ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
夜明け前のシロップ村は、まだ静けさに包まれていた。
窓の向こうには、薄く白み始めた空が見える。遠くから聞こえる波の音だけが、いつもと変わらず村に響いていた。
けれど、その静けさが長く続かないことを、ミナトは知っていた。
「……そろそろかな」
村へ続く坂道の近く。木陰に身を潜めながら、ミナトは海の方へ目を向けた。
昨夜、クラハドールがメリーを襲った。
その事実だけでも、十分に危険な状況だった。あの男は、ただの執事ではない。人を傷つけることにためらいがなく、自分の計画のためなら長年仕えてきた相手さえ切り捨てる。
そして、クロが何かを企んでいる以上、黒猫海賊団が現れる可能性は高い。
ミナトは視線を戻し、仲間たちのもとへ向かった。
*
「つまり、あいつらは今日、村を襲ってくる可能性が高いってことだな!」
ルフィは拳を握り、やる気満々の様子で言った。
「可能性が高い、ということだよ。まだ敵の正確な数も、どこから来るかも分からない」
「なら、来た奴をぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「……まあ、ルフィらしい答えね」
ナミが呆れたように肩をすくめる。
ゾロは腕を組み、ミナトへ視線を向けた。
「お前はどう動く?」
「まず、村人たちが戦いに巻き込まれないようにしたい。敵が一か所から来るとは限らないから、オレは周囲を見ながら、村へ回り込もうとする敵を止めるよ」
「じゃあ、正面はオレとゾロだな!」
「勝手に決めるな。……まあ、間違っちゃいねえが」
ゾロは腰の刀を確かめた。
「私は村人たちの避難を手伝うわ。戦いの邪魔にならない場所へ誘導する」
ナミの言葉に、ミナトは頷いた。
「頼むよ。無理はしないでね」
「それはこっちの台詞よ。ミナトだって、何でも一人で片づけようとしないこと」
「分かってる。危ない状況になったら、ちゃんと合流するよ」
そう答えたミナトは、懐のクナイを確かめた。
刃の根元には、飛雷神の術式が刻まれている。
地形を確認し、必要な場所へクナイを配置しておく。飛雷神は便利な術だが、どこへでも自由に移動できるわけではない。印のある場所が限られていれば、対応できる範囲も限られる。
だからこそ、戦いが始まる前の準備が重要だった。
「それじゃ、みんな。気をつけて」
ミナトが言うと、ルフィは大きく笑った。
「おう! 終わったら飯だな!」
「……本当に緊張感がないわね」
ナミのぼやきに、ミナトは小さく笑った。
それでも、ルフィの言葉はいつもと変わらない。
どんな相手が来ようと、仲間と一緒に立ち向かう。その迷いのなさは、頼もしくもあった。
*
一方、村の中ではウソップが必死に声を張り上げていた。
「だから、本当に海賊が来るんだって! みんな、早く逃げろよ!」
しかし、村人たちは困ったような顔をするばかりだった。
「ウソップ、またその話か?」
「今度こそ本当なんだ! クロ……いや、あの執事も海賊なんだぞ!」
「そんなことを言われてもなあ……」
誰も信じてくれない。
これまで何度も海賊が来たと嘘をついてきた。そのせいで、本当に危険が迫っている今でさえ、ウソップの言葉は冗談として受け取られてしまう。
ウソップは唇を噛んだ。
怖い。
海賊が本当に村へ押し寄せてきたら、自分に何ができるのか分からない。
けれど、クロがカヤを狙っていることだけは確かだった。
「……くそっ」
ウソップはパチンコを握り直した。
「だったら、オレが止めるしかねえだろ!」
誰も信じてくれなくてもいい。
自分が嘘つきだと思われたままでもいい。
村の人たちが傷つくのを、黙って見ているわけにはいかなかった。
*
やがて、海の方から複数の足音が響いてきた。
ミナトは木陰から身を乗り出し、坂道の先を見つめる。
黒い服の海賊たちが、まとまってこちらへ向かってきていた。
「……来たか」
その数は少なくない。
海賊たちは武器を手に、村へ続く道を塞ぐように広がっている。先頭には、奇妙な形の円盤を持った男がいた。
ジャンゴだ。
その後ろには、船の方から合流した海賊たちも見える。
