ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第34話 船上の罠!狙われたモンスターボール

最初に聞こえたのは、悲鳴だった。

 

 マサシは甲板の手すりから顔を上げた。

 

 開いた扉の向こうで、誰かが走っている。

 

 続いて、硬いものが床を転がる音がした。

 

「……ヒトカゲ」

 

「カゲ」

 

 隣のヒトカゲも、扉へ向き直っていた。

 

 マサシはプールへしゃがみ、コイキングにボールを近づける。

 

「ちょっと戻っててくれ」

 

 赤い体が光へ変わる。

 

 バタフリーも戻し、腰のボールを確かめた。

 

 その直後、廊下からタケシが駆け込んできた。

 

「マサシ! ロケット団だ!」

 

*

 

 会場は、さっきまでとは別の場所のようだった。

 

 料理の皿が床へ落ち、椅子が倒れている。

 

 黒い制服を着た男たちが、出入り口を塞いでいた。

 

 胸には、赤いRの文字。

 

 その一人が太い筒を客へ向けると、強い風が巻き起こった。

 

 違う。

 

 吸い込んでいる。

 

 テーブルの上に置かれていたモンスターボールが浮き、筒の中へ消えた。

 

「返せ!」

 

 追いかけたトレーナーの前へ、別の団員が立ちはだかる。

 

 マサシは扉の陰で足を止めた。

 

「……あの機械か」

 

「荷物ごと持っていこうとしてるんだ」

 

 タケシが低く言った。

 

 会場の向こうでは、サトシとカスミが客たちを壁際へ下がらせていた。

 

 マサシに気づいたサトシが、手を上げる。

 

「こっちだ!」

 

 その声を聞き、中央にいた二人組が振り向いた。

 

「来たわね、ヒトカゲのガキ!」

 

「今日こそ逃がさないぞ!」

 

 ムサシとコジロウだった。

 

 ニャースが、二人の足元から顔を出す。

 

「おとなしくボールを渡すニャ!」

 

 マサシは目を細めた。

 

「……招待状、配ってたのもお前らか」

 

「今さら気づいたって遅いわよ!」

 

 ムサシが眼鏡を外す仕草をする。

 

 マサシは小さく息を吐いた。

 

 あの声に引っかかった理由が、ようやくわかった。

 

「招待状、ちゃんとしたやつだったのにな」

 

「そこに感心してる場合か!」

 

 サトシに言われ、マサシはその隣へ走った。

 

*

 

「ポケモンを出すなら気をつけろ」

 

 タケシが背後から声をかける。

 

「あいつら、ボールを狙ってる!」

 

 マサシは頷き、バタフリーとスピアーを呼んだ。

 

 ボールはすぐにリュックの内側へ収め、留め具を閉じる。

 

「バタフリー、後ろの人たちを頼む。スピアーは、俺のそば!」

 

 二体が位置を変える。

 

 ヒトカゲが前へ出た。

 

「アーボ、いきなさい!」

 

「ドガース、頼むぞ!」

 

 ムサシたちのポケモンが現れる。

 

 サトシも、ピカチュウへ声をかけた。

 

「ピカチュウ、いくぞ!」

 

 その横を、大きな影が通った。

 

 タケシのイシツブテが、客たちと団員の間へ立つ。

 

 カスミのヒトデマンは、反対側の通路を守った。

 

 だが、団員はまだ何人もいる。

 

 吸引機の音が、さらに大きくなった。

 

「ボールが駄目なら、その荷物ごともらうぞ!」

 

 筒が、マサシたちへ向く。

 

 リュックが引かれた。

 

 マサシは肩紐をつかみ、近くの柱へ背を寄せた。

 

 床の紙ナプキンが舞い上がり、筒へ吸い込まれていく。

 

「ヒトカゲ、下がれ!」

 

 ヒトカゲが柱の陰へ飛び込む。

 

 スピアーも羽を強く動かし、その後ろへ回った。

 

