ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
港へ続く道を、ミナトは急いでいた。
村を襲った海賊たちが、まだ近くにいるのなら、子供を取り戻す機会は必ずある。だが、船に乗せられてしまえば厄介だ。海に出られたあとでは、追いつくことすら難しくなる。
何としても、出航される前に見つけなければならない。
そう考えながら角を曲がったとき、ミナトは道の向こうから歩いてくる二人の青年に気づいた。
一人は麦わら帽子をかぶった黒髪の青年。もう一人は緑色の髪をした剣士で、腰には三本の刀を携えている。
どちらも見覚えのない顔だった。
すれ違うだけなら気に留めなかったかもしれない。だが、麦わら帽子の青年は、急ぎ足のミナトを見るなり、不思議そうに声をかけてきた。
「おい、そんなに急いでどうしたんだ?」
ミナトは足を止めた。
「……この先の村で、海賊が暴れているんだ」
「海賊?」
「ああ。村の人たちから荷物を奪って、抵抗した人を傷つけた。そのうえ、子供を一人さらっていったらしい」
青年の表情が変わった。
「子供をさらったのか?」
「そうだ。俺は今から助けに行く」
「じゃあ、おれも行く!」
迷いのない返事だった。
ミナトは思わず青年の顔を見つめた。
出会ったばかりの相手だ。海賊が何人いるのか、どれほどの実力なのかも知らないはず。それなのに、青年はまるで行き先が決まっていたかのように、あっさりと助けに行くと言った。
「待て、ルフィ」
隣の剣士が口を開いた。
「話を聞いただけで決めるな。相手の人数も分かってねえんだぞ」
「でも、子供がさらわれたんだろ?」
「それは聞いた」
「だったら助ける!」
ルフィは、それ以上説明する必要などないと言いたげだった。
剣士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……お前に聞いた俺が馬鹿だった」
「なんだよ、それ!」
二人のやり取りに、ミナトの口元が緩んだ。
無鉄砲な青年と、それをたしなめる剣士。短いやり取りだけでも、二人の性格の違いがよく分かる。
しかし、剣士も本気で止めるつもりはないようだった。腰の刀に手を伸ばすこともなく、まずはミナトへ視線を向けた。
「それで、海賊は何人いる?」
「村人の話では、およそ三十人だ。船長は大きな鉈のような武器を使うらしい。ただ、戦い方や実力までは分からない」
「三十人か」
剣士は港の方へ目を向けた。
「面倒な数だな」
「なんだよ、怖いのか?」
「誰がだ」
「じゃあ、早く行こうぜ!」
「人の話を聞け!」
ルフィは笑いながら先へ進もうとしたが、ミナトの前を通り過ぎるところで、ふと思い出したように振り返った。
「そういえば、お前、名前は?」
「ミナトだ」
「おれはルフィ!」
「ロロノア・ゾロだ」
剣士も簡潔に名乗った。
「よろしく、ルフィ、ゾロ」
「おう!」
ルフィは屈託なく笑った。
ゾロは軽く顎を引いただけだったが、その目はまだミナトを観察している。急いでいる理由は理解した。海賊の情報も、知っている範囲で正直に話している。少なくとも、相手を無闇に煽ったり、根拠のない自信を振りかざしたりする男ではなさそうだった。
「ミナト。お前は、あの海賊と戦ったことがあるのか?」
「いや、初めてだ。だから、まずは子供の居場所を確かめたい。相手のことを何も知らないまま飛び込んでも、助けられるものまで助けられなくなるからな」
「なるほどな」
ゾロはそれだけ答えた。
ミナトが話を続けようとしたとき、ルフィが先に口を開いた。
「じゃあ、あいつらを倒して、子供を連れて帰ればいいんだな!」
「……簡単に言うなあ」
ミナトは苦笑した。
「そうできれば一番いい。でも、子供がどこにいるかも分からないし、相手が人質を盾にする可能性だってある」
「そんときは、そのとき考えりゃいいだろ!」
ルフィはあっけらかんと言った。
無策に聞こえる言葉だった。実際、細かな手順を考えている様子はない。
それでも、助けるという決意だけは揺らいでいなかった。
ミナトは、ルフィの目を見た。
そこには、自分を大きく見せようとする気負いも、誰かに認められたいという打算も感じられなかった。ただ、さらわれた子供を助ける。それだけのことが、ルフィにとっては迷う必要もないほど当たり前なのだろう。
「分かった。まずは船の様子を確かめよう。状況を見てから動く」
「おう!」
ルフィが勢いよく頷く。
ゾロも異論はないらしく、三人はそのまま港へ向かって歩き始めた。
しばらくは、潮風と足音だけが続いた。
その沈黙を破ったのは、ルフィだった。
「なあ、ミナト。お前、海賊なのか?」
「いや、まだ違うよ」
「まだ?」
ルフィが首をかしげる。
「海に出るつもりではいるんだ。世界中の島を、自分の目で見てみたいから」
「へえ! 世界中か!」
ルフィの顔がぱっと明るくなった。
「おれは海賊王になるんだ!」
