ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

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第14話

 

 黒猫海賊団との戦いが終わり、シロップ村には少しずつ静けさが戻り始めていた。

 

 つい先ほどまで響いていた怒号も、武器がぶつかる音も、今はもう聞こえない。

 

 村人たちは恐る恐る家から顔を出し、道に倒れた海賊たちを見て、ようやく襲撃が終わったことを理解し始めていた。

 

「……終わった、のか?」

 

「ああ。もう大丈夫だ!」

 

 村人の一人がそう答えると、周囲から安堵の声が広がった。

 

 ルフィは倒れた海賊たちを見回し、満足そうに笑った。

 

「よーし! これで全部終わりだな!」

 

「お前は最後まで元気だな……」

 

 ゾロは刀を収め、肩を回した。

 

「いやあ、腹減ったな!」

 

「戦いが終わった途端、それ?」

 

 ナミが呆れた声を上げる。

 

 そのやり取りを聞いて、ミナトは小さく笑った。

 

「でも、みんな無事でよかったよ」

 

 そう言って、仲間たちの様子を確かめる。

 

 ルフィに大きな怪我はない。ゾロも戦いで傷を負ってはいたが、歩けないほどではなかった。ナミも無事だ。

 

 そして、ウソップも。

 

 少し離れた場所で、ウソップは地面に座り込んでいた。手には、いつも使っているパチンコが握られている。

 

 その手は、まだわずかに震えていた。

 

 無理もない。

 

 彼は村を守るため、本物の海賊と戦ったのだ。

 

「ウソップ」

 

 ミナトが近づくと、ウソップは慌てて顔を上げた。

 

「お、おう! どうした、ミナト!」

 

「怪我はない?」

 

「このウソップ様が、あんな海賊にやられるわけないだろ!」

 

 いつもの調子で胸を張る。

 

 けれど、すぐに視線をそらした。

 

「……まあ、ちょっとだけ怖かったけどな」

 

 ミナトは笑わなかった。

 

 ただ、穏やかな声で答えた。

 

「そっか。でも、逃げずに立ち向かったんだね」

 

「……ああ」

 

 ウソップはパチンコを握る手に力を込めた。

 

「オレは……この村を守りたかったんだ」

 

「うん。ちゃんと伝わってると思うよ」

 

 ミナトの言葉に、ウソップは一瞬だけ目を丸くした。

 

 それから、照れくさそうに鼻をこすった。

 

「へへっ……まあ、当然だけどな!」

 

 いつもの大げさな態度が戻ってきた。

 

 ミナトはそれを見て、安心したように微笑んだ。

 

     *

 

 やがて、村の人々の間にウソップが海賊と戦ったという話が広がり始めた。

 

 その知らせを聞いて、屋敷から一人の少女が駆けてきた。

 

「ウソップ!」

 

 カヤだった。

 

 彼女は息を切らしながらウソップの前までやってくると、その顔や腕を確かめるように見つめた。

 

「本当に……無事でよかった」

 

「カ、カヤ! お、おう! オレなら平気だ!」

 

 ウソップは慌てて胸を張った。

 

「海賊なんて、オレにかかれば大したことないんだぜ!」

 

 言い終える前に、カヤの目が彼の腕にある傷を見つけた。

 

「大したことないって……怪我をしているじゃない」

 

「い、いや、これはその……かすり傷だ!」

 

「もう。じっとしていて」

 

 カヤは持ってきた布を取り出し、ウソップの傷を手当てし始めた。

 

 ウソップは、いつものように大げさな冒険談を語ろうとした。

 

 けれど、目の前で自分を心配してくれているカヤを見ていると、言葉がうまく出てこなかった。

 

 これまで、彼は何度も嘘をついてきた。

 

 海賊が来た。大冒険をした。恐ろしい敵を倒した。

 

 村の人々は、それをいつもの嘘だと思っていた。

 

 だが、今日の出来事だけは違う。

 

 自分は本当に戦った。

 

 怖かった。それでも、逃げなかった。

 

「……ウソップ?」

 

 カヤが不思議そうに顔を上げる。

 

「どうしたの?」

 

「いや……何でもねえよ」

 

 ウソップは照れ隠しのように笑った。

 

「それより、カヤ! オレの大活躍を聞きたいか? 何しろ、黒猫海賊団の連中を相手に、たった一人で……!」

 

