ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

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魚人たちとの死闘

 

 アーロンパークへ続く道を、五人の男たちが歩いていた。

 

 先頭を行くのは、麦わら帽子を被った少年――モンキー・D・ルフィ。

 

 その後ろには、三本の刀を腰に差したロロノア・ゾロ、黒いスーツに身を包んだサンジ、長鼻のウソップ、そして金髪の青年、波風ミナトが続いている。

 

 道の両脇には、ココヤシ村の人々が集まっていた。

 

 誰もが口を閉ざし、五人の姿を見つめている。

 

 彼らの顔には、怒りがあった。恐怖もあった。そして、それ以上に、長い年月の果てにようやく手を伸ばせるかもしれないという、切実な願いがあった。

 

 八年間。

 

 ナミはたった一人で、村を買い戻すための金を集め続けていた。

 

 それなのに、あと少しというところで、その希望は無残にも踏みにじられた。

 

 もう、彼女一人に背負わせるわけにはいかない。

 

 その思いは、五人に共通していた。

 

 ミナトは道の両側に立つ村人たちを見渡した。

 

 握り締められた拳。怒りに震える肩。何かを言いかけて、結局は口を閉じる者。

 

 恐怖を押し殺している人もいれば、今にも飛び出していきそうなほど気持ちが昂ぶっている人もいる。

 

 無理もない。

 

 長い間、魚人たちに逆らえなかったのだ。逆らえば何をされるのか、彼らは嫌というほど知っている。

 

 それでも今、村人たちは道を開けている。

 

 自分たちの力だけでは届かなかった場所へ、五人を送り出そうとしているのだ。

 

「……頼む」

 

 誰かが、絞り出すように呟いた。

 

「ナミを……助けてやってくれ」

 

 ルフィは足を止めなかった。

 

 ただ、真っ直ぐ前を見据えたまま答える。

 

「おう!」

 

 短い返事だった。

 

 けれど、そこには迷いがなかった。

 

 ミナトもまた、前を向く。

 

 ここで安易な慰めを口にしても、何も変わらない。

 

 ナミを救い、アーロンたちを止める。

 

 今、自分たちにできるのは、それだけだった。

 

 ふと、隣を歩くゾロの足取りに目を向ける。

 

 バラティエでミホークから受けた傷は、まだ癒えていない。歩いているだけでも、身体には相当な負担が掛かっているはずだ。

 

「ゾロ、傷は?」

 

「問題ねェ」

 

「……そうか」

 

 それ以上は聞かなかった。

 

 問題がないはずがない。だが、ゾロがここまで来た以上、戦う意思を曲げることもないだろう。

 

 ならば、自分にできることを考える。

 

 ミナトは視線を前へ戻した。

 

 アーロンパークの入口が、見えてきた。

 

     *

 

「アニキィーッ!」

 

 入口の近くから、聞き覚えのある声が飛んできた。

 

 ジョニーとヨサクだった。

 

 二人は道の脇に座り込んでいた。衣服は汚れ、顔や腕には殴られた跡が残っている。立ち上がろうとしても、身体のあちこちが痛むらしい。

 

「ジョニー! ヨサク!」

 

 ウソップが駆け寄る。

 

「お、おい、大丈夫かよ!? 何があったんだ、その傷!」

 

「へっ……ちっとばかし、魚人どもに挨拶してきただけでやんす……」

 

 ヨサクが苦しそうに笑った。

 

「挨拶でそんな姿になるか!」

 

 サンジが呆れたように言う。

 

 ジョニーは悔しそうに地面を叩いた。

 

「くそっ……! 紙一重だった……!」

 

 ゾロは二人の前に立った。

 

「アーロンは?」

 

「奥にいやす。魚人どもも、まだ大勢残ってやす……」

 

 ヨサクは顔を上げる。

 

「申し訳ねェ、アニキ。あっしらじゃ、どうにもできやせんでした」

 

