ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
海上レストラン・バラティエを揺るがす戦いは、まだ終わっていなかった。
クリーク海賊団の兵士たちは、仲間が倒されてもなお、店を奪い取ろうと押し寄せてくる。
ミナトは飛んできた銃弾を身をひねってかわし、クナイを投げた。刃は敵の手元をかすめ、銃を弾き飛ばす。
その隙に距離を詰め、腹部へ拳を叩き込む。
「これで……!」
倒れた敵を確認する間もなく、別の海賊が横合いから襲いかかってきた。
ミナトは一歩踏み込み、相手の腕を押さえて攻撃の軌道を逸らす。そのまま体勢を崩し、足払いで床へ転がした。
周囲を見渡す。
コックたちはまだ戦っている。ナミとウソップは店内に残っていた人々を安全な場所へ誘導していた。
そして、ルフィは――。
「おらあああっ!!」
クリークへ向かって、まっすぐに拳を振るっていた。
クリークは巨大な武器を振り回し、ルフィを近づけまいとする。全身に武装をまとったその姿は、並の相手なら近づくことさえ難しいだろう。
それでもルフィは退かない。
何度攻撃を受けても、何度倒されても、立ち上がってクリークへ向かっていく。
ミナトは、その姿を一瞬だけ見つめた。
ルフィは、戦い方を細かく考えているようには見えない。
だが、自分が何のために戦っているのかだけは、決して見失っていなかった。
バラティエを奪わせない。
仲間たちが守ろうとしているものを、踏みにじらせない。
それがルフィの戦いだった。
「ミナト! ぼさっとしてる場合じゃないわよ!」
ナミの声が飛んできた。
「分かってる!」
「だったら、そっちの通路を空けて! 負傷者を運ぶんだから!」
「了解!」
ミナトはすぐに動いた。
今、自分がすべきことは明確だ。
ルフィの戦いを奪うことではない。仲間たちがそれぞれの役割を果たせるよう、危険を減らすことだ。
ミナトは通路を塞いでいた海賊たちを素早く無力化し、負傷者が通れる道を確保した。
だが、そのとき。
クリークの動きが変わった。
それまでルフィの攻撃を防ぎ、武器を振るっていた男が、何かを確かめるように周囲を見回したのだ。
ミナトは、その視線に気づいた。
クリークは追い詰められている。
しかし、焦りを表に出すだけの男ではない。
まだ何かを隠している。
そう感じた。
*
「……いい加減、くたばれェ!!」
クリークが吠えた。
ルフィの拳を受けながらも、口元には不気味な笑みが浮かんでいる。
「おれを誰だと思ってやがる! おれは海賊提督クリークだ!!」
「知らねェよ!」
ルフィは即座に言い返した。
「この店を奪おうとする奴は、ぶっ飛ばす!!」
その言葉とともに、ルフィが拳を振るう。
クリークは武器を盾にして攻撃を受け止めた。
金属音が響き、二人の間に衝撃が走る。
しかし、次の瞬間だった。
クリークが距離を取り、懐へ手を伸ばした。
取り出したのは、見慣れない装置だった。
ミナトは目を細める。
「……何だ、あれ?」
クリークの周囲にいた海賊たちが、慌てて距離を取った。
その反応が、ミナトの警戒を強める。
武器を見ただけでは、何をするものなのか分からない。
だが、味方の兵士まで逃げるようなものなら、まともな攻撃ではないはずだ。
クリークは装置を構え、勝ち誇ったように笑った。
「これで終わりだ! おれに逆らったことを後悔しやがれ!!」
そして、引き金が引かれた。
*
白い煙が、戦場へ広がった。
最初は、何が起きたのか分からなかった。
だが、煙に触れた海賊たちが次々と苦しみ始めたことで、ミナトはただ事ではないと悟った。
「……毒か!」
呼吸を止め、すぐさま周囲を確認する。
煙は風に流されながら、店のほうへ広がっている。
吸い込めば危険だ。
そのことは、倒れていく者たちの様子を見れば明らかだった。
「全員、煙から離れろ!! 風下へ逃げるな! 煙の流れを見て、反対側へ退避しろ!!」
ミナトは声を張り上げた。
ナミがすぐに反応する。
「ウソップ! こっちよ! 煙が来る前に、全員を奥へ誘導して!」
「分かった!」
「コックさんたちも、無理に戦わないで! まずは避難を優先して!」
ナミは周囲を確認しながら、煙の流れと通路の位置を見極めていた。
ただ逃げるのではない。
どこへ移動すれば煙から距離を取れるのか。どの通路なら人が集中しても混乱しにくいのか。