「ふふっ。あとで、ゆっくり聞かせてね」

 

 カヤは優しく微笑んだ。

 

「今は、ちゃんと傷を治しましょう」

 

「お、おう!」

 

 少し離れたところで、ミナトは二人の姿を見守っていた。

 

 その横に、ルフィがやってくる。

 

「なあ、ミナト。あいつ、海賊になりたいんだよな?」

 

「うん。ずっと海へ出ることを夢見ていたみたいだね」

 

「じゃあ、誘ってみるか!」

 

 ルフィは、まるでそれが当たり前であるかのように言った。

 

 ミナトは目を細めた。

 

「そうだね。でも、最後に決めるのはウソップ自身だよ」

 

「そりゃそうだろ!」

 

 ルフィは笑った。

 

「一緒に来たいなら来ればいいし、来たくねえなら無理に連れていかねえ!」

 

 その言葉に、ミナトは祖父の教えを思い出した。

 

 仲間を大切にすること。

 

 そして、仲間の想いを大切にすること。

 

 守りたいからといって、相手の望みを自分の都合で決めてはいけない。

 

「……うん。それがいいと思う」

 

     *

 

 その日の昼頃。

 

 ルフィたちは屋敷へ招かれていた。

 

 メリーが用意してくれた食事を囲みながら、ルフィは相変わらず勢いよく料理を口へ運んでいる。

 

「うめえーっ!」

 

「少しは落ち着いて食べなさいよ!」

 

 ナミが注意しても、ルフィは聞いていない。

 

 ゾロは呆れた顔で食事を続け、ミナトは苦笑しながら湯飲みを手に取った。

 

「みなさんには、本当に感謝しています」

 

 カヤが穏やかな声で言った。

 

「みなさんが来てくださらなかったら、村はどうなっていたか……」

 

「気にすんな! 悪い奴をぶっ飛ばしただけだ!」

 

 ルフィは口いっぱいに食べ物を頬張ったまま答えた。

 

「ルフィ、口の中のものを飲み込んでから話しなさい」

 

 ナミに注意され、ルフィは慌てて飲み込んだ。

 

 カヤはくすくすと笑う。

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 そのあと、カヤは少し緊張した様子で続けた。

 

「それで……みなさんに、お礼をさせていただきたいんです」

 

「お礼?」

 

 ルフィが顔を上げた。

 

「はい。みなさんは、これからも旅を続けられるのでしょう?」

 

「おう! 海賊王になるからな!」

 

「でしたら……船を差し上げたいんです」

 

 一瞬、食卓が静まり返った。

 

 次の瞬間、ルフィが勢いよく立ち上がる。

 

「船!? 本当か!?」

 

「はい。私たちにできることは限られていますが、みなさんの旅のお役に立てるなら……」

 

「やったああああ!」

 

 ルフィの歓声が屋敷中に響き渡った。

 

「船だ! 新しい船だぞ!」

 

「うるせえ……」

 

 ゾロは耳を押さえた。

 

 ナミは目を輝かせながら、カヤに尋ねる。

 

「本当にいいの?」

 

「もちろんです」

 

 カヤは頷いた。

 

「メリーが、ずっと大切に準備してくれていた船なんです」

 

 その言葉を受けて、執事のメリーが一歩前へ出た。

 

「それでは、ご案内いたしましょう。みなさんにお渡しする船は、こちらです」

 

     *

 

 港へ向かう道を歩きながら、ルフィは何度も「船! 船!」と繰り返していた。

 

「そんなに楽しみなの?」

 

 ナミが尋ねる。

 

「当たり前だろ! 自分たちの船だぞ!」

 

「まあ、それはそうだけど……」

 

 ゾロは欠伸をしながら歩いている。

 

 ミナトは海から吹く風を感じながら、少し先に見える帆柱へ目を向けた。

 

 自分が育った村を出てから、まだそれほど時間は経っていない。

 

 それでも、出会いは次々と訪れた。

 

 自由奔放な船長。剣の腕を磨き続ける剣士。現実的でありながら、仲間のために危険を冒す航海士。そして、夢を胸に抱きながら、恐怖と戦った少年。

 

 彼らと一緒なら、きっと自分の知らない世界を見られる。

 

 そんな期待が、胸の奥で静かに膨らんでいた。

 

「こちらです」

 

 メリーの声に、ミナトは顔を上げた。

 

 港に、一隻の船が停泊していた。

 

