ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ココヤシ村を出航してから、しばらくが過ぎた。
ゴーイング・メリー号は、穏やかな東の海を進んでいた。
アーロンパークでの激しい戦いが嘘のように、船の上には平和な時間が流れている。
「おーい、サンジ! メシまだかー!」
「さっき食ったばかりだろうが、このクソ船長!」
「腹減った!」
「お前の胃袋はどうなってんだ!」
船内から響くサンジの怒鳴り声に、オレは甲板で思わず笑った。
ルフィは相変わらずだ。アーロンとの戦いであれだけの力を使ったというのに、食欲だけはまったく衰えていない。
「まったく、騒がしいわね」
ナミが海図を広げたまま、呆れたように呟く。
「元気なのはいいことじゃないか」
「限度ってものがあるでしょ。食料だってタダじゃないんだから!」
そう言いながら、ナミは海図に目を落とした。
彼女はもう、以前のように誰かから逃げるために航路を選んでいるわけではない。
自分の意思で海を進み、自分の夢を追いかけている。
そのことが、オレには嬉しかった。
「ところで、次の島まではどれくらいなんだ?」
オレが尋ねると、ナミは海図を指でなぞった。
「順調に進めば、そう遠くないわ。ただ、次に向かう町では補給をしておきたいのよね」
「補給?」
「食料も水も必要だし、船の消耗品だって補充しなきゃいけないでしょ。あんたたちが好き勝手に動くから、こっちは大変なのよ」
「ははっ。そりゃ大変だ」
「笑いごとじゃない!」
ナミの鋭い声が飛んできた。
オレは肩をすくめる。
けれど、こうしたやり取りができること自体、旅が平穏に続いている証拠でもあった。
◇
船の後方では、ゾロがマストにもたれて目を閉じていた。
ミホークに負わされた胸の傷は、まだ完全には癒えていない。アーロンパークでの戦いも、彼の身体に少なくない負担をかけたはずだ。
「ゾロ、傷はどうだ?」
近づいて声をかけると、ゾロは片目を開けた。
「問題ねぇ」
「その言葉、そろそろ信用できなくなってきたな」
「なら聞くな」
「それもそうだ」
オレは苦笑して、隣に腰を下ろした。
しばらく、波の音だけが聞こえた。
「……ミホークのことか?」
ゾロが不意に尋ねた。
「いや、今は傷のことを考えていたよ」
「そうか」
ゾロは再び目を閉じる。
あの敗北を忘れるはずがない。世界最強の剣士との圧倒的な実力差。それでもゾロは、夢を諦めなかった。
オレ自身も、これまでの戦いを思い返していた。
東の海で出会った敵は、それぞれに異なる強さを持っていた。
バギーのように身体の性質そのものが厄介な相手。クロのように動きの速さと狡猾さを併せ持つ相手。クリークのように武器と物量で押しつぶしてくる相手。そして、魚人特有の身体能力で人間を圧倒するアーロンたち。
オレは飛雷神とクナイ、体術を組み合わせて戦ってきた。
けれど、どんな状況でも必ず勝てるわけではない。
クナイの数には限りがある。マーキングした場所がなければ、飛雷神で好きな場所へ移動することもできない。繰り返し使えば体力も消耗する。
アーロンパークでの戦いでは、最後には身体が悲鳴を上げていた。
そして、あの感覚。
敵の攻撃が来る直前、目で見るより先に危険を察知したような感覚だ。
あれは一体、何だったのだろう。
偶然か。それとも、まだ自分でも理解していない何かがあるのか。
答えは出ない。
ただ、あの感覚を自由に使えるようになれば、戦い方は大きく変わるかもしれない。
「……まだまだ、だな」
思わず呟く。
「何がだ?」
ゾロが片目を開けた。
「いや。オレ自身の話だよ」
「ふん。強くなりてぇなら、鍛えりゃいい」
「簡単に言うなあ」
「実際、そうだろ」
ゾロはそれだけ言うと、再び目を閉じた。
その言葉には、余計な飾りがなかった。
強くなりたいなら、鍛える。
できないことがあるなら、できるようになるまで努力する。
ゾロらしい考え方だ。
オレは空を見上げた。
まだ見たことのない島々。まだ出会ったことのない強敵。そして、知らないことだらけの世界。
旅を続ける理由は、いくらでもあった。
◇
「島が見えたぞー!」
見張り台からウソップの声が響いたのは、それからしばらくしてのことだった。
オレは甲板から顔を上げた。