「……そうか」

 

 ゾロはそれだけ答えた。

 

 二人を責めるつもりなどなかった。

 

 魚人たちの強さは、彼らの負傷を見れば十分に伝わってくる。

 

 ミナトも二人のそばにしゃがみ込み、怪我の具合を確かめた。

 

「頭は打ったか? 息苦しさや、手足のしびれは?」

 

「い、いや、そこまではねェでやんす」

 

「そうか。だが、無理に動かない方がいい。痛みが強くなったら、すぐに知らせてくれ」

 

 ミナトは二人の様子を確認すると、入口の先へ視線を向けた。

 

「それで、どうしてここに残っていたんだ?」

 

 ジョニーは村人たちの方を振り返った。

 

「村の連中が、アーロンパークに突っ込もうとしてたんでさァ。あいつら、ナミの姉貴を助けようとして……」

 

「止めたのか」

 

「当たり前でやんす! あんな状態で突っ込んだら、全員やられちまう!」

 

 ヨサクが悔しそうに歯を食いしばる。

 

「だから、あっしらがここで待ってたんでやんす。アニキたちが来るまで、誰も中に入れねェように……」

 

「……そうか」

 

 ミナトは静かに頷いた。

 

 勝てなかったからといって、二人は逃げたわけではない。

 

 自分たちにできることを見つけ、村人たちを守ろうとしていたのだ。

 

 ゾロも二人の思いを察したのか、腰の刀に手を掛けた。

 

「お前ら、刀を貸せ」

 

「……アニキ?」

 

 ジョニーとヨサクが顔を見合わせる。

 

 ゾロは自分の刀を確かめながら、淡々と言った。

 

「三本あった方が都合がいい」

 

「で、でも、アニキ! これはあっしらの……」

 

「預かるだけだ」

 

 ゾロは二人を真っ直ぐ見た。

 

「返してほしけりゃ、ちゃんと生きてろ」

 

 二人は一瞬、言葉を失った。

 

 やがてジョニーは、震える手で自分の刀を差し出した。

 

「……へい! 頼みやしたぜ、アニキ!」

 

 ヨサクも刀を差し出す。

 

「アニキなら……アニキなら、きっとやってくれるでやんす!」

 

 ゾロは二本の刀を受け取り、腰に差した。

 

「……ああ。預かっておく」

 

 その言葉を聞いた二人は、強く頷いた。

 

 ミナトは立ち上がり、村人たちへ向き直った。

 

「皆さんは、ここから先へは進まないでください。魚人たちは人間よりも力が強い。無理に押し入れば、被害が増えるだけです」

 

「だが、ナミが……!」

 

「分かっています」

 

 ミナトは相手の言葉を遮るのではなく、正面から受け止めた。

 

「だからこそ、ここはオレたちに任せてください。皆さんまで傷つく必要はありません」

 

 村人たちは、すぐには返事をしなかった。

 

 それでも、ミナトの言葉に反発する者はいなかった。

 

 ジョニーとヨサクが入口に残り、村人たちを見守る。

 

 その姿を確認してから、ミナトは仲間たちへ視線を戻した。

 

「行こう」

 

「おう!」

 

 ルフィが拳を握る。

 

 五人は、アーロンパークの中へ足を踏み入れた。

 

     *

 

 広い敷地の中央には、魚人たちが待ち構えていた。

 

 人間が五人で乗り込んできたことが、よほどおかしいらしい。

 

 魚人たちは口々に笑い、こちらを指差している。

 

「なんだァ? 人間が五人で何しに来た?」

 

「まさか、アーロンさんに喧嘩を売りに来たのか?」

 

「人間が何人集まったところで、魚人には勝てねェよ!」

 

 嘲笑が敷地に響く。

 

 ルフィはそんな声など気にも留めず、奥にいるアーロンを見据えた。

 

 ゾロは三本の刀を確かめる。

 