 白い船体。大きな帆。船首には羊のような顔がついている。

 

 穏やかな海風を受けながら、その船は静かに波に揺れていた。

 

「……おお!」

 

 ルフィが目を輝かせる。

 

「すっげえええ!」

 

 船へ駆け寄り、船首を見上げた。

 

「こいつがオレたちの船か!」

 

「はい。船の名前は、ゴーイング・メリー号です」

 

 メリーが誇らしげに告げた。

 

 ルフィは船体を見上げ、満面の笑みを浮かべた。

 

「ゴーイング・メリー号! いい名前だな!」

 

 ゾロは船の造りを確認するように、甲板や手すりへ目を向けている。

 

「悪くねえ船だな」

 

「帆も十分な大きさがあるわね。物資を積む場所も確認しなくちゃ」

 

 ナミはすでに航海士としての目で船を見ていた。

 

 ミナトもゆっくりと船へ近づいた。

 

 甲板に足をかけ、船体の造りを確かめる。手すりに触れると、木の感触が手のひらに伝わった。

 

 この船で、海へ出る。

 

 まだ見ぬ島へ向かい、知らない人々と出会い、世界を自分の目で確かめる。

 

 祖父母から聞かされてきた数々の物語が、今度は自分自身の経験になっていくのだ。

 

「……いい船だね」

 

 ミナトがそう言うと、メリーは嬉しそうに頷いた。

 

「ありがとうございます。どうか、この船をよろしくお願いいたします」

 

「うん。大切に使わせてもらうよ」

 

 ミナトは船首から海を見渡した。

 

 どこまでも続く青い海。

 

 その向こうに、どんな景色が待っているのだろう。

 

 胸が高鳴るのを感じた。

 

     *

 

「なあ、ウソップ!」

 

 船の確認を終えたルフィが、港に残っていたウソップへ声をかけた。

 

「お前も一緒に来いよ!」

 

「……え?」

 

 ウソップが目を丸くする。

 

「オレたちと海賊になろうぜ!」

 

 あまりにもあっさりとした誘いだった。

 

 ウソップは言葉を失い、ゴーイング・メリー号を見上げた。

 

 大きな帆。広い甲板。自分が夢見てきた、海へ出るための船。

 

 ずっと憧れていた光景が、今、目の前にある。

 

 けれど、その一方で、村には大切な人たちがいる。

 

 カヤ。三人の子どもたち。そして、ずっと暮らしてきたこの場所。

 

 旅立てば、簡単には戻れないかもしれない。

 

「……オレは」

 

 ウソップは口を開きかけ、閉じた。

 

 ルフィは急かさなかった。

 

 ゾロも何も言わず、腕を組んで待っている。

 

 ミナトはウソップの横顔を見つめていた。

 

 夢を追いかけることは、何かを捨てることではない。

 

 大切なものがあるからこそ、進む道に迷うこともある。

 

 その気持ちを、ミナトは少しだけ理解できる気がした。

 

「ウソップ」

 

 ミナトは穏やかに声をかけた。

 

「急いで答えを出さなくてもいいんだよ。自分がどうしたいのか、ちゃんと考えて決めればいい」

 

 ウソップはミナトを見た。

 

「……お前は、迷わなかったのか?」

 

「迷ったよ」

 

 ミナトは素直に答えた。

 

「育ててくれた祖父母と離れるのは寂しかったし、旅がどんなものになるのかも分からなかった。でも、オレは世界を見てみたかった。だから、自分で決めたんだ」

 

 そう言って、海へ目を向ける。

 

「大切な人たちがいる場所を離れるのは、簡単じゃないよね。でも、ウソップが本当に海へ出たいなら、その気持ちも大切にしていいと思う」

 

 ウソップはしばらく黙っていた。

 

 やがて、港の向こうにある村へ目を向けた。

 

 そこには、今までの自分の暮らしがある。

 

 嘘をついて、子どもたちを笑わせて、カヤに冒険の話をして。

 

 そして今日、自分は本当に村を守るために戦った。

 

 もう、ただの嘘つきでいる必要はない。

 

 自分の夢を、自分の足で追いかけてもいいのだ。

 

 ウソップは大きく息を吸い込んだ。

 

「……よし!」

 

 そして、ルフィたちへ向き直った。

 

「オレも連れて行ってくれ!」

 

 ルフィの顔がぱっと明るくなる。

 