 サトシたちも、倒れたテーブルの向こうへ身を伏せる。

 

 マサシは柱の端から、機械を見た。

 

 長い筒。

 

 そこから伸びた管。

 

 背中に担いだ、大きな袋。

 

 吸い込まれたものは、全部あそこへ集まっている。

 

「……スピアー」

 

 マサシは低く呼んだ。

 

 赤い目が、こちらを向く。

 

「前じゃない。後ろへ回れるか?」

 

 スピアーが、団員の背中を見た。

 

 羽音が低くなる。

 

 マサシは頷いた。

 

「俺の合図でな」

 

*

 

「隠れても無駄よ!」

 

 ムサシの声が響く。

 

「アーボ、追い出して!」

 

 アーボが床を滑ってくる。

 

 マサシはその頭を見た。

 

 柱の右側へ回り込む。

 

「ヒトカゲ、左へ!」

 

 ヒトカゲが飛び出した。

 

 アーボが向きを変える。

 

「ピカチュウ、でんこうせっか!」

 

 サトシの声。

 

 黄色い影が走り、アーボの横へぶつかった。

 

 体が押され、ムサシが声を上げる。

 

 マサシは、その隙に柱の外へ出た。

 

「こっちだ!」

 

 吸引機を持つ団員が振り向く。

 

「自分から出てきたか!」

 

 筒がこちらへ向いた。

 

 マサシは、倒れた椅子の背をつかむ。

 

 吸われる力で、椅子が床を擦った。

 

 団員の両手が、筒を支えるために下がる。

 

「スピアー、今だ!」

 

 柱の反対側から、黄色と黒の体が飛び出した。

 

 団員の横を抜ける。

 

 狙いは人ではない。

 

 背負われた袋だった。

 

「袋を裂け!」

 

 針が布へ入る。

 

 スピアーが横へ飛んだ。

 

 大きく開いた裂け目から、モンスターボールがこぼれ落ちた。

 

「なっ!?」

 

 団員が慌てて振り返る。

 

 その動きで、さらにボールが転がった。

 

「サトシ!」

 

「わかってる!」

 

 サトシたちが飛び出す。

 

 カスミとタケシも、客たちへ声をかけた。

 

「自分のボールを確かめて!」

 

「拾ったら、すぐ奥へ!」

 

 団員が吸引機を持ち直す。

 

「もう一度吸い込めば——」

 

「ヒトカゲ、たいあたり!」

 

 低く走ったヒトカゲが、筒の横へぶつかった。

 

 狙いが跳ね上がる。

 

 吸引口が、天井の飾り布へ触れた。

 

 長い布が一気に吸い込まれる。

 

 機械が甲高い音を立てた。

 

「止まれ、止まれ!」

 

 団員がスイッチを叩く。

 

 マサシはヒトカゲの隣へ駆け寄った。

 

「よし、離れろ!」

 

 二体が下がる。

 

 詰まった布を引き抜こうとする団員の背後で、スピアーが鋭く羽を鳴らした。

 

 団員は振り返り、ついに機械を床へ放り出した。

 

*

 

 一台が止まると、客たちも動き始めた。

 

「こっちの機械も、袋だ!」

 

「出てこい、ゴーリキー!」

 

「ニョロゾ、みずでっぽう!」

 

 ボールを取り戻したトレーナーたちが、仲間を呼ぶ。

 

 団員たちのほうが、後ろへ押され始めた。

 

「ちょっと、何やってんのよ!」

 

 ムサシが声を張る。

 

「ドガース、えんまく!」

 

 黒い煙が広がった。

 

 マサシはすぐに腕を上げる。

 

「バタフリー、出口側へ風を送れ!」

 

 バタフリーが羽ばたいた。

 

 煙が流れる。

 

 客のいる壁際ではなく、ロケット団の立つ通路へ。

 

「ニャー、見えないニャ!」

 

「ドガース、どこだ!」

 

 煙の中で、声が重なる。

 

