ポケットモンスター ―もうひとつのマサラの物語―   作:mss

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第6話 糸を使いこなせ!キャタピーとビードルの初特訓

鼻先に、柔らかいものが触れた。

 

 マサシは目を閉じたまま、顔を横へ向けた。

 

 今度は頬に触れる。

 

「……あと五分」

 

 かすかな鳴き声がした。

 

 寝袋の縁が引っ張られる。

 

 薄目を開けると、すぐ目の前にキャタピーがいた。

 

 マサシが起きたのを見て、嬉しそうに体を起こす。

 

その後ろではビードルが待っていて、低い梁の上からはポッポがこちらを見下ろしていた。

 

「お前ら、早くない?」

 

 朝の森には、まだ薄い霧が残っていた。

 

 休憩所の向こうでは、ほかのトレーナーが荷物をまとめている。

 

水場へ向かう足音と、遠くのポケモンの鳴き声が聞こえていた。

 

 隣を見る。

 

 ヒトカゲは、まだ眠っていた。

 

 短い前足をお腹へ置き、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 

「……さすが相棒。分かってるな」

 

 マサシはもう一度、寝袋へ潜ろうとした。

 

 その端を、白い糸が引き止めた。

 

 キャタピーとビードルが、並んでこちらを見ている。

 

「二体がかりはずるいだろ」

 

 ポッポが一声鳴いた。

 

 マサシは諦めて起き上がった。

 

     ◇

 

 水場で顔を洗うと、ようやく頭がはっきりした。

 

 冷たい水を首筋にも当て、タオルで拭く。

 

 袖をまくろうとして、マサシは昨夜の糸へ気づいた。

 

 ビードルが塞いでくれた、小さな穴。

 

 寝ている間に端が少し浮いていたが、白い筋はまだ残っていた。

 

 引っかけないよう、そっと袖を折る。

 

 足元のビードルが、その手元を見上げていた。

 

「取ってないよ」

 

 袖を見せると、赤い鼻先が少し上がった。

 

「でも、洗うときにはちゃんと直さないとな」

 

 針と糸も、旅には必要なのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、水筒を満たした。

 

 戻ると、ヒトカゲも起きていた。

 

 キャタピーに起こされたらしく、眠そうな顔で寝袋の横へ座っている。

 

「お前もか」

 

「カゲ……」

 

 マサシは笑い、朝食の用意を始めた。

 

     ◇

 

 出発前に、マサシは案内板を確かめた。

 

 ニビシティへ向かう道は、森の奥を回り込むように続いている。

 

途中には、トレーナーがバトルに使う広場もあるらしい。

 

 地図を畳みながら、キャタピーとビードルを見た。

 

 二体とも食事を終え、倒木を登っていた。

 

 キャタピーが太い根を越え、ビードルがそのあとを追う。

 

 少し高さのあるところでは、糸を使って体を支えていた。

 

「なあ」

 

 二体が振り向いた。

 

「少し練習、してみないか?」

 

 ヒトカゲがすぐに立ち上がる。

 

 ポッポも梁から下りてきた。

 

「今日は、お前らじゃなくてこっち」

 

 マサシはキャタピーとビードルを指した。

 

「糸、便利だと思うんだ。昨日も助かったし」

 

 枝に挟まったビードルを救い出せたのは、キャタピーが反対側から引いてくれたからだった。

 

 夜には、ビードルが袖を直してくれた。

 

 同じ技でも、使い方が違う。

 

 どこへつけるか。

 

 どのくらい伸ばすか。

 

 それを知れば、もっとできることが増えそうだった。

 

「俺もまだ分からないから、一緒に試そう」

 

 キャタピーが倒木から下りてくる。

 

 ビードルも隣へ並んだ。

 

 マサシは二体の前へしゃがむ。

 

「疲れたら休憩。嫌になっても言えよ」

 

 小さな声が重なった。

 

     ◇

 

 休憩所の近くには、人のいない平らな場所があった。

 

 マサシは周囲を確かめ、落ち枝を一本拾った。

 

 両端を持ち、キャタピーの前へ差し出す。

 

「まず、これに当ててみてくれ」

 

 キャタピーが顔を上げた。

 

「いとをはく!」

 

 白い糸が伸び、枝の中央へ絡んだ。

 

「おお」

 

 マサシは軽く枝を引いた。

 

