ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

24 / 35
八年間の約束

 

 水平線の向こうに見えていた島影は、船が進むにつれて、少しずつその姿をはっきりと現していった。

 

 青い海に囲まれた島々。海岸沿いには家々が並び、斜面には緑が広がっている。潮風に乗って、どこか甘い柑橘の香りも漂ってきた。

 

「おおっ! 島だ!」

 

 船首に立ったルフィが、身を乗り出して声を上げた。

 

「見りゃ分かるだろうが。落ちるなよ」

 

 ゾロが呆れた声を返す。

 

「落ちねぇよ!」

 

「さっきから何度も同じこと言ってるぞ、お前」

 

 ウソップが額を押さえた。

 

 そんなやり取りを横目に、ミナトは島の様子を注意深く観察していた。

 

 美しい場所だ。

 

 海岸には小さな船がいくつも停泊し、丘の上にはみかん畑らしきものも見える。海から眺める限りでは、どこにでもある穏やかな島に思えた。

 

 だが、案内役のジョニーとヨサクは、島が近づくにつれて口数が少なくなっていた。

 

「……着いたぞ」

 

 ジョニーが短く告げる。

 

「ここがコノミ諸島でやんす」

 

「よし! ナミを探そうぜ!」

 

 ルフィは勢いよく立ち上がった。

 

「待て待て! まずは船を着けるんだよ!」

 

 ウソップに襟首をつかまれ、ルフィは不満そうに頬を膨らませた。

 

 小さな船は海岸へと近づき、やがて静かに岸へ着いた。

 

 五人が陸へ降りる。

 

 潮の香りに混じって、みかんの甘い匂いが鼻をくすぐった。

 

 サンジは周囲を見回しながら、ふっと煙草の煙を吐いた。

 

「へえ。いいところじゃねぇか。食材もいろいろ手に入りそうだ」

 

「お前はどこへ行っても飯のことばっかりだな」

 

 ゾロが言う。

 

「うるせぇ、クソマリモ。食事は大事だろうが」

 

「今はナミを探すのが先だろ」

 

「分かってるっつってんだろ!」

 

 いつもの言い争いが始まりかけた、そのときだった。

 

「……おい。あれ、何だ?」

 

 ウソップが道の先を指さした。

 

 そこには、奇妙な光景が広がっていた。

 

 一軒の家が、上下逆さまになって地面に突き刺さっていたのである。

 

 屋根の一部が土に埋まり、窓や扉が不自然な角度で空を向いている。周囲には壊れた木片が散らばっていた。

 

「なんだありゃ……」

 

 サンジが眉を寄せる。

 

「家を逆さまにするなんて、普通じゃねぇな」

 

 ミナトは近づき、地面に残る跡と建物の損傷を確かめた。

 

 自然に倒れたわけではない。誰かが力ずくでひっくり返したのだろう。

 

 それも、家に住む人間のことなど気にも留めずに。

 

「……ずいぶん乱暴な真似をするね」

 

 ミナトの声から、普段の穏やかさがわずかに消えた。

 

 周囲を見渡しても、家の持ち主らしき人物は見当たらない。

 

 代わりに、少し離れた場所から村人たちがこちらを窺っていた。

 

 視線が合うと、彼らはすぐに目を逸らす。こちらに近づこうとする者もいなければ、話しかけてくる者もいなかった。

 

 歓迎されていないというより、誰かを警戒することが当たり前になっているようだった。

 

「なあ、あんたたち!」

 

 ルフィが近くにいた村人へ声をかける。

 

「ナミって女を知らねぇか? オレンジ色の髪の――」

 

「やめてくれ!」

 

 村人は慌てた様子で声を上げた。

 

「その名前を、ここで大声で口にするんじゃない!」

 

 ルフィが目を丸くする。

 

「え? 何でだ?」

 

「頼むから、余計なことに首を突っ込まないでくれ……。あんたたちまで巻き込まれたら、どうするんだ」

 

 村人はそう言い残すと、逃げるようにその場を離れてしまった。

 

