ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
アーロンパークへ続く道を、五人の男たちが歩いていた。
先頭を行くのは、麦わら帽子を被った少年――モンキー・D・ルフィ。
その後ろには、三本の刀を腰に差したロロノア・ゾロ、黒いスーツに身を包んだサンジ、長鼻のウソップ、そして金髪の青年、波風ミナトが続いている。
道の両脇には、ココヤシ村の人々が集まっていた。
誰もが口を閉ざし、五人の姿を見つめている。
彼らの顔には、怒りがあった。恐怖もあった。そして、それ以上に、長い年月の果てにようやく手を伸ばせるかもしれないという、切実な願いがあった。
八年間。
ナミはたった一人で、村を買い戻すための金を集め続けていた。
それなのに、あと少しというところで、その希望は無残にも踏みにじられた。
もう、彼女一人に背負わせるわけにはいかない。
その思いは、五人に共通していた。
ミナトは道の両側に立つ村人たちを見渡した。
握り締められた拳。怒りに震える肩。何かを言いかけて、結局は口を閉じる者。
恐怖を押し殺している人もいれば、今にも飛び出していきそうなほど気持ちが昂ぶっている人もいる。
無理もない。
長い間、魚人たちに逆らえなかったのだ。逆らえば何をされるのか、彼らは嫌というほど知っている。
それでも今、村人たちは道を開けている。
自分たちの力だけでは届かなかった場所へ、五人を送り出そうとしているのだ。
「……頼む」
誰かが、絞り出すように呟いた。
「ナミを……助けてやってくれ」
ルフィは足を止めなかった。
ただ、真っ直ぐ前を見据えたまま答える。
「おう!」
短い返事だった。
けれど、そこには迷いがなかった。
ミナトもまた、前を向く。
ここで安易な慰めを口にしても、何も変わらない。
ナミを救い、アーロンたちを止める。
今、自分たちにできるのは、それだけだった。
ふと、隣を歩くゾロの足取りに目を向ける。
バラティエでミホークから受けた傷は、まだ癒えていない。歩いているだけでも、身体には相当な負担が掛かっているはずだ。
「ゾロ、傷は?」
「問題ねェ」
「……そうか」
それ以上は聞かなかった。
問題がないはずがない。だが、ゾロがここまで来た以上、戦う意思を曲げることもないだろう。
ならば、自分にできることを考える。
ミナトは視線を前へ戻した。
アーロンパークの入口が、見えてきた。
*
「アニキィーッ!」
入口の近くから、聞き覚えのある声が飛んできた。
ジョニーとヨサクだった。
二人は道の脇に座り込んでいた。衣服は汚れ、顔や腕には殴られた跡が残っている。立ち上がろうとしても、身体のあちこちが痛むらしい。
「ジョニー! ヨサク!」
ウソップが駆け寄る。
「お、おい、大丈夫かよ!? 何があったんだ、その傷!」
「へっ……ちっとばかし、魚人どもに挨拶してきただけでやんす……」
ヨサクが苦しそうに笑った。
「挨拶でそんな姿になるか!」
サンジが呆れたように言う。
ジョニーは悔しそうに地面を叩いた。
「くそっ……! 紙一重だった……!」
ゾロは二人の前に立った。
「アーロンは?」
「奥にいやす。魚人どもも、まだ大勢残ってやす……」
ヨサクは顔を上げる。
「申し訳ねェ、アニキ。あっしらじゃ、どうにもできやせんでした」
「……そうか」
ゾロはそれだけ答えた。
二人を責めるつもりなどなかった。
魚人たちの強さは、彼らの負傷を見れば十分に伝わってくる。
ミナトも二人のそばにしゃがみ込み、怪我の具合を確かめた。
「頭は打ったか? 息苦しさや、手足のしびれは?」
「い、いや、そこまではねェでやんす」
