

「ああ。戻ったら話聞かせてくれよ」

 

 マサシは軽く手を上げ、センターを出た。

 

*

 

 クチバジムの扉へ近づいたとき、中から大きな音が響いた。

 

 雷が落ちたような音だった。

 

 ヒトカゲが耳を動かす。

 

 マサシは足を止め、扉へ手をかけた。

 

 中には、広いフィールドがあった。

 

 プールではない。

 

 足場の揺れを気にせず走れる、硬い床だ。

 

 その中央で、一体のニドリーノが構えていた。

 

 向かいにいるのは、橙色のポケモン。

 

 長い尻尾の先が、稲妻の形をしている。

 

「ライチュウ……」

 

 マサシが呟いたとき、フィールドの奥から太い声が飛んだ。

 

「ヘイ! 正面から来るだけじゃ、こいつは倒せないぜ!」

 

 金色の髪をした、大柄な男。

 

 マチスだ。

 

 反対側の少年が、悔しそうに声を張る。

 

「ニドリーノ、もう一度! つのでつく!」

 

 ニドリーノが走り出した。

 

 マサシは壁際へ寄り、邪魔にならない場所で立ち止まる。

 

「ライチュウ、迎え撃て!」

 

 ライチュウは逃げなかった。

 

 低く構え、両脚を踏ん張る。

 

 ニドリーノの角が迫る。

 

 ぶつかる直前、ライチュウが体をひねった。

 

 角を脇へ流し、肩から押し返す。

 

 ニドリーノの前脚が浮いた。

 

「そのまま、たいあたり!」

 

 大きな体が踏み込む。

 

 ニドリーノが押し飛ばされ、床を滑った。

 

「ニドリーノ!」

 

 少年の声に、ニドリーノが顔を上げる。

 

 だが、立ち上がれなかった。

 

 フィールド脇の係員が腕を上げた。

 

「ニドリーノ、戦闘不能! ライチュウの勝ち!」

 

 マサシは黙っていた。

 

 でんき技を受けにくい相手にも、別の方法で勝つ。

 

 ただ電撃が強いだけではない。

 

 相手の突進を怖がらず、ぎりぎりまで見ている。

 

 力任せに見えた一撃の前に、ちゃんと動きがあった。

 

「……強いな」

 

 足元のヒトカゲも、ライチュウを見つめていた。

 

*

 

 挑戦者の少年がニドリーノを抱え、フィールドを離れる。

 

 マサシが道を空けると、少年は小さく頭を下げた。

 

 その向こうで、マチスがこちらに気づいた。

 

「おっ。次のチャレンジャーか?」

 

「マサシ。まだ、見に来ただけ」

 

「見学か!」

 

 マチスが笑いながら近づいてくる。

 

 そばには、ライチュウがいた。

 

 ヒトカゲが一歩前へ出る。

 

 近くで見ると、思っていたより体が大きい。

 

「そのヒトカゲで挑戦するつもりか?」

 

「まだ決めてない」

 

「ハッハッハ! よく考えな。こいつのパワーは、見たとおりだ!」

 

 ライチュウが頬を鳴らす。

 

 小さな電気が、ぱちりと弾けた。

 

 ヒトカゲは下がらなかった。

 

 ただ、マサシの声を待つように、耳を少しこちらへ向けている。

 

 マチスがその姿を見下ろす。

 

「ベイビーでも、度胸はあるみたいだな」

 

 マサシは顔を上げた。

 

「度胸だけじゃないぞ」

 

「ほう?」

 

「まだ、ここで何ができるか見てないだろ」

 

 マチスの口元が上がった。

 

 マサシも笑った。

 

 足元で、ヒトカゲの尻尾の炎が揺れる。

 

「挑戦は明日、頼める?」

 

「もちろんだ! 楽しみにしてるぜ、ボーイ!」

 

*

 

 ジムを出てから、マサシはしばらく黙って歩いた。

 

 ヒトカゲも隣を歩いている。

 

 角を曲がったところで、マサシは足を止めた。

 

「さっきの、見えたか?」

 

 ヒトカゲが顔を上げる。

 

「あいつ、受け止めるだけじゃなかった。ぶつかる前に、ちょっと横へずれてた」

 

 ヒトカゲが低く構え、肩を動かしてみせた。

 

「そう、それ」

 

 マサシは頷いた。

 

「正面から押し合ったら、たぶん俺たちのほうがきつい」

 

 地面へ視線を落とす。

 

 走る広さは十分ある。

 

 水に潜られることもない。

 

 けれど、ライチュウには電撃がある。

 

 離れたら安全、というわけでもなかった。

 

 ヒトカゲが、こちらを見ていた。

 

 マサシはその目を見返す。

 

「……やってみたいか?」

 

「カゲ!」

 

 返事は早かった。

 

 マサシは笑い、しゃがんだ。

 

「じゃあ、考えようぜ。あいつが踏ん張る前に、何ができるか」

 

*

 

 センターへ戻ると、サトシが治療室から出てくるところだった。

 

 腕の中のピカチュウが、目を開けている。

 

「起きたのか」

 

「ああ!」

 

 サトシの声には、力が戻っていた。

 

 ピカチュウも、マサシへ小さく手を上げる。

 

「ピカ」

 

「よかった」

 

 マサシが近づくと、ヒトカゲも背伸びをした。

 

 ピカチュウが顔を向け、短く鳴く。

 

 ヒトカゲも応えた。

 

 サトシは、腕の中の相棒を見つめる。

 

「俺たち、もう一回挑戦する」

 

 マサシは頷いた。

 

「俺も明日、行くことにした」

 

「マチスと会ったのか?」

 

「ああ。ライチュウも見た」

 

 サトシの表情が、少し引き締まった。

 

「強かっただろ」

 

「うん」

 

 マサシは、迷わず答えた。

 

「だから、勝ち方を考えてる」

 

 サトシがこちらを見る。

 

 マサシの隣では、ヒトカゲが真っすぐ顔を上げていた。

 

 少しして、サトシも笑った。

 

「俺たちもだ」

 

 ピカチュウの耳が、ぴんと立つ。

 

 窓の外で、夕方の汽笛が響いた。

 

 マサシはヒトカゲの背中へ手を置いた。

 

 明日、三つ目のジムに挑む。

 

 相手の強さは、もう見た。

 

 今度は、自分たちに何ができるかを見せる番だった。

 

第29話終了

 

次回・第30話「雷撃を抜けろ!ヒトカゲの踏み込む先」

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