ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
海上レストラン・バラティエ。
食事を楽しむための場所は、今や一触即発の空気に包まれていた。
「この船を寄越せ。食料も、使えるものはすべてだ」
海賊提督ドン・クリークの要求に、料理人たちの表情が険しくなる。
「ふざけるんじゃねェ!」
パティが声を荒らげた。
「飯を食わせてやったと思ったら、今度は店を奪うだと!? 恩知らずにも程があるぞ!」
「そうだそうだ!」
カルネも手にした調理器具を構える。
しかし、クリークは料理人たちの怒声など気にも留めなかった。
「勘違いするな。俺は頼んでいるんじゃない。命令しているんだ」
その言葉と同時に、クリークの部下たちが武器を構えた。
店内に緊張が走る。
ゼフは一歩も退かず、クリークを睨みつけた。
「ここはレストランだ。海賊の命令に従う場所じゃねェ」
「ならば、力ずくで奪うまでだ」
クリークが手を上げる。
部下たちが一斉に動き出した。
「来やがれ!」
パティが叫び、料理人たちも応戦する。
その瞬間、ミナトは店内の状況を見渡していた。
敵の数は多い。しかも、武器を持った海賊が狭い店内へ入り込めば、戦いに慣れていない客や料理人が危険にさらされる。
まずは、戦場を広げないこと。
ミナトは腰のクナイに手を添え、近くにいた海賊の動きを見極めた。
「ゾロ、店の中を頼む。ウソップはナミと一緒に、客を安全な場所へ誘導してくれ」
「おう!」
ウソップは返事をしたものの、迫ってくる海賊たちを見て顔を引きつらせた。
「わ、わかった! 任せとけ!」
「無理に戦おうとしなくていいからね。危なくなったら下がって」
ミナトが声をかける。
「わかってるって!」
ウソップは胸を張った。
ナミもすぐに動き出す。
「こっちよ! 店の奥へ行って! 武器を持った連中に近づかないで!」
彼女は客たちを誘導しながら、出入り口と店内の配置を確認していく。
「ミナト、外にも気をつけなさいよ! 船から増援が来たら、店の中だけ見ていても意味がないんだから!」
「わかってる。外も確認するよ」
ミナトは頷いた。
それぞれが、自分のできることを始めていた。
*
「おい、麦わら!」
クリークがルフィを見下ろした。
「貴様も俺の邪魔をするつもりか?」
ルフィは拳を握り、真っ直ぐにクリークを見返した。
「ここを奪うってんなら、好きにはさせねェぞ」
「小僧が……!」
クリークの口元が歪む。
「俺が誰だかわかっているのか? 俺は東の海で最強と恐れられた海賊提督、ドン・クリークだ!」
「知らねェ」
ルフィはあっさり答えた。
クリークの額に青筋が浮かぶ。
「このガキ……!」
次の瞬間、クリークが武器を構えた。
ルフィも身構える。
こうして、二人の戦いが始まった。
ミナトは一瞬だけそちらへ視線を向けたが、すぐに目の前の敵へ意識を戻した。
ルフィが自分で戦うと決めたのなら、その意思を尊重する。
今、自分がやるべきことは別にある。
「おい、金髪!」
海賊の一人がミナトへ斬りかかってきた。
ミナトは半歩だけ身体をずらし、刃をかわす。
相手の腕が伸びきった瞬間、手首を押さえ、体勢を崩して腹部へ一撃を入れた。
「ぐっ……!」
男が膝をつく。
ミナトは倒れた男を踏み越えず、距離を取りながら周囲を確認した。
敵の動きは荒い。数は多いが、互いの連携はそれほど整っていない。
ならば、正面から数を相手にする必要はない。
ミナトは通常のクナイを一本取り出した。
*
その頃、バラティエの外では、海賊たちが船から次々と降りてきていた。