「そうか。だが、無理に動かない方がいい。痛みが強くなったら、すぐに知らせてくれ」
ミナトは二人の様子を確認すると、入口の先へ視線を向けた。
「それで、どうしてここに残っていたんだ?」
ジョニーは村人たちの方を振り返った。
「村の連中が、アーロンパークに突っ込もうとしてたんでさァ。あいつら、ナミの姉貴を助けようとして……」
「止めたのか」
「当たり前でやんす! あんな状態で突っ込んだら、全員やられちまう!」
ヨサクが悔しそうに歯を食いしばる。
「だから、あっしらがここで待ってたんでやんす。アニキたちが来るまで、誰も中に入れねェように……」
「……そうか」
ミナトは静かに頷いた。
勝てなかったからといって、二人は逃げたわけではない。
自分たちにできることを見つけ、村人たちを守ろうとしていたのだ。
ゾロも二人の思いを察したのか、腰の刀に手を掛けた。
「お前ら、刀を貸せ」
「……アニキ?」
ジョニーとヨサクが顔を見合わせる。
ゾロは自分の刀を確かめながら、淡々と言った。
「三本あった方が都合がいい」
「で、でも、アニキ! これはあっしらの……」
「預かるだけだ」
ゾロは二人を真っ直ぐ見た。
「返してほしけりゃ、ちゃんと生きてろ」
二人は一瞬、言葉を失った。
やがてジョニーは、震える手で自分の刀を差し出した。
「……へい! 頼みやしたぜ、アニキ!」
ヨサクも刀を差し出す。
「アニキなら……アニキなら、きっとやってくれるでやんす!」
ゾロは二本の刀を受け取り、腰に差した。
「……ああ。預かっておく」
その言葉を聞いた二人は、強く頷いた。
ミナトは立ち上がり、村人たちへ向き直った。
「皆さんは、ここから先へは進まないでください。魚人たちは人間よりも力が強い。無理に押し入れば、被害が増えるだけです」
「だが、ナミが……!」
「分かっています」
ミナトは相手の言葉を遮るのではなく、正面から受け止めた。
「だからこそ、ここはオレたちに任せてください。皆さんまで傷つく必要はありません」
村人たちは、すぐには返事をしなかった。
それでも、ミナトの言葉に反発する者はいなかった。
ジョニーとヨサクが入口に残り、村人たちを見守る。
その姿を確認してから、ミナトは仲間たちへ視線を戻した。
「行こう」
「おう!」
ルフィが拳を握る。
五人は、アーロンパークの中へ足を踏み入れた。
*
広い敷地の中央には、魚人たちが待ち構えていた。
人間が五人で乗り込んできたことが、よほどおかしいらしい。
魚人たちは口々に笑い、こちらを指差している。
「なんだァ? 人間が五人で何しに来た?」
「まさか、アーロンさんに喧嘩を売りに来たのか?」
「人間が何人集まったところで、魚人には勝てねェよ!」
嘲笑が敷地に響く。
ルフィはそんな声など気にも留めず、奥にいるアーロンを見据えた。
ゾロは三本の刀を確かめる。
サンジは煙草をくわえ、足を鳴らした。
ウソップは顔を引きつらせながらも、パチンコを構える。
ミナトは魚人たちの数と配置を確認していた。
前方にいる者たちだけではない。左右にも、建物の陰にも、こちらの動きを窺う魚人がいる。
真正面から突っ込めば、数の差を利用して囲まれるだろう。
しかも、魚人は人間よりも身体能力が高い。海を自由に泳ぎ、水中でも行動できる彼らは、陸上での戦いでも厄介な相手だ。
力比べに付き合う必要はない。
相手の動きを見て、崩す。
そのために必要なのは、速さだけではなく、状況を見極める判断だった。
「おい、そこの人間!」
一匹の魚人が、ミナトを指差した。
「さっきから黙ってやがるが、怖くて声も出ねェのか?」
ミナトは視線を向ける。
「……さあな」
それだけ答えた。
魚人が顔を歪める。