彼らは、村人たちが抵抗するとは考えていないのだろう。足取りに迷いはなく、村へ踏み込むことしか頭にないようだった。
「おい、あそこに誰かいるぞ!」
海賊の一人が叫んだ。
道の先に立っていたのは、ルフィとゾロだった。
ルフィは腕を組み、海賊たちを見渡す。
「お前らが、クラハードルの仲間か?」
「何だと、このガキ!」
「村へは行かせねえぞ!」
ゾロが刀を抜いた。
「来るなら来い。まとめて相手してやる」
海賊たちは一瞬だけ足を止めたが、すぐに怒号を上げて襲いかかってきた。
「ぶっ飛ばせえ!」
ルフィが前へ飛び出す。
「ゴムゴムのピストル!」
伸びた拳が先頭の海賊を吹き飛ばした。
ゾロも迫る敵の攻撃を刀で受け流し、反撃を繰り出す。二人が正面で敵を引きつけている間、ミナトは周囲の動きを見ていた。
正面から押し寄せてくる一団。そのさらに外側を、別の男たちが回り込もうとしている。
「やっぱり、正面だけじゃないか」
ミナトはすぐに進路を変えた。
「ルフィ、ゾロ! そっちは任せたよ!」
「おう!」
「分かってる!」
二人の返事を背に、ミナトは回り込もうとする敵へ走る。
その途中、長柄の刃物を持った男が道を塞ぐように立ちはだかった。
「お前が黄色い髪の男か。船長の邪魔をする奴は、ここで始末してやる」
「船長……クロのことだね」
「黙れ!」
男が武器を振り上げた。
ミナトは村へ続く道を背にしないよう、相手を少しずつ外側へ誘導する。
「ここで暴れられると困るんだ。場所を変えようか」
「逃げる気か!」
「さあ、どうだろうね」
男が怒りに任せて踏み込んだ。
ミナトはその攻撃をかわし、戦場を村から離れた道へ移していった。
*
海賊たちの攻撃は激しさを増していた。
ゾロは何人もの敵を倒していたが、その前に二人の男が進み出る。
「へへっ。お前、なかなかやるじゃねえか」
「だが、ここから先は俺たちニャーバン兄弟が相手だ!」
ブチとシャム。
船の見張りを任されていた二人は、猫のように身軽な動きでゾロを取り囲んだ。
「二人がかりか。構わねえよ」
ゾロは刀を構え直す。
ブチが正面から突っ込み、シャムが横から回り込む。二人の動きは単純な力押しではなく、互いの攻撃を補うように組み立てられていた。
ゾロは一撃を受け止めたが、その隙にシャムが懐へ潜り込む。
「もらった!」
シャムの手が刀の柄を掴んだ。
「何っ!」
もう一本も、ブチに押さえられる。
ゾロはすぐに取り返そうとしたが、二人は素早く距離を取った。
「どうだ! 剣がなけりゃ何もできねえだろ!」
ゾロは舌打ちする。
「……面倒な真似をしやがる」
離れた場所で様子を見ていたナミは、ゾロの刀が奪われたことに気づいた。
「ちょっと、あの二人……!」
ナミは地面に転がった刀へ向かって走り出す。
しかし、その行く手にジャンゴが立ちはだかった。
「おっと。どこへ行くつもりだ?」
「邪魔よ!」
ナミは身をかわし、地面に落ちていた刀を拾い上げる。
ジャンゴが円盤を振るった。ナミは紙一重でそれを避け、刀を抱えてゾロの方へ駆け戻った。
「ゾロ、受け取りなさい!」
投げ渡された刀を、ゾロが受け取る。
「助かった」
「お礼はいいから、さっさと倒して!」
「言われなくても分かってる」
ゾロは二本の刀を構えた。
シャムが飛び込んでくる。ゾロはその動きを見切って身をひねり、続けてブチの懐へ踏み込んだ。
「遅え!」
二振りの刀が閃く。
二人は地面へ叩きつけられた。
ゾロは刀を構えたまま、倒れた兄弟を見下ろす。
「二人で来るなら、もう少し連携を磨いておくんだな」
*
その頃、村の反対側では、ウソップがジャンゴと向き合っていた。
ジャンゴは円盤を指先で回しながら、ウソップを見て笑った。
「お前が村の嘘つきか。わざわざ俺の前に出てくるとは、ずいぶん勇気があるじゃないか」
「う、うるせえ! オレは嘘つきなんかじゃ……いや、嘘はつくけど、今日のことは本当なんだ!」
「何を言っているのか分からんな」
ジャンゴは円盤を揺らした。
「まあいい。お前も眠らせてやるよ」
ウソップは咄嗟に目をそらした。
その動きだけで、相手の催眠術が危険なものだと分かる。
「そんなもんに、かかってたまるか!」
ウソップはパチンコを構え、弾を放った。
ジャンゴは首を傾けてかわす。