 サンジは煙草をくわえ、足を鳴らした。

 

 ウソップは顔を引きつらせながらも、パチンコを構える。

 

 ミナトは魚人たちの数と配置を確認していた。

 

 前方にいる者たちだけではない。左右にも、建物の陰にも、こちらの動きを窺う魚人がいる。

 

 真正面から突っ込めば、数の差を利用して囲まれるだろう。

 

 しかも、魚人は人間よりも身体能力が高い。海を自由に泳ぎ、水中でも行動できる彼らは、陸上での戦いでも厄介な相手だ。

 

 力比べに付き合う必要はない。

 

 相手の動きを見て、崩す。

 

 そのために必要なのは、速さだけではなく、状況を見極める判断だった。

 

「おい、そこの人間!」

 

 一匹の魚人が、ミナトを指差した。

 

「さっきから黙ってやがるが、怖くて声も出ねェのか?」

 

 ミナトは視線を向ける。

 

「……さあな」

 

 それだけ答えた。

 

 魚人が顔を歪める。

 

「舐めやがって!」

 

 その瞬間、ルフィが一歩前へ出た。

 

「お前らはオレが相手だ!」

 

 魚人たちの視線がルフィへ集まる。

 

 アーロンが牙を剥き、楽しそうに笑った。

 

「ほう……。ずいぶん威勢のいい人間だな」

 

 その言葉を合図にしたように、魚人たちが一斉に動き出した。

 

「ぶっ潰せェ!」

 

 戦いが始まった。

 

     *

 

 最初に動いたのは、ミナトだった。

 

 正面から駆け込んできた魚人の拳を、半歩だけ身体をずらしてかわす。

 

 拳が頬のすぐ横を通り過ぎた。

 

 その腕を掴み、相手の勢いを殺さずに引き込む。魚人の身体が前につんのめったところへ、ミナトは膝を入れた。

 

「ぐっ……!」

 

 さらに、後ろから迫っていた別の魚人の足を払う。

 

 二匹の身体がぶつかり、もつれ合って倒れた。

 

 ミナトは立ち止まらない。

 

 腰から抜いたクナイを逆手に持ち、横合いから振り下ろされた棍棒を受け流す。刃で武器の軌道を逸らし、相手の懐へ踏み込んで腹部に一撃を叩き込んだ。

 

 魚人が呻き、膝をつく。

 

 その背後から、もう一匹が飛び掛かってきた。

 

 ミナトは振り返らず、足元の印付きクナイへ意識を向ける。

 

 次の瞬間、彼の姿が消えた。

 

「なっ……!?」

 

 魚人の腕が空を切る。

 

 ミナトは数メートル離れたクナイのそばに現れ、着地と同時に身体を回転させた。迫っていた魚人の脇腹へ、回し蹴りを叩き込む。

 

 巨体が横へ吹き飛び、地面を転がった。

 

 周囲にいた魚人たちが、思わず動きを止める。

 

 入口付近から様子を見ていた村人たちも、何が起きたのか分からず、顔を見合わせた。

 

「い、今……消えなかったか?」

 

「いや、あっちにいたはずだ……!」

 

「あの青年が……一瞬で、あそこまで……!?」

 

 ミナトは周囲の反応に構うことなく、次の敵へ視線を向ける。

 

 魚人が二匹、左右から挟み込むように迫ってきた。

 

 右の魚人は拳を振りかぶり、左の魚人は長い棒を横薙ぎに振る。

 

 ミナトは後退しなかった。

 

 棒の軌道を見極め、わずかに腰を落とす。頭上を武器が通過する瞬間、右側の魚人の腕を掴み、身体を半回転させた。

 

 棒が仲間の肩を強打する。

 

「ぐあっ!」

 

「てめェ、何しやがる!」

 

「そっちが振ったんだろう」

 

 ミナトは淡々と答え、体勢を崩した魚人の膝裏へ蹴りを入れた。

 