「……何だよ、今の」

 

 ウソップが困惑した顔で呟いた。

 

「ナミの名前を聞いただけで、あんなに怯えるなんて……」

 

 ミナトは村人が去っていった方向を見つめた。

 

 恐怖。

 

 それも、目の前にいる相手を怖がっているというより、背後にいる何者かを恐れているような反応だった。

 

 島の人々は、何かに逆らうことそのものを恐れている。

 

 その原因がアーロンなのだろうか。

 

 まだ断定はできない。

 

「……あんたたち、ナミを探してるの?」

 

 背後から、女の声がした。

 

 一行が振り返る。

 

 そこには、青い髪の若い女性が立っていた。腕には入れ墨があり、こちらを真っ直ぐに見つめている。

 

 警戒心を隠そうともしていない。

 

「そうだ! ナミを知らねぇか?」

 

 ルフィが即座に答えた。

 

 女性はルフィを見てから、ほかの面々にも視線を向ける。

 

 ゾロの傷だらけの身体。サンジの煙草。落ち着いた様子で周囲を見ているミナト。そして、明らかに緊張しているウソップ。

 

「……あんたたち、ナミの仲間?」

 

「ああ!」

 

 ルフィは迷いなく頷いた。

 

「オレたちはナミを追いかけてきたんだ!」

 

「追いかけてきた、ね……」

 

 女性の表情がわずかに変わった。

 

 喜んでいるのか、怒っているのか。それとも、何かを確かめようとしているのか。

 

 ミナトには、まだ判断できなかった。

 

「私はノジコ。ナミのことなら知ってるわ」

 

「本当か!」

 

 ルフィが一歩踏み出す。

 

 ノジコはすぐには答えず、腕を組んだ。

 

「でも、あんたたちが何者なのかも分からないのに、何でも話せるわけないでしょ」

 

「そりゃそうだな!」

 

 ルフィはあっさりと頷いた。

 

「オレはルフィ! 海賊王になる男だ!」

 

「……は?」

 

 ノジコが目を瞬かせる。

 

 ウソップが頭を抱えた。

 

「おい、ルフィ! そういうことをいきなり言うなって!」

 

「何でだよ。聞かれたから答えたんだぞ?」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 サンジがため息をつく。

 

「悪いな。こいつはいつもこんな調子だ」

 

「……見れば分かるわ」

 

 ノジコは呆れたように言った。

 

 それでも、彼女の表情には、ほんのわずかな変化があった。

 

 少なくとも、ルフィはナミのことを隠そうとも、取り繕おうともしない。

 

 ノジコはしばらく考えたあと、静かに口を開いた。

 

「……少し、話をしましょうか」

 

     *

 

 ノジコの家へ向かう道の両側には、みかん畑が広がっていた。

 

 実ったみかんが枝から垂れ下がり、風が吹くたびに葉がさらさらと音を立てる。

 

 穏やかな景色だった。

 

 けれど、村の空気はどこか重い。

 

 畑で作業をしていた人々も、一行の姿を見ると、すぐに作業へ戻るふりをした。

 

 誰もが、余計なことに関わらないようにしている。

 

 ミナトは、その様子を見ながら歩いていた。

 

「この島、何か変だな……」

 

 ウソップが小声で言う。

 

「さっきから、みんな俺たちを見ては目を逸らすし……」

 

「それだけ、外から来た人間を警戒してるんだろうね」

 

 ミナトは周囲に聞こえない程度の声で答えた。

 

「長い間、誰かに脅されていたのかもしれない」

 

「アーロンの野郎か……」

 

 サンジが顔をしかめる。

 

 前を歩いていたノジコは、聞こえていたのか、ほんの少しだけ歩調を落とした。

 

 しかし、何も言わなかった。

 

 やがて、一行はノジコの家に着いた。

 

 彼女は椅子を勧めると、自分も腰を下ろした。

 

「……ナミは、昔から頭のいい子だったわ」

 

 静かな声だった。

 