 糸が張る。

 

 キャタピーの体が、ずるりと前へ動いた。

 

「っと、悪い!」

 

 すぐに手を緩める。

 

 キャタピーは足を置き直し、不満そうに鳴いた。

 

「俺が強く引いたら、お前が持ってかれるんだな」

 

 糸は丈夫だった。

 

 けれど、それを引くキャタピーの体まで重くなるわけではない。

 

 マサシは少し考え、地面から出た木の根を見た。

 

「じゃあ、次はこっち」

 

 枝を根の間へ置く。

 

「枝に糸をつけてから、横へ回れるか?」

 

 キャタピーが口元を向けた。

 

 白い糸が枝へつく。

 

 そのまま歩き始めると、細い線が伸び、根を回り込んでいった。

 

 途中で糸が足へ触れ、キャタピーが止まる。

 

「ゆっくりでいい」

 

 マサシは絡みかけた部分を外した。

 

 キャタピーがもう一度進む。

 

 根を回ったところで、マサシは枝を少し持ち上げた。

 

 糸が引っかかり、途中で止まった。

 

「……これなら、お前が引っ張らなくても留められるな」

 

 キャタピーも枝を見ていた。

 

 自分の糸が物を支えていることを確かめるように、顔を近づける。

 

「できたな」

 

 マサシが言うと、キャタピーは嬉しそうに体を起こした。

 

     ◇

 

 次はビードルだった。

 

 マサシは別の枝を持ち、先ほどより近い位置へ構えた。

 

「ビードル、いとをはく!」

 

 細い糸が飛んだ。

 

 枝の先へ触れたが、滑るように外れる。

 

 ビードルが頭を下げた。

 

「大丈夫。もう一回」

 

 二度目は、枝へ巻きついた。

 

 マサシが頷くと、ビードルは嬉しそうに前へ出た。

 

 その拍子に糸が緩み、足へ引っかかる。

 

 体が傾いた。

 

 マサシは手を伸ばし、横倒しになる前に支えた。

 

「慌てなくていいって」

 

 ビードルは地面を見つめていた。

 

 次に、キャタピーへ目を向ける。

 

 それからまた、自分の糸を見た。

 

 マサシはその前へ座った。

 

「キャタピーと同じようにやらなくてもいいよ」

 

 ビードルが顔を上げる。

 

「昨日、袖を直してくれただろ。あれ、細かいところへちゃんとつけてたじゃん」

 

 マサシは袖を見せた。

 

「近くなら上手くできる。そこからやろう」

 

 手のひらほどの枯れ葉を選び、地面へ置く。

 

 すぐ隣には、小さな石を置いた。

 

「この葉っぱが飛ばないように、石へつけてみてくれ」

 

 ビードルが近づく。

 

 頭を少し動かし、短く糸を吐いた。

 

 葉の端から石へ、白い線が渡る。

 

 マサシが手で風を送ると、葉は浮きかけて止まった。

 

「そう。それでいい」

 

 ビードルはもう一本、糸を重ねた。

 

 今度は葉の反対側だった。

 

 もう一度、風を送る。

 

 葉は、さっきより動かなくなった。

 

「お前、細かいところ見てるな」

 

 ビードルが体を起こす。

 

 隣からキャタピーも覗き込んできた。

 

 マサシは二体を見比べた。

 

 遠くの枝へ届かせたキャタピー。

 

 小さな葉を、丁寧に留めたビードル。

 

 同じ糸でも、それぞれの使い方があった。

 

     ◇

 

 ヒトカゲが、落ち枝を一本運んできた。

 

 マサシの前へ置き、期待するように見上げる。

 

「手伝ってくれるのか?」

 

「カゲ!」

 

「じゃあ、その枝を持ってて」

 

 持たせる位置を確かめ、尻尾の炎から離す。

 

 ヒトカゲは真剣な顔で枝を横へ構えた。

 

 キャタピーが口元を上げる。

 

 するとヒトカゲも、枝を持ち上げた。

 

 キャタピーが向きを変える。

 

 ヒトカゲも枝を動かす。

 

「いや、避けなくていい」

 

「カゲ?」

 

「当てる練習だから」

 

 ポッポが近くで鳴いた。

 

 ヒトカゲが振り向いた、その瞬間だった。

 

 白い糸が枝の中央へ命中する。

 

「……今のは当たったな」

 