「舐めやがって!」
その瞬間、ルフィが一歩前へ出た。
「お前らはオレが相手だ!」
魚人たちの視線がルフィへ集まる。
アーロンが牙を剥き、楽しそうに笑った。
「ほう……。ずいぶん威勢のいい人間だな」
その言葉を合図にしたように、魚人たちが一斉に動き出した。
「ぶっ潰せェ!」
戦いが始まった。
*
最初に動いたのは、ミナトだった。
正面から駆け込んできた魚人の拳を、半歩だけ身体をずらしてかわす。
拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。
その腕を掴み、相手の勢いを殺さずに引き込む。魚人の身体が前につんのめったところへ、ミナトは膝を入れた。
「ぐっ……!」
さらに、後ろから迫っていた別の魚人の足を払う。
二匹の身体がぶつかり、もつれ合って倒れた。
ミナトは立ち止まらない。
腰から抜いたクナイを逆手に持ち、横合いから振り下ろされた棍棒を受け流す。刃で武器の軌道を逸らし、相手の懐へ踏み込んで腹部に一撃を叩き込んだ。
魚人が呻き、膝をつく。
その背後から、もう一匹が飛び掛かってきた。
ミナトは振り返らず、足元の印付きクナイへ意識を向ける。
次の瞬間、彼の姿が消えた。
「なっ……!?」
魚人の腕が空を切る。
ミナトは数メートル離れたクナイのそばに現れ、着地と同時に身体を回転させた。迫っていた魚人の脇腹へ、回し蹴りを叩き込む。
巨体が横へ吹き飛び、地面を転がった。
周囲にいた魚人たちが、思わず動きを止める。
入口付近から様子を見ていた村人たちも、何が起きたのか分からず、顔を見合わせた。
「い、今……消えなかったか?」
「いや、あっちにいたはずだ……!」
「あの青年が……一瞬で、あそこまで……!?」
ミナトは周囲の反応に構うことなく、次の敵へ視線を向ける。
魚人が二匹、左右から挟み込むように迫ってきた。
右の魚人は拳を振りかぶり、左の魚人は長い棒を横薙ぎに振る。
ミナトは後退しなかった。
棒の軌道を見極め、わずかに腰を落とす。頭上を武器が通過する瞬間、右側の魚人の腕を掴み、身体を半回転させた。
棒が仲間の肩を強打する。
「ぐあっ!」
「てめェ、何しやがる!」
「そっちが振ったんだろう」
ミナトは淡々と答え、体勢を崩した魚人の膝裏へ蹴りを入れた。
倒れた相手の武器を足で遠ざけ、そのまま次の敵へ向き直る。
速い。
だが、ただ速いだけではなかった。
敵がどこから攻撃してくるのか。どちらへ動けば、もう一方の攻撃を利用できるのか。相手の力を受け止めず、どうすればその勢いを崩せるのか。
そのすべてを、ミナトは戦いながら判断していた。
魚人たちが再び押し寄せる。
ミナトはクナイを投げた。
刃は敵の身体を傷つけるのではなく、手にした武器を弾き、壁際の柱へ突き刺さる。
その一瞬の隙に踏み込み、拳を叩き込む。
倒れた魚人の肩を踏み台にして、後方から迫る敵の頭上を飛び越えた。
着地した場所には、先ほど投げたクナイがある。
ミナトは柄を掴むと、すぐさま振り返った。
村人の一人が、呆然と呟いた。
「あの人……さっきまで、あんなに普通に話していたのに……」
その声には、恐怖だけではない驚きがあった。
彼らが見ていたのは、魚人たちに立ち向かう一人の青年だった。
大声で威圧することもない。敵を見下すこともない。
ただ、必要な場所へ動き、必要な相手を倒し、次の危険へ備えている。
ミナトは倒れた魚人を一瞥し、すぐに視線を上げた。
まだ、敵は残っている。
*
「おい! あいつを一人にするな!」
魚人の一人が叫んだ。
「囲め! 逃げ道を塞げ!」
それまで個々に突っ込んできていた魚人たちが、動きを変えた。