「あの子は小さい頃から、海や島を見るのが好きだった。普通の子が遊んでいるときでも、紙に線を引いたり、海岸を歩いて形を確かめたりしてね」

 

 ノジコは窓の外へ目を向けた。

 

「最初はただのお絵描きみたいなものだった。でも、あの子は本気だった。いつか世界中の海を自分の手で描いて、海図にするんだって」

 

「世界中の海を……」

 

 ウソップが呟いた。

 

「すげぇ夢じゃねぇか」

 

「そうでしょ。あの子、本当に夢中だったのよ。海図を描いているときだけは、周りのことなんて何も気にしていなかった」

 

 ノジコの口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

 

 けれど、その笑みはすぐに消えた。

 

「……あの子が、あんなふうになる前まではね」

 

 部屋の中が静かになった。

 

 ノジコは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

 

「私たちには、母親がいたの」

 

 その言葉を聞いて、ルフィが顔を上げる。

 

「母親?」

 

「ベルメールさん。血はつながっていなかったけど、私たちにとっては本当のお母さんだった」

 

 ノジコは、昔を思い出すように話し始めた。

 

     *

 

 まだ幼かった頃。

 

 戦争で荒れ果てた土地に、二人の少女がいた。

 

 青い髪の少女と、オレンジ色の髪の少女。

 

 ノジコとナミ。

 

 二人は戦火の中で家族を失い、頼れる者もいないまま、ただ生き延びていた。

 

 そんな二人を見つけたのが、海兵として戦場にいたベルメールだった。

 

 傷つき、疲れ果てていた彼女は、二人を見て足を止めた。

 

「……あんたたち、こんなところで何してんの?」

 

 返事はなかった。

 

 幼いナミは、ただベルメールを見つめていた。

 

 ノジコはナミをかばうように抱き寄せる。

 

 ベルメールは二人の姿を見て、しばらく黙っていた。

 

 そして、やがて小さく息を吐いた。

 

「……ったく。放っておけるわけないじゃない」

 

 彼女は二人を抱き上げた。

 

 それが、三人の始まりだった。

 

     *

 

「ベルメールさんはね、口が悪くて、すぐ怒る人だったわ」

 

 ノジコが懐かしそうに笑う。

 

「家のことも料理も、何でも一人でやろうとするくせに、ちょっとしたことで大騒ぎするの。ナミがいたずらをすれば怒鳴るし、私が何か言い返せば、もっと大きな声で怒鳴り返す」

 

「へえ……」

 

 サンジが少しだけ口元を緩めた。

 

「でも、最後には必ずご飯を作ってくれた。貧乏だったけど、三人で食べるご飯はおいしかったわ」

 

 ノジコの視線が、部屋の片隅へ向いた。

 

 そこには、古びた家具が置かれている。

 

 何年も使い続けてきた、飾り気のない生活の跡。

 

「ナミは、みかんが大好きだった。ベルメールさんが育てたみかんを勝手に食べて、よく怒られてたわね」

 

*

 

「だって、おいしいんだもん!」

 

 幼いナミが、口いっぱいにみかんを頬張っていた。

 

「ナミ! また勝手に食べたわね!」

 

「食べちゃダメなんて言ってないじゃん!」

 

「売る分がなくなったらどうするのよ!」

 

「じゃあ、もっといっぱい作ればいいじゃん!」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 ベルメールが怒鳴り、ノジコが横で笑う。

 

 ナミは頬を膨らませていたが、ベルメールが別のみかんを差し出すと、すぐに機嫌を直した。

 

 そんな、何でもない日々。

 

 決して裕福ではなかった。

 

 それでも、家には笑い声があった。

 

 誰かが帰ってくれば、誰かが迎える。

 

 食卓には、いつも三人分の食事が並ぶ。

 

 血のつながりがなくても、三人は確かに家族だった。

 

「……ベルメールさんは、私たちのことを本当に大切にしてくれた」

 

 ノジコの声が、少しだけ震えた。

 

「私たちがどんなに悪いことをしても、どんなに困らせても、最後には必ず私たちの味方でいてくれた」

 

