ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
翌日。
水平線の向こうに、巨大な魚のような建物が姿を現した。
「おおおおっ!! 何だあれ!!」
船首に立ったルフィが、目を輝かせて叫ぶ。
「昨日からずっと話してたでしょ。あれがバラティエよ」
ナミは海図を手に、呆れたように答えた。
「海の上にレストランがあるんだぞ! すげェじゃねェか!」
「はいはい、すごいわね。だから、もう少し静かにしてくれる?」
「おう!」
「返事だけは立派ね……」
ウソップも巨大な建物を見上げた。
「海の上に、あんな立派な店を作るなんてな……。いったい、どれだけ金がかかってるんだ?」
「料理人を探すんでしょ。まずは話を聞いて、それから食事よ」
ナミはそう言ったものの、レストランの外観を見て少しだけ目を輝かせていた。
もし船乗りたちが集まる場所なら、航海の情報や次の島の相場も聞けるかもしれない。食料の補給もできる。
もちろん、料理の値段も確認しておく必要がある。
「……食事代が高かったら、ルフィのお小遣いから引くからね」
「えーっ!?」
「当たり前でしょ! あんた、食べる量を考えなさいよ!」
ミナトは笑いながら、二人のやり取りを見ていた。
メリー号の横では、ジョニーとヨサクの小舟も進んでいた。ヨサクの顔色は前日より落ち着いているが、まだ本調子ではない。
「いやァ、何度見ても立派な店でやんすねェ!」
ヨサクが声を上げた。
「おい、ヨサク。はしゃぐのはいいが、無理して倒れるんじゃねェぞ!」
「わかってやすよ、ジョニー!」
「本当かァ?」
「しつこいでやんす!!」
ミナトは二人のやり取りに笑みを浮かべた。
やがて、メリー号はバラティエの近くへと進んでいった。
*
そのとき、一隻の海軍船が目に入った。
船上には、派手な服装の男が立っている。自信満々な態度で、周囲の海兵たちに指示を出していた。
「海軍か……」
ミナトが呟く。
「どうやら、あの船もバラティエに用があるみたいね」
ナミが海軍船を見つめた。
次の瞬間、海軍船から砲声が響いた。
「えっ!?」
砲弾がメリー号へ向かって飛んでくる。
「おいおい、何だ!?」
ウソップが慌てて叫ぶ。
ルフィは砲弾を見上げた。
「おおっ、砲弾だ!」
「見ればわかるわよ! 避けなさい!!」
ナミが叫んだ。
だが、砲弾はすでに目前まで迫っていた。
「ゴムゴムのォ……風船!!」
ルフィは身体を大きく膨らませ、砲弾を弾き返した。
しかし、勢いよく弾かれた砲弾は軌道を変え、バラティエの屋根へと飛んでいく。
――ドォォン!!
大きな音とともに、屋根の一部が吹き飛んだ。
「…………」
ミナトは額に手を当てた。
ナミは目を見開き、ウソップは頭を抱えた。
「ルフィィィ!! 何で店に向かって弾き返すのよ!!」
「船に当たりそうだったからよ!」
「だったら海へ弾き返しなさいよ!! 何でわざわざ店にぶつけるの!?」
「いや、そこまでは考えてなかった!」
「考えなさいよ!!」
ゾロは深いため息をついた。
「……先が思いやられるな」
「まったくだね」
ミナトも苦笑する。
ナミは海軍船を睨みつけた。
「そもそも、あっちが撃ってきたんでしょう!? 何なのよ、あの海軍!」
海軍船の上で、派手な服装の男がこちらを見下ろしていた。
彼こそ、海軍将校フルボディだった。
フルボディはルフィたちの船を見て、つまらなそうに鼻を鳴らすと、部下に命じて砲撃を止めさせた。
メリー号は無事だったものの、バラティエの屋根には大きな穴が開いてしまった。
「……あーあ」
ナミは額に手を当てた。
「修理代、どうするのよ……」
「働いて返す!」
ルフィが元気よく答えた。
「……あんた、いくらかかるかわかってるの?」
「わかんねェ!」
「でしょうね!!」
*
バラティエの入口から、大柄な料理人が飛び出してきた。
「何してくれやがった!! 店の屋根が吹っ飛んでんじゃねェか!!」
パティが怒鳴りながら、ルフィたちを睨みつける。
「悪かった!」
ルフィは素直に頭を下げた。
「修理代は払う!」
「金持ってんのかァ!?」
「……持ってねェ!」
「ふざけんなァ!!」
ミナトは慌てて前へ出た。
