ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
海上レストラン・バラティエに、朝が訪れた。
昨夜までの激しい戦いが嘘のように、海は穏やかだった。
しかし、レストランの周囲には戦いの爪痕が残っている。壊れた設備の修理に追われるコックたちの声が響き、負傷した者たちはそれぞれ手当てを受けていた。
ドン・クリーク率いる海賊団との戦いは終わった。
ルフィがクリークを倒し、バラティエは守られたのだ。
けれど、すべてが元通りになったわけではない。
「腹減ったー!」
レストランの一角で、ルフィが大きな声を上げた。
「お前は昨日あれだけ食っただろうが!」
ウソップがすかさず突っ込む。
「だって腹減ったんだもん!」
「だもん、じゃねえ!」
いつもどおりのやり取りに、ミナトは小さく笑った。
その近くでは、ゾロが壁にもたれ、胸の傷をかばうようにして休んでいた。ミホークから受けた傷は深い。本人は平気な顔をしているが、無理をさせられる状態ではなかった。
「ゾロ、傷はどう?」
「問題ねえ」
「問題ない人間は、そんなふうに顔をしかめないと思うけど」
「うるせえ。少し休めば動ける」
「動けることと、動いていいことは別だよ」
「……お前まで医者みてえなこと言うな」
「心配してるだけだよ」
ミナトが穏やかに返すと、ゾロは面倒そうに顔を背けた。
そのときだった。
「……あれ?」
ウソップが窓の外を見て、首を傾げた。
「なあ、ルフィ。お前の船って、あそこに停めてたよな?」
「ん? ああ、そうだぞ」
「じゃあ、なんで見当たらねえんだ?」
その言葉に、ルフィが勢いよく窓辺へ駆け寄った。
ミナトも立ち上がり、海の方へ目を向ける。
昨日まで確かにそこにあった、ゴーイング・メリー号。
その姿が、どこにもなかった。
「……メリー号が、ない?」
ミナトは周囲の海面を見渡した。
停泊場所を間違えたわけではない。昨日、戦いの前後に船の位置は確認している。
船が自力で移動したのでなければ、誰かが動かしたことになる。
「おいおい、どういうことだよ!」
ウソップが窓から身を乗り出した。
「まさか、クリークの残党が持っていったのか?」
「いや、それなら騒ぎになっているはずだ」
ミナトは落ち着いて答えた。
「周囲に争った跡も見えない。少なくとも、力ずくで奪われたようには思えないね」
「じゃあ、誰が……」
そこで、ルフィが辺りを見回した。
「……あれ? ナミは?」
ナミ。
昨日まで一緒にいた、海賊専門の泥棒。
彼女の姿も見当たらなかった。
ミナトの表情から、わずかに笑みが消えた。
「まさか……」
ウソップが青ざめる。
「おい、待てよ。船がなくて、ナミもいないって……」
その場に沈黙が落ちた。
船と海図。
そして、ナミの不在。
偶然とは考えにくかった。
「……あの女!」
ウソップが頭を抱えた。
「やっぱり泥棒じゃねえか! 海図を盗むだけじゃなく、船まで持っていきやがった!」
「ナミが……」
ルフィは海を見つめたまま、呟いた。
怒っているのか、驚いているのか。
その表情からは、はっきりとは読み取れなかった。
ミナトは海の彼方に目を向けた。
ナミが金や宝に目がないことは知っている。けれど、彼女はそれだけの人間ではない。航海の知識も判断力もあり、危険な場面でも自分で考えて行動してきた。
だからこそ、今回の行動が気になった。
昨夜、彼女は何かを準備していたようだった。
だが、ミナトは理由を聞かなかった。
ナミにはナミの事情がある。無理に問いただすことが、必ずしも正しいとは限らないと思っていたからだ。
今になって、それが気がかりになった。
「……追いかけるぞ!」
ルフィが拳を握った。
「ナミを見つける!」
「待て待て待て! 船がねえんだぞ! どうやって追いかけるんだよ!」
「船を探せばいいだろ!」
「そんな簡単に見つかるか!」
ウソップが叫ぶ。
ミナトは二人のやり取りを聞きながら、周囲の状況を整理した。
ゴーイング・メリー号がない以上、すぐに出航することはできない。ゾロもまだ本調子ではない。焦って動くより、まずは情報と移動手段を確保する必要がある。
「ルフィ、追いかけるのは賛成だよ。ただ、今は船がない。まずは移動手段を探そう」
「おう!」
ルフィは迷いなく頷いた。
「ナミはオレたちの仲間だからな!」
その言葉に、ミナトは静かに目を細めた。