店を奪うために動くクリーク海賊団。
その様子を、少し離れた海上から見ている船があった。
黒い旗を掲げた、小型の船。
船上には、武器を携えた男たちが並んでいた。
「へっ、ずいぶん派手にやってるじゃねェか」
船首に立つ男が笑った。
「クリーク海賊団があれだけ弱ってるなら、賞金を稼ぐにはちょうどいい」
「でも、あのレストランも巻き込まれてますぜ?」
「知るか。海賊も料理人も、邪魔するならまとめて相手にすりゃいい」
彼らは賞金首を狙う賞金稼ぎ集団だった。
クリーク海賊団が弱っていることに目をつけ、戦闘の混乱に乗じて一網打尽にしようと考えていたのだ。
だが、彼らの目的は賞金首の捕縛だけではなかった。
戦いに巻き込まれた者から金品を奪い、抵抗する者は容赦なく排除する。そうして稼いできた連中だった。
「よし、行くぞ!」
賞金稼ぎたちは船を寄せ、バラティエへと乗り込んだ。
*
「……また増えた?」
店の外を見ていたナミが、眉をひそめた。
クリーク海賊団とは別の船から、武器を持った男たちが現れたのだ。
「ちょっと! あいつら、クリークの仲間じゃないわよ!」
ウソップも顔を引きつらせた。
「おいおい、まだ増えるのかよ! こっちはもう手いっぱいだぞ!」
賞金稼ぎたちは、戦っている海賊たちの隙を狙って襲いかかった。
倒れた海賊から武器を奪い、逃げようとする者を蹴り飛ばす。
さらに、近くにいた料理人にまで刃を向けた。
「おい、そこの料理人! 金目のものを出しな!」
「なっ……!?」
料理人が身構えた、そのとき。
一本のクナイが飛来し、賞金稼ぎの手元にあった武器を弾き飛ばした。
男が驚いて振り返る。
「何だ!?」
「そこまでだよ」
ミナトが、料理人と男の間に立っていた。
表情は穏やかだったが、その青い目は相手の動きを正確に捉えている。
「ここで戦うなら、相手は選んだ方がいい」
「何だと?」
賞金稼ぎが鼻で笑う。
「たった一人で、俺たちを止めるつもりか?」
「できれば、怪我人を増やしたくないんだけどね」
ミナトはクナイを構えた。
「大人しく引いてくれるなら、それが一番だ」
「ふざけるな!」
男が仲間へ合図を送る。
「全員で囲め! こいつから先に片づけるぞ!」
賞金稼ぎたちが一斉にミナトへ向かってきた。
ミナトは動かない。
相手の足運び、武器の長さ、攻撃の順番。
それらを一瞬で見極める。
最初の男が剣を振り下ろした。
ミナトは身体を横へずらし、刃をかわす。そのまま相手の腕を押し、後ろから迫る男の進路へ押し込んだ。
「うわっ!」
二人の動きがぶつかる。
ミナトはその隙に低く踏み込み、最初の男の腹部へ拳を叩き込んだ。
一人目が倒れる。
すぐに二人目が銃を構えた。
ミナトは銃口の向きと相手の肩の動きを見て、射線から外れるように移動する。
銃声が響く。
弾丸は、ミナトが立っていた場所を通り過ぎた。
「なっ……!?」
男が照準を合わせ直そうとする。
そのとき、ミナトの姿が消えた。
「後ろだよ」
声が聞こえた瞬間、男の背後から一撃が入る。
男は銃を取り落とし、その場に崩れ落ちた。
飛雷神の術。
ミナトはあらかじめ近くへ置いていた目印付きのクナイへ移動し、相手の死角を突いたのだ。
しかし、術を使うたびに体力は消耗する。
ミナトは必要以上に連続使用せず、まずは残りの敵の動きを見た。
(数で押してくるなら、全員を同時に相手にしない。動ける場所を狭めて、順番に崩す)
ミナトはクナイを投げた。
一本は敵の足元へ。もう一本は、背後の木箱へ突き刺さる。