航海士としての判断力が、今は人々の避難を支えていた。
ミナトは袖で口元を覆いながら、近くにいた負傷者へ駆け寄った。
「立てますか?」
「む、無理だ……足が……!」
「分かりました。今から移動します。しっかりつかまってください!」
ミナトは相手の身体を支え、あらかじめ印をつけていたクナイのもとへ飛雷神の術で移動した。
一瞬で場所が変わる。
煙の届いていない位置へ負傷者を運び、近くのコックへ引き渡す。
「この人をお願いします! できるだけ煙から離してください!」
「分かった!」
ミナトはすぐに元の場所へ戻ろうとした。
だが、戻った先では、さらに多くの人々が煙に追われていた。
全員を一度に救うことはできない。
飛雷神の術は便利だが、印のある場所へしか移動できず、使い続ければ体力も消耗する。
何より、救助が必要な人間は一人ではなかった。
ミナトは一瞬だけ歯を食いしばった。
焦るな。
優先順位をつけろ。
今すぐ動ける者には自力で避難してもらい、動けない者を優先して運ぶ。
煙の流れを読み、危険な場所に長く留まらない。
そして、仲間と連携する。
「ナミ! 負傷者を運べる場所を確保してくれ!」
「もうやってるわよ! そっちは煙をこっちへ流さないようにして!」
「分かった!」
ミナトはクナイを投げ、煙から離れた場所にある目印を利用して移動した。
だが、煙そのものを消すことはできない。
救助できる人数にも限りがある。
それでも、できることを一つずつ積み重ねるしかなかった。
*
そのとき、ミナトは煙の向こうに二人の姿を見た。
一人はサンジ。
もう一人はギンだった。
ギンはサンジへ駆け寄ると、自分が身につけていたマスクを外した。
「……おい、何してる!」
サンジが声を上げる。
ギンは答えず、マスクをサンジへ押しつけようとした。
サンジは驚き、抵抗する。
「ふざけんな! お前、どうなるつもりだ!」
ギンは苦しそうに顔を歪めながらも、サンジへマスクをつけようとした。
かつて、自分が飢えに苦しんでいたとき。
誰も自分を助けようとしなかった中で、サンジだけは食事を与えてくれた。
相手が海賊であることも、見返りがないことも関係なかった。
腹を空かせた人間が目の前にいたから、食事を出した。
その行為が、今になってギンの心を動かしていた。
「……おれは……」
ギンは震える手でマスクを差し出した。
「お前に……借りがある……!」
サンジの表情が変わる。
ミナトは、その様子を目に焼きつけていた。
ギンはクリークの部下だ。
これまで敵として戦ってきた相手でもある。
それでも今、ギンは自分の意思でサンジを助けようとしている。
ミナトは二人へ駆け寄ろうとした。
だが、その前に、ギンの手がサンジの顔へ伸びた。
ミナトは足を止めた。
ここで自分が割って入れば、ギンの行動を奪うことになる。
ギンは、自分の意思で選んだのだ。
サンジから受けた恩を、今度は自分が返そうとしている。
ミナトは周囲の煙の流れを確認しながら、二人の近くにいた別の負傷者を支えた。
「こっちです! まだ動けますか!?」
今は、別の場所で救える命を救う。
ギンの選択を信じるように、ミナトは再び動き出した。
*
煙が広がる中でも、ルフィはクリークから目を離さなかった。
「お前……こんなもんまで使いやがって!」
ルフィの声には怒りが滲んでいた。
クリークは笑う。
「勝てばいいんだよ! 海賊の世界はそういうもんだ!!」
ルフィは拳を握りしめた。
「……違う」
低い声だった。
「お前みたいな奴に、この店を渡すわけにはいかねェ」
クリークは再び武器を構えた。
ルフィもまた、真正面から向き合う。
ミナトは、煙の届かない場所から二人の姿を確認していた。
ルフィは戦い続けている。
毒ガスの脅威があっても、クリークが卑劣な手段を使っても、退こうとはしない。
だが、ミナトはルフィの戦いに割り込まなかった。
自分がすべきことは、周囲の人々を守ることだ。
ルフィがクリークを倒すために戦っているなら、自分はその戦いが仲間たちの犠牲によって妨げられないようにする。
ミナトは残っているクナイの数を確かめ、使用できる目印の位置を頭の中で整理した。
体力は消耗している。
これ以上、無計画に飛雷神の術を使うわけにはいかない。
だからこそ、一回一回の判断が重要になる。