前方には、大きな町が広がっていた。
港には多くの船が停泊し、街並みには活気がある。遠くからでも、人々が行き交っている様子が見えた。
「おおっ! でっけぇ町だな!」
ルフィが身を乗り出して叫ぶ。
「落ちるわよ、バカ船長!」
ナミが襟首をつかんで引き戻した。
「なんだよー!」
「なんだよ、じゃない!」
サンジが煙草をくわえながら甲板に出てきた。
「補給にはちょうどよさそうだな。食材も期待できそうだ」
「お前はそればっかりだな」
ウソップが呆れたように言う。
「料理人が食材を気にして何が悪い」
「いや、悪くはねぇけどよ……」
そんな会話を聞きながら、オレは町の入口に目を向けた。
ローグタウン。
海賊王ゴールド・ロジャーが生まれ、そして処刑された町。
東の海にある町の中でも、特別な意味を持つ場所だ。
海賊を目指す者なら、その名を知らない者はいないだろう。
「ここがローグタウンか……」
オレは静かに呟いた。
「そうよ。東の海では有名な町ね」
ナミが海図を畳みながら答える。
「ここで物資を補充しておくわ。偉大なる航路に入ったら、今までどおりにいくとは限らないもの」
「なるほどな」
「だから、勝手に動き回らないこと。必要なものを買ったら、船に戻ってくるのよ」
ナミはルフィたちを順番に見た。
「特にルフィ。聞いてる?」
「おう!」
「本当に分かってるのかしら……」
ナミは深々とため息をついた。
まあ、ルフィが町に着いて大人しくしている姿は、オレにも想像しにくかった。
◇
ゴーイング・メリー号が港に停泊すると、オレたちはそれぞれ準備を整えた。
「まずは食料と水、それから船の補修に使う道具も必要ね」
ナミが指を折りながら確認していく。
「サンジは食材。ウソップは必要な道具の確認をお願い。ゾロは……」
「刀を見に行く」
ゾロが即答した。
「まだ行き先も決めてないのに?」
「刀を扱ってる店くらい、町を歩けば見つかるだろ」
「まあ、そうだけど……」
ナミは少し考え、それから頷いた。
「いいわ。必要なものを買ったら、あまり遅くならないうちに戻ってきてね」
「分かってる」
ゾロは三本の刀を確かめるように手を添えた。
ミホークとの戦いで失った刀のことを考えれば、新しい刀が必要なのは当然だった。
「ミナトは?」
ナミがオレに尋ねた。
「オレは、町を少し見て回ろうと思う。クナイや装備の補充ができる店があれば確認したいし」
「そう。じゃあ、必要なものがあったら買っておいて。無駄遣いはしないようにね」
「分かってるよ」
「本当かしら」
「信用がないなあ……」
オレが苦笑すると、ナミは得意げに笑った。
「当然でしょ。船のお金を管理しているのはあたしなんだから」
その言い方に、オレは肩をすくめた。
ナミらしい。
彼女はもう、仲間を騙して金を集める必要はない。それでも、金銭に対する抜け目のなさは健在だった。
それが少しおかしくて、オレは小さく笑った。
「よし! じゃあ、行くぞー!」
ルフィが勢いよく歩き出す。
「おい、待てルフィ! どこへ行く気だ!」
ウソップが慌てて追いかけた。
「決まってんだろ! ロジャーの処刑台だ!」
ルフィは振り返りもせずに叫んだ。
ナミが額を押さえる。
「やっぱり……!」
サンジは煙草をくわえたまま、呆れたように笑った。
「船長が行きたいってんなら、仕方ねぇか」
ゾロも歩き出す。
「俺は刀を探す。好きにしろ」
「オレも少し町を見てから向かうよ」
そう答えながら、オレはローグタウンの街並みを見渡した。
この町には、海賊王の始まりと終わりが刻まれている。
そして今、海賊王を目指す男が、その足跡をたどろうとしている。
ルフィが処刑台を見て何を思うのか。
それは、オレにも分からない。
ただ一つ確かなのは、ルフィがこの町に来たことを後悔するような男ではない、ということだった。
「それじゃ、またあとで」
オレは仲間たちに手を振り、町の通りへ歩き出した。
ローグタウン。
海賊たちの始まりと終わりの町。
この場所で、オレたちはまた新たな出来事に巻き込まれることになる。
その予感を胸の片隅に抱きながら、オレは人々の行き交う街並みへと足を踏み入れた。
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