ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第4話 トキワの森へ!小さなキャタピーとの出会い

葉の端が、小さく欠けた。

 

 キャタピーは口を動かしたまま、枝の下へしゃがんだマサシを見ていた。

 

 赤い触角が、ゆっくり揺れている。

 

 隣ではヒトカゲも顔を上げていた。

 

ポッポは少し離れた枝に止まり、羽を整えている。

 

「食ってるところ、邪魔したな」

 

 マサシが立ち上がろうとすると、キャタピーの体が縮んだ。

 

 彼は動きを止めた。

 

 キャタピーが見ているのは、自分ではない。

 

 その後ろにいるポッポだった。

 

「ああ……怖いか」

 

 キャタピーにとっては、知らない人間と鳥ポケモンが突然近づいてきたのだ。

 

落ち着いて食事を続けられるはずもない。

 

 マサシはポッポへ腕を差し出した。

 

「ちょっと、こっち」

 

 ポッポが飛んでくる。

 

 腕へ止まった体を支え、胸を指で軽く撫でた。

 

「少し休んでてくれ。あとでまた出すから」

 

 ボールへ戻すと、キャタピーの体から少し力が抜けた。

 

 それでも、葉を食べ直そうとはしない。

 

 マサシは枝から離れ、道の端へ腰を下ろした。

 

「じゃあ、俺たちも休憩するか」

 

「カゲ?」

 

 ヒトカゲが振り返った。

 

 木々の間には、まだ森の入り口の明るさが見えている。

 

「入ったばっかりだろって顔するなよ」

 

 ヒトカゲはマサシを見つめたあと、仕方なさそうに隣へ座った。

 

     ◇

 

 森の中は、町よりひんやりしていた。

 

 昨夜の雨を吸った土は柔らかく、頭上では葉から葉へ雫が落ちている。

 

 遠くの羽音。

 

 木の幹を何かが登る音。

 

 姿は見えなくても、あちこちにポケモンがいる。

 

 マサシは図鑑を開いた。

 

 画面へキャタピーの姿が映り、説明が流れる。

 

 足の吸盤を使い、木や葉にしっかりつかまるポケモン。

 

成長すると脱皮を重ね、やがて姿を変える。

 

 マサシは枝を見上げた。

 

 キャタピーは細い枝の裏側へ回り込んでいた。

 

それでも、落ちそうな様子はない。

 

「便利だな、その足」

 

 ヒトカゲが自分の足を持ち上げた。

 

 裏を見る。

 

 マサシは笑った。

 

「お前にはついてないだろ」

 

「カゲ」

 

 ヒトカゲが足を下ろす。

 

 そのやり取りを見ていたキャタピーが、少しだけ体を伸ばした。

 

 マサシはリュックから食事の袋を取り出した。

 

 朝食は済ませていたが、途中で休むときのために少量を分けてある。

 

「これ、食う?」

 

 一粒を手のひらへ載せ、枝の近くに差し出した。

 

 キャタピーは動かなかった。

 

 顔がわずかに近づき、また引っ込む。

 

「葉っぱの方が好きか」

 

 マサシは無理に近づけず、手を引いた。

 

 隣でヒトカゲが、自分の分を一粒食べる。

 

 嬉しそうに口を動かす姿を、キャタピーがじっと見ていた。

 

「……気になる?」

 

 もう一度、手を差し出す。

 

 今度は、キャタピーも下がらなかった。

 

 ゆっくり枝の先まで進み、匂いを確かめる。

 

 それから小さな口で、一粒を受け取った。

 

 マサシは手を動かさずに待った。

 

 食べ終えたキャタピーが、空になった手のひらを見下ろす。

 

「どうだった?」

 

 キャタピーは、もう少しだけ前へ進んだ。

 

「気に入ったらしいな」

 

 マサシが笑うと、ヒトカゲも隣で鳴いた。

 

     ◇

 

 休憩を終えて歩き出すと、森の道は思ったより複雑だった。

 

 木の根を避けて曲がり、大きな水たまりを回り込む。

 

 そのうちに、さっきまで進んでいた方向が分かりにくくなった。

 

 マサシは地図を開いた。

 

 紙の上では、道は一本。

 

 目の前には、踏み跡が二つあった。

 

「どっちも道に見えるんだけど」

 

 ヒトカゲが右を覗き、左を覗く。

 

「お前も初めてだもんな」

 

 マサシは周囲を見回した。

 

