ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
アーロンパークが崩壊し、村人たちが自由を取り戻してから、しばらくが過ぎた。
島には、長い間押し殺されていた喜びが広がっていた。
その喧騒から少し離れた場所で、オレは身体を休めていた。魚人たちとの戦いで消耗した体力は、まだ完全には戻っていない。ゾロもミホークに負わされた傷を抱えたままで、無理をさせられる状態ではなかった。
それでも、もう戦う必要はない。
今は仲間たちとともに、これからのことを考えればいい。
そんなとき、ルフィのもとへナミが歩いていくのが見えた。
「ルフィ」
「ん?」
ナミは手にしていた麦わら帽子を差し出した。
「これ、返すわ」
「おう!」
ルフィは帽子を受け取り、いつものように頭にかぶった。
ナミはそんなルフィを見つめ、ほんの少しだけ表情を和らげた。
八年間、村を救うために一人で抱え込んできたもの。その重荷から、彼女はようやく解放されたのだ。
けれど、これからどう生きるかを決めるのは、ナミ自身だ。
オレは声をかけず、二人を静かに見守った。
やがてナミは、ノジコとゲンゾウのもとへ歩き出した。
今度こそ、彼女が自分自身の未来を選ぶために。
◇
ノジコは、近づいてきたナミの顔を見るなり、ふっと笑った。
「何よ、その顔」
ナミが少し照れくさそうに言う。
「別に。あんたがちゃんと帰ってきたんだなって思っただけ」
「……当たり前でしょ」
そう言いながらも、ナミの声にはいつもの勢いがなかった。
ノジコは何も言わず、ナミの肩を抱き寄せた。
ナミも抵抗せず、その胸に顔を埋める。
「ノジコ……」
「もう、一人で頑張らなくていいんだからね」
「……うん」
短い返事のあと、ナミはノジコを抱きしめ返した。
そばにいたゲンゾウは、二人を見つめながら帽子のつばを指で押さえた。いつもの厳しい表情は、少しだけ和らいでいる。
「ナミ。よく頑張ったな」
「ゲンさん……」
「だが、これからは自分のことも大切にしろ。お前が幸せになることだって、ベルメールは望んでいるはずだ」
ナミは唇を結び、ゆっくりとうなずいた。
◇
その後、ナミとノジコはベルメールの墓を訪れた。
墓前に立ったナミは、しばらく何も言わなかった。
穏やかな風が吹き、そばの草木を揺らしている。
「……ベルメールさん」
やがて、ナミが口を開いた。
「終わったよ。アーロンは倒れた。もう、あいつらに村を脅かされることはないから」
ノジコは隣で静かに聞いていた。
「八年間、ずっと頑張ってきたんだよね。あんたは……」
「……うん」
「もう、少しは自分のために生きてもいいんじゃない?」
ナミは墓を見つめたまま、目元をぬぐった。
「そうね。今度は……あたし自身のために、海に出るわ」
その言葉を聞いて、ノジコは笑った。
「だったら、世界中の海を海図にするって夢、絶対に叶えなさいよ」
「当たり前でしょ! 世界一の航海士になるんだから!」
いつもの調子で胸を張るナミ。
その姿を見て、ノジコは嬉しそうに目を細めた。
オレは少し離れた木陰から、その様子を見守っていた。
家族にしか分からない思いがある。
そこへ踏み込む必要はない。
ナミが自分の未来を語れるようになった。それだけで、今は十分だった。
◇
穏やかな時間は、長くは続かなかった。