 キャタピーが嬉しそうに鳴いた。

 

 ヒトカゲは糸のついた枝を見てから、ポッポを見た。

 

 ポッポは、何も知らない顔で羽を整えていた。

 

     ◇

 しばらくして、マサシは練習を止めた。

 

 キャタピーが糸を吐くまでに、少し間が空くようになっていた。

 

 ビードルも、さっきより体を低くしている。

 

「休もう」

 

 キャタピーがもう一度、枝を見た。

 

「続きはまたできる。今は水」

 

 容器を出し、二体の前へ置く。

 

 マサシも水を飲んだ。

 

 思っていた以上に喉が渇いていた。

 

「見てるだけのつもりだったけど、俺も疲れたな」

 

 ヒトカゲが隣へ座る。

 

 ポッポは低い枝で、片足を体へしまっていた。

 

 少し休んでから、マサシは地面に残った糸を拾い始めた。

 

 木の根へ回したもの。

 

 枝や石へつけたもの。

 

 残しておけば、あとから来たポケモンが引っかかるかもしれない。

 

 キャタピーとビードルが顔を上げた。

 

「片づけまでな」

 

 二体は休憩を終えると、手の届くところの糸をまとめるのを手伝った。

 

     ◇

 

 昼前、マサシたちは道へ戻った。

 

 練習をしたぶん、歩く速さは控えめにする。

 

 キャタピーとビードルは、ときどきボールで休んだ。

 

外へ出たときにはリュックへ乗せ、ヒトカゲにも疲れていないか声をかけた。

 

 小さな坂を越えたところで、人の声が聞こえた。

 

「そっち、押さえて! あっ!」

 

 軽い音が続く。

 

 丸い木の実が、坂道を転がってきた。

 

 一つ、二つ。

 

 続いて、小さな袋まで滑ってくる。

 

「ヒトカゲ、踏むなよ!」

 

 マサシは袋を靴で止め、拾い上げた。

 

 坂の上から女の子が駆け下りてくる。

 

 そのあとを、ナゾノクサが短い足で追っていた。

 

「ごめんなさい! それ、あたしの!」

 

「これ?」

 

 袋を渡すと、女の子はほっとした顔になった。

 

「ありがとう。枝に引っかけちゃって……」

 

 肩から提げた布袋の底が裂けていた。

 

 そこから、中の木の実がこぼれたらしい。

 

 ナゾノクサが一つ拾い、彼女の足元へ置いた。

 

 ほかの木の実は道の端へ散らばっている。

 

 そのうちの一つが、斜面を転がり始めた。

 

「あっ、待って!」

 

 女の子が手を伸ばす。

 

 マサシはキャタピーへ顔を向けた。

 

「キャタピー、あの木の実へ糸をつけろ!」

 

 白い線が飛ぶ。

 

 木の実に触れたが、丸い表面を滑って外れた。

 

 マサシはすぐに周囲を見た。

 

 転がる先には、地面から張り出した根がある。

 

「根の方だ! 道を横切るように張れ!」

 

 キャタピーが向きを変えた。

 

 糸が斜面の低いところへ伸びる。

 

 転がってきた木の実が、その線へ触れた。

 

 一度跳ね、止まる。

 

「よし!」

 

 マサシは足場を確かめながら下り、木の実を拾った。

 

 戻ると、キャタピーが体を伸ばして待っていた。

 

「できたな」

 

 指先で軽く頭へ触れる。

 

 キャタピーが嬉しそうに鳴いた。

 

     ◇

 

「キャタピーって、そんなこともできるんだ!」

 

 女の子は木の実を受け取り、目を丸くした。

 

「今朝、練習したばっかり」

 

「じゃあ、早速役に立ったんだね」

 

 その言葉に、マサシも少し嬉しくなった。

 

 ポッポが草の陰の木の実を見つけ、ヒトカゲが拾ってくる。

 

 ナゾノクサも葉を揺らしながら歩き回り、やがて散らばったものはほとんど集まった。

 

 けれど、袋はそのまま使えなかった。

 

 女の子が裂けた底を両手でつまむ。

 

「町まで、抱えて持つしかないかな……」

 

 マサシはビードルを見た。

 

 リュックの上から、じっと袋を見つめている。

 

「やってみるか?」

 

 ビードルが鳴いた。

 

 マサシは女の子へ手を差し出す。

 