三匹が正面から迫り、二匹が左右へ回る。さらに後方にも一匹が回り込み、ミナトの退路を塞ごうとしていた。
ミナトはその動きを見て、目を細める。
こちらの速さを警戒し始めたか。
ならば、同じやり方を繰り返すのは危険だ。
正面の三匹が一斉に武器を振り下ろした。
ミナトは後ろへ飛び退く。
地面に武器が叩きつけられ、土埃が舞った。
その隙に、左側から魚人が飛び込んでくる。
ミナトは腰を捻って攻撃をかわし、相手の腕を掴んだ。だが、背後から別の魚人が迫っている。
ここで相手を倒すことに固執すれば、挟み撃ちにされる。
ミナトは腕を離し、地面を蹴った。
印を付けたクナイへ飛雷神の術で移動する。
しかし、移動先へ踏み込んだ瞬間、待ち構えていた魚人が棍棒を振り下ろした。
「そこだァ!」
ミナトは身体を捻って直撃を避けた。
棍棒が肩をかすめ、鈍い衝撃が走る。
完全には避けきれなかった。
ミナトは地面を転がりながら体勢を立て直し、すぐさま立ち上がる。
魚人たちは笑った。
「へへっ! 速くても、行き先が分かりゃあ当てられるんだよ!」
「瞬間移動だか何だか知らねェが、いつまでも好き勝手できると思うな!」
ミナトは肩を動かし、痛みの程度を確かめた。
動かせる。骨に異常があるような感覚もない。
だが、これ以上同じ手を使えば、移動先を狙われる可能性が高い。
飛雷神の術は、どこへでも無条件に飛べるわけではない。
印を付けた場所が必要だ。そして、その場所が安全でなければ、移動した先で攻撃を受けることもある。
ならば、敵の予測そのものを外す。
ミナトは手にしたクナイを構え直した。
「今度は逃がすな!」
魚人たちが一斉に動く。
正面の二匹が攻撃を仕掛け、左右の二匹が逃げ道を塞ぐ。
ミナトは正面から来た拳を腕で受け流し、そのまま相手の身体を押し出した。
押し出された魚人は、背後から迫っていた仲間と衝突する。
その隙にミナトは左へ動き、棒を持った魚人の懐へ潜り込んだ。
長い武器は、近すぎる距離では振り回しにくい。
ミナトは相手の手首を叩き、武器を落とさせる。さらに足を払って倒すと、落ちた棒を蹴り飛ばした。
右側から拳が飛んでくる。
ミナトはその攻撃を避ける代わりに、倒れた魚人の身体を押しやり、拳の軌道へ滑り込ませた。
「ぐあっ!」
仲間に拳をぶつけた魚人が怯む。
ミナトはその一瞬を逃さず、顎を打ち抜いた。
一匹が倒れる。
だが、残る魚人たちは止まらない。
ミナトが一匹を倒す間に、別の一匹が攻撃を仕掛けてくる。
休む間はなかった。
それでも、少しずつ相手の連携に隙が生まれ始めていた。
複数人で囲もうとすれば、互いの動きが制限される。大きな武器を振り回せば、味方に当たる危険も増える。
ミナトはそのわずかな乱れを見逃さず、敵の陣形を崩し続けた。
*
一方、敷地の別の場所でも戦いは激しさを増していた。
「おらァ! 人間の剣がどこまで通じるか、試してやる!」
はっちゃんが六本の腕を広げ、ゾロへと迫る。
ゾロは三本の刀を構え、真正面から迎え撃った。
「……試してみろ」
刃と刃がぶつかり、鋭い金属音が響く。
だが、ゾロの動きには、バラティエで受けた傷の影響が残っていた。
身体を大きく動かすたび、胸の傷が痛む。呼吸を整える余裕も少ない。
それでもゾロは退かない。
ジョニーとヨサクから託された刀を手に、はっちゃんの攻撃を受け止めていく。
少し離れた場所では、サンジがクロオビと向き合っていた。
「人間の足技が、魚人空手に通用するとでも思っているのか!」
「さあな。試してみりゃ分かるだろ」
サンジは軽口を叩きながら、クロオビの攻撃をかわす。
さらに反対側では、ウソップがチュウの攻撃を必死に避けていた。