 ミナトは黙って話を聞いていた。

 

 祖父母に育てられた自分にも、家族の温かさは分かる。

 

 ただ、ノジコの語る日々を、自分の経験だけで分かったつもりになることはできなかった。

 

 彼女たちにとって、ベルメールがどれほど大きな存在だったのか。

 

 その答えは、これから語られる過去の中にあるのだろう。

 

     *

 

 ある日のこと。

 

 幼いナミは、家の中で紙に向かっていた。

 

 小さな手に握られた鉛筆が、紙の上を忙しく動いている。

 

「……できた!」

 

 ナミは紙を持ち上げ、得意げに笑った。

 

「見て、ベルメールさん! これ、海の地図!」

 

「ん? どれどれ……」

 

 ベルメールが覗き込む。

 

 紙には、海岸線や島らしき形が描かれていた。まだ幼い子供の描いたものだから、線は不揃いで、正確とは言えない。

 

 それでも、ナミは真剣だった。

 

「ここが島で、こっちが海! こっちに行くと、もっと大きな島があるの!」

 

「へえ。よく描けてるじゃない」

 

 ベルメールは笑った。

 

「本当!?」

 

「ええ。でも、これだけじゃまだ海図とは言えないわね。船が通れる場所も、海の深さも分からないんだから」

 

「じゃあ、もっと勉強する!」

 

 ナミは勢いよく立ち上がった。

 

「いつか、世界中の海を全部描くんだから!」

 

「世界中?」

 

 ベルメールは目を丸くしたあと、豪快に笑った。

 

「あははは! そりゃあ大きく出たわね!」

 

「笑わないでよ!」

 

「笑ってないわよ! 応援してるの!」

 

 ベルメールはナミの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「やるからには、最後までやりなさい。自分で決めた夢なんでしょ?」

 

「うん!」

 

 ナミは満面の笑みで頷いた。

 

 その隣で、ノジコも笑っていた。

 

 それは、未来を疑う理由など何もなかった頃の笑顔だった。

 

     *

 

「……でも、その日々は長く続かなかった」

 

 ノジコの声が、再び現在へと戻ってくる。

 

 部屋の中に、重い沈黙が落ちた。

 

「ある日、魚人たちがこの島にやって来たの。アーロン一味よ」

 

 ウソップが息を呑む。

 

 ジョニーとヨサクも、険しい表情で話を聞いていた。

 

「アーロンは島の人間たちに金を要求した。払えなければ殺す。逆らえば殺す。そんなやり方で、この島を支配し始めたの」

 

 ノジコの声は静かだった。

 

 けれど、その指先は膝の上で強く握られていた。

 

「ベルメールも、私たちを守ろうとした。でも、あのときの私たちには、アーロンに逆らう力なんてなかった」

 

     *

 

 アーロン一味が村へやって来た日。

 

 村人たちは、恐怖に震えながら金を差し出していた。

 

 アーロンは、そんな人間たちを見下すように笑っていた。

 

「人間ってのは、本当に弱い生き物だな。金を払わなければ生きることもできねぇ」

 

 魚人たちの笑い声が、村に響く。

 

 ベルメールは家の中で、ナミとノジコを抱き寄せていた。

 

「いい? 二人とも。絶対に家から出ちゃダメよ」

 

「ベルメールさん……?」

 

 ナミが不安そうに見上げる。

 

「すぐ戻るから」

 

 ベルメールは笑おうとした。

 

 けれど、その顔には、隠しきれない緊張が浮かんでいた。

 

 家を出たベルメールの手元には、わずかな金しかなかった。

 

 自分一人が生き延びるためなら、支払いはできる。

 

 しかし、二人の娘を含めた分には足りなかった。

 

 アーロンはベルメールを見下ろした。

 

「おい、人間。お前の家族は何人だ?」

 

「……」

 

「聞こえなかったのか? 家族は何人だと聞いてるんだ」

 

 ベルメールは唇を噛んだ。

 

 頭の中に、二人の娘の顔が浮かぶ。

 

 ナミの笑顔。

 

