ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第30話 雷撃を抜けろ!ヒトカゲの踏み込む先

クチバジムの床は、朝の光を受けて鈍く光っていた。

 

 マサシは挑戦者側の位置へ立ち、向こう側を見た。

 

 マチスの隣で、ライチュウが長い尻尾を揺らしている。

 

 客席には、サトシたちの姿があった。

 

 ピカチュウはサトシの膝の上だ。

 

 今日はまだ安静にするよう言われていて、再挑戦は回復してからになっている。

 

「マサシ! 頑張れよ!」

 

 サトシの声に、マサシは手を上げた。

 

 足元のヒトカゲが、前へ出る。

 

「そいつに決めたんだな!」

 

 マチスが笑った。

 

「昨日、よく考えるって言っただろ?」

 

「ハッハッハ! どんな答えを出したか、見せてもらおう!」

 

 ライチュウがフィールドへ進む。

 

 ヒトカゲも、その正面で止まった。

 

 係員が二体を確かめ、腕を上げる。

 

「使用ポケモンは双方一体。どちらかが戦闘不能になった時点で終了です」

 

 マサシは、ヒトカゲの背中へ目を向けた。

 

「頼むぞ」

 

「カゲ!」

 

「試合、始め!」

 

*

 

「ライチュウ、10万ボルト!」

 

 頬が光った。

 

「横へ!」

 

 ヒトカゲが走る。

 

 黄色い電撃が、そのすぐ後ろの床を叩いた。

 

 音に肩が跳ねる。

 

 だが、足は止めなかった。

 

「ひのこ!」

 

 振り向きながら、小さな火の粒を放つ。

 

 ライチュウは腕で顔の前を守り、体をずらした。

 

 いくつかが脇へ当たる。

 

 それでも、その足は動かなかった。

 

「そんな火じゃ、止められないぜ!」

 

 マチスが声を張る。

 

「たいあたり!」

 

 大きな体が走り出した。

 

「かわせ!」

 

 ヒトカゲが横へ跳ぶ。

 

 ライチュウは床へ尻尾をつき、体の向きを変えた。

 

 その肩が、逃げようとしたヒトカゲを捉える。

 

「カゲッ!」

 

 ヒトカゲが床を滑った。

 

 客席で、サトシが立ち上がりかける。

 

「ヒトカゲ!」

 

 マサシはすぐに声をかけた。

 

「起きられるか!」

 

 ヒトカゲが前脚をつく。

 

 立ち上がり、口元を拭った。

 

 目は、ライチュウから離れていない。

 

「……よし」

 

 マサシは短く息を吐いた。

 

 昨日のニドリーノも、あの体の切り返しで押し返されていた。

 

 見ていたつもりだった。

 

 だが、ヒトカゲが動く速さに合わせて見れば、想像よりずっと隙が小さい。

 

 ライチュウの尻尾が、再び床から離れた。

 

 マサシの視線が、その先を追う。

 

*

 

「ライチュウ、もう一度だ!」

 

 電気が頬へ集まる。

 

「走れ!」

 

 ヒトカゲが動いた。

 

 電撃が追う。

 

 途中で鋭く向きを変えると、雷はその後ろを通った。

 

「止まるな、ひのこ!」

 

 火の粒が飛ぶ。

 

 ライチュウは顔を守る。

 

 その間に、ヒトカゲが横へ回った。

 

「後ろを取るつもりか!」

 

 マチスの声で、ライチュウが向き直る。

 

 長い尻尾が、ヒトカゲの前へ伸びた。

 

「尻尾に気をつけろ!」

 

 マサシが声を上げる。

 

 ヒトカゲが足を引いた。

 

 目の前を、太い尻尾が払う。

 

 避けたところへ、ライチュウが一歩踏み込んだ。

 

「10万ボルト!」

 

「跳べ!」

 

 ヒトカゲが地面を蹴る。

 

 間に合わなかった。

 

 電撃が脇へ触れ、小さな体が宙で強張った。

 

「カゲェッ!」

 

 床へ落ちる。

 

 マサシの指が、強く握られた。

 

 ヒトカゲは歯を食いしばり、体を起こす。

 

 前脚が少し震えていた。

 

「……ヒトカゲ」

 

 呼ぶと、顔がこちらへ向いた。

 

 マサシは膝を曲げ、その目を見た。

 

「動けるか?」

 

 ヒトカゲが頷く。

 

「カゲ!」

 

 まだ、戦いたい。

 

 その返事を受けて、マサシも頷いた。

 

「わかった。今の、見えたぞ」

 

 ヒトカゲの耳が動く。

 

 マサシはライチュウへ視線を戻した。

 

 近づかれれば、尻尾で止める。

 

 避けた相手へ一歩踏み込み、電撃。

 

 力で押しているだけではない。

 

