ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第31話 勝利のあとで!港に集まる旅人たち

ポケモンセンターへ戻るころには、ヒトカゲはマサシの腕の中で目を閉じていた。

 

 眠っているだけだと、呼吸を確かめればわかる。

 

 それでも、抱く腕には少し力が入った。

 

「お願いします」

 

 受付でヒトカゲを預けると、ジョーイはすぐに診察へ運んでくれた。

 

 しばらくして戻ってきた彼女は、マサシの前で微笑んだ。

 

「大きな怪我はありません。ただ、かなり力を使い切っていますね。今日はゆっくり休んで、明日の朝、もう一度様子を見ましょう」

 

「……はい」

 

 マサシはようやく肩を下ろした。

 

 隣ではサトシが、治療室のほうを見ている。

 

「最後、すごかったな。ライチュウのすぐ横まで入って」

 

「あそこまで走ってくれたからな」

 

 マサシは、手の中のバッジケースを開いた。

 

 グレー、ブルー、オレンジ。

 

 三つ並んだところを見て、口元が緩む。

 

「戻ってきたら、みんなにも見せる」

 

*

 

 その日の午後は、中庭で過ごした。

 

 ヒトカゲ以外の五体にバッジを見せると、ポッポが真っ先に鳴いた。

 

 バタフリーとスピアーは、ケースを覗き込むように飛んでくる。

 

 ニドラン♂が鼻を近づけすぎたので、マサシは少しだけ手を引いた。

 

「食うなよ」

 

「ニドッ」

 

「わかってるならいいけど」

 

 隣のニドラン♀が、相方の肩を鼻で押した。

 

 マサシは笑い、ケースを閉じる。

 

 そこへ、サトシたちもやってきた。

 

「こっちも、みんな出していいか?」

 

「もちろん」

 

 サトシがボールを開く。

 

 ピジョン、バタフリー。

 

 そして、フシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメが現れた。

 

 マサシは目を丸くした。

 

「……増えたな」

 

「だろ!」

 

 サトシが嬉しそうに笑う。

 

「ハナダを出てから、いろいろあったんだ!」

 

 ゼニガメが胸を張る。

 

 フシギダネは落ち着いた様子で周囲を見回し、ヒトカゲはマサシのそばへ来た。

 

 マサシはしゃがんで手を差し出す。

 

「よろしく。俺のところにも、ヒトカゲがいるんだ」

 

「カゲ?」

 

「今日は寝てるけどな。今度会ってやってくれよ」

 

 ヒトカゲが頷く。

 

 頭上では、二体のバタフリーが向き合っていた。

 

 羽を揺らし、鳴き声を交わす。

 

 ポッポもピジョンの隣へ止まり、少し背伸びをしていた。

 

「お互い、ちゃんと旅してるな」

 

 マサシが言うと、サトシが頷いた。

 

「ああ!」

 

 膝の上のピカチュウを見下ろし、その背中へ手を添える。

 

「俺たちも、明日もう一回行く」

 

「わかった。ヒトカゲの診察が終わってたら、応援に行くよ」

 

「待ってる!」

 

*

 

 翌朝、ヒトカゲは自分の足で待合室へ戻ってきた。

 

「カゲ!」

 

 マサシを見るなり、片手を上げる。

 

「おはよう。元気になったか?」

 

 しゃがむと、ヒトカゲが胸へ飛び込んできた。

 

 昨日より、ずっと力がある。

 

 マサシは笑って受け止めた。

 

「検査も問題ありませんでした。今日はもう、いつもどおりで大丈夫ですよ」

 

 ジョーイの言葉に、マサシは頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 ヒトカゲを床へ下ろす。

 

 その前へ、バッジケースを開いた。

 

「昨日、ゆっくり見せてなかっただろ」

 

 オレンジ色のバッジ。

 

 ヒトカゲはしばらくそれを見つめ、指先でそっと触れた。

 

「お前が取ってくれたんだぞ」

 

「カゲ」

 