ナミが何を考えているのかは分からない。
それでも、ルフィにとって彼女が仲間であることに変わりはなかった。
ミナトも同じだった。
怒るのは、理由を知ってからでも遅くない。
今はただ、彼女を見つける必要がある。
◇
その頃、バラティエの厨房では、サンジがいつもどおり料理人として働いていた。
皿を洗い、食材を確認し、次の料理の準備をする。
戦いの後でも、厨房に立つ彼の手つきに迷いはなかった。
腹を空かせた人間がいれば、料理を作る。
それがサンジにとって、当たり前のことだった。
だが、胸の奥には、昨夜から消えない思いがあった。
オールブルー。
東の海、北の海、西の海、南の海。あらゆる海の魚が集まるという、伝説の海。
幼い頃から追い続けてきた夢。
そして、その夢を諦めずにいられた理由。
ゼフ。
かつての海賊であり、今はバラティエのオーナーである男。
飢えに苦しんだあの日、サンジに食料を与え、自分の食料をすべて差し出した男。
サンジにとってゼフは、命の恩人であり、料理人としての師であり、父親にも等しい存在だった。
だからこそ、簡単には離れられなかった。
ここを出れば、ゼフと一緒に厨房に立つ日々は終わる。
いつでも帰ってこられると分かっていても、同じ場所で同じように働くことは、もうできないかもしれない。
「……サンジ」
厨房の入り口から、ゼフの声がした。
「ぼさっとしてねえで、手を動かせ」
「ぼさっとなんかしてねえよ、クソジジイ」
サンジはいつもの調子で返した。
「注文はまだ残ってんだろ。料理人が仕事を放り出すわけにゃいかねえ」
「ほう。ずいぶん殊勝なことを言うじゃねえか」
「うるせえ」
軽口を交わす。
いつもと変わらないやり取り。
けれど、ゼフはサンジの顔をじっと見ていた。
何も言わなくても、分かっているのだろう。
サンジがどこへ行こうとしているのか。
そして、何を言い出せずにいるのか。
「……お前の好きにしろ」
ゼフはそれだけ言って、厨房を出ていった。
サンジは包丁を持つ手を止めた。
好きにしろ。
突き放すような言葉だった。
けれど、その意味をサンジは知っていた。
ゼフは、自分を引き留めない。
夢を追うなとも、ここに残れとも言わない。
自分で選べ、と言っているのだ。
「……クソジジイ」
サンジは小さく呟いた。
目の奥が熱くなるのを感じて、慌てて顔を背ける。
まだだ。
今はまだ、泣くわけにはいかなかった。
◇
昼過ぎ。
ミナトはバラティエの甲板で、ルフィたちと今後の行動を相談していた。
「船を借りるにしても、すぐに見つかるとは限らないな」
ミナトが言うと、ウソップが腕を組んだ。
「くそっ、あの泥棒猫め……! 見つけたら絶対に文句を言ってやる!」
「文句を言うのはいいけど、まずは無事かどうか確かめないとね」
「分かってるよ!」
ウソップは口を尖らせた。
ルフィは海を眺めながら、いつになく静かだった。
「……ナミ、どこ行ったんだろうな」
「さあな」
ゾロが短く答える。
「だが、あいつが自分で船を動かしたなら、何か考えがあるのかもしれねえ」
「そうだね」
ミナトも頷いた。
ナミは計算高い。自分の利益を考えて動くこともある。
けれど、無謀なだけの人間ではない。
今回のことも、単純に船と海図を盗んで逃げた、と決めつけるには何かが足りなかった。
「……ミナト」
ルフィがこちらを向いた。
「ナミが見つかったら、ちゃんと話を聞こう」
「うん。そうしよう」
ミナトは微笑んだ。
ルフィは仲間を信じる。
理由が分からないからといって、すぐに見限ったりはしない。
その真っ直ぐさは、ときに危なっかしい。
けれど、だからこそ彼の周りには人が集まるのだろう。
「……あ、そういや」
ルフィが突然、厨房の方を振り返った。
「サンジはどうするんだ?」
その言葉に、ウソップが顔を上げた。
「そうだ。あいつ、まだここで働いてるんだよな」
サンジは、まだ正式に一味へ加わると答えていない。
ルフィが誘ったことはある。
だが、サンジは断った。
オールブルーという夢がある。そして何より、ゼフとバラティエを簡単に離れられないのだろう。
ミナトは厨房の窓に目を向けた。
「サンジが決めることだよ」
「分かってる!」
ルフィは頷いた。
「でも、オレはサンジと一緒に行きてえ!」
迷いのない声だった。
「うまい飯を作れるし、強いし! あいつがいたら、もっと面白い冒険になる!」