「袋、ちょっと貸して。町までの間だけなら、塞げるかも」

 

 木の実をいったん地面へ置き、袋を裏返す。

 

 裂け目を合わせ、余った布を少し折った。

 

 袖の小さな穴とは違う。

 

 中身を入れれば、重みがかかる。

 

「破れたところだけじゃなくて、周りにもつけよう」

 

 マサシが布を押さえる。

 

 ビードルが近づき、短い糸を重ね始めた。

 

 細く、何度も。

 

 片方を留め、反対側へ回る。

 

 途中で糸がずれると、マサシは布の持ち方を変えた。

 

「急がなくていい」

 

 ビードルは顔を寄せ、もう一度糸をつける。

 

 白い筋が、裂け目の周りを少しずつ覆っていった。

 

 最後に、マサシは袋を軽く引いた。

 

 裂け目は開かなかった。

 

「うん。いけそう」

 

 木の実を少しずつ戻す。

 

 底を支えながら、女の子へ渡した。

 

「強く振ったり、詰めすぎたりしないで。町に着いたら縫ってもらって」

 

「ありがとう!」

 

 女の子は袋を抱え、ビードルの前へしゃがんだ。

 

 針へ近づきすぎないよう、少し距離を空ける。

 

「助かったよ、ビードル」

 

 ビードルは一度、マサシを見た。

 

 それから女の子へ向き直り、小さく鳴いた。

 

 足元のナゾノクサも、葉を揺らして声をかける。

 

 ビードルは朝より少し高く、体を起こしていた。

 

     ◇

 

 別れ際、女の子は小さな包みを差し出した。

 

「お礼。よかったら、みんなで食べて」

 

「そんな、いいのに」

 

「拾ってもらったから、ちゃんと残ってるもの」

 

 中には、分けやすい小粒の木の実が入っていた。

 

 マサシは迷ったあと、受け取った。

 

「じゃあ、もらう。ありがとう」

 

 女の子とナゾノクサが道の先へ消えてから、マサシはしゃがんだ。

 

 キャタピーとビードルが前へ来る。

 

「お前らがもらったお礼だな」

 

 包みを開くと、二体が揃って顔を近づけた。

 

 ヒトカゲも覗き込む。

 

 ポッポまで降りてきた。

 

「分けるから。順番」

 

 一体分ずつ、手のひらへ載せる。

 

 ビードルは受け取る前に、マサシの袖を見た。

 

 次に、女の子が去った方へ顔を向ける。

 

 マサシはそっと背中へ触れた。

 

「お前の糸、助かるな」

 

 ビードルが顔を上げた。

 

「また頼むよ」

 

 今度の返事は、はっきりしていた。

 

     ◇

 

 午後の道を歩きながら、マサシは朝の練習を思い返していた。

 

 キャタピーは遠くへ糸を伸ばすのが上手い。

 

 ビードルは近くへ細かく重ねるのが得意だった。

 

 同じ技を使っていても、見ていれば違いがある。

 

「同じように教えればいいってもんでもないんだな」

 

 独り言に、ヒトカゲが顔を向けた。

 

 マサシはその頭へ手を置く。

 

「お前のことも、ちゃんと見ないとな」

 

「カゲッ」

 

 ヒトカゲは嬉しそうに鳴き、少しだけ歩く速さを上げた。

 

 マサシも続こうとして、頭上の影に気づく。

 

 ポッポが戻ってきた。

 

 いつものように枝へ止まらず、彼の前を低く一周する。

 

「どうした?」

 

 ポッポが道の先へ顔を向けた。

 

 木々の間に、広い空間が見える。

 

 そこから、誰かの声が聞こえていた。

 

「もう一度だ! 焦らず相手を見ろ!」

 

 続いて、地面を蹴る音。

 

 枝の上でポッポが羽を畳んだ。

 

 マサシは目を細め、葉の向こうを覗いた。

 

 案内板に書かれていた、バトルの広場だろう。

 

「……ちょっと見ていくか」

 

 ヒトカゲが隣へ並ぶ。

 

 キャタピーとビードルも、リュックの上から前を覗いた。

 

 広場の中央には、一体のトランセルがいた。

 

 その正面で、大きな角を開いたカイロスが構えていた。

 

第6話終了

 

次回・第7話「森のバトル広場!トランセルとカイロス」

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