 倒れた相手の武器を足で遠ざけ、そのまま次の敵へ向き直る。

 

 速い。

 

 だが、ただ速いだけではなかった。

 

 敵がどこから攻撃してくるのか。どちらへ動けば、もう一方の攻撃を利用できるのか。相手の力を受け止めず、どうすればその勢いを崩せるのか。

 

 そのすべてを、ミナトは戦いながら判断していた。

 

 魚人たちが再び押し寄せる。

 

 ミナトはクナイを投げた。

 

 刃は敵の身体を傷つけるのではなく、手にした武器を弾き、壁際の柱へ突き刺さる。

 

 その一瞬の隙に踏み込み、拳を叩き込む。

 

 倒れた魚人の肩を踏み台にして、後方から迫る敵の頭上を飛び越えた。

 

 着地した場所には、先ほど投げたクナイがある。

 

 ミナトは柄を掴むと、すぐさま振り返った。

 

 村人の一人が、呆然と呟いた。

 

「あの人……さっきまで、あんなに普通に話していたのに……」

 

 その声には、恐怖だけではない驚きがあった。

 

 彼らが見ていたのは、魚人たちに立ち向かう一人の青年だった。

 

 大声で威圧することもない。敵を見下すこともない。

 

 ただ、必要な場所へ動き、必要な相手を倒し、次の危険へ備えている。

 

 ミナトは倒れた魚人を一瞥し、すぐに視線を上げた。

 

 まだ、敵は残っている。

 

     *

 

「おい! あいつを一人にするな!」

 

 魚人の一人が叫んだ。

 

「囲め! 逃げ道を塞げ!」

 

 それまで個々に突っ込んできていた魚人たちが、動きを変えた。

 

 三匹が正面から迫り、二匹が左右へ回る。さらに後方にも一匹が回り込み、ミナトの退路を塞ごうとしていた。

 

 ミナトはその動きを見て、目を細める。

 

 こちらの速さを警戒し始めたか。

 

 ならば、同じやり方を繰り返すのは危険だ。

 

 正面の三匹が一斉に武器を振り下ろした。

 

 ミナトは後ろへ飛び退く。

 

 地面に武器が叩きつけられ、土埃が舞った。

 

 その隙に、左側から魚人が飛び込んでくる。

 

 ミナトは腰を捻って攻撃をかわし、相手の腕を掴んだ。だが、背後から別の魚人が迫っている。

 

 ここで相手を倒すことに固執すれば、挟み撃ちにされる。

 

 ミナトは腕を離し、地面を蹴った。

 

 印を付けたクナイへ飛雷神の術で移動する。

 

 しかし、移動先へ踏み込んだ瞬間、待ち構えていた魚人が棍棒を振り下ろした。

 

「そこだァ!」

 

 ミナトは身体を捻って直撃を避けた。

 

 棍棒が肩をかすめ、鈍い衝撃が走る。

 

 完全には避けきれなかった。

 

 ミナトは地面を転がりながら体勢を立て直し、すぐさま立ち上がる。

 

 魚人たちは笑った。

 

「へへっ! 速くても、行き先が分かりゃあ当てられるんだよ!」

 

「瞬間移動だか何だか知らねェが、いつまでも好き勝手できると思うな!」

 

 ミナトは肩を動かし、痛みの程度を確かめた。

 

 動かせる。骨に異常があるような感覚もない。

 

 だが、これ以上同じ手を使えば、移動先を狙われる可能性が高い。

 

 飛雷神の術は、どこへでも無条件に飛べるわけではない。

 

 印を付けた場所が必要だ。そして、その場所が安全でなければ、移動した先で攻撃を受けることもある。

 

 ならば、敵の予測そのものを外す。

 

 ミナトは手にしたクナイを構え直した。

 

「今度は逃がすな!」

 

 魚人たちが一斉に動く。

 