「おう!」

 

「オレは勇敢なる海の戦士になる男だ! この村でいつまでもくすぶってるわけにはいかねえ!」

 

 ウソップは胸を張った。

 

「海へ出て、世界中の冒険を見てやるんだ!」

 

「よっしゃあ! 仲間が増えたぞ!」

 

 ルフィは飛び上がって喜んだ。

 

「うるせえ、耳が痛え……」

 

 ゾロがぼやく。

 

 ナミは笑いながら、これから必要になる物資のことを考えていた。

 

 ミナトはウソップへ手を差し出した。

 

「これからよろしく、ウソップ」

 

「ああ! 任せとけ!」

 

 ウソップはその手を力強く握った。

 

     *

 

 出航の準備が整う頃、ウソップは村の仲間たちと最後の時間を過ごしていた。

 

「ウソップ海賊団、解散だ!」

 

 三人の子どもたちを前に、ウソップは大げさに宣言した。

 

「ええっ!?」

 

「そんな!」

 

「ウソップ船長!」

 

 三人は驚き、悲しそうな顔をする。

 

 ウソップは一瞬だけ言葉に詰まった。

 

 自分にとって、この三人は大切な仲間だ。

 

 だからこそ、別れを告げるのは辛かった。

 

「お前ら……今まで、ありがとな」

 

 いつもの調子で笑おうとしたが、声が少しだけ震えた。

 

「オレは海へ出る。もっと強くなって、もっとすげえ冒険をしてくる!」

 

 三人は顔を見合わせた。

 

 やがて、一人が涙をこらえながら言った。

 

「……絶対、帰ってきてね!」

 

「ああ! 当たり前だ!」

 

 ウソップは胸を張った。

 

「このウソップ様が、どんな冒険をしてくるか楽しみに待ってろ!」

 

 三人は泣きながらも笑顔を見せた。

 

 そのあと、ウソップはカヤにも別れを告げた。

 

「カヤ。オレ、海へ出ることにした」

 

 カヤは寂しそうに微笑んだ。

 

「うん。聞いたわ」

 

「……本当に、いいのか? オレがいなくなっても」

 

「もちろん、寂しいわ」

 

 カヤは正直に答えた。

 

「でも、ウソップがずっと夢見ていたことだもの。私は、あなたの夢を応援したい」

 

 ウソップは目を見開いた。

 

「カヤ……」

 

「だから、無事でいてね。そして、いつかまた冒険のお話を聞かせて」

 

 カヤの言葉に、ウソップは大きく頷いた。

 

「ああ! 世界中の冒険をして、今度こそ本当の話を聞かせてやる!」

 

 その声には、いつもの虚勢だけではない、確かな決意があった。

 

     *

 

 やがて、出航の時が来た。

 

 ルフィは船首に立ち、海の向こうを見つめている。

 

「よーし! 出発だー!」

 

「まだ帆の準備が終わってないわよ!」

 

 ナミが叫ぶ。

 

「おい、ルフィ! 勝手に動くな!」

 

 ゾロがため息をついた。

 

 ウソップは新しい仲間たちを見回し、少し緊張したように息を吐いた。

 

 ミナトは甲板の上で、港に残る村人たちへ目を向けた。

 

 カヤが手を振っている。

 

 ウソップの仲間だった三人の子どもたちも、大きく腕を振っていた。

 

 ミナトは静かに頭を下げた。

 

 この村での出会いが、ウソップの人生を変えた。

 

 そして、自分たちの旅もまた、一歩先へ進もうとしている。

 

 ゴーイング・メリー号の帆が風を受け、船体がゆっくりと岸を離れた。

 

 ルフィが声を張り上げる。

 

「行くぞー! 次の冒険だー!」

 

 ウソップもそれに応えるように叫んだ。

 

「おおーっ!」

 

 ゾロはやれやれと肩をすくめ、ナミは進む方向を確かめる。

 

 ミナトは船首の近くに立ち、海の向こうを見つめた。

 

 どこまでも続く青い海。

 

 その先には、まだ見たことのない島々がある。

 

 祖父母から聞いた物語の続きを、今度は自分自身の目で確かめるのだ。

 

「……さあ、次はどんな島が待っているのかな」

 

 金色の髪を海風が揺らした。

 

 ゴーイング・メリー号は、新たな仲間とともに、次の冒険へと進んでいった。

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