 こちらが逃げる方向まで使って、攻撃をつないでいる。

 

 ならば、そのつなぎ目を変えさせる。

 

「次は、近くまで行くぞ」

 

*

 

「まだ来るか、ベイビー!」

 

 マチスが笑う。

 

 マサシの口元も、少し上がった。

 

「行くさ。まだ終わってないだろ」

 

「その意気だ! ライチュウ、10万ボルト!」

 

「斜めへ!」

 

 ヒトカゲが走った。

 

 今度は横へ逃げるだけではない。

 

 電撃をかわしながら、少しずつ距離を詰める。

 

「ひのこ!」

 

 炎がライチュウの胸へ飛ぶ。

 

 ライチュウが片腕を上げる。

 

 その瞬間、ヒトカゲがさらに踏み込んだ。

 

「迎え撃て!」

 

 ライチュウが腰を落とす。

 

 長い尻尾が、床へ下りる。

 

 マサシはそこを指さした。

 

「下だ、ひのこ!」

 

 ヒトカゲが口を下げた。

 

 狙ったのは、ライチュウの足元。

 

 床へつこうとした尻尾の先に、火の粒が当たった。

 

「ライッ!」

 

 尻尾が跳ね上がる。

 

 支えを失ったライチュウの体が、わずかに傾いた。

 

「今だ、ひっかく!」

 

 ヒトカゲが飛び込んだ。

 

 爪が肩を捉える。

 

 横へ抜ける。

 

 振り向こうとしたライチュウは、片脚を踏み直さなければならなかった。

 

「切り返せ!」

 

 ヒトカゲが戻る。

 

「ひのこ!」

 

 近い距離から、炎が脇へ当たった。

 

 ライチュウが一歩下がる。

 

 客席で、タケシが目を見開いた。

 

「尻尾を支えにして、急に向きを変えていたのか……」

 

「そこを狙ったんだな!」

 

 サトシがフィールドへ身を乗り出す。

 

 マチスは笑みを消していた。

 

 しかし、次の指示は早かった。

 

「ライチュウ! 追わずに撃て!」

 

 振り返る途中のライチュウが、その場で電気を放つ。

 

「下がれ!」

 

 ヒトカゲが後ろへ跳んだ。

 

 電撃が目の前を走る。

 

 近づき続けていれば、まともに受けていた。

 

 着地したヒトカゲが、荒く息を吐く。

 

 マサシは頷いた。

 

「そう。無理に続けなくていい」

 

*

 ライチュウは、もう尻尾を床へつかなかった。

 

 体を低くし、ヒトカゲの動きを目で追う。

 

「同じ手は、何度も食わないぜ!」

 

「それは、こっちもだろ」

 

 マサシは答えた。

 

「ヒトカゲ、回れ!」

 

 ヒトカゲが走り出す。

 

 ライチュウの周囲を、大きく。

 

「10万ボルト!」

 

「切り返せ!」

 

 電撃が走る直前、ヒトカゲが向きを変えた。

 

 雷が床を打つ。

 

 ライチュウが体を回す。

 

 さっきまでなら、尻尾を使って一気に向き直っていた。

 

 今は、足を踏み替えている。

 

「ひのこ!」

 

 火の粒が、ライチュウの背へ当たった。

 

「ライチュウ、振り向いてたいあたり!」

 

 大きな体が迫る。

 

 ヒトカゲが身構えた。

 

 マサシは、その前へ声を飛ばした。

 

「まだだ!」

 

 ぎりぎりまで、待つ。

 

 ライチュウが肩を下げた。

 

「横へ!」

 

 ヒトカゲが身をひねる。

 

 肩がかすめる。

 

 それでも今度は、押し倒されなかった。

 

 ライチュウが止まるため、床へ尻尾を伸ばす。

 

「ひのこ!」

 

 再び、足元へ。

 

 ライチュウが尻尾を引く。

 

 止まりきれず、二歩、走り抜けた。

 

 マチスが声を張った。

 

「そのまま離れろ!」

 

 マサシは追わせなかった。

 

「ヒトカゲ、止まれ!」

 

 二体の距離が開く。

 

 ヒトカゲは低く構えたまま、息を整えた。

 

 ライチュウも肩を上下させている。

 

 何度も向き直り、電撃を放ち、攻撃を受けていた。

 

 マチスの目が、マサシへ向く。

 

「尻尾を使えば、そこを狙う。使わなければ、回り込むってわけか」

 

「さっきまで、どっち向いても追いつかれたからな」

 

 マサシはヒトカゲの背中を見た。

 

「今なら、間に合う」

 

*

 

「だったら、動く前に決めてやる!」

 

 マチスが拳を握った。

 

「ライチュウ、全力の10万ボルトだ!」

 

 ライチュウが両脚を開く。

 

 頬が、強く輝いた。

 