 今度は顔を上げ、マサシを見る。

 

 その目を見て、マサシは少し照れくさくなった。

 

「……俺も、ちゃんと頑張ったけどさ」

 

 ヒトカゲが笑うように鳴いた。

 

*

 

 サトシの再挑戦には、間に合った。

 

 マサシが客席へ座ったとき、ピカチュウはフィールドへ走り出すところだった。

 

 隣に座るヒトカゲが、身を乗り出す。

 

 昨日とは違う戦い方だった。

 

 ピカチュウはライチュウと正面から押し合わない。

 

 低く滑り込み、鋭く曲がり、相手が向き直る前に別の場所へいる。

 

 サトシの声が、その動きに重なっていた。

 

 最後にライチュウが倒れたとき、マサシも思わず立ち上がった。

 

「よしっ!」

 

 ヒトカゲが両腕を振る。

 

 フィールドでは、サトシがピカチュウを抱きしめていた。

 

 マサシはその姿を見て、笑った。

 

 同じ相手でも、勝ち方は一つではない。

 

 ヒトカゲが、マサシの袖を引いた。

 

「ああ。俺たちも、まだ強くなれるな」

 

*

 

 昼過ぎ、マサシはヒトカゲと港へ向かった。

 

 サトシたちは、ピカチュウを休ませるためにセンターへ戻っている。

 

 港では荷車が行き交い、船へ向かう人の列ができていた。

 

「今日は、近くで見られるな」

 

 マサシが言うと、ヒトカゲも嬉しそうに歩幅を広げた。

 

 大きな船の横へ出る。

 

 船体を見上げると、首が痛くなりそうだった。

 

「これ、何人乗れるんだろ」

 

「カゲ……」

 

 二人で見上げていると、少し離れた場所から笑い声がした。

 

「ほら、何かやってみろよ」

 

「はねるしかできないのか?」

 

 マサシが振り向いた。

 

 船着き場の端に、少年たちが集まっている。

 

 その足元で、赤いポケモンが跳ねていた。

 

 コイキングだった。

 

 濡れた地面へ体を打ちつけ、尾を動かしている。

 

 一人の少年が、靴先を近づけた。

 

 コイキングがびくりと跳ねる。

 

 それを見て、また笑い声が上がった。

 

 マサシは歩き出した。

 

「何してるんだよ」

 

 少年たちが顔を向ける。

 

「別に。こいつが全然戻らないから」

 

 そばには、魚を選り分けるための浅い水槽があった。

 

 海へ流れ込む排水溝との間は、段差になっている。

 

 コイキングの体が跳ねた。

 

 水槽には届かず、再び地面へ落ちる。

 

「……戻れないんだろ」

 

 マサシは少年たちの間へ入り、膝をついた。

 

 手を伸ばす。

 

 コイキングが、激しく体を跳ねさせた。

 

「おっと」

 

 マサシはすぐに手を止めた。

 

「わかった。急に触らない」

 

 ヒトカゲが、隣へしゃがむ。

 

 コイキングは二体を見比べ、口をぱくぱくと動かした。

 

「弱いんだから、放っとけばいいじゃん」

 

 背後から声がした。

 

 マサシが振り向く。

 

「弱かったら、困ってても笑ってていいのか?」

 

 少年の口が閉じた。

 

 マサシは睨み続けず、コイキングへ顔を戻した。

 

「水に戻そうとしてたなら、手伝ってくれよ。通る人に踏まれたら危ないだろ」

 

 誰も動かなかった。

 

 マサシはリュックからタオルを出した。

 

 水槽の水で湿らせ、両手へ広げる。

 

「持ち上げるぞ」

 

 コイキングは、また少し身を震わせた。

 

 マサシは急がず、腹の下へ手を差し込んだ。

 

 重い。

 

 ヒトカゲも横から、尾が地面へ落ちないよう支えてくれる。

 

「ありがと。そのまま」

 

 二人で水槽まで運ぶ。

 

 水へ下ろした瞬間、コイキングの尾が大きく動いた。

 