 ノジコの強がった顔。

 

 三人で囲んだ食卓。

 

 ベルメールが帰るのを待っている、あの家。

 

 もし、二人の存在を隠せば。

 

 自分一人が家族だと答えれば、二人は助かるかもしれない。

 

 けれど、それは二人を娘ではないと否定することだった。

 

 ベルメールは、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……私には、娘が二人いる」

 

 アーロンの口元から笑みが消えた。

 

「何だと?」

 

「私には、娘が二人いるのよ」

 

 ベルメールは、もう一度はっきりと言った。

 

「ナミとノジコ。あの子たちは、私の娘よ」

 

 その瞬間、家の中に隠れていた二人の少女が飛び出してきた。

 

「ベルメールさん!」

 

「やめて! お願い、やめて!」

 

 二人の声が響く。

 

 ベルメールは振り返った。

 

 そして、娘たちに向かって、いつものように笑った。

 

「……ごめんね」

 

 それは、今の状況を感じさせないほど優しい声だった。

 

「お母さん、ちょっと失敗しちゃった」

 

「ベルメールさん……!」

 

 ナミが泣きながら手を伸ばす。

 

 だが、その手が届くことはなかった。

 

「ナミ!ノジコ!...大好き」

 

 銃声が響いた。

 

 ベルメールの身体が倒れる。

 

 ノジコはナミを抱きしめ、声にならない叫びを上げた。

 

 ナミは、目の前で倒れたベルメールを見つめていた。

 

 何が起きたのか、理解できなかった。

 

 ついさっきまで、いつものように笑っていた人が。

 

 自分たちを守ってくれた人が。

 

 もう、二度と立ち上がらない。

 

「……ベルメールさん?」

 

 ナミの声が震えた。

 

「ねえ、お母さん……起きてよ……」

 

 返事はない。

 

 ベルメールの血が、地面に広がっていく。

 

 アーロンは、そんな親子の姿を見下ろしていた。

 

「人間のくせに、くだらねぇ意地を張りやがって」

 

 魚人たちの笑い声が響く。

 

 ナミは泣き叫んだ。

 

 ノジコはナミを抱きしめたまま、ただ震えていた。

 

 その日、二人の少女は母親を失った。

 

 そしてナミは、アーロンのもとへ連れていかれた。

 

     *

 

「……ナミは、連れていかれた先で海図を描かされた」

 

 ノジコは、膝の上で握っていた手をゆっくりと開いた。

 

「アーロンは、あの子の才能に気づいたのよ。海図を描ける人間は、あいつらにとって利用価値があった。ナミは自由を奪われて、来る日も来る日も海図を描かされた」

 

 ルフィは黙っていた。

 

 いつもなら、何か言いたくなればすぐに口を開く。

 

 けれど、今は何も言わなかった。

 

「……それでも、ナミは諦めなかった」

 

 ノジコは続けた。

 

「あの子は、いつか村を買い戻すって決めたの。アーロンに金を払えば、村を解放してもらえる。そう信じて、ずっと金を貯めてきた」

 

「いくら必要だったんだ?」

 

 ゾロが尋ねる。

 

「一億ベリー」

 

 ノジコは答えた。

 

「一億……!?」

 

 ウソップが目を剥いた。

 

「そんな金、簡単に集まるわけねぇだろ……!」

 

「ええ。普通なら無理よ。でも、ナミは諦めなかった。盗みをしてでも金を集めた。危険なことも、嫌なことも、全部自分で引き受けてね」

 

 ノジコは目を伏せた。

 

「村のみんなが苦しんでいるのを、あの子はずっと見てきたから。自分が我慢すれば、いつかみんなを救えるって信じていたのよ」

 

 ミナトは静かに息を吐いた。

 

 バラティエで見たナミの姿が、頭の中によみがえる。

 

 アーロンの手配書を見たときの、ほんの一瞬の反応。

 

 宝に目を輝かせる一方で、仲間のことをよく見ていたこと。

 

 誰にも弱みを見せず、必要なら平気な顔で嘘をつくこと。

 