「ちょ、ちょっと待て! お前、話し合いというものをだな……!」
「うるせェ! 人間が魚人に勝てるわけねェだろ!」
「そ、それを今から証明してやるんだよ!」
声は震えている。
それでも、ウソップは逃げ切るだけではなく、反撃の機会を窺っていた。
そして中央では、ルフィとアーロンが向き合っていた。
「ナミはお前のものじゃねェ!」
ルフィが叫ぶ。
アーロンは牙を剥き、鼻を鳴らした。
「人間が、魚人の支配に逆らうこと自体が間違いなのだ!」
二人の戦いが激突する。
ミナトはそちらへ一瞬だけ視線を向けた。
それぞれが、自分の戦いをしている。
ならば、自分も自分の役割を果たすだけだ。
正面から、魚人が三匹迫ってきた。
ミナトは再びクナイを握り直す。
*
「倒れろォッ!」
背後から、怒号が飛んだ。
ミナトは正面の魚人へ意識を向けていた。
その隙を突くように、死角から棍棒が振り下ろされる。
気付いたときには、遅かった。
――危ない。
そう感じた瞬間、身体が動いていた。
ミナトは反射的に頭を沈めた。
棍棒が髪をかすめ、空を切る。
次の瞬間、正面から迫っていた拳を身を捻ってかわし、その腕を掴んで相手を投げ飛ばした。
地面に叩きつけられた魚人が呻く。
ミナトはすぐに距離を取り、背後を振り返った。
棍棒を持った魚人が、驚いた顔をしている。
「な、何で避けやがった!?」
ミナト自身も、わずかに眉を動かした。
攻撃が見えたから避けたのではない。
振り下ろされる直前、そこに危険があると感じた。
理由は分からない。
考えようとしても、目の前の敵がそれを許さなかった。
「偶然だ! 次こそ当ててやる!」
魚人が再び飛び込んでくる。
ミナトは意識を切り替えた。
今は、目の前の戦いに集中する。
相手の攻撃をかわし、足を払う。体勢を崩した魚人の腕を掴み、そのまま別の敵へ押し込んだ。
だが、先ほどの感覚は、頭の片隅に残っていた。
見えていない攻撃を、身体が先に察知した。
そんな経験は、これまでにもあっただろうか。
答えは出ない。
再び攻撃が迫る。
ミナトはクナイで武器を受け流し、相手の懐へ踏み込んだ。
「ぐっ……!」
腹部への一撃で、魚人が膝をつく。
その背後から、さらに二匹が迫っていた。
ミナトは飛雷神の術を使い、少し離れた印付きクナイの位置へ移動する。
だが、着地した瞬間、足元に小さな違和感があった。
呼吸が、少し乱れている。
肩の痛みも、先ほどより強くなっていた。
飛雷神の術を繰り返し、体術を使い続けたことで、確実に体力を消耗している。
敵の数は減っている。
しかし、まだ終わりが見えない。
*
「ミナトさん……!」
入口近くで戦いを見守っていた村人の一人が、思わず声を上げた。
ミナトが魚人たちに囲まれている。
最初のうちは、彼が一瞬で敵を倒すたびに歓声が上がりそうになっていた。
だが、今は違う。
魚人たちは数を活かし、休む間もなく攻撃を仕掛けている。
ミナトが一匹を倒しても、その隙を狙って別の魚人が迫る。飛雷神の術で移動した先にも、敵が待ち構えていることがある。
彼の動きはまだ速い。
けれど、最初のように余裕を感じさせる動きではなくなっていた。
「くそっ……! あの人、一人で何匹相手にしてるんだ……!」
「助けに行かなきゃ……!」
村人の一人が一歩踏み出す。
しかし、隣にいた男がその腕を掴んだ。
「待て! 今、俺たちが行ったところで足手まといになるだけだ!」
「だが……!」
「分かってる! 分かってるが……信じるしかねェんだ!」
その声は、震えていた。
彼らには、戦いを変える力がない。
だからこそ、今は見届けるしかなかった。
ミナトは、村人たちの視線に気付いていた。