あまりにも堂々とした宣言だった。
ミナトは思わず笑みを浮かべる。
「海賊王か。大きな夢だな」
「当たり前だ! おれは絶対になるぞ!」
ルフィは麦わら帽子のつばを押さえ、少しも疑っていない顔で言い切った。
その横で、ゾロが口を挟む。
「俺は世界一の大剣豪になる」
声は低く、言葉も短い。だが、その一言には強い意志が込められていた。
「剣の道を極めるために、強くなる。それだけだ」
「二人とも、迷いがないんだな」
ミナトがそう言うと、ルフィは不思議そうに眉を上げた。
「ミナトだって、世界中の島を見たいんだろ?」
「ああ」
「だったら行けばいいじゃねえか!」
ルフィは、まるでそれが答えのすべてだと言うように笑った。
「行って、見てくりゃいい!」
ミナトはすぐには返事をしなかった。
祖父母から聞かされた遠い島々の話。見たことのない景色や、そこに暮らす人々の話。幼い頃から胸に抱いてきた夢は、今も変わっていない。
けれど、夢をかなえるために海へ出るということは、危険な場所にも足を踏み入れるということだ。知らない土地で何が起きるか分からない。自分の力だけではどうにもならないことだってあるだろう。
それでも――。
「……そうだな。いつか必ず、自分の目で確かめに行くよ」
「おう!」
ルフィは満足そうに頷いた。
夢を語っただけで、何かが大きく変わったわけではない。三人はまだ出会ったばかりで、互いのこともほとんど知らない。
それでもミナトは、二人と並んで歩くことを、少しだけ心地よく感じ始めていた。
やがて、港が見えてきた。
停泊する船の中に、一隻だけ、明らかに様子の違う船があった。
甲板では粗暴そうな男たちが酒を飲み、大声で笑っている。その近くには、村から奪われたものと思しき木箱や袋が積み上げられていた。
ミナトの表情が引き締まる。
「あの船だ」
ルフィも船を見上げた。
「あいつらが海賊か?」
「ああ。村を襲った連中に間違いないと思う」
ゾロは目を細め、甲板にいる男たちの数を大まかに数えた。
「見えているだけでも、かなりいるな」
「船の中にもいるはずだ。子供がどこにいるのか、まだ分からない」
ミナトは港に積まれた荷物の陰へ移動し、船の様子をうかがった。
見張りの位置。甲板から船内へ続く階段。船尾側の出入り口。そして、海賊たちの視線が届きにくい場所。
頭の中で、船の構造を組み立てていく。
「正面から乗り込めば、すぐに気づかれる。まずは子供の居場所を探したい」
「見つけたら、どうする?」
ゾロが尋ねた。
「子供を安全な場所へ連れ出す。それから、海賊を制圧する。相手がどう動くか分からない以上、順番は状況次第だけどな」
「分かった」
ゾロは余計なことを言わず、船の反対側を見た。
一方、ルフィは船をじっと見つめていた。
「なあ、あいつらを全員ぶっ飛ばせば、すぐ終わるんじゃねえか?」
「子供が無事なら、それも一つの方法だ。でも、居場所が分からないまま騒ぎを起こすのは避けたい」
「そっか」
ルフィは少し考えたあと、素直に頷いた。
「じゃあ、子供を見つけてからだな!」
その返事に、ミナトは小さく笑った。
どこまで慎重に動いてくれるかは、まだ分からない。だが、少なくとも今は、こちらの話を聞いてくれている。
「二人とも、船の出入り口を確認してくれないか。俺は見張りの位置と、船内へ入れそうな場所を探る」
「分かった」
ゾロはすぐに動き出した。
「おれは何をすればいい?」
「ルフィは、見張りに見つからないように待っていてくれると助かる。子供の居場所が分かるまでは、できるだけ騒ぎを起こしたくないんだ」
「分かった!」
あまりに素直な返事に、ミナトはかえって不安になった。
念のため、もう一度だけ念を押す。
「本当に頼むよ。合図があるまでは、待っていてくれ」
「おう!」
ルフィは元気よく答えた。
その隣を通りかかったゾロが、ぼそりと言う。
「……あまり期待しねえ方がいいぞ」
「聞こえてるぞ、ゾロ!」
「聞こえるように言ったんだよ」
「なんだとー!」
「二人とも、声が大きいって」
ミナトが小声でたしなめると、ルフィとゾロはようやく口を閉じた。
ほんの少し前まで、三人は互いの名前さえ知らなかった。
それなのに今は、同じ船を見据え、同じ子供を助けようとしている。
ミナトは改めて海賊船を見た。
甲板で笑う男たちの中に、さらわれた子供の姿はない。船内にいるのか、それとも別の場所へ移されたのか。まだ判断するには情報が足りなかった。
焦って動けば、かえって子供を危険にさらすかもしれない。
だからこそ、確かめる。
自分にできることを、一つずつ。
「……よし、行こう」
ミナトの合図を受け、ゾロが頷く。ルフィも拳を握り、海賊船を見つめた。
三人はそれぞれの位置へと動き始めた。
港には、いつもと変わらない潮風が吹いていた。
だが、海賊船へと向かう三人の足取りは、もう止まらなかった。
さらわれた子供を取り戻すための戦いが、今まさに始まろうとしていた。