 正面の二匹が攻撃を仕掛け、左右の二匹が逃げ道を塞ぐ。

 

 ミナトは正面から来た拳を腕で受け流し、そのまま相手の身体を押し出した。

 

 押し出された魚人は、背後から迫っていた仲間と衝突する。

 

 その隙にミナトは左へ動き、棒を持った魚人の懐へ潜り込んだ。

 

 長い武器は、近すぎる距離では振り回しにくい。

 

 ミナトは相手の手首を叩き、武器を落とさせる。さらに足を払って倒すと、落ちた棒を蹴り飛ばした。

 

 右側から拳が飛んでくる。

 

 ミナトはその攻撃を避ける代わりに、倒れた魚人の身体を押しやり、拳の軌道へ滑り込ませた。

 

「ぐあっ!」

 

 仲間に拳をぶつけた魚人が怯む。

 

 ミナトはその一瞬を逃さず、顎を打ち抜いた。

 

 一匹が倒れる。

 

 だが、残る魚人たちは止まらない。

 

 ミナトが一匹を倒す間に、別の一匹が攻撃を仕掛けてくる。

 

 休む間はなかった。

 

 それでも、少しずつ相手の連携に隙が生まれ始めていた。

 

 複数人で囲もうとすれば、互いの動きが制限される。大きな武器を振り回せば、味方に当たる危険も増える。

 

 ミナトはそのわずかな乱れを見逃さず、敵の陣形を崩し続けた。

 

     *

 

 一方、敷地の別の場所でも戦いは激しさを増していた。

 

「おらァ! 人間の剣がどこまで通じるか、試してやる!」

 

 はっちゃんが六本の腕を広げ、ゾロへと迫る。

 

 ゾロは三本の刀を構え、真正面から迎え撃った。

 

「……試してみろ」

 

 刃と刃がぶつかり、鋭い金属音が響く。

 

 だが、ゾロの動きには、バラティエで受けた傷の影響が残っていた。

 

 身体を大きく動かすたび、胸の傷が痛む。呼吸を整える余裕も少ない。

 

 それでもゾロは退かない。

 

 ジョニーとヨサクから託された刀を手に、はっちゃんの攻撃を受け止めていく。

 

 少し離れた場所では、サンジがクロオビと向き合っていた。

 

「人間の足技が、魚人空手に通用するとでも思っているのか!」

 

「さあな。試してみりゃ分かるだろ」

 

 サンジは軽口を叩きながら、クロオビの攻撃をかわす。

 

 さらに反対側では、ウソップがチュウの攻撃を必死に避けていた。

 

「ちょ、ちょっと待て! お前、話し合いというものをだな……!」

 

「うるせェ! 人間が魚人に勝てるわけねェだろ!」

 

「そ、それを今から証明してやるんだよ!」

 

 声は震えている。

 

 それでも、ウソップは逃げ切るだけではなく、反撃の機会を窺っていた。

 

 そして中央では、ルフィとアーロンが向き合っていた。

 

「ナミはお前のものじゃねェ!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 

 アーロンは牙を剥き、鼻を鳴らした。

 

「人間が、魚人の支配に逆らうこと自体が間違いなのだ!」

 

 二人の戦いが激突する。

 

 ミナトはそちらへ一瞬だけ視線を向けた。

 

 それぞれが、自分の戦いをしている。

 

 ならば、自分も自分の役割を果たすだけだ。

 

 正面から、魚人が三匹迫ってきた。

 

 ミナトは再びクナイを握り直す。

 

     *

 

「倒れろォッ!」

 

 背後から、怒号が飛んだ。

 

 ミナトは正面の魚人へ意識を向けていた。

 

 その隙を突くように、死角から棍棒が振り下ろされる。

 

 気付いたときには、遅かった。

 

 ――危ない。

 

 そう感じた瞬間、身体が動いていた。

 

 ミナトは反射的に頭を沈めた。

 

 棍棒が髪をかすめ、空を切る。

 

