ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
カヤの屋敷には、穏やかな空気が流れていた。
「それでね、ウソップ。今日はどんなお話を聞かせてくれるの?」
窓辺の椅子に座ったカヤが、楽しそうに尋ねた。
「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれた! 今日の話は、これまでの冒険とはひと味違うぞ!」
ウソップは待ってましたとばかりに胸を張った。
「ある日、オレ様は巨大な海王類が出るという海域を通りかかった! そいつは山みたいにでかくてな、船を丸ごとひと飲みにするほどだったんだ!」
「本当か!?」
ルフィが身を乗り出した。
「おう! そいつが大きな口を開けて襲いかかってきたんだが、オレ様は逃げなかった!」
「どうしたんだ!?」
「もちろん、こう言ってやったのさ! 『オレ様の前に立ちはだかるとは、いい度胸だな!』ってな!」
「それで!?」
「……そして、オレ様は華麗に逃げた!」
「逃げたのかよ!」
ルフィが声を上げて笑った。
「うるせえ! 戦略的撤退だ! 強い敵と無駄に戦わないのも、偉大な海賊の条件なんだよ!」
「ははっ、なるほどね」
ミナトも笑った。
「ちゃんと生きて帰ってくるのも大切だよね」
「そうだろう、ミナト! お前は話が分かるな!」
ウソップは得意げに頷いた。
カヤも口元に手を添え、楽しそうに笑っている。
「ウソップのお話は、いつも面白いわ」
「だろ? また新しい冒険をしたら、聞かせてやるからな!」
「約束よ」
「ああ、約束だ!」
二人は笑顔を交わした。
ミナトはその様子を静かに見守っていた。
ウソップの話は、どこまでが本当なのか分からない。けれど、カヤが心から楽しんでいるのは確かだった。
病気で自由に外へ出られない彼女にとって、ウソップの語る冒険は、遠い世界へつながる窓のようなものなのだろう。
「ねえ、カヤ」
ナミが話に区切りがついたところで口を開いた。
「この辺りで、船について詳しい人はいないかしら? 私たち、次の航海に使える船を探しているの」
「船なら、メリーに聞いてみるといいと思うわ。屋敷のことも村のことも、よく知っているから」
「ありがとうございます」
ナミはにっこりと笑った。
その後もしばらく会話を楽しんだ一行は、カヤの休息を邪魔しないよう、屋敷を後にすることにした。
「また来るぞ、カヤ!」
「ええ。ウソップ、みなさんも、またいらしてくださいね」
カヤは窓辺から、彼らを見送った。
*
屋敷を出ると、ウソップは子どもたちと合流するため、村の道を歩き始めた。
「じゃあ、オレはちょっと用事があるからな! お前ら、勝手についてくるんじゃねえぞ!」
「船長、またカヤのところに行くの?」
「うるせえ! オレ様には偉大な海賊としての仕事があるんだ!」
ウソップは三人を適当にあしらうと、ルフィたちへ振り返った。
「お前らも、村で騒ぎを起こすなよ!」
「おう!」
ルフィは元気よく答えた。
「お前が言うなっての」
ゾロがぼそりと呟く。
「何か言ったか、ゾロ!」
「別に」
ゾロは興味を失ったように歩き出した。
ミナトはその後ろ姿を見送りながら、ウソップに手を振った。
「またね、ウソップ」
「おう! 次に会うときは、もっとすげえ冒険談を聞かせてやるからな!」
そう言って、ウソップは村の奥へ走っていった。
ルフィはその姿を見て、楽しそうに笑った。
「変な奴だけど、面白えな!」
「そうね。話は大げさだけど」
ナミが肩をすくめる。
「でも、カヤを笑わせていたのは本当だよ」
ミナトが言うと、ナミは少しだけ表情を和らげた。
「……まあ、それはそうね」
四人は村の道を進み、船のことを聞くために、もう少し周囲を見て回ることにした。
*
その頃、村から少し離れた海岸では、一人の男が奇妙な歩き方で岩場を進んでいた。
黒い帽子に、ハート形のサングラス。手には輪のような道具を持っている。
男の名はジャンゴ。
彼は周囲を見回し、人目がないことを確かめると、懐から電伝虫を取り出した。
「……よし。ここなら邪魔は入らねえな」
電伝虫を操作し、通信をつなぐ。
やがて、受話器の向こうから声が聞こえてきた。
『……状況はどうなっている』
ジャンゴは帽子のつばを指で押し上げた。
「準備はできてるぜ。いつでも動ける」
『余計なことはするな。予定どおりに進めろ』
「分かってるって。こっちは三年も待ったんだ。今さら失敗なんかするかよ」
ジャンゴは口を尖らせた。
「それにしても、こういう計画ってのは肩が凝るなあ。もっと景気よく、派手にやったほうが――」
『ジャンゴ』
低い声が、言葉を遮った。
『余計な真似をすれば、お前もただでは済まんぞ』
「……へいへい。分かってますよ」
ジャンゴは一瞬だけ顔をしかめたが、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「じゃあ、合図を待ってりゃいいんだな?」