賞金稼ぎたちの視線が、わずかにそちらへ動いた。
その一瞬を、ミナトは逃さなかった。
左から迫る男の攻撃をかわし、手首を打って武器を落とさせる。続けて、背後から来た男の蹴りを低く避け、軸足を払った。
倒れた男の肩を押さえ、立ち上がろうとする相手の腹部へ短く拳を入れる。
必要以上に痛めつけるつもりはない。
動けなくなれば、それでいい。
だが、賞金稼ぎたちはまだ戦意を失っていなかった。
「こいつ、ちょこまかと……!」
「一人ずつじゃ駄目だ! まとめて潰せ!」
指揮役の男が怒鳴る。
数人が一斉にミナトを囲み、正面と左右から攻め込んできた。
ミナトは後退しながら、足元のクナイの位置を確認した。
背後には店の壁。右には積み上げられた木箱。左には海へ続く通路。
逃げ道は限られている。
しかし、それは敵も同じだった。
ミナトはあえて左側へ動き、敵の一人を通路へ誘い込む。
追いかけてきた男が剣を振り上げた瞬間、ミナトは足元のクナイへ飛雷神の術で移動した。
男の攻撃は空を切る。
ミナトは背後へ回り込み、首筋へ手刀を入れた。
男が倒れる。
残る者たちは、仲間が次々と倒される様子を見て、ようやく顔色を変えた。
「何なんだ、こいつ……!」
「ただ速いだけじゃねェ……!」
ミナトは呼吸を整え、静かに告げる。
「まだ続ける?」
その声に、指揮役の男が歯を食いしばった。
「舐めるな! 俺たちは賞金稼ぎだぞ!」
男は隠し持っていた短銃を抜き、ミナトへ狙いを定めた。
だが、銃口が向いた先には、すでにミナトはいなかった。
飛雷神の術で背後へ移動したミナトは、男の腕を押さえ、銃口を空へ向けさせる。
銃声が響いた。
次の瞬間、ミナトの膝が男の腹部へ入る。
「ぐっ……!」
男が崩れ落ちる。
ミナトは短銃を遠くへ蹴り飛ばし、指揮役の男を地面へ押さえつけた。
「これ以上、店の人たちに手を出すな」
男は悔しそうに歯を食いしばったが、立ち上がることはできなかった。
周囲の賞金稼ぎたちも、次々と武器を捨て始めた。
彼らは賞金首を狙う側だったはずなのに、いつの間にか、自分たちが狩られる側になっていた。
*
「ミナト!」
戦闘が落ち着いたところで、ナミが駆け寄ってきた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん。大丈夫だよ」
ミナトは息を整えながら答えた。
「そっちは?」
「こっちも問題ないわ。ウソップも、店の人たちを避難させてくれたし」
「お、おう! まあ、オレ様にかかればこんなもんだ!」
ウソップは胸を張った。
ただし、その顔にはまだ緊張が残っている。
「でもよ……あいつら、何なんだ? クリークの仲間じゃなかったんだろ?」
「賞金稼ぎみたいだね。クリークたちが弱っているのを見て、混乱に乗じて稼ごうとしたんだと思う」
ミナトは倒れた男たちを見た。
「賞金首を捕まえるだけならともかく、店の人たちまで襲うのは見過ごせないよ」
「まったく、海賊も賞金稼ぎも、ロクなのがいないわね」
ナミは呆れたように言った。
そのとき、店内から大きな音が響いた。
振り返ると、ルフィとクリークが激しくぶつかり合っていた。
クリークの武器が唸りを上げ、ルフィはそれを正面から受け止めようとしている。
「……ルフィ」
ミナトは一瞬、そちらへ目を向けた。
しかし、すぐに視線を戻す。
ルフィは自分で戦っている。
ならば、自分がすべきことは、その戦いに割り込むことではない。
「ナミ、ウソップ。店の人たちを頼む。賞金稼ぎの残りがいないか、周囲も確認しておいて」
「わかったわ」