煙の広がりが少し弱まった場所を見つけ、ミナトはそこへ負傷者を誘導した。
全員を救えたわけではない。
それでも、助けられる者を一人ずつ、安全な場所へ移していく。
それが今の自分にできることだった。
*
やがて、クリークの攻撃が乱れ始めた。
ルフィは、その隙を見逃さなかった。
相手の武器をかわし、懐へ踏み込む。
クリークは慌てて防御を固めたが、ルフィの攻撃は止まらない。
「うおおおおおっ!!」
拳が唸りを上げる。
クリークがよろめいた。
それでも、倒れまいと踏ん張る。
「おれは……海賊提督クリークだぞ!!」
「だから何だよ!!」
ルフィが叫ぶ。
「おれは海賊王になる男だ!!」
その言葉とともに、ルフィは最後の一撃を叩き込んだ。
クリークの身体が大きく吹き飛ぶ。
武器が床へ落ち、巨体が崩れ落ちた。
しばらく、誰も動かなかった。
そして、クリークが立ち上がれないことを確認すると、戦場に残っていた海賊たちの勢いも弱まっていった。
海賊提督クリーク。
東の海で恐れられた男は、ついに敗れた。
ルフィは肩で息をしながら、クリークを見下ろした。
「……もう、店を奪おうとすんなよ」
それだけ言うと、ルフィは周囲を見渡した。
「おい! みんな、大丈夫か!?」
ミナトは負傷者のそばで顔を上げた。
「こっちは何とか! でも、まだ治療が必要な人がいる!」
「分かった!」
ルフィはすぐに動き出そうとしたが、ミナトが手を上げた。
「ルフィ、まずは煙から離れてくれ。まだ安全とは言い切れない」
「おう!」
ルフィは素直に頷いた。
戦いは終わった。
だが、毒ガスの影響を受けた者たちの手当ては、これからだった。
*
煙が薄れ、バラティエには少しずつ静けさが戻り始めた。
ミナトは負傷者の様子を確認し、必要な手当てを手伝っていた。
何度も飛雷神の術を使ったせいで、身体には疲労が溜まっている。
足は重く、呼吸も少し乱れていた。
それでも、倒れている人を見過ごすわけにはいかなかった。
「……大丈夫ですか?」
近くのコックに声をかける。
「ああ、何とか。お前さんも無理するなよ」
「ありがとうございます。でも、もう少しだけ」
ミナトは苦笑し、次の負傷者へ向かった。
少し離れた場所では、サンジがギンのそばにいた。
ギンは苦しそうに横たわっている。
サンジはその姿を見つめ、何かを言いかけては口を閉じていた。
ミナトは、二人のもとへ歩み寄った。
「サンジ、ギンの様子は?」
「……まだ苦しそうだ」
サンジは短く答えた。
その声には、いつもの軽さがなかった。
「そうか……。無理に動かさないほうがいいな。治療できる人を呼んでくる」
「頼む」
ミナトは頷き、近くのコックへ声をかけた。
その間、サンジはギンのそばを離れなかった。
かつて食事を与えた相手が、今度は自分を救おうとしてくれた。
サンジにとって、それは簡単に言葉にできる出来事ではなかったのだろう。
ミナトは、少し離れた場所から二人を見つめた。
食事を与えたことに、見返りを求めていたわけではない。
サンジは、腹を空かせた人間を見捨てられなかっただけだ。
だが、その行為はギンの心に残っていた。
そして今、ギンは自分の意思で恩を返そうとした。
ミナトは静かに息を吐いた。
人と人とのつながりは、時に思いもよらない形で返ってくる。
それを、改めて感じていた。
*
店の奥では、ルフィがゾロの様子を確かめていた。
「ゾロ! 大丈夫か!?」
「……騒ぐな。聞こえてる」
ゾロは目を開け、うるさそうに顔をしかめた。
「お前、寝てろよ!」
「誰のせいでこんな目に遭ったと思ってやがる……」
「おれじゃねェだろ!」
いつものような言い合いが戻る。
ミナトは、その様子を見て小さく笑った。
ゾロはまだ苦しそうだが、意識はしっかりしている。
今はそれで十分だった。
ルフィはゾロの顔を覗き込み、真剣な表情になった。
「……お前、絶対に世界一の剣豪になるんだろ?」
「ああ」
ゾロは即答した。
「だったら、さっさと傷を治せよ」
「……言われなくてもな」
ルフィは満足したように頷いた。
ミナトは、そのやり取りを見守った。
ミホークとの決闘は、ゾロにとって大きな敗北だった。
だが、あの誓いは消えていない。
いつか世界最強の剣士を越える。
そのために、ゾロはまた前へ進むのだろう。
ミナトはゾロのそばへ歩み寄った。