『そうだ』
通信はそこで切れた。
ジャンゴは電伝虫をしまい、海の向こうを眺めた。
「まったく、気難しい奴だぜ……」
ぼやきながらも、彼の口元には薄い笑みが浮かんでいた。
計画は、確実に動き始めている。
*
岩場の少し離れた場所。
ウソップは、海岸沿いを歩いている途中で、聞き慣れない声に気づいた。
「ん?」
岩陰から、誰かの話し声が聞こえる。
ウソップは足を止めた。
声の主は、先ほど村で見かけた奇妙な男だった。ウソップはまだ、その男が何者なのか詳しく知らない。
だが、わざわざ人目を避けて話している様子が気になった。
「……何を話してるんだ?」
ウソップはそっと岩の陰へ身を隠した。
風に混じって、男の声が聞こえてくる。
「準備はできてるぜ。いつでも動ける」
ウソップは眉をひそめた。
続いて、電伝虫の向こうから低い声が響いた。
「予定どおりに進めろ」
ウソップの背筋に、嫌な予感が走った。
ただの仕事の話ではない。男の口調も、会話の内容も、どこか物々しい。
さらに、男は三年という時間について口にしていた。
三年も待った。今さら失敗はしない。
その言葉が、ウソップの頭に引っかかった。
やがて通信が終わり、男が電伝虫をしまう。
ウソップは慌てて身を縮めた。
足音が遠ざかっていく。
しばらくして、周囲が静かになったことを確かめてから、ウソップは岩陰から顔を出した。
「……なんだったんだ、今の」
誰と話していたのかは分からない。
けれど、男が何かを計画していることだけは感じ取れた。
ウソップは海の向こうを見つめた。
この村は平和だ。村人たちはいつもどおり暮らし、子どもたちは遊び、カヤも屋敷で過ごしている。
もし、あの男の計画が村に関係するものだったら。
そう考えた瞬間、胸の奥がざわついた。
「……気のせいだよな?」
自分に言い聞かせるように呟く。
しかし、先ほどの会話が頭から離れなかった。
ウソップは踵を返し、村へ向かって走り出した。
*
「おい! みんな、聞いてくれ!」
村へ戻ったウソップは、見つけた村人たちへ声をかけた。
「海賊が来るかもしれねえ!」
村人たちは一斉に振り返った。
そして、すぐに呆れた顔をする。
「またか、ウソップ」
「今度は何の話だ?」
「違うんだ! 今度は本当なんだよ!」
ウソップは必死に説明しようとした。
「海岸で、変な男が電伝虫で誰かと話してたんだ! 何かの計画を進めてるみたいだった! あれは絶対におかしい!」
「電伝虫で話していただけだろう?」
「それに、海賊が来るっていう証拠はあるのかい?」
「そ、それは……!」
ウソップは言葉に詰まった。
相手の名前も分からない。計画の詳しい内容も聞き取れなかった。海賊が来ると、はっきり言っていたわけでもない。
それでも、何かが起きようとしている気がした。
「とにかく、警戒したほうがいいんだ! 頼むよ!」
村人たちは困ったように顔を見合わせた。
「ウソップ、あんまり騒ぎを起こすんじゃないよ」
「本当に危険なら、誰かが気づくだろう」
「お前の話は、もう聞き飽きたんだ」
その言葉に、ウソップは唇を噛んだ。
何を言っても、信じてもらえない。
いつもと同じだ。
自分が嘘をついてきたせいで、いざ本当のことを伝えようとしても、誰も耳を貸してくれない。
「……くそっ」
ウソップは拳を握りしめた。
悔しかった。
自分の言葉が信じてもらえないことも、村人たちが危険に気づいていないことも。
だが、だからといって、何もしないわけにはいかなかった。
カヤがいる。
タマネギたちもいる。
毎日を当たり前のように過ごしている村のみんながいる。
「……オレが、何とかしなきゃ」
ウソップは顔を上げた。
誰も信じてくれないなら、自分で確かめるしかない。
もし本当に危険が迫っているのなら、自分が守る。
それが、ウソップ自身の決意だった。
*
一方、村の別の場所では、ミナトたちが船についての情報を集めていた。
「カヤのお屋敷の船は、すぐには譲ってもらえそうにないわね」
ナミが少し残念そうに言った。
「まあ、焦ることはないよ。ほかにも方法はあるさ」
ミナトは穏やかに答えた。
ルフィは近くの店先を覗き込んでいる。
「なあ、なんか食うもんねえかな?」
「船の話をしてるのよ!」
「腹が減ったんだよ!」
ゾロは腕を組み、二人のやり取りを聞き流していた。
ミナトはふと、丘の上に見える屋敷へ目を向けた。
そこで働く執事――クラハドール。
礼儀正しく、落ち着いていて、仕事にも隙がない。
それでも、あの動きには何かがある。
まだ、はっきりとした理由はない。
ミナトは小さく息をつき、視線を戻した。
「……もう少し、様子を見てみよう」
その呟きは、誰にも聞こえなかった。
穏やかな村の日常の裏で、何かが静かに動き始めている。
そして、ウソップは一人、誰にも信じてもらえない危険を前にしていた。