 幹に取りつけられた小さな案内板を見つけ、手前の葉を避ける。

 

「こっちか」

 

 一歩踏み出したところで、肩が軽く引かれた。

 

 振り返る。

 

 リュックの肩ひもへ、細い白い糸がついていた。

 

 糸の先を目で追うと、低い枝にキャタピーがいる。

 

「……お前、ついてきたの?」

 

 さっきのキャタピーだった。

 

 マサシが近づくと、枝の先へ進んでくる。

 

 それから、リュックをじっと見た。

 

「まだ欲しいのか?」

 

 赤い触角が揺れた。

 

 マサシは吹き出した。

 

「俺じゃなくて、飯についてきたんだな」

 

「カゲ!」

 

 ヒトカゲまで、どこか得意げに頷く。

 

「お前も飯、好きだろ」

 

 マサシは肩ひもについた糸をそっと外した。

 

 その指先を追って、キャタピーが身を乗り出す。

 

「落ちるぞ」

 

 手を添える。

 

 するとキャタピーは、自分から手のひらへ移ってきた。

 

 細かな足が、指へしっかり吸いつく。

 

 マサシは思わず動きを止めた。

 

「……ほんとにくっつくんだな」

 

 ゆっくり持ち上げると、キャタピーは落ち着いた様子で体を伸ばした。

 

 近くで見る目には、マサシの顔が小さく映っていた。

 

「一緒に来たいのか?」

 

 キャタピーは返事をするように鳴き、手首の方へ進んだ。

 

 袖を登り、肘のあたりで止まる。

 

 マサシはヒトカゲを見た。

 

「どうする?」

 

「カゲッ」

 

 ヒトカゲが前足を上げる。

 

 キャタピーがそちらへ顔を向け、二体が短く鳴き交わした。

 

 何を話したのか、正確には分からない。

 

 けれど、ヒトカゲが嫌がっていないことは伝わった。

 

「じゃあ、もうちょっと一緒に歩くか」

 

 マサシはキャタピーを腕へ載せたまま、道へ戻った。

 

     ◇

 

 日が高くなるにつれ、森の中にも細い光が差し込んできた。

 

 キャタピーは腕から肩へ移り、初めて見る景色のように周囲を眺めていた。

 

 リュックの上へ進もうとするたび、マサシが手を添える。

 

「そっちは段差あるから、ゆっくりな」

 

 キャタピーは止まった。

 

 少し待つと、また進む。

 

「結構、行きたいところ行くんだな、お前」

 

 ヒトカゲが隣から見上げた。

 

 そのときだった。

 

 道の脇から、葉を擦る音がした。

 

 マサシは顔を向けた。

 

 茂みの中で、一体のビードルが体をよじっている。

 

 頭の針が細い枝の間へ入り、抜けなくなっていた。

 

 後ろへ下がろうとするたび、濡れた枝が曲がり、体を押し戻していた。

 

「引っかかったのか」

 

 マサシはキャタピーを近くの葉へ移した。

 

「ちょっと待ってて」

 

 しゃがみ、茂みを覗く。

 

 ビードルは彼に気づくと、激しく体を動かした。

 

 頭を振ろうとして、枝が大きく揺れる。

 

「待て。暴れると、もっと抜けなくなる」

 

 声をかけても止まらない。

 

 マサシは伸ばしかけた手を引いた。

 

 知らない人間が近づいてきたのだ。

 

 怖がるのは当然だった。

 

 頭と尻尾の針を避け、体を押さえながら外すには、もう少し落ち着いてもらわなければならない。

 

「ヒトカゲ、そっちの枝を――」

 

 ヒトカゲが近づくと、ビードルはさらに身を縮めた。

 

 マサシはすぐに言い直した。

 

「いや、そこで待っててくれ」

 

 周囲を見る。

 

 絡んでいるのは、二本の細い枝だった。

 

 片方を持ち上げ、もう片方を横へ開けば、針を抜けそうだ。

 

 マサシは丈夫そうな落ち枝を拾い、隙間へ差し込んだ。

 

「今、広げるからな」

 

 ゆっくり力をかける。

 

 枝の間が、わずかに開いた。

 

 ビードルが後ろへ動く。

 

 だが、足元の葉が滑った。

 

 体が横へ傾き、頭の針がまた枝へ引っかかる。

 

「あと、ちょっとなんだけど……」

 