 しぶきが上がる。

 

 マサシの顔へ、まともにかかった。

 

「……ぶっ」

 

 ヒトカゲも目を閉じる。

 

 水槽の中で、コイキングが二体を見ていた。

 

 マサシは顔を拭き、笑った。

 

「元気はあるな、お前」

 

*

 

「どうした?」

 

 荷物を運んでいた港の作業員が近づいてきた。

 

 事情を話すと、彼は水槽の横へしゃがんだ。

 

「波で入り込むことがあるんだ。海へ戻してやるよ」

 

 そばにあった大きな容器へ水を汲む。

 

 少年たちは、いつの間にか少し離れていた。

 

 一人が小さな声で言う。

 

「……悪かったよ」

 

 マサシはそちらを見た。

 

「今度は、先に助けてやって」

 

 少年は頷いた。

 

 作業員と一緒にコイキングを容器へ移し、低い桟橋へ運ぶ。

 

 海へ傾けると、赤い体が水の中へ滑り込んだ。

 

 尾が揺れる。

 

 一度深く潜り、再び水面へ顔を出した。

 

「じゃあな」

 

 マサシが手を上げる。

 

 コイキングは、そこから動かなかった。

 

 口を開き、マサシを見ている。

 

「……どうした?」

 

 ヒトカゲが桟橋の端へ寄り、手を振った。

 

「カゲ!」

 

 コイキングが跳ねた。

 

 大きなしぶきが、また二体へ降りかかる。

 

「二回目!」

 

 マサシが声を上げると、ヒトカゲが楽しそうに鳴いた。

 

 コイキングは水面へ戻り、今度は桟橋に沿って泳ぎ始めた。

 

 マサシが数歩進む。

 

 コイキングもついてくる。

 

 止まると、向こうも止まった。

 

 マサシはしゃがんだ。

 

「お前……一緒に来たいのか?」

 

 赤い尾が水面を叩いた。

 

 すぐには、ボールへ手を伸ばさなかった。

 

 昨日までの仲間たちの顔が浮かぶ。

 

 六体。

 

 ここにもう一体を迎えれば、誰かには研究所で待ってもらうことになる。

 

 それに、コイキングが必要なのは水だ。

 

 連れて歩くなら、そのことも考えなければならない。

 

 マサシは桟橋の上へ座り直した。

 

「俺、ポケモンマスターを目指してるんだ」

 

 コイキングが、じっとこちらを見る。

 

「バトルもするし、いろんな場所へ行く。今日は海でも、明日は山かもしれない」

 

 小さな波が、桟橋の柱へ当たった。

 

「お前が何できるか、まだ全然知らないけどさ」

 

 マサシは手を伸ばした。

 

 指先を水へ入れる。

 

「一緒に行くなら、これから知っていきたい」

 

 コイキングが近づいた。

 

 さっきは触れようとしただけで、逃げようとしていた。

 

 今は自分から、マサシの指へ口先を寄せてくる。

 

 マサシの口元が緩んだ。

 

「……そっか」

 

 ヒトカゲが隣へ座る。

 

 その目も、穏やかだった。

 

「じゃあ、まずは博士に相談だな」

 

 マサシは顔を上げた。

 

 急いで決めなくてもいい。

 

 この一体を迎える準備を、ちゃんと整えたい。

 

「すぐ戻ってくる。ここで待ってられるか?」

 

 コイキングが尾を揺らした。

 

 近くで聞いていた作業員が、笑って頷く。

 

「俺が見てるよ。岸から離れないようにな」

 

「ありがとうございます」

 

 マサシは立ち上がり、ヒトカゲと歩き出した。

 

 数歩先で振り返る。

 

 水面に、赤い顔が浮かんでいた。

 

「約束だからな!」

 

 声をかけると、コイキングがもう一度跳ねた。

 

 今度のしぶきは、届かなかった。

 

第31話終了

 

次回・第32話「弱くたって仲間だ!コイキングとの約束」

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