「当たらんな!」
「まだまだ!」
ウソップは続けて弾を撃ち込む。ジャンゴは円盤を振り回しながら、少しずつ距離を詰めてきた。
ウソップの背後には村へ続く道がある。
ここで逃げれば、ジャンゴが村へ向かうかもしれない。
ウソップは震える膝に力を込めた。
「……ここは通さねえぞ!」
ジャンゴが円盤を掲げる。
ウソップは目をそらしたまま、相手の足元へ狙いを定めた。
「くらえっ!」
弾が地面に当たり、小石が跳ね上がる。
「うわっ!」
ジャンゴが思わず顔を背けた。
その隙に、ウソップはもう一発を撃ち込む。
弾がジャンゴに命中し、彼の身体がよろめいた。
「この……!」
ジャンゴは円盤を握り直そうとしたが、ウソップは間を与えなかった。
「村を襲わせるもんか!」
次の一発が命中する。
ジャンゴはよろめき、ついに地面へ倒れた。
ウソップはパチンコを構えたまま、しばらく動けなかった。
怖かった。今だって、心臓が飛び出しそうなくらいだ。
それでも、彼は逃げなかった。
「……やった、のか?」
恐る恐る近づき、ジャンゴが動けないことを確かめる。
ウソップは大きく息を吐いた。
「よし……! オレだって、やるときはやるんだ!」
*
海岸に近い道では、ミナトと幹部の戦いが続いていた。
男の長柄武器が、何度も空を切る。
ミナトは大きく跳び退くのではなく、刃が届くぎりぎりの位置で身体をずらしていた。
相手の攻撃は速い。だが、振り切ったあとに武器を戻す動作が大きく、そこにわずかな隙が生まれる。
ミナトはそれを見逃さなかった。
男が刃を横に薙ぐ。
ミナトは身をかがめてかわし、そのまま相手の背後へ回り込むように踏み込んだ。
指先が、男の背中に触れる。
ほんの一瞬。服の上に、飛雷神の術式が刻まれた。
「ちょこまかと……!」
男は振り返り、投げナイフを抜く。
「これで終わりだ!」
ナイフが飛んだ。
ミナトは身体をひねってかわし、男が追撃のために踏み込んだ瞬間、姿を消した。
「なっ……!」
次の瞬間、ミナトは男の背後に立っていた。
自ら刻んだ術式へ、飛雷神で移動したのだ。
男が振り向くより早く、ミナトの手刀が首筋を打つ。
「ぐっ……!」
男は武器を取り落とし、その場に崩れ落ちた。
ミナトは呼吸を整えながら、倒れた男を安全な場所へ移す。
「これで、ひとまず……」
そのとき、海岸の方から大きな音が響いた。
ミナトは顔を上げる。
まだ戦いは終わっていない。
*
坂道では、ジャンゴが倒れた海賊たちを見て苛立っていた。
「くそっ……! 何だってんだ、ガキどもが!」
彼は円盤を手に取り、倒れた部下たちへ近づく。
「こうなったら、もっと力を引き出してやる……!」
ジャンゴは催眠術を使い、部下たちを次々と眠らせたあと、再び目覚めさせた。
海賊たちの様子が変わる。
目つきが荒々しくなり、身体に力がみなぎっていく。
「うおおおおっ!」
海賊たちは叫びながら、再びルフィとゾロへ襲いかかった。
「なんだ、急に元気になりやがって!」
ゾロが刀で攻撃を受け止める。
ルフィも拳を振るい、敵を吹き飛ばした。
「なら、もう一回ぶっ飛ばすだけだ!」
ルフィは勢いよく飛び出したが、ジャンゴが円盤を揺らしたことで、その視線が吸い寄せられた。
「……ん?」
「眠れ!」
「……ねむ……」
ルフィのまぶたが落ち、身体から力が抜けた。
「おい、ルフィ!」
ゾロが叫んだときには、ルフィは前のめりに倒れ込んでいた。
その近くでは、海賊船の船首飾りが戦闘の衝撃で傾き、ゆっくりと滑り始めていた。
どすん、と大きな音が響く。
船首飾りが地面に落ち、ルフィの身体を押しつぶすように覆いかぶさった。
「……ルフィ!」
ゾロは駆け寄ろうとしたが、目の前の海賊たちが行く手を阻む。
ジャンゴは勝ち誇ったように笑った。
「はっはっは! これで厄介な奴は片づいた!」
しかし、彼はまだ気づいていなかった。
ルフィの身体はゴムのように伸び縮みする。
重い船首飾りに押さえつけられても、命に別状はなかった。
*
しばらくして、ルフィが目を開けた。
「……ん?」
目の前には木の板があった。
起き上がろうとすると、頭が板にぶつかる。
「いてっ!」
ルフィは頭をさすり、身体の上に覆いかぶさっている船首飾りを押しのけた。