「……お前は、相変わらずだな」
ゾロが呆れたように言った。
「何だよ!」
「別に」
ミナトは笑った。
ルフィは相手の事情を考えないわけではない。
ただ、自分の気持ちを隠さないのだ。
だからこそ、サンジにも伝わるものがあるのかもしれない。
◇
夕方。
サンジは厨房の仕事を終え、海の見える場所に立っていた。
潮風が、煙草の煙をゆっくりと流していく。
ここを離れる。
そう決めたはずなのに、足が動かなかった。
ゼフの姿が浮かぶ。
料理人たちの顔が浮かぶ。
この場所で過ごした日々が、次々と胸に押し寄せてくる。
自分が夢を追いかけるために、どれだけ多くのものを受け取ってきたのか。
それを思えば思うほど、別れの言葉が見つからなかった。
「……いつまで突っ立ってるつもりだ」
背後から声がした。
振り返ると、ゼフが立っていた。
「……別に」
「別に、じゃねえ。お前の考えてることなんざ、顔を見りゃ分かる」
「うるせえな……」
サンジは煙草をくわえ直した。
ゼフはしばらく何も言わなかった。
やがて、低い声で告げた。
「行くんだろう」
サンジの喉が詰まった。
「……ああ」
ようやく、それだけ答えた。
「オールブルーを探すんだろうが」
「……ああ」
「なら、行け」
ゼフはそれ以上、何も言わなかった。
引き留めることもしない。
夢を追うなと責めることもしない。
サンジが自分で決めた道を、ただ認めていた。
その優しさが、今は何よりもつらかった。
「……分かったよ」
サンジは顔を背けた。
「行ってくる」
それだけ言うのが精いっぱいだった。
◇
翌朝。
バラティエの前には、出発の準備を整えたルフィたちが集まっていた。
ただし、ゴーイング・メリー号は戻っていない。
ナミの行方も分からないままだ。
ゾロは傷を押さえながらも、なんとか自分の足で立っていた。ミナトはその様子を確認しつつ、無理をしないよう目を配っている。
「ゾロ、まだ傷が開くかもしれない。無茶はしないでね」
「分かってる」
「本当に?」
「しつけえな」
「ならいいけど」
ミナトが笑うと、ゾロは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
そのとき、厨房の扉が開いた。
サンジが出てくる。
いつもの黒いスーツ。くわえた煙草。変わらない歩き方。
けれど、今日は少しだけ違って見えた。
「おう、サンジ!」
ルフィが大きく手を振った。
「一緒に行くんだよな!」
「……ああ」
サンジは短く答えた。
「オールブルーを探しに行く。お前らの船でな」
「よっしゃあ!」
ルフィが飛び上がった。
「これで料理人ができたぞ!」
「最初からそのつもりだったみてえに言うな!」
ウソップが突っ込む。
「お前、昨日まで断ってたじゃねえか!」
「うるせえな。気が変わったんだよ」
サンジは煙草をくわえたまま、そっぽを向いた。
ミナトはその横顔を見て、穏やかに微笑んだ。
「よろしく、サンジ」
「……ああ。お前らが腹を空かせて倒れねえよう、飯は作ってやるよ」
「それは助かるな」
「ただし、食材を無駄にする奴は許さねえ」
サンジの目がルフィを向いた。
「えーっ! なんでオレを見るんだよ!」
「お前以外に誰がいる!」
いつもの調子で言い合う二人に、ミナトは笑った。
だが、サンジはすぐにその場を離れた。
「……ちょっと、用がある」
そう言い残し、バラティエの奥へ向かう。
ミナトはその背中を見送った。
サンジが向かった先に誰がいるのか、聞く必要はなかった。
◇
バラティエの裏手。
朝の海風が、静かに吹いていた。
サンジはゼフの姿を見つけると、足を止めた。
ゼフは背を向け、いつものように海を眺めていた。
サンジは何かを言おうとした。
だが、言葉が出てこない。
ありがとう。
世話になった。
必ず夢をかなえてみせる。
伝えたいことはいくらでもあるはずなのに、どれも口にした瞬間、涙に変わってしまいそうだった。
結局、サンジは何も言わなかった。
ゼフに背を向け、ゆっくりと歩き出す。
このまま行こう。
振り返らなければ、泣かずに済む。
そう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ進んだ。
その背中に、ゼフの声が届いた。
「サンジ」
サンジの足が止まる。
振り返ることはできなかった。