「しばらくは安静だ。無理に起き上がるなよ」
「……分かってる」
「本当に?」
「しつけェぞ、ミナト」
「ははっ。元気そうで何よりだ」
ゾロは顔をしかめたが、言い返す気力はないようだった。
ミナトはその様子に少し安心し、立ち上がった。
*
バラティエの外では、海が穏やかさを取り戻し始めていた。
クリークの野望は潰え、海賊たちは敗走するか、武器を捨てていた。
店を守ったコックたちは、疲れ切った身体を休めながら、仲間の無事を確かめ合っている。
ゼフは店内を見渡し、静かに息を吐いた。
被害は大きい。
それでも、バラティエは守られた。
サンジは少し離れた場所で、ギンの様子を見守っていた。
その背中を見て、ミナトは第20話で感じたことを思い出す。
夢を追うことと、大切なものを守ること。
サンジはその二つの間で、ずっと揺れているのだろう。
ゼフへの恩。
バラティエへの思い。
そして、オールブルーを見つけたいという夢。
どれも、サンジにとって簡単には手放せないものだ。
だからこそ、誰かが代わりに答えを出すことはできない。
ミナトは、サンジのそばへ近づいた。
「……大丈夫か?」
「何がだよ」
「いや、いろいろあったからさ」
サンジは少し黙ってから、煙が消えた海のほうへ目を向けた。
「……あいつ、馬鹿だよな」
「ギンのことか?」
「ああ。敵のために、そこまでする必要なんかねェだろ」
そう言いながらも、サンジの声には怒りよりも戸惑いがあった。
ミナトは、すぐには答えなかった。
「……そうだな。けど、ギンは自分で決めたんだと思う」
サンジは黙って聞いていた。
「お前があいつに飯を食わせたときも、見返りを期待してたわけじゃないだろ?」
「当たり前だ」
「なら、ギンがどう受け止めたかも、あいつ自身のものなんじゃないかな」
サンジは、わずかに目を伏せた。
ミナトは、それ以上言葉を重ねなかった。
サンジが何を思うのか。
その答えを、無理に聞き出す必要はない。
やがてサンジは、いつものように煙草を取り出そうとして、手を止めた。
「……あいつが目を覚ましたら、文句の一つでも言ってやる」
「それがいいと思うよ」
「お前も余計なこと言うんじゃねェぞ」
「はいはい」
ミナトは笑った。
サンジも、ほんの少しだけ口元を緩めた。
*
夕暮れが近づき、バラティエにはようやく穏やかな時間が戻りつつあった。
ルフィは腹を空かせた様子で厨房を覗き込み、コックたちに怒鳴られている。
ナミは壊れた箇所と必要な物資を確認し、修理にどれだけ金がかかるのかを気にしていた。
「ちょっと! この修理代、誰が払うと思ってるのよ!」
「おれ、腹減った!」
「話を聞きなさいよ、ルフィ!」
そのやり取りに、ウソップが呆れたように肩を落とす。
ミナトは、そんな仲間たちを見て笑った。
大きな戦いが終わった。
傷ついた者もいる。
失ったものもある。
それでも、仲間たちはここにいる。
ミナトは海を見つめた。
世界には、まだ知らない島がある。
まだ見ぬ景色がある。
そして、自分が知らない夢や覚悟を抱いて生きている人たちがいる。
ゾロは世界一の大剣豪になるために、敗北を胸に刻んだ。
サンジはオールブルーを探す夢を抱きながら、今はまだ大切な場所を守っている。
ルフィは海賊王になるという夢を掲げ、仲間たちと前へ進んでいる。
ミナトもまた、自分の夢を持っている。
この世界を、自分の目で見て回ること。
そのために、海へ出た。
そして今、仲間たちと過ごす時間が、自分にとってかけがえのないものになっていることにも気づいていた。
「……さて、これからどうなるかな」
ミナトは小さく呟いた。
その視線の先で、ナミが航海の準備について仲間たちに指示を出している。
いつものように、無駄のない動きだった。
ただ、その表情には、誰にも見せていない何かがあるようにも思えた。
ミナトは、そこへ踏み込もうとはしなかった。
誰にでも、胸の内に抱えている事情がある。
それを話すかどうかは、その人自身が決めることだ。
今はまだ、仲間として隣にいる。
それで十分だった。
海から吹く風が、バラティエの旗を揺らした。
戦いは終わった。
だが、彼らの旅はまだ始まったばかりだった。
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無能力者を貫き通す!