ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
オレンジの町を離れた一行は、穏やかな海を進んでいた。
「なあ、ナミ! 次の島はまだか?」
船首に立ったルフィが、海の向こうを覗き込む。
「さっきから何度も聞かないでよ。ちゃんと進んでるわ」
「腹減ったぞー!」
「それは島が見えるかどうかと関係ないでしょ!」
ナミの怒鳴り声が海に響いた。
甲板では、ゾロが壁にもたれて目を閉じている。騒ぎなど聞こえていないかのようだった。
ミナトはそんな三人を眺め、くすりと笑った。
「相変わらずだね」
「ミナト、笑ってないであんたも手伝いなさいよ。船を探す当てくらい考えておいて!」
「そうだなあ。まずは島に着いて、話を聞いてみようか。船を持っている人がいるかもしれない」
「最初からそのつもりよ」
ナミは地図に目を戻した。
ミナトは船縁に手を置き、水平線を見つめる。
まだ見たことのない島。知らない土地で暮らす人々。自分の知らない文化や景色。
祖父母から聞かされてきた世界が、今は目の前に広がっている。
その先に何が待っているのか。考えるだけで、自然と胸が弾んだ。
「おっ! 島だ!」
ルフィの声に、ミナトは顔を上げた。
緑の丘が連なる島影が、海の向こうに見えている。
「やっとね。今度こそ船の情報を集めるわよ」
「船、船って……。まずは飯だろ!」
「ルフィ!」
ナミの拳がルフィの頭に落ちた。
「いてぇ!」
ゾロが片目を開け、ため息をつく。
「島に着く前から騒ぐな。頭が痛くなる」
「ゾロも起きてたんだね」
「うるさくて眠れねえんだよ」
ミナトはまた笑った。
こうして一行は、シロップ村のある島へと向かった。
*
上陸すると、緑の草原と緩やかな坂道が一行を迎えた。
村には素朴な家々が並び、住民たちがそれぞれの仕事をしている。どこかのんびりとした、平和な空気が漂っていた。
「さて、と。船のことを聞けそうな人を探しましょうか」
ナミが歩き出した、そのときだった。
「海賊が来たぞーっ!!」
突然、村の道に大声が響き渡った。
「海賊だー! みんな逃げろーっ!!」
長い鼻が特徴的な少年が、道を走りながら叫んでいる。
ところが、村人たちは慌てるどころか、呆れた顔で少年を見送っていた。
「またウソップか」
「毎度毎度、飽きないもんだねえ」
「はいはい、海賊が来たんだね」
「だから本当だってば!」
少年――ウソップは、相手にされないことに腹を立てながらも、胸を張って叫び続ける。
その様子を見たルフィは、腹を抱えて笑った。
「なんだ、あいつ! おもしれえ!」
「毎朝ああなのかしら……」
ナミが呆れたように呟く。
ミナトは村人たちとウソップを交互に見た。
誰も本気で取り合わない。それでもウソップは、まるで本当に村を守っているかのように警告を続けている。
ただ目立ちたいだけなのか、それとも――。
そんなことを考えていると、ウソップがこちらに気づいた。
「むっ! さてはお前たち、見慣れない顔だな!」
少年は勢いよく振り返り、こちらへ歩いてくる。
「お前たち、何者だ!」
「海賊!」
ルフィが即答した。
ウソップの顔がぴたりと止まる。
「……は?」
「だから海賊だ!」
「ほ、本物の海賊だと!?」
ウソップの目が輝いた。彼はルフィたちを上から下まで眺めると、急に威厳のある態度を取り繕った。
「ふっふっふ……。ならば、このウソップ様が誰なのか教えてやろう!」
彼は片手を腰に当て、堂々と胸を張る。
「オレ様こそ、八千人の部下を従える大海賊! キャプテン・ウソップだ!」
「八千人!?」
ルフィが目を輝かせた。
「すっげえ! お前、そんなに仲間がいるのか!」
「お、おう! 当然だ!」
「どうやって集めたんだ!?」
「そ、それはだな……。オレ様の偉大さに惹かれて、世界中から集まってきたのだ!」
ウソップは勢いに乗って話を続けたが、ゾロは冷めた目で見ていた。
「……話を盛りすぎだろ」
「なにぃ!? 貴様、オレ様の偉大さが分からんのか!」
「はいはい。すごいすごい」
ナミが適当に流した。
ミナトは思わず笑った。
「ははっ。ずいぶん大きな船団なんだね」
「そうだとも! お前、なかなか分かってるじゃないか!」
「じゃあ、八千人もいるなら、食料の確保も大変そうだ」
「えっ?」
「船の整備も必要だろうし、船員たちの面倒も見なきゃいけない。船長って大変だね」
「そ、それは……!」
ウソップの顔が引きつった。
ルフィは相変わらず楽しそうに笑っている。
「お前、面白いな!」
「お、おう! もっと褒めてもいいぞ!」
ウソップは慌てて胸を張り直した。
そのとき、道の向こうから三人の子どもたちが駆けてきた。
「ウソップ船長!」
「大変だよ、船長!」
「本物の海賊がいるの!?」
タマネギ、ニンジン、ピーマンの三人だった。
「おう、お前たち! ちょうどいいところに来たな!」
ウソップは、待ってましたとばかりに三人の前へ出た。