 サトシがピカチュウを見た。

 

「ピカチュウ!」

 

 頬が光る。

 

 マサシはヒトカゲとスピアーを下がらせた。

 

 カスミのヒトデマンも、通路から離れる。

 

「10万ボルト!」

 

 黄色い光が、煙の中を走った。

 

「しびれるニャアアッ!」

 

 三人の声が重なる。

 

 煙が薄れた先で、ムサシたちは互いにつかまり、ふらふらと立ち上がった。

 

「撤退よ、撤退!」

 

「聞いてないぞ、こんなに強いやつがいるなんて!」

 

「早く逃げるニャ!」

 

 アーボとドガースを戻し、奥の廊下へ駆け込んでいく。

 

 黒い制服の団員たちも、あとを追った。

 

 会場に残ったのは、壊れた機械と、散らばった椅子。

 

 そして、仲間を抱きしめるトレーナーたちだった。

 

 マサシは短く息を吐いた。

 

「……取り返せたか?」

 

 周囲を見回す。

 

 客たちが、それぞれのボールを確かめている。

 

 タケシが頷いた。

 

「こっちは大丈夫だ」

 

 カスミも、最後の一つを持ち主へ返していた。

 

 マサシはヒトカゲへ手を伸ばす。

 

「よくやった」

 

「カゲ!」

 

 スピアーもそばへ下りてくる。

 

「袋、きれいに開いたな」

 

 その頭へ触れようとした、そのときだった。

 

 床が、大きく傾いた。

 

*

 

 倒れていた皿が滑る。

 

 ガラスの割れる音が響いた。

 

「うわっ!」

 

 マサシは柱へ手をついた。

 

 ヒトカゲが足を踏ん張る。

 

 窓の向こうで、空が暗くなっていた。

 

 さっきまで穏やかだった海に、白い波が立っている。

 

 放送が鳴った。

 

『お客様にお知らせします。係員の指示に従い、救命胴衣を着用してください』

 

 会場の空気が変わった。

 

 扉から船員が入り、近くの客へ救命胴衣を渡し始める。

 

「落ち着いて、甲板へ向かってください!」

 

 サトシが窓へ顔を向けた。

 

「嵐だ……」

 

 次の揺れは、さっきより大きかった。

 

 テーブルが滑り、通路へぶつかる。

 

 マサシはヒトカゲを抱き寄せ、バタフリーとスピアーをボールへ戻した。

 

 腰とリュックを確かめる。

 

 六体とも、そばにいる。

 

「マサシ、こっち!」

 

 カスミが、係員のいる扉を指さした。

 

 人々の列が動き出す。

 

 マサシも続こうとして、床にしゃがみ込んだ小さな女の子に気づいた。

 

 転がったボールへ手を伸ばしている。

 

 船が、また揺れた。

 

 ボールが遠ざかる。

 

 マサシは一歩前へ出て、靴でそっと止めた。

 

「これ?」

 

 拾って差し出すと、女の子が頷いた。

 

「ありがとう……」

 

「家の人、どこ?」

 

「こっちよ!」

 

 列の前から、女性が駆け寄ってくる。

 

 マサシは女の子の手を取り、母親へ渡した。

 

「足元、気をつけて」

 

 親子が船員の案内で進んでいく。

 

 マサシも追おうとした。

 

 その瞬間、船の奥から、低い衝撃音が響いた。

 

 照明が揺れる。

 

 一つ、二つと消えた。

 

「ヒトカゲ!」

 

「カゲ!」

 

 腕の中で、尻尾の炎が明るくなる。

 

 暗くなった廊下に、橙色の道ができた。

 

 マサシはヒトカゲを下ろし、サトシたちへ顔を向けた。

 

「行こう。みんな、離れるなよ!」

 

 四人は、船員の呼ぶ声へ向かって走り出した。

 

第34話終了

 

次回・第35話「傾く船内!仲間と探す脱出の道」

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