「何だ、これ……。オレ、また寝ちまったのか?」
ジャンゴの円盤が揺れる光景が、ぼんやりと頭に浮かぶ。
「……あいつ、変なことしやがって!」
ルフィは立ち上がり、周囲を見回した。
倒れた海賊たち。壊れた船首飾り。遠くから聞こえる怒号。
「ゾロ! ナミ! ウソップ!」
返事はない。
ルフィは仲間たちの姿を探して、坂道を駆け上がった。
その先で、黒い服の男が村へ向かって歩いているのが見えた。
眼鏡をかけ、両手には長い爪のような刃。
クロだった。
部下たちが次々と倒され、計画が思うように進まないことに苛立ったクロは、自ら村へ向かおうとしていたのだ。
ルフィがその進路へ飛び出した。
「おい!」
クロが足を止める。
「……貴様は、あの麦わらか」
「お前、クロだろ!」
「そうだ。それがどうした」
「カヤを狙ってんのも、お前の計画も、もう分かってんだぞ!」
クロは眼鏡の位置を直した。
「余計なことを知ったな。ならば、ここで消えてもらうしかない」
「カヤを傷つけさせねえ!」
ルフィが拳を握る。
クロの姿が、ふっと消えた。
「なっ……!」
次の瞬間、鋭い爪がルフィの身体をかすめる。
ルフィはとっさに身を反らし、地面を転がった。
「速え……!」
「今さら気づいたか」
クロは冷たく言い放つ。
その動きは、ミナトが昨夜見せたものとも違う。目で追うことさえ難しい速度だった。
それでも、ルフィは立ち上がった。
「……?。お前、ミナトより遅えじゃねえか!」
クロの表情がわずかに変わった。
「……何?」
「ミナトの動きはもっと速かったぞ!」
ルフィは笑い、腕を大きく後ろへ引いた。
「ゴムゴムのピストル!」
伸びた拳がクロへ迫る。
クロは身体をひねってかわし、反撃の刃を繰り出した。ルフィの頬に傷が走る。
だが、ルフィはひるまなかった。
クロは速さと計算で相手を圧倒しようとする。対するルフィは、細かな駆け引きにとらわれず、隙を見つければ真正面から突っ込んでくる。
その予測しにくい動きに、クロの苛立ちが募っていった。
「なぜ当たらん……!」
「当たったら痛えからな!」
ルフィは身体を沈め、クロの攻撃をかわした。
そして、大きく腕を後ろへ伸ばす。
「ゴムゴムの……バズーカ!」
両腕が一気に前方へ放たれた。
クロは避けようとしたが、わずかに遅れた。
掌底が真正面から命中し、クロの身体が吹き飛ぶ。
「ぐあああっ!」
クロは地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。
ルフィは拳を下ろし、大きく息を吐いた。
「……よし!」
*
ほどなくして、ゾロとミナトが合流した。
「ルフィ! 無事だったか」
「おう! 変な催眠術で寝ちまったけどな!」
「そうか。……まあ、お前なら起きるとは思ってたよ」
ミナトは苦笑し、倒れているクロへ目を向けた。
「クロは、ルフィが?」
「そうだ! オレがぶっ飛ばした!」
ルフィは得意げに胸を張った。
ミナトは頷いた。
「うん。お疲れさま、ルフィ」
クロの動きは速く、判断も冷静だった。ミナト自身、簡単に倒せる相手ではないと感じていた。
けれど、最後にクロを倒したのはルフィだ。
ミナトはその勝利を奪うことなく、静かに仲間の肩を叩いた。
そこへ、パチンコを握ったウソップが駆けてくる。
「みんな! こっちは終わったぞ!」
「ウソップ! お前もやったのか!」
「当たり前だろ! オレを誰だと思ってるんだ!」
そう言いながらも、ウソップの膝はまだ少し震えていた。
ミナトはそれに気づいていたが、何も言わなかった。
怖くても逃げずに戦った。その事実は、誰かに指摘されなくても、ウソップ自身が一番よく分かっているはずだからだ。
海賊たちの怒号は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
村人たちが少しずつ姿を現し、倒れた海賊たちを遠巻きに見つめている。
長い一日が、ようやく終わろうとしていた。
黒猫海賊団の襲撃は失敗に終わった。
そして、シロップ村には守り抜かれた日常が戻ろうとしていた。
――けれど、ウソップとカヤには、まだ話さなければならないことが残っている。
その答えは、戦いが終わったあとに待っていた。