港のほうから、慌ただしい声が響いてきたのだ。
「海軍だ!」
その声に、村人たちの表情が変わる。
魚人たちの支配から解放されたばかりの彼らにとって、海軍が必ずしも味方とは限らないことは、すでに身をもって知っていた。
オレたちが港へ向かうと、一隻の海軍船が停泊していた。
船から降りてきたのは、見覚えのある男だった。
ネズミ大佐。
以前、ナミが必死に集めた金を奪った男だ。
「さてさて……アーロン一味は壊滅したようだな」
ネズミは崩壊したアーロンパークのほうへ目を向け、薄ら笑いを浮かべた。
「ならば、奴らが隠していた財宝は海軍が押収する! 異論はないな?」
「なっ……!」
村人たちがざわめいた。
アーロンたちが奪い、蓄えていた財宝を、今度は海軍が横取りしようというのだ。
ネズミは村人たちの反応など気にも留めず、さらに言葉を続けた。
「それに、以前押収した金も返すつもりはない。あれは海軍の管理下にある財産だからな!」
その瞬間、ナミの表情が凍りついた。
八年間。
村を買い戻すために、危険を冒して金を集め続けてきた。
その努力を、この男は何とも思っていない。
「……ふざけないで」
「何だと?」
「ふざけないでって言ってんのよ!」
ナミの声が港に響き渡った。
ネズミは鼻で笑った。
「小娘が! 海軍に逆らうつもりか!」
「海軍ですって? あんた、自分が何をしたのか分かってるの!?」
ナミが前に出る。
その隣に、ルフィたちも並んだ。
「お前、まだそんなことしてんのかよ!」
ルフィが怒ったように言う。
「海軍だからって、何をしてもいいわけじゃねぇだろ!」
「黙れ、海賊ども! まとめて捕らえてやる!」
ネズミが部下たちに命令を下した。
海兵たちが一斉に動き出す。
「まったく……休ませてくれねぇな」
サンジが煙草をくわえ直した。
「また戦うのかよ! こっちは大仕事を終えたばっかりだぞ!」
ウソップは文句を言いながらも、村人たちが巻き込まれないように位置を変える。
ゾロも刀に手をかけた。
オレは、彼の傷の具合を視界の端で確認する。
まだ万全ではない。ここで無理をさせるわけにはいかなかった。
「ゾロ、無理はするなよ」
「分かってる。余計な心配だ」
そう言うと、ゾロは迫ってきた海兵の武器を刀で受け止めた。
オレもクナイを抜き、村人たちへ向かおうとする海兵の前に立つ。
相手の攻撃を受け流し、足を払って体勢を崩す。武器を持つ手を押さえ、そのまま地面へ倒した。
飛雷神を使う必要はない。
これ以上、無駄に体力を消耗するわけにもいかなかった。
「そっちは任せたぞ、ミナト!」
ルフィの声が飛ぶ。
「分かった!」
オレは短く返し、別の海兵の攻撃をかわした。
ルフィたちは、それぞれの方法で海兵たちを退けていく。
やがて、ネズミの部下たちは次々に地面へ倒れ、戦える者はほとんどいなくなった。
ネズミの顔から、余裕が消えていく。
「な、何をしている! お前たち、さっさと立て!」
返事をする部下はいなかった。
それでもネズミは、自分が負けたことを認めようとしなかった。
「き、貴様ら……! 海軍に逆らったことを後悔させてやる!」
そのときだった。
ナミが、ネズミの前に立った。
「まだ分からないの?」
「な、何だ、小娘!」
「人の金を奪っておいて、何が海軍よ!」
ナミは手にした武器を振り上げた。
そして――。
ゴンッ!