ゼフは、いつものぶっきらぼうな声で言った。
「……風邪引くなよ」
たった、それだけだった。
長い説教でもない。
夢をかなえろという激励でもない。
旅立ちを祝う立派な言葉でもない。
ただ、風邪を引くな。
そんな、あまりにもいつもどおりの一言だった。
サンジの肩が震えた。
こらえていたものが、一気にあふれ出す。
「……っ」
顔を覆おうとしても、涙は止まらなかった。
ここで過ごした日々。
ゼフと交わした言葉。
飢えに苦しんだあの日に受け取った命。
自分の夢を守るために、ゼフがどれほどのものを犠牲にしたのか。
そのすべてが胸の中で重なり、サンジはとうとうその場に立ち尽くした。
そして、ゆっくりと振り返った。
ゼフの姿が、涙で滲んで見えた。
サンジは深く頭を下げた。
地面に頭がつくほど、深く。
「オーナーゼフ!!」
声が震える。
もう、いつもの軽口を叩くこともできなかった。
「今まで……!!」
言葉が途切れた。
涙が頬を伝い、地面へ落ちる。
「……くそお世話になりました!!!」
その声は、海風にさらわれることなく、確かにゼフへ届いた。
サンジは頭を下げたまま、肩を震わせていた。
ゼフは何も言わなかった。
いつものように怒鳴ることも、照れ隠しに悪態をつくこともない。
ただ、サンジを見つめていた。
やがて、ゼフは静かに口を開いた。
「……行け」
その声には、もう引き留める響きはなかった。
「夢を、見失うんじゃねえぞ」
サンジは顔を上げられなかった。
もう一度、深く頭を下げる。
それが、今の自分にできる精いっぱいの返事だった。
◇
少し離れた場所で、ミナトはその光景を見守っていた。
サンジがゼフのもとへ向かうのを見て、後を追ったわけではない。
出発の準備を進める途中、二人の姿が目に入っただけだった。
ミナトは足を止めた。
声をかけることはしなかった。
近づくこともしなかった。
あの二人の間には、長い年月がある。
命を救われた日から積み重ねてきたものがあり、言葉にできないほどの感謝と、互いを思う気持ちがある。
そこへ自分が入る必要はなかった。
サンジが顔を上げ、涙を拭いながら歩き出す。
その背中は、いつもより少し頼りなく見えた。
それでも、足取りは止まらなかった。
ミナトは静かに息を吐いた。
誰かを大切に思うことと、その人のもとを離れて自分の道を歩くこと。
それは、決して矛盾しない。
祖父が教えてくれた言葉を、ふと思い出す。
仲間の想いを大切にすること。
相手を守りたいからといって、自分の考えを押しつけないこと。
サンジは、自分の夢を選んだ。
そしてゼフは、その決断を受け入れた。
だからこそ、二人の別れは、あれほど胸に響くのだろう。
「……お待たせ」
サンジが戻ってきた。
目元は赤く、いつもの顔を取り繕おうとしている。
ミナトは何も尋ねなかった。
ただ、穏やかに笑った。
「うん。行こう、サンジ」
「……ああ」
サンジは短く返し、ルフィたちの方へ歩いていった。
「サンジー! 早く行こうぜー!」
ルフィが待ちきれない様子で手を振る。
「うるせえ! 今行く!」
サンジは怒鳴り返した。
その声は、少しだけかすれていた。
それでも、いつものサンジだった。
ゼフが見送る中、サンジは新しい仲間たちのもとへ向かう。
その先には、まだ見ぬ海がある。
そして、行方の分からないナミを追うという、新たな問題も待っていた。
ゴーイング・メリー号はない。
ナミもいない。
それでも、ルフィは前を向いている。
「よーし! ナミを追いかけるぞ!」
「だから船がねえって言ってんだろ!」
ウソップの叫びが響く。
「何とかなる!」
「何とかするのは誰だよ!」
ゾロは呆れた顔でため息をつき、ミナトは思わず笑った。
サンジも煙草をくわえ直し、仲間たちの騒がしさに目を細めた。
バラティエでの別れを胸に刻みながら、彼は新しい旅へ踏み出した。
夢をかなえるために。
そして、いつか再びゼフの前に胸を張って立つために。
ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降
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悪魔の実 ゾオン系 幻獣種:九喇嘛
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無能力者を貫き通す!