助けを求める声が聞こえたわけではない。
ただ、彼らが何を願っているのかは分かる。
この戦いが終わってほしい。
もう誰も傷ついてほしくない。
そして、ナミに帰ってきてほしい。
ミナトは息を吐き、クナイを持つ手に力を込めた。
そのとき、敷地の奥から悲鳴が上がった。
「うわあああっ!」
村人の一人が、逃げ遅れた魚人に追い詰められていた。
魚人が腕を振り上げる。
ミナトは即座にそちらへ意識を向けた。
距離がある。
今の位置から走っても間に合わない。
印付きのクナイは、魚人たちの足元にもいくつか残してある。だが、近い場所のものは敵の攻撃範囲に入っていた。
迷っている時間はない。
ミナトは一つの印へ意識を集中させた。
次の瞬間、村人のすぐそばに姿を現す。
「伏せて!」
ミナトは村人の肩を押し、攻撃の軌道から押し出した。
振り下ろされた腕が、すぐ横の地面を叩く。
土埃が舞い上がった。
ミナトは体勢を崩しながらも、魚人の腹部へ蹴りを叩き込む。
相手が後退した隙に、村人を安全な場所へ押しやった。
「走って! 入口から離れないように!」
「は、はい!」
村人が駆け出す。
ミナトはすぐに振り返った。
だが、その瞬間だった。
「隙ありィ!」
別の魚人が背後から飛び掛かってきた。
ミナトは身を捻ったものの、完全には避けきれなかった。
拳が脇腹をかすめ、身体に衝撃が走る。
「っ……!」
ミナトは数歩よろめき、地面を踏みしめて体勢を立て直した。
魚人が笑う。
「他人を助けてる余裕なんかねェだろうが!」
ミナトは脇腹の痛みを確かめるように息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「……そうだな」
小さく呟く。
誰かを助ければ、その分、自分に隙が生まれる。
全員を同時に守ることなどできない。
それは分かっている。
それでも、目の前で誰かが傷つくのを見過ごすことはできなかった。
ならば、その選択に伴う危険も引き受けるしかない。
ミナトは再び構えを取った。
「けど、見捨てるつもりもない」
魚人の顔から笑みが消えた。
*
戦いが始まってから、どれほどの時間が経ったのか。
ミナトには、もう正確には分からなかった。
目の前の敵を倒し、次の攻撃をかわし、仲間の状況を確認する。
その繰り返しだった。
呼吸は荒くなり、汗が額から頬を伝って落ちる。
肩には鈍い痛みが残り、脇腹にも衝撃が響いていた。
手持ちのクナイは、最初よりも明らかに減っている。
回収できるものは回収した。だが、敵の足元や攻撃の激しい場所にあるものまで、無理に取り戻すわけにはいかない。
クナイは武器であると同時に、飛雷神の術を使うための重要な目印でもある。
残りの数を考えながら、どこで使い、どこで温存するかを判断しなければならなかった。
「そろそろ、へばってきたんじゃねェか?」
魚人の一匹が、口元を歪めた。
「さっきまでの威勢はどうした、人間!」
ミナトは答えず、相手の足元を見た。
右足に体重が偏っている。
こちらを囲もうとした際、隣の魚人とぶつかったのだろう。姿勢が崩れたまま、無理に前へ出ようとしている。
ミナトはわずかに身体を傾けた。
魚人の拳が迫る。
それを紙一重でかわし、相手の腕を掴む。さらに踏み込んで軸足を払うと、巨体が前へ倒れ込んだ。
地面にぶつかる直前、ミナトは相手の背中を押し、勢いを利用して別の魚人の進路へ転がした。
二匹が衝突する。
ミナトはその隙に間合いを詰め、残った一匹の武器をクナイで弾き飛ばした。
刃を首筋へ突き付けることはしない。
代わりに、手首を打ち、膝を崩し、相手の戦闘能力を奪う。
魚人が倒れた。
だが、また別の魚人がやってくる。