「ぎゃあああっ!」
勢いよく振り下ろされた一撃が、ネズミの頭を直撃した。
「ひ、人の頭を殴りおって……!」
「うるさい!」
ナミは怒りに満ちた目でネズミを睨みつけた。
「あたしがどれだけ苦労して金を集めたと思ってるの! 奪った金を全部返しなさい! それから、あんたたちとアーロンのせいで被害を受けた村にも、きっちり補償しなさい!」
「ひ、ひぃっ! 分かった! 返す! 補償もするから、もう殴らないでくれ!」
ネズミは頭を抱え、情けない声を上げた。
ナミはしばらく睨みつけていたが、やがて武器を下ろした。
その姿を、オレは黙って見つめていた。
彼女は、誰かに代わりに怒ってもらう必要などなかった。
自分が奪われたものを、自分の言葉と行動で取り返そうとしている。
八年間、村を守るために戦い続けたナミ。
その彼女が今、自分自身の力で理不尽に立ち向かっている。
オレは、彼女の選んだ行動を尊重したかった。
「よし! じゃあ、もう帰れ!」
ルフィがネズミに向かって言った。
「二度とこの島に手を出すんじゃねぇぞ!」
「くっ……覚えていろ、麦わらの小僧!」
ネズミは捨て台詞を吐き、部下たちを連れて海軍船へ逃げ帰った。
その背中を見送りながら、ナミは大きく息を吐いた。
「……まったく。最後の最後まで、とんでもない奴だったわね」
「でも、金は返ってくるんだろ?」
ルフィが尋ねた。
「返さなかったら、もう一回殴りに行くわよ」
「そっか! じゃあ大丈夫だな!」
「何が大丈夫なのよ!」
ナミがすかさず言い返す。
そのやり取りに、周囲から笑い声が上がった。
オレも小さく笑った。
ただ、海軍船が去っていく方向からは、まだ目を離せなかった。
ネズミが、このまま黙って引き下がるとは思えない。
あの男なら、今回の恥を晴らすために、海軍へ報告するだろう。
麦わら帽子をかぶった海賊がアーロンを倒したこと。
そして、その仲間たちが海軍に逆らったことも。
「ミナト、どうしたの?」
ナミに声をかけられ、オレは視線を戻した。
「いや。あの海軍が、あとで面倒なことをしなければいいと思ってね」
「何かしてきたら、そのとき考えればいいのよ」
ナミはあっさりと言った。
「今は、やっと取り戻した自由を楽しむほうが先でしょ?」
「……それもそうだな」
彼女の言葉に、オレは笑ってうなずいた。
◇
その日の夜、村では盛大な宴が開かれた。
村人たちは料理を持ち寄り、麦わらの一味を囲んだ。
「おい、ルフィ! それはまだ全員分あるんだぞ!」
「うめぇから、もっと食う!」
「人の話を聞け!」
サンジの怒鳴り声が響く。
ルフィは皿を抱えたまま、まるで聞こえていないかのように食べ続けていた。
「まったく、あいつは……!」
サンジは頭を抱えたが、すぐに次の料理を用意し始めた。
料理人として、腹を空かせた者を放っておけないのだろう。
一方、ウソップは村人たちに囲まれ、自分の活躍を語っていた。
「だからな! オレ様が本気を出せば、魚人なんて百人だろうが千人だろうが……!」
「お前、さっきは逃げ回ってたじゃねぇか」
ゾロが横から口を挟む。
「なっ! あれは戦略的撤退だ!」
「へえ。便利な言葉だな」
「うるせぇ!」
いつもの言い合いに、村人たちが笑う。
オレも思わず声を上げて笑った。
ゾロはまだ傷が痛むのか、ときおり顔をしかめていた。無理をさせないようにしなければならないが、今は本人も休むつもりでいるらしい。
オレ自身も身体の奥に疲れが残っていた。しばらくは飛雷神を連続して使うような戦いは避けたいところだ。
それでも、目の前で人々が笑っている光景を見ていると、ここまで戦ってきた疲労も少し報われた気がした。
宴の途中、ナミがノジコやゲンゾウと話している姿が目に入った。
彼女は笑っていた。
もう、村を買い戻すためだけに海へ出る必要はない。
それでも、彼女が海を愛し、海図を描く夢まで失ったわけではなかった。
これから先、ナミは自分の意思で航海を続けるのだろう。
そう思うと、オレも嬉しくなった。
◇
翌朝。
港には、出航の準備を整えたゴーイング・メリー号が停泊していた。
村人たちが見送りに集まるなか、ナミはノジコと向き合っていた。