 片手で持ち上げ続けながら、もう一方の枝へ手を伸ばそうとした。

 

 そのとき、白い糸が目の前を横切った。

 

 糸が枝へ絡みつく。

 

 振り返ると、キャタピーが葉の上で足を踏ん張っていた。

 

 体を縮め、枝を横へ引いている。

 

 マサシは糸の向きを見た。

 

 自分が持ち上げているのとは、違う方向だった。

 

「……そうか」

 

 落ち枝の角度を変える。

 

「そのまま引っ張れ、キャタピー!」

 

 キャタピーが踏ん張った。

 

 枝がしなる。

 

 隙間が、少しずつ広がった。

 

「ビードル、後ろだ! ゆっくり下がれ!」

 

 ビードルが足を動かす。

 

 一度止まる。

 

 もう一度、体を引く。

 

 頭の針が、枝の間から抜けた。

 

「よし!」

 

 勢い余って転がりかけた体を、マサシは下から支えた。

 

 針に触れないよう気をつけ、すぐに平らな地面へ下ろす。

 

 ビードルは体を丸め、しばらく動かなかった。

 

 マサシも近づきすぎず、待った。

 

 やがてビードルが、ゆっくり顔を上げた。

 

「大丈夫そうか?」

 

 小さな足が動いた。

 

 マサシの手を見て、少しだけ後ろへ下がる。

 

 彼は追わずに、横へずれた。

 

 森の奥へ戻れるよう、道を空ける。

 

「もう引っかかるなよ」

 

 ビードルはマサシを見た。

 

 次に、葉の上のキャタピーを見る。

 

 何度か振り返りながら、茂みの中へ消えていった。

 

     ◇

 

 姿が見えなくなってから、マサシはキャタピーへ向き直った。

 

 糸が緩み、小さな体が葉の上へ沈む。

 

「助かった。お前、すごいな」

 

 手を差し出すと、キャタピーは迷わず乗ってきた。

 

 ヒトカゲも近づき、顔を覗き込む。

 

「カゲ!」

 

 褒められていると分かったのか、キャタピーは胸を張るように体を起こした。

 

 マサシは笑った。

 

「俺だけじゃ、あの枝を押さえきれなかった」

 

 キャタピーを支えたまま、白い糸が残る枝を見る。

 

 昨日、バトルで足へ絡められたときには、厄介な技だと思った。

 

 今は、その同じ技に助けられた。

 

「いろいろ、できるんだな」

 

 マサシは呟き、キャタピーへ視線を戻した。

 

「疲れただろ。次、休めるところ探そう」

 

     ◇

 

 少し進んだ先に、大きな木の根が張り出した場所があった。

 

 乾いた部分を選び、マサシはリュックを下ろした。

 

「出てこい、ポッポ」

 

 光の中から現れたポッポが、翼を広げる。

 

 すぐにキャタピーへ気づいた。

 

 キャタピーの足が、マサシの袖を強くつかんだ。

 

「大丈夫」

 

 マサシはまず、ポッポへ声をかけた。

 

「一緒に歩いてきたんだ。怖がらせないでやって」

 

 ポッポが首を傾げる。

 

 ヒトカゲが隣へ進み、短く鳴いた。

 

 ポッポも鳴き返し、それから少し離れた根の上へ移った。

 

 キャタピーをじっと見続けることもなく、羽を整え始める。

 

 マサシはそっと息を吐いた。

 

「ありがとな」

 

 食事の容器を並べる。

 

 ヒトカゲの分。

 

 ポッポの分。

 

 それから、小さな容器へ少しだけ、キャタピーの分も入れた。

 

「まずは飯にしよう」

 

 キャタピーは袖から下りるのをためらった。

 

 マサシは容器を手元へ寄せ、待った。

 

 やがて細い足が布から離れる。

 

 容器へ顔を近づけ、食べ始めた。

 

 ポッポも自分の分をついばみ、ヒトカゲはもう夢中になっている。

 

 マサシは三体を順番に見た。

 

 旅に出て、まだ二日目。

 

 昨日の朝まで、こんなふうにポケモンと食事をする景色は、想像の中にしかなかった。

 

 今は容器を置く場所を考え、水が足りるか確かめ、自分の食事を出すのを忘れかけている。

 

「……俺のも食っとかないと」

 

 包みを開くと、キャタピーが顔を上げた。

 

「これは俺の」

 

 言うと、キャタピーは自分の容器へ戻った。

 