 次の瞬間、正面から迫っていた拳を身を捻ってかわし、その腕を掴んで相手を投げ飛ばした。

 

 地面に叩きつけられた魚人が呻く。

 

 ミナトはすぐに距離を取り、背後を振り返った。

 

 棍棒を持った魚人が、驚いた顔をしている。

 

「な、何で避けやがった!?」

 

 ミナト自身も、わずかに眉を動かした。

 

 攻撃が見えたから避けたのではない。

 

 振り下ろされる直前、そこに危険があると感じた。

 

 理由は分からない。

 

 考えようとしても、目の前の敵がそれを許さなかった。

 

「偶然だ! 次こそ当ててやる!」

 

 魚人が再び飛び込んでくる。

 

 ミナトは意識を切り替えた。

 

 今は、目の前の戦いに集中する。

 

 相手の攻撃をかわし、足を払う。体勢を崩した魚人の腕を掴み、そのまま別の敵へ押し込んだ。

 

 だが、先ほどの感覚は、頭の片隅に残っていた。

 

 見えていない攻撃を、身体が先に察知した。

 

 そんな経験は、これまでにもあっただろうか。

 

 答えは出ない。

 

 再び攻撃が迫る。

 

 ミナトはクナイで武器を受け流し、相手の懐へ踏み込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 腹部への一撃で、魚人が膝をつく。

 

 その背後から、さらに二匹が迫っていた。

 

 ミナトは飛雷神の術を使い、少し離れた印付きクナイの位置へ移動する。

 

 だが、着地した瞬間、足元に小さな違和感があった。

 

 呼吸が、少し乱れている。

 

 肩の痛みも、先ほどより強くなっていた。

 

 飛雷神の術を繰り返し、体術を使い続けたことで、確実に体力を消耗している。

 

 敵の数は減っている。

 

 しかし、まだ終わりが見えない。

 

     *

 

「ミナトさん……!」

 

 入口近くで戦いを見守っていた村人の一人が、思わず声を上げた。

 

 ミナトが魚人たちに囲まれている。

 

 最初のうちは、彼が一瞬で敵を倒すたびに歓声が上がりそうになっていた。

 

 だが、今は違う。

 

 魚人たちは数を活かし、休む間もなく攻撃を仕掛けている。

 

 ミナトが一匹を倒しても、その隙を狙って別の魚人が迫る。飛雷神の術で移動した先にも、敵が待ち構えていることがある。

 

 彼の動きはまだ速い。

 

 けれど、最初のように余裕を感じさせる動きではなくなっていた。

 

「くそっ……! あの人、一人で何匹相手にしてるんだ……!」

 

「助けに行かなきゃ……!」

 

 村人の一人が一歩踏み出す。

 

 しかし、隣にいた男がその腕を掴んだ。

 

「待て! 今、俺たちが行ったところで足手まといになるだけだ!」

 

「だが……!」

 

「分かってる! 分かってるが……信じるしかねェんだ!」

 

 その声は、震えていた。

 

 彼らには、戦いを変える力がない。

 

 だからこそ、今は見届けるしかなかった。

 

 ミナトは、村人たちの視線に気付いていた。

 

 助けを求める声が聞こえたわけではない。

 

 ただ、彼らが何を願っているのかは分かる。

 

 この戦いが終わってほしい。

 

 もう誰も傷ついてほしくない。

 

 そして、ナミに帰ってきてほしい。

 

 ミナトは息を吐き、クナイを持つ手に力を込めた。

 

 そのとき、敷地の奥から悲鳴が上がった。

 

「うわあああっ!」

 

 村人の一人が、逃げ遅れた魚人に追い詰められていた。

 

 魚人が腕を振り上げる。

 

 ミナトは即座にそちらへ意識を向けた。

 

 距離がある。

 

 今の位置から走っても間に合わない。

 