 ヒトカゲの呼吸が聞こえる。

 

 もう長く走り続ける余裕はない。

 

 マサシは、ライチュウの顔を見ていた。

 

 放つ直前、視線が狙う場所へ定まる。

 

 その瞬間に。

 

「横へ、踏み込め!」

 

 ヒトカゲが地面を蹴った。

 

 真横ではない。

 

 斜め前へ。

 

 強い電撃が、そのすぐ後ろを抜けた。

 

 光と音がフィールドを満たす。

 

 ヒトカゲの体が、雷のそばで小さく揺れた。

 

 けれど、足は止まらない。

 

「もう一歩!」

 

「カゲェッ!」

 

 ライチュウが顔を向けた。

 

 次の電撃を放つには、近すぎる。

 

「たいあたりで迎え撃て!」

 

 マチスの声に、ライチュウが踏み込む。

 

 ヒトカゲも正面へ迫る。

 

 マサシは、昨日見たニドリーノの突進を思い出していた。

 

 同じように、ぶつかってはいけない。

 

「切り返せ!」

 

 ヒトカゲの足が、鋭く床を蹴った。

 

 正面から、横へ。

 

 ライチュウが向きを変えようとする。

 

 尻尾が動く。

 

「ひのこ!」

 

 足元に炎。

 

 ライチュウの尻尾が止まった。

 

 大きな体が、ヒトカゲを向ききれない。

 

「いけっ!」

 

 ヒトカゲが跳んだ。

 

「ひっかく!」

 

 伸ばした爪が、ライチュウの肩を捉えた。

 

 そのまま横へ着地する。

 

 ヒトカゲは、もう距離を取らなかった。

 

 マサシの声が、フィールドへ響く。

 

「ひのこ!」

 

 炎が、ライチュウの胸へ当たった。

 

 橙色の体がよろめく。

 

 後脚が踏ん張った。

 

 一度は体を起こしかけたが、そのまま膝が折れる。

 

 ライチュウが床へ倒れた。

 

 ヒトカゲも、両手をついた。

 

 肩で息をしている。

 

 マサシは、動けずに見つめていた。

 

 係員がライチュウへ近づき、状態を確かめる。

 

 腕が上がった。

 

「ライチュウ、戦闘不能! ヒトカゲの勝ち!」

 

 続いて、マサシ側へ向き直る。

 

「勝者、マサラタウンのマサシ!」

 

*

 

 マサシはフィールドへ駆け出した。

 

「ヒトカゲ!」

 

 しゃがみ、体を支える。

 

 ヒトカゲが顔を上げた。

 

「……勝ったぞ」

 

「カゲ」

 

 小さな返事。

 

 マサシが笑うと、ヒトカゲも口元を緩めた。

 

「よく動いてくれた。最後まで、ちゃんと届いたな」

 

 抱き上げた体は、温かかった。

 

 向こう側では、マチスがライチュウを労っていた。

 

 ボールへ戻すと、大きな足音を響かせて歩いてくる。

 

「見事だったぜ、ボーイ」

 

 マサシが顔を上げる。

 

「パワーだけじゃない。こいつの動きまで、よく見てた」

 

「最初は、全然かわせなかったけどな」

 

「それでも、最後には変えた」

 

 マチスはヒトカゲを見下ろした。

 

「お前も、いいトレーナーを持ったな」

 

 ヒトカゲが、少し誇らしそうに鳴いた。

 

 差し出された手に、小さなバッジが乗っている。

 

 オレンジ色に輝く、オレンジバッジ。

 

「受け取りな。お前たちの勝利の証だ!」

 

 マサシは空いた手を伸ばした。

 

「ありがとう」

 

 掌に、三つ目の重みが加わった。

 

*

 

「すごかったぞ、マサシ!」

 

 サトシたちが駆け寄ってきた。

 

 ピカチュウは、サトシの腕の中からヒトカゲへ声をかける。

 

「ピカ、ピカチュウ!」

 

「カゲ」

 

 二体の顔が近づいた。

 

 サトシはその姿を見てから、フィールドへ目を向けた。

 

「俺たちも、勝つからな」

 

 マサシは頷いた。

 

「待ってる」

 

 それだけで、十分だった。

 

 カスミがヒトカゲの顔を覗き込む。

 

「まずは治療ね。頑張ったんだから、今日はゆっくり休ませてあげなさいよ」

 

「わかってる」

 

 マサシはヒトカゲを抱き直した。

 

 腕の中で、ヒトカゲが目を細める。

 

 ジムの扉を出ると、港から汽笛が聞こえてきた。

 

 昨日より少し近く感じる、その音を聞きながら、マサシはポケモンセンターへ歩き出した。

 

第30話終了

 

次回・第31話「勝利のあとで!港に集まる旅人たち」

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