「紹介しよう! この三人は、オレの率いるウソップ海賊団の優秀な部下たちだ!」
「よろしくお願いします!」
三人は元気よく頭を下げた。
ルフィはしゃがみ込んで、興味深そうに彼らを見つめる。
「お前らも海賊なのか?」
「うん! ウソップ船長と一緒に海賊団をやってるんだ!」
「へえー!」
ルフィはすっかり気に入った様子だった。
一方、ミナトは子どもたちとウソップのやり取りを眺めていた。
大げさなことばかり言っているウソップだが、三人は心から彼を慕っているようだった。ウソップも、子どもたちの前ではどこか誇らしげで、頼れる船長らしく振る舞っている。
「仲がいいんだね」
ミナトが声をかけると、ウソップは得意げに鼻を高くした。
「当然だ! オレ様は部下を大切にする船長だからな!」
「ウソップ船長、昨日はおやつを全部食べちゃったけどね」
「ピーマン! 余計なことを言うな!」
子どもたちが笑い、ウソップが慌てて言い返す。
ミナトもつられて笑った。
そのとき、ナミが思い出したように口を開いた。
「ねえ、ウソップ。この村に船を持っている人はいない?」
「船?」
「私たち、次の航海に使う船を探してるの。何か知らない?」
ウソップは顎に手を当て、少し考えた。
「そうだな……。それなら、カヤのお屋敷に行ってみたらどうだ?」
「カヤ?」
「ああ。この村で一番大きなお屋敷に住んでるお嬢様だ。立派な船だって持ってるかもしれないぞ」
ナミの表情が明るくなった。
「本当!? 案内してくれる?」
「お、おう! このウソップ様に任せておけ!」
ウソップは再び胸を張った。
「よし! 行こうぜ!」
ルフィはすぐに歩き出す。
「ちょっと、まだ道も聞いてないでしょ!」
ナミが追いかけ、ゾロは面倒くさそうに後をついていった。
ミナトはウソップと子どもたちに笑顔を向ける。
「案内、よろしくね」
「任せろ!」
*
村の坂道を上っていくと、周囲の家々とは明らかに違う大きな屋敷が見えてきた。
広い庭に、整えられた植え込み。立派な門の向こうには、落ち着いた雰囲気の建物が建っている。
「ここがカヤのお屋敷だ」
ウソップは、先ほどより少し声を落として言った。
「カヤは身体が弱くてな。あんまり外に出られないんだ。だからオレが、毎日面白い話を聞かせてやってる」
「そうだったんだ」
ミナトは屋敷を見上げた。
「オレの冒険談を聞けば、誰だって元気になるからな!」
ウソップはいつもの調子を取り戻し、胸を張った。
「この前なんか、巨大な海王類を一撃で倒した話を――」
「それ、昨日も聞いたよ、船長」
「何度聞いても面白い話は面白いんだ!」
タマネギたちの声に、ウソップが反論する。
そのやり取りを聞きながら、ミナトは微笑んだ。
大げさな話ばかりでも、カヤを笑顔にしたいという気持ちは本物なのだろう。
門の前まで来ると、ウソップは慣れた様子で声をかけた。
「おーい! カヤ! オレだ、ウソップだぞー!」
「ウソップ、もう少し静かにしなさいよ」
ナミが小声で注意する。
「い、いいんだよ! いつもこうして呼んでるんだから!」
やがて屋敷の扉が開き、執事服を着た男が姿を現した。
「皆さん、何かご用でしょうか」
眼鏡をかけた男は、落ち着いた口調で一行を見渡した。
「私はクラハドールと申します。お嬢様に何かご用件が?」
「船を探してるんだ!」
ルフィが遠慮なく答えた。
「ルフィ、少しは順序ってものがあるでしょ!」
ナミがルフィの腕を引っ張った。
クラハドールは小さく眼鏡を押し上げ、穏やかな表情を崩さずに言った。
「なるほど。ですが、お嬢様はお身体が優れません。突然のご訪問に対応できるとは限りませんので、まずは事情を伺いましょう」
「カヤなら会ってくれると思うぞ!」
ウソップが口を挟む。
「ウソップさん。お嬢様のご体調を考えていただけますかな」
「わ、分かってるよ!」
ウソップは少しばつの悪そうな顔をした。
その様子を見て、ミナトはクラハドールへ視線を向けた。
立ち姿は隙がなく、歩き方も静かだ。周囲への気配りも行き届いている。
ただの執事として見れば、何もおかしいところはない。
それなのに、ミナトはなぜか、彼の動きが妙に印象に残った。
――よく訓練されている人だな。
そう思ったものの、すぐに結論を出すことはしなかった。
クラハドールは一行を屋敷の中へ案内する前に、別の使用人へ声をかけた。
「お嬢様に、お客様がお見えになったと伝えてください」
やがて、奥から穏やかな声が聞こえた。
「ウソップが来ているの? それなら、お会いしたいわ」
ウソップの顔がぱっと明るくなる。
「ほらな! カヤはオレに会いたいんだ!」
「はいはい、よかったわね」
ナミが肩をすくめた。
ミナトは笑みを浮かべ、屋敷の奥へと足を進めた。
そこには、ウソップが大切にしている日常がある。
そして、その日常のすぐそばにいる執事の男が、なぜか少しだけ気になっていた。
まだ、何かを疑う理由はない。
ただ、その違和感を忘れないようにしよう。
ミナトはそう心に留め、仲間たちの後を追った。