 印付きのクナイは、魚人たちの足元にもいくつか残してある。だが、近い場所のものは敵の攻撃範囲に入っていた。

 

 迷っている時間はない。

 

 ミナトは一つの印へ意識を集中させた。

 

 次の瞬間、村人のすぐそばに姿を現す。

 

「伏せて!」

 

 ミナトは村人の肩を押し、攻撃の軌道から押し出した。

 

 振り下ろされた腕が、すぐ横の地面を叩く。

 

 土埃が舞い上がった。

 

 ミナトは体勢を崩しながらも、魚人の腹部へ蹴りを叩き込む。

 

 相手が後退した隙に、村人を安全な場所へ押しやった。

 

「走って! 入口から離れないように!」

 

「は、はい!」

 

 村人が駆け出す。

 

 ミナトはすぐに振り返った。

 

 だが、その瞬間だった。

 

「隙ありィ!」

 

 別の魚人が背後から飛び掛かってきた。

 

 ミナトは身を捻ったものの、完全には避けきれなかった。

 

 拳が脇腹をかすめ、身体に衝撃が走る。

 

「っ……!」

 

 ミナトは数歩よろめき、地面を踏みしめて体勢を立て直した。

 

 魚人が笑う。

 

「他人を助けてる余裕なんかねェだろうが!」

 

 ミナトは脇腹の痛みを確かめるように息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 

「……そうだな」

 

 小さく呟く。

 

 誰かを助ければ、その分、自分に隙が生まれる。

 

 全員を同時に守ることなどできない。

 

 それは分かっている。

 

 それでも、目の前で誰かが傷つくのを見過ごすことはできなかった。

 

 ならば、その選択に伴う危険も引き受けるしかない。

 

 ミナトは再び構えを取った。

 

「けど、見捨てるつもりもない」

 

 魚人の顔から笑みが消えた。

 

     *

 

 戦いが始まってから、どれほどの時間が経ったのか。

 

 ミナトには、もう正確には分からなかった。

 

 目の前の敵を倒し、次の攻撃をかわし、仲間の状況を確認する。

 

 その繰り返しだった。

 

 呼吸は荒くなり、汗が額から頬を伝って落ちる。

 

 肩には鈍い痛みが残り、脇腹にも衝撃が響いていた。

 

 手持ちのクナイは、最初よりも明らかに減っている。

 

 回収できるものは回収した。だが、敵の足元や攻撃の激しい場所にあるものまで、無理に取り戻すわけにはいかない。

 

 クナイは武器であると同時に、飛雷神の術を使うための重要な目印でもある。

 

 残りの数を考えながら、どこで使い、どこで温存するかを判断しなければならなかった。

 

「そろそろ、へばってきたんじゃねェか?」

 

 魚人の一匹が、口元を歪めた。

 

「さっきまでの威勢はどうした、人間!」

 

 ミナトは答えず、相手の足元を見た。

 

 右足に体重が偏っている。

 

 こちらを囲もうとした際、隣の魚人とぶつかったのだろう。姿勢が崩れたまま、無理に前へ出ようとしている。

 

 ミナトはわずかに身体を傾けた。

 

 魚人の拳が迫る。

 

 それを紙一重でかわし、相手の腕を掴む。さらに踏み込んで軸足を払うと、巨体が前へ倒れ込んだ。

 

 地面にぶつかる直前、ミナトは相手の背中を押し、勢いを利用して別の魚人の進路へ転がした。

 

 二匹が衝突する。

 

 ミナトはその隙に間合いを詰め、残った一匹の武器をクナイで弾き飛ばした。

 

 刃を首筋へ突き付けることはしない。

 

 代わりに、手首を打ち、膝を崩し、相手の戦闘能力を奪う。

 

 魚人が倒れた。

 

 だが、また別の魚人がやってくる。

 

 終わらない。

 

 ミナトは息を整えようとした。

 

 ほんの一瞬だけ、意識を周囲へ向ける。

 