終わらない。
ミナトは息を整えようとした。
ほんの一瞬だけ、意識を周囲へ向ける。
ゾロは、はっちゃんの攻撃を受け止めていた。傷の影響は明らかだが、刀を手放す気配はない。
サンジはクロオビと激しくぶつかり合い、ウソップもチュウを相手に必死に食らいついている。
ルフィとアーロンの戦いは、まだ決着していなかった。
誰もが、ぎりぎりのところで戦っている。
ミナトは目を閉じることなく、短く息を吐いた。
自分がここで倒れれば、一般魚人たちが仲間の方へ流れ込む可能性がある。
それだけは避けなければならない。
残ったクナイを握り直す。
敵が動いた。
ミナトは地面を蹴った。
*
再び、魚人たちが押し寄せる。
正面から二匹。右から一匹。後方には、先ほどまで距離を取っていた魚人が回り込んでいる。
ミナトは一度、後ろへ退いた。
敵はすぐに追ってくる。
その動きを見ながら、ミナトはわずかに進路を変えた。
正面から来た魚人が棍棒を振る。
ミナトはそれを避け、相手の腕を掴んで横へ引いた。
棍棒が隣の魚人の肩に当たる。
怒声が響いた。
「てめェ、何しやがる!」
「お前が当たってきたんだろうが!」
二匹が言い争う。
ミナトはその隙を利用して間合いを詰め、片方の足を払った。
倒れた魚人の身体が、もう一匹の足を絡め取る。
その背後から、別の敵が迫っていた。
ミナトは印付きクナイへ移動する。
出現した先には、誰もいなかった。
ほんの一瞬、息をつける。
だが、身体の疲労は隠せなかった。
指先が重い。
呼吸を整えようとしても、胸の奥に熱が残る。
飛雷神の術を使うたびに体力が削られていく。これ以上、無計画に繰り返すことはできない。
それでも、まだ戦える。
ミナトはクナイを構えた。
正面にいる魚人が、仲間たちへ向けて叫ぶ。
「こいつを先に潰せ! そうすりゃ、ほかの人間も終わりだ!」
魚人たちの視線が、一斉にミナトへ集まった。
次の攻撃が来る。
ミナトは周囲の地形を確認した。柱の位置、壁との距離、地面に落ちた武器、印を付けたクナイの場所。
使えるものは、まだある。
ならば、戦い方を変えるだけだ。
ミナトは腰を落とし、迫る敵を見据えた。
村人たちは、息を呑んでその姿を見つめている。
最初に見たとき、彼はただ静かで、落ち着いた青年だった。
今は違う。
傷を負い、疲労を重ね、それでも敵から目を逸らさない。
彼が何のために戦っているのか、村人たちには分かっていた。
誰かに褒められるためではない。
自分の強さを見せつけるためでもない。
ただ、これ以上、誰かが大切なものを奪われないように。
そのために、彼はここに立っている。
ミナトは荒い息を吐き、クナイを握り直した。
「……まだだ」
魚人たちが迫る。
ミナトは静かに目を細めた。
「ここで倒れるわけにはいかない」
次の瞬間、黄色い影が戦場を駆けた。
飛び交う拳。振り下ろされる武器。地面を蹴る音。
戦いは、まだ終わらない。
そしてアーロンパークの奥では、それぞれの信念を懸けた戦いが、さらに激しさを増していた。
ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降
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悪魔の実 ゾオン系 幻獣種:九喇嘛
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悪魔の実 パラメシア系 チャクラ人間
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無能力者を貫き通す!