ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける―   作:HINRON

30 / 33
呪われた刀と剣士の誇り

 

 ゾロは通りを歩きながら、腰に差した刀へ目を落とした。

 

 ミホークとの戦いで失った二本の刀。その代わりに、アーロンパークでジョニーとヨサクから借りた刀を使っているが、いつまでも借り物のままというわけにはいかない。

 

 これから先は、東の海とは比べものにならない強敵が待っているはずだ。新しい刀を手に入れるなら、今のうちに済ませておきたい。

 

「なあ、ミナト。刀剣店ってのはどっちだ?」

 

「さっきの看板を見た限り、こっちだと思うよ」

 

「思う、じゃ困るんだがな」

 

「オレに道案内を頼んだのはゾロだろ?」

 

「……チッ」

 

 ゾロは不満そうに舌打ちしたが、足を止めることなく進んだ。

 

 ミナトは苦笑しながら、その後を追う。

 

 そのとき、角を曲がってきた一人の女性が、前を歩いていたゾロとぶつかった。

 

「あっ!」

 

 女性の手から眼鏡が滑り落ちる。

 

「おっと」

 

 ゾロは反射的に手を伸ばし、地面に落ちる前に眼鏡を受け止めた。

 

「すみません! 私、前をよく見ていなくて……」

 

 女性は慌てて頭を下げた。

 

「いや、別に……」

 

 眼鏡を返そうとしたゾロは、女性の顔を見て言葉を失った。

 

 黒髪。顔立ち。目元の雰囲気。

 

 忘れようとしても忘れられない少女の面影が、目の前にあった。

 

 くいな。

 

 幼いころ、同じ道場で剣を交えた少女。いつか世界一の大剣豪になると誓い合い、けれど、その夢を自分に託して逝ってしまった相手。

 

 目の前の女性は、あまりにも彼女に似ていた。

 

「……どうしました?」

 

 女性が不思議そうに首をかしげる。

 

 ゾロははっと我に返り、眼鏡を差し出した。

 

「……いや。ほらよ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 女性は眼鏡を受け取ると、丁寧に頭を下げた。

 

 ゾロはそれ以上何も言わず、再び歩き始めた。

 

 ミナトは、隣に並んでからゾロの横顔をちらりと見た。

 

 さっきまでのゾロとは、明らかに様子が違う。ほんの一瞬だったが、驚きと戸惑いがその顔に浮かんでいた。

 

「知り合い?」

 

「違う」

 

 返事は早かった。

 

「そっか」

 

 ミナトはそれ以上追及しなかった。

 

 ゾロが話したくないのなら、無理に聞く必要はない。そう考え、ミナトは前を向いた。

 

 背後では、女性が眼鏡をかけ直している。

 

 彼女は二人の背中を一度見つめたあと、何事もなかったかのように歩き出した。

 

     *

 

 しばらくして、二人は目当ての刀剣店へたどり着いた。

 

 店内には数多くの刀が並び、壁には古い刀の由来を書いた札も掛けられている。カウンターの向こうでは、店主の男が刀を手入れしていた。

 

「いらっしゃい。刀をお探しかい?」

 

「ああ。二本欲しい」

 

 ゾロは店内を見回した。

 

 店主の視線が、ゾロの腰に差された刀へ向かう。特に、白い鞘に収められた和道一文字を見たとき、男の目がわずかに輝いた。

 

「お客さん、その刀……ちょっと見せてもらえないか?」

 

「これか?」

 

 ゾロは和道一文字の柄に手を添えた。

 

「ああ。いい刀だ。相当な値打ちものだろう。どうだ、売る気はないか?」

 

「ねェよ」

 

 ゾロは即座に断った。

 

 店主は食い下がるように続ける。

 

「いやいや、もちろん相応の金は払う。今の相場を考えれば――」

 

「売らねェって言ってんだろ」

 

 ゾロの声が低くなる。

 

 和道一文字は、ただの刀ではない。

 

 くいなとの約束を背負った刀だ。どれほど金を積まれようと、手放すつもりはなかった。

 

 店主が言葉を続けようとした、そのとき。

 

「その刀は、和道一文字ですね!」

 

 店の入口から、聞き覚えのある声が響いた。

 

 二人が振り返ると、先ほど道でぶつかった女性が立っていた。

 

 女性はゾロの腰にある刀を見つめ、目を輝かせている。

 

「白い鞘に、あの特徴的な鍔……間違いありません。和道一文字は大業物二十一工の一本です!」

 

「お、おう……」

 

 店主は慌てて表情を取り繕った。

 

 女性はそんな店主には気づかず、熱心に刀について説明を続ける。

 

「名工によって鍛えられた名刀で、歴史的にも価値のある一本なんです。そんな刀を手放すなんて、もったいないですよ!」

 

「だから売らねェって言ってんだろ」

 

 ゾロはうんざりしたように返した。

 

「えっ? あ、そうでしたね。すみません!」

 

 女性は頬を赤くして頭を下げた。

 

 ミナトは思わず小さく笑った。

 

 刀のことになると、ずいぶん熱心な人物らしい。

 

「それで、あなたは刀を買いに来たんですか?」

 

 女性はゾロに向き直った。

 

「ああ。二本な」