「おう!」
ミナトはクナイを回収しながら、もう一度だけ周囲を見渡した。
戦いはまだ終わっていない。
*
バラティエの店内では、サンジが料理人たちとともに海賊を迎え撃っていた。
「てめェら、厨房に入るんじゃねェ!」
サンジは蹴りで海賊の武器を弾き飛ばし、そのまま相手の腹部へ一撃を叩き込む。
「ここは俺たちの店だ! 好き勝手させるか!」
パティも調理器具を振るい、カルネも負けじと応戦している。
ゼフはその様子を見ながら、店の奥へ敵が入り込まないよう動いていた。
料理人たちは、ただ守られるだけの存在ではない。
自分たちの店を守るために、自分たちの意思で戦っている。
その姿を見て、ミナトは少しだけ口元を緩めた。
(守るために戦う。それは、オレたちだけじゃないんだな)
だが、安堵するにはまだ早かった。
ルフィとクリークの戦いは続いている。
クリークの武装は厄介で、攻撃も苛烈だった。ルフィは一歩も引かずに立ち向かっているものの、簡単に決着がつく相手ではない。
ミナトは自分の体力を確認した。
飛雷神の術を使い、賞金稼ぎたちを相手にしたことで、確実に消耗している。
これ以上、無理に戦闘へ加わるべきではない。
それに、ルフィの戦いを奪うつもりもなかった。
ミナトは呼吸を整え、クナイを腰へ戻す。
今は周囲を守り、必要なときに動けるようにしておく。
それが、自分の役割だった。
*
やがて、賞金稼ぎたちは完全に戦意を失った。
指揮役の男は仲間たちを見回し、悔しそうに顔を歪めた。
「……くそっ。覚えてろよ!」
「次に来るなら、もう少し考えてからにした方がいいよ」
ミナトは穏やかに答えた。
「今回は見逃す。でも、店の人たちを襲うような真似は二度とするな」
男は何も言い返せなかった。
賞金稼ぎたちは負傷した仲間を支えながら、船へと引き返していく。
彼らが去った後、ミナトはようやく大きく息を吐いた。
「……思ったより、時間がかかったな」
額に浮かんだ汗を拭う。
飛雷神の術は便利だが、使えば体力を消耗する。敵の数が多ければ、移動先や退路も常に考えなければならない。
ミナトは自分が倒した男たちの位置を確認し、武器が店の人々の手の届かない場所にあることを確かめた。
これで、ひとまず余計な乱入者は退けられた。
だが、海上の戦いは続いている。
ミナトは顔を上げた。
ルフィはクリークと向き合い、ゾロは店の外へ視線を向けていた。
そのときだった。
ゾロの目が、遠くの海へ釘付けになった。
「……おい」
低い声だった。
ミナトが振り返る。
「どうした、ゾロ?」
ゾロは答えず、ただ海を見つめていた。
その視線の先。
小さな船が、ゆっくりとバラティエへ近づいてきていた。
大きな船団ではない。
武装した兵士が大勢いるわけでもない。
それなのに、周囲の空気が変わったように感じられた。
ミナトは目を細める。
船上に立つ人影は、遠くからでも異様なほど存在感があった。
まだ顔までははっきり見えない。
だが、ゾロの表情が変わった理由は、ただならぬ相手が現れたからだとわかった。
ゾロがゆっくりと刀へ手を伸ばす。
「……あいつは、オレがやる」
その声には、いつもの気楽さがなかった。
ミナトはゾロの横顔を見た。
彼が何を感じ取ったのか、まだわからない。
だが、あの船から近づいてくる男は、クリーク海賊団とも、先ほどの賞金稼ぎたちとも違う。
ミナトはクナイを握り直した。
新たな脅威が、バラティエへ近づいていた。
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