 そして、何も告げずにメリー号と海図を持ち去ったこと。

 

 それらが、少しずつつながっていく。

 

 ナミは仲間を裏切りたかったわけではないのかもしれない。

 

 仲間を巻き込まないために、一人で抱え込もうとしたのかもしれない。

 

 けれど、それはまだミナトの推測にすぎなかった。

 

 ナミ自身が何を考え、どれほどの苦しみを抱えてきたのか。

 

 それを、すべて分かったつもりになることはできない。

 

「……八年間、か」

 

 サンジが低い声で呟いた。

 

 くわえていた煙草の先が、わずかに揺れている。

 

「たった一人で、そんなことを……」

 

「ナミは強い子よ」

 

 ノジコは言った。

 

「でも、強いからって、何も感じていないわけじゃない。あの子だって、本当は……」

 

 そこで言葉が途切れた。

 

 ノジコは顔を伏せた。

 

「……本当は、ずっと誰かに助けてほしかったのかもしれない」

 

 その言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。

 

 外から、風に揺れるみかんの葉の音が聞こえてくる。

 

 ベルメールが育てたみかん畑。

 

 かつて、三人が笑い合っていた場所。

 

 その景色は今も変わらずそこにあるのに、家族の時間だけは戻ってこない。

 

 ミナトは、静かに目を閉じた。

 

 祖父母から教わったことがある。

 

 誰かを助けるためには、相手が何を望んでいるのかを知ろうとしなければならない。

 

 自分が正しいと思うことを押しつけるだけでは、相手を救えないこともある。

 

 ナミは八年間、自分の力だけで村を救おうとしてきた。

 

 その決意を否定するつもりはない。

 

 だが、彼女が一人で背負わなければならない理由も、本当はなかったはずだ。

 

「……話してくれてありがとう、ノジコさん」

 

 ミナトは、穏やかな声で言った。

 

「ナミが何をしてきたのか、少し分かった気がする。でも、本人がどんな思いでいたのかは、オレたちが勝手に決めつけちゃいけないと思う」

 

 ノジコは顔を上げた。

 

 ミナトは彼女の目を見て続けた。

 

「だから、ナミに会って話をするよ。何を考えていたのか、これからどうしたいのか。ちゃんと本人の口から聞きたい」

 

 ノジコは、しばらくミナトを見つめていた。

 

 やがて、小さく息を吐く。

 

「……そう」

 

 その声には、わずかな安堵と、まだ消えない不安が混じっていた。

 

 ルフィが立ち上がった。

 

「よし。ナミを迎えに行こう!」

 

 いつもと変わらない、真っ直ぐな声だった。

 

 だが、今度は誰も軽く受け流さなかった。

 

 ゾロは傷に障らないよう慎重に立ち上がり、刀の位置を確かめる。

 

 サンジは煙草を灰皿に押しつけ、険しい顔で出口へ向かった。

 

 ウソップも拳を握りしめる。

 

 ミナトは最後に、もう一度ノジコへ向き直った。

 

「……ナミのこと、教えてくれてありがとう」

 

 ノジコは何も言わなかった。

 

 ただ、彼らの背中を見つめていた。

 

 八年間、妹が一人で抱えてきたもの。

 

 その重さを、今度こそ誰かが分かち合ってくれるのだろうか。

 

 ノジコには、まだ分からない。

 

 けれど、少なくとも彼らは、ナミの話を聞いたうえで彼女のもとへ向かおうとしている。

 

 それだけは、確かだった。

 

 家の外では、みかんの葉が風に揺れていた。

 

 その向こうに、アーロンパークがある。

 

 ナミが八年間、自由を取り戻すために戦い続けてきた場所。

 

 そして、その希望が今も残されている場所だった。

 

 ――だが、その希望がどれほど脆いものなのかを、彼らはまだ知らなかった。

ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降

  • 悪魔の実 ゾオン系 幻獣種:九喇嘛
  • 悪魔の実 パラメシア系 チャクラ人間
  • 無能力者を貫き通す!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。