「……あたし、また海に出るわ」
ナミが言う。
ノジコは驚いた様子もなく、うなずいた。
「そう」
「世界中の海を回って、海図を描く。あたしの夢だから」
「うん。知ってる」
ノジコは微笑んだ。
「今度は、村を買い戻すためじゃないんだね」
「……そうね」
ナミは少しだけ視線を落とし、それから顔を上げた。
「今度は、あたし自身のために行くの」
ノジコは妹の肩を軽く叩いた。
「だったら、思いっきり行ってきなさい。帰ってきたときには、世界中の海図を見せてよね」
「当たり前でしょ!」
ナミは胸を張った。
「世界一の航海士になって、世界中の海を海図にしてやるんだから!」
「はいはい。期待してるわよ」
二人は笑い合った。
ナミはもう一度、村を振り返った。
ここは、彼女が守りたかった故郷だ。
これからも大切な場所であり続けるだろう。
だが、もう彼女一人が背負う必要はない。
今度は、自分自身の夢を追いかけていけばいいのだ。
◇
「おーい! そろそろ出発するぞー!」
ルフィが船の上から叫んだ。
「分かってるわよ!」
ナミは返事をして、ゴーイング・メリー号へ向かった。
その途中、ジョニーとヨサクがゾロの前に立った。
「アニキ! お世話になりやした!」
「またどこかでお会いしやしょう、アニキ!」
「ああ」
ゾロは短く答えた。
ジョニーとヨサクは、アーロンパークの前で魚人たちに敗れたあとも、村人たちが無謀に突っ込まないよう入口に残っていた。
自分たちの力が及ばなくても、できることをやろうとしたのだ。
「二人とも、ありがとう」
ミナトも声をかけた。
「村人たちを守ろうとしてくれたこと、助かったよ」
「な、何を言ってるんでやんすか!」
「当然のことをしただけでさぁ!」
二人は照れくさそうに笑った。
「それじゃあ、アニキ! 皆さんも、お元気で!」
「また会いやしょう!」
二人は港から大きく手を振った。
オレたちはそれに応え、船へ乗り込んだ。
◇
「よーし! 出航だー!」
ルフィの声が響く。
帆が風を受け、ゴーイング・メリー号がゆっくりと港を離れていった。
村人たちが手を振り、ノジコとゲンゾウもナミを見送っている。
ナミは船の上から島を眺めていた。
その横顔には、晴れやかな表情が浮かんでいる。
――と思った、そのときだった。
「……あれ?」
見送りに来ていた村人の一人が、自分の腰に手をやった。
「財布がない!」
「えっ、俺もだ!」
「ちょっと待て、あんたもか!?」
次々と村人たちが騒ぎ始めた。
オレは船の上から、ナミのほうへ視線を向けた。
ナミは何食わぬ顔で海を眺めている。
だが、その口元は、ほんの少しだけ上がっていた。
「……ナミ」
「何よ?」
「いや。何でもないよ」
「変なの」
ナミは涼しい顔で答えた。
どうやら、村を救ったからといって、彼女の金に対する執着が消えるわけではないらしい。
まあ、それもナミらしさなのだろう。
「おーい、ナミ! 次はどこへ行くんだ?」
ルフィが尋ねた。
「そうね……」
ナミは海図を広げ、風と海の様子を確かめた。
「航海士のあたしに任せなさい! まずは進路を確認するわ!」
「おう!」
ルフィは嬉しそうに笑った。
オレも海の向こうへ目を向ける。
まだ見たことのない島々。出会ったことのない人々。そして、これから待ち受ける数えきれない冒険。
オレは、そのすべてをこの目で見てみたい。
祖父母に送り出されたあの日から、夢は変わっていない。
そして今、オレにはその夢をともに追いかける仲間たちがいる。
「よし。行こうか」
オレが言うと、ルフィが大きく笑った。
「おう! 次の島へ出発だー!」
ゴーイング・メリー号は、青い海を進んでいく。
自分の夢を追いかける航海士と、海賊王を目指す船長。そして、それぞれの夢を胸に抱いた仲間たちを乗せて。
アーロンの支配を終わらせた戦いは、一区切りを迎えた。
だが、オレたちの冒険はまだ始まったばかりだ。
世界には、まだ知らない海がある。
ならば、進もう。
この仲間たちとともに。
新たな冒険へ。
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