 ゾロは、はっちゃんの攻撃を受け止めていた。傷の影響は明らかだが、刀を手放す気配はない。

 

 サンジはクロオビと激しくぶつかり合い、ウソップもチュウを相手に必死に食らいついている。

 

 ルフィとアーロンの戦いは、まだ決着していなかった。

 

 誰もが、ぎりぎりのところで戦っている。

 

 ミナトは目を閉じることなく、短く息を吐いた。

 

 自分がここで倒れれば、一般魚人たちが仲間の方へ流れ込む可能性がある。

 

 それだけは避けなければならない。

 

 残ったクナイを握り直す。

 

 敵が動いた。

 

 ミナトは地面を蹴った。

 

     *

 

 再び、魚人たちが押し寄せる。

 

 正面から二匹。右から一匹。後方には、先ほどまで距離を取っていた魚人が回り込んでいる。

 

 ミナトは一度、後ろへ退いた。

 

 敵はすぐに追ってくる。

 

 その動きを見ながら、ミナトはわずかに進路を変えた。

 

 正面から来た魚人が棍棒を振る。

 

 ミナトはそれを避け、相手の腕を掴んで横へ引いた。

 

 棍棒が隣の魚人の肩に当たる。

 

 怒声が響いた。

 

「てめェ、何しやがる!」

 

「お前が当たってきたんだろうが!」

 

 二匹が言い争う。

 

 ミナトはその隙を利用して間合いを詰め、片方の足を払った。

 

 倒れた魚人の身体が、もう一匹の足を絡め取る。

 

 その背後から、別の敵が迫っていた。

 

 ミナトは印付きクナイへ移動する。

 

 出現した先には、誰もいなかった。

 

 ほんの一瞬、息をつける。

 

 だが、身体の疲労は隠せなかった。

 

 指先が重い。

 

 呼吸を整えようとしても、胸の奥に熱が残る。

 

 飛雷神の術を使うたびに体力が削られていく。これ以上、無計画に繰り返すことはできない。

 

 それでも、まだ戦える。

 

 ミナトはクナイを構えた。

 

 正面にいる魚人が、仲間たちへ向けて叫ぶ。

 

「こいつを先に潰せ! そうすりゃ、ほかの人間も終わりだ!」

 

 魚人たちの視線が、一斉にミナトへ集まった。

 

 次の攻撃が来る。

 

 ミナトは周囲の地形を確認した。柱の位置、壁との距離、地面に落ちた武器、印を付けたクナイの場所。

 

 使えるものは、まだある。

 

 ならば、戦い方を変えるだけだ。

 

 ミナトは腰を落とし、迫る敵を見据えた。

 

 村人たちは、息を呑んでその姿を見つめている。

 

 最初に見たとき、彼はただ静かで、落ち着いた青年だった。

 

 今は違う。

 

 傷を負い、疲労を重ね、それでも敵から目を逸らさない。

 

 彼が何のために戦っているのか、村人たちには分かっていた。

 

 誰かに褒められるためではない。

 

 自分の強さを見せつけるためでもない。

 

 ただ、これ以上、誰かが大切なものを奪われないように。

 

 そのために、彼はここに立っている。

 

 ミナトは荒い息を吐き、クナイを握り直した。

 

「……まだだ」

 

 魚人たちが迫る。

 

 ミナトは静かに目を細めた。

 

「ここで倒れるわけにはいかない」

 

 次の瞬間、黄色い影が戦場を駆けた。

 

 飛び交う拳。振り下ろされる武器。地面を蹴る音。

 

 戦いは、まだ終わらない。

 

 そしてアーロンパークの奥では、それぞれの信念を懸けた戦いが、さらに激しさを増していた。

ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降

  • 悪魔の実 ゾオン系 幻獣種:九喇嘛
  • 悪魔の実 パラメシア系 チャクラ人間
  • 無能力者を貫き通す!
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