 その素直な動きに、つい笑ってしまった。

 

     ◇

 

 食後、マサシは空のモンスターボールを取り出した。

 

 しばらく手の中で転がしてから、キャタピーの前へ置く。

 

「俺たち、これからニビシティへ行くんだ」

 

 キャタピーがボールを見た。

 

「その先も、いろんな場所へ行く。知らないポケモンと会って、バトルもする」

 

 ヒトカゲが隣へ座る。

 

 ポッポも根から下り、少し離れたところで様子を見ていた。

 

「さっき、ビードルを助けるの、手伝ってくれただろ」

 

 マサシはキャタピーと目を合わせた。

 

「嬉しかった。お前が一緒なら、これからもできること増えそうだなって思った」

 

 キャタピーの触角が揺れる。

 

「今度は、ちゃんと仲間として一緒に来ないか?」

 

 頭上で葉が鳴った。

 

 キャタピーが振り返る。

 

 木の幹を登れば、枝はどこまでも続いている。

 

 食べ慣れた葉も、休める場所も、森にはたくさんあるはずだった。

 

 マサシは返事を待った。

 

 急かさず、ボールも近づけずに。

 

 やがてキャタピーは、彼の方へ向き直った。

 

 一歩、進む。

 

 ボールへ鼻先を寄せる。

 

 真ん中のボタンに、小さな頭が触れた。

 

 光が開いた。

 

 緑色の体が、その中へ収まる。

 

 マサシはボールを手に取り、揺れが止まるのを待った。

 

 一度。

 

 もう一度。

 

 静かな音がして、ボールが落ち着いた。

 

「……よし」

 

 ヒトカゲが両腕を上げる。

 

 ポッポも翼を広げた。

 

 マサシは笑い、ボールを持ち上げた。

 

「キャタピー、ゲットだ」

 

     ◇

 

 すぐにボールを開くと、キャタピーが目の前へ現れた。

 

 周囲を見回し、マサシを見上げる。

 

「これから、よろしくな」

 

 差し出した手へ、キャタピーが乗った。

 

 袖を登り、膝の上へ落ち着く。

 

「そこがいいのか?」

 

 マサシは困ったように笑った。

 

 ヒトカゲも隣へ座り、ポッポは根の上へ体を沈めた。

 

 木漏れ日が暖かい。

 

 枝を揺らす風も、気持ちよかった。

 

 マサシは幹へ背中を預ける。

 

「……じゃあ、少しだけ休むか」

 

 今度は誰も、起こそうとしなかった。

 

     ◇

 

 目を覚ますと、キャタピーが膝の上から見つめていた。

 

「……おはよう」

 

 マサシは目をこすり、空を見た。

 

 まだ明るい。

 

 けれど、光の差す角度が少し変わっていた。

 

「どれくらい寝た?」

 

 ヒトカゲが起き上がり、大きく伸びをする。

 

 ポッポが一声鳴いた。

 

「分かんないよな」

 

 マサシは立ち上がり、容器を片づけた。

 

 キャタピーのボールを腰へつける。

 

 ヒトカゲ、ポッポ、キャタピー。

 

 ボールが一つ増えただけなのに、旅の景色がまた変わった気がした。

 

 食事の好みも、歩く速さも、得意なことも違う。

 

 それを少しずつ、覚えていくのだ。

 

 マサシはキャタピーをリュックの上へ乗せた。

 

「落ちそうだったら、すぐ言えよ」

 

 小さな足が肩ひもへつかまる。

 

 ポッポが先の枝へ飛び、ヒトカゲが道へ出た。

 

 マサシも歩き始めた。

 

 しばらくすると、肩の向こうでキャタピーが鳴いた。

 

「どうした?」

 

 細い糸が伸び、道の脇の葉へ触れた。

 

 その先で、草が揺れる。

 

 マサシは足を止めた。

 

 黄色い頭が、そっと覗いた。

 

 さっき助けたビードルだった。

 

 今度は枝に引っかかっていない。

 

 こちらが止まると、ビードルも止まる。

 

 マサシが一歩進む。

 

 小さな足音が、またついてきた。

 

「……お前も?」

 

 しゃがんで、手を差し出す。

 

 ビードルは、まだ近づかなかった。

 

 けれど、逃げもしなかった。

 

第4話終了

 

次回・第5話「ついてくるビードル!森で育つ小さな信頼」

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