「すみません。こちらの不注意で屋根を壊してしまいました。修理については、できる限り協力します」
パティはミナトを見て、少しだけ落ち着いた。
「話がわかる奴もいるじゃねェか……。だが、屋根を壊したのはそっちの麦わら野郎だろうが!」
「麦わら野郎って何だ?」
「お前のことだァ!!」
ウソップが叫んだ。
騒ぎを聞きつけ、店の奥から年配の男が姿を現した。
片足には義足。鋭い目つきと、周囲を圧倒するような存在感を持っている。
「何の騒ぎだ、パティ」
「ゼフ料理長! こいつらが屋根を壊しやがったんです!」
ゼフはルフィたちをひと通り眺め、破損した屋根へ視線を向けた。
「……なるほどな。で、どうするつもりだ?」
「働いて返す!」
ルフィが即答した。
「おれ、皿洗いくらいならできるぞ!」
「本当にできるのか?」
「たぶん!」
「たぶんで店を任せられるかァ!!」
パティが再び怒鳴った。
ゼフはしばらくルフィを見つめたあと、低い声で告げた。
「いいだろう。修理代を働いて返せ。逃げようとしたら海へ叩き落としてやる」
「おう!」
「喜ぶな、ルフィ……」
ナミは呆れたようにため息をついた。
「まあ、食事代を払うつもりだったんだから、働いて返すなら無駄にはならないわね」
「ナミ、そういう問題じゃねェだろ……」
ウソップが呟く。
「何よ。借金は借金でしょ。返せる方法があるなら使わない手はないわ」
ナミは平然と言った。
ミナトは思わず笑った。
こうしてルフィは、屋根の修理代を返すため、バラティエで働くことになった。
*
店内に入ると、香ばしい料理の匂いが一味を包み込んだ。
「うおおおっ! うまそうな匂いだァ!!」
ルフィが鼻をひくつかせる。
「ちょっと! 今は仕事の話が先よ!」
ナミがルフィの襟をつかんだ。
「わかってるって!」
「絶対わかってないわね……」
ミナトは客席を見回した。
船乗り、商人、海兵、荒っぽい海賊風の男たち。さまざまな人間が同じ場所で食事をしている。
海上レストランというだけあって、ここにはいろいろな事情を抱えた人間が集まるのだろう。
そのとき、客席の一角から声が聞こえた。
「おい、給仕! このスープは何だ!」
派手な服装の海軍将校が、テーブルを叩いていた。
隣には女性が座っている。男は彼女に自分の権威を見せつけるように、店員へ威圧的な態度を取っていた。
「何か問題でもございましたか?」
料理を運んできた青年が尋ねる。
金髪に黒いスーツ。口元には煙草をくわえ、どこか気だるげな雰囲気を漂わせている。
「スープに虫が入っているぞ! こんなものを客に出すとは、どういうつもりだ!」
男はスプーンでスープをかき混ぜた。
青年は皿を確認したが、表情を変えなかった。
「……お客様。料理に問題があるなら、お取り替えします」
「そういう問題じゃない! 私は海軍本部の将校だぞ! この店の評判を落とすことだってできるんだ!」
男の声が大きくなる。
ミナトは眉を寄せた。
相手の立場を利用して、店員を威圧しているようにしか見えない。
青年は静かに答えた。
「料理を作る人間にも誇りがあります。文句を言うのは構いませんが、食べ物を粗末にするような真似はやめていただけますか」
「何だと?」
男はスープをテーブルへぶちまけた。
「こんな料理、食えるか!」
青年の目つきが変わった。
「……食い物を粗末にするんじゃねェ」
次の瞬間、青年の脚が閃いた。
男の身体が宙を舞い、客席の向こうへ吹き飛ばされる。
「…………」
店内が静まり返った。
「……え?」
ルフィが目を丸くする。
ゾロは興味深そうに青年を見つめた。
ミナトも、思わず目を細める。
足技の速さだけではない。無駄のない動きと、迷いのない判断。あの青年は、戦い慣れている。
だが、彼が怒った理由は、自分が侮辱されたからではなかった。
料理を粗末にされたからだ。
「……料理人としての誇り、か」
ミナトが小さく呟いた。
「おい、サンジ!」
厨房から別の料理人が飛び出してきた。
「また客に手を出しやがったな!」
「うるせェな、パティ。食い物を粗末にする奴を放っておけるか」
「だからって蹴り飛ばしていいわけじゃねェだろうが!」
「なら、お前が代わりに蹴られとけ」
「誰が蹴られるかァ!!」
店内に再び騒ぎが戻ってきた。
サンジは女性客の方へ向き直ると、先ほどまでの険しい表情を一変させた。
「レディ。お騒がせして申し訳ありません。お食事の続きはいかがですか?」
優雅に頭を下げるサンジに、女性は少し戸惑いながらも頷いた。
「……あいつ、急に態度が変わったぞ」
ウソップが呟く。
「女の人には優しいんだな」
ミナトは苦笑した。
「ふん。さっきの威勢はどこへ行ったんだか」
ゾロが鼻を鳴らす。
ナミは、サンジの様子をじっと見ていた。
「……あの人、料理人としての腕はよさそうね」
「わかるのか?」
ミナトが尋ねる。
「料理を作る人が、食べ物を粗末にされて怒るのはわかるわ。……でも、あの蹴りはちょっとやりすぎじゃない?」
ナミは肩をすくめた。
「まあ、相手も相手だけど」
サンジは女性に笑顔を向けたあと、厨房へ戻っていった。
その背中を、ゼフが険しい顔で見つめていた。
*
しばらくして、店の入口から一人の男が現れた。
服は汚れ、顔色も悪い。まともに歩くことすら難しいのか、男は壁に手をつきながら、店内を見回していた。
「……食い物を……何か、食い物をくれ……」
かすれた声だった。
客たちが眉をひそめる。
「何だ、あいつは?」
「ずいぶんひどい格好だな……」
男は返事をする余裕もない。ただ、食べ物を求めていた。
「頼む……一口でいい……」
ミナトは男の様子を見て、眉を寄せた。
だが、声をかけるより早く、パティが男の前に立ちはだかった。
「おい、ここは飯を食う場所だ! 食い逃げするつもりなら、先に金を出しな!」
「……金は……ない……」
「だったら帰れ!」
パティは男の肩をつかみ、入口の方へ押し戻した。
男は抵抗する力もなく、入口の段差に倒れ込んだ。
「頼む……何でもいい……腹が……」
「しつこい奴だな!」
ミナトが外へ出ようとした、そのときだった。
「……おい」
厨房から低い声が聞こえた。
サンジだった。
「何だ、サンジ。あんな奴に構ってる暇はねェぞ」
「腹を空かせた人間を、飯も食わせずに追い出すのか?」
「金がねェって言ってんだろうが!」
「だから何だ」
サンジの声は静かだった。
「腹が減ってる人間に飯を食わせる。それがコックの仕事だろ」
パティが言葉を失う。
サンジは厨房へ戻ると、手早く料理を用意し始めた。
食材を切り、火加減を調整し、皿へ盛りつける。その手つきには迷いがない。
やがて湯気の立つ皿を持ち、サンジは再び入口へ向かった。
「ほら」
男の前に料理を置く。
「食え」
男は驚いたように顔を上げた。
「……いい、のか……?」
「何度も言わせんな。冷める前に食え」
男は震える手で皿を受け取った。
そして、夢中で料理を口へ運び始めた。
一口。
二口。
温かい食事が身体に入るたび、男の表情がわずかに変わっていく。
「……うまい……」
その声は、ほとんど泣き声のようだった。
「……こんなに、うまい飯は……」
サンジは何も言わず、男が食べる様子を見守っていた。
ミナトは、その光景を静かに見つめていた。
先ほどの海軍将校には、料理を粗末にしたことを理由に怒りをぶつけた。
しかし、この男には何も問い詰めない。身なりも、金の有無も、どこの誰なのかも気にしていない。
ただ、腹が減っているから食べさせる。
それだけだった。
「……すごいな」
ミナトが小さく呟く。
「何がだ?」
隣に来たゾロが尋ねた。
「サンジって人、料理を粗末にする相手には怒る。でも、腹を空かせている人間には、何も聞かずに飯を出すんだ」
ミナトは男の手元へ視線を向けた。
「相手が誰かより、今、何が必要なのかを考えてるんだと思う」
ゾロはサンジを見て、ふんと鼻を鳴らした。
「……悪くねェ考え方だ」
ナミも、食事をする男を見つめていた。
「……よっぽどお腹が空いていたのね」
彼女は小さく息をついた。
「食べられないまま海を漂うなんて、考えただけでもぞっとするわ」
その言葉に、ミナトは頷いた。
ルフィは料理を食べる男とサンジを交互に見ていた。
「なァ、あいつ、すげェな!」
「何がだ?」
ウソップが尋ねる。
「飯を作れるんだぞ! しかもうまそうだ!」
「そこかよ!!」
ウソップが叫んだ。
ルフィは構わず、サンジのもとへ歩み寄った。
「おい、サンジ!」
「あ?」
「お前、うちの船のコックになれよ!」
あまりにも唐突な誘いだった。
サンジは一瞬、目を瞬かせたあと、煙草をくわえ直した。
「……はァ?」
「お前の飯、絶対うまいだろ! おれ、もっと食いてェ!」
「ふざけんな。俺はこの店のコックだ」
「でも、海賊の船に乗れば、いろんな島の食材が食えるぞ!」
サンジの目が、ほんのわずかに動いた。
それは一瞬のことだった。
「……興味ねェな」
サンジはそっけなく答え、厨房へ戻っていく。
「おい、待てよ! まだ話は終わってねェぞ!」
「こっちは仕事中なんだよ、クソガキ!」
ルフィは不満そうに頬を膨らませた。
「むー……」
ナミはルフィの肩を叩いた。
「いきなり仲間になれって言ったって、そう簡単に決まるわけないでしょ。あんた、もう少し相手の都合を考えなさいよ」
「でも、あいつ、すげェじゃねェか!」
「それはわかったから!」
ナミは呆れながらも、厨房の方へ目を向けた。
ミナトはその様子を見て、微笑んだ。
「ナミの言うとおりだね。本人が何を望んでいるのかも大事だから」
「……わかってるって!」
ルフィは口を尖らせた。
厨房の奥では、ゼフがサンジの様子を静かに見つめていた。
サンジは何事もなかったかのように、次の料理を作っている。
ゼフは何も言わない。
ただ、あの青年が何を大切にしているのかを、誰よりもよく知っているかのような目をしていた。
*
夕方。
ジョニーとヨサクは食事を済ませ、少し休んでいた。ヨサクの顔色は到着したときより落ち着いていたが、まだ本調子ではない。
「いやァ、さすが海上レストランでやんすねェ。料理も美味いし、店も立派で……」
「お前、食ってばっかりじゃねェか」
「体調を整えるのも大事なんでさァ!」
「それはそうだが……」
ジョニーは苦笑しながら、ゾロへ視線を向けた。
「アニキ、これからどうするんです?」
「どうするも何も、しばらくここにいることになるだろうな。ルフィのせいで屋根が壊れたからな」
「へへっ! そいつは大変でさァ!」
「笑い事じゃねェ」
ゾロが睨むと、ジョニーは慌てて口を閉じた。
ミナトは窓辺に立ち、夕日を眺めていた。
遠くの海には、いくつもの船影が見える。
海上レストランには、さまざまな事情を抱えた人間がやってくるのだろう。
今日出会ったサンジも、ゼフも、そして空腹で倒れそうになっていた男も、それぞれの理由を抱えている。
男の名前はギンというらしい。店の者たちの会話から、海軍に捕らえられていた海賊だとわかった。
食事を終えたギンは、サンジに何度も礼を言い、店を出ていった。
サンジは、特別なことをしたつもりなどないという顔で厨房へ戻っていった。
「ミナト!」
ルフィが隣へやってきた。
「ん?」
「おれ、やっぱりサンジを仲間にしたい!」
ルフィは、いつもの真っ直ぐな目で言った。
「飯がうまいし、強そうだし、それに腹が減ってる奴に飯を食わせるんだろ? いい奴じゃねェか!」
ミナトは微笑んだ。
「そうだね。オレも、もっと話してみたいと思ったよ」
「だろ!」
ルフィは満足そうに笑った。
「絶対、仲間にするぞ!」
「だから、本人の都合も考えなさいってば!」
ナミの声が飛ぶ。
ルフィは「わかってるって!」と返したが、その顔にはまだ諦めるつもりがないと書いてあった。
ミナトは笑いながら、夕日に染まる海へ視線を戻した。
この出会いが、どんな未来につながるのか。
まだ誰にもわからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
サンジは、腹を空かせた人間を見捨てられない。
その信念は、きっと簡単には曲げられないものなのだろう。
そして、海の向こうでは。
空腹に苦しむ男が、温かい食事を胸に、再び海へ戻ろうとしていた。
その男が背負うものも、これからバラティエに訪れる危機も、まだ誰も知らない。
海上レストラン・バラティエ。
ここでの出会いは、麦わらの一味の航海を、新たな局面へと導こうとしていた。
ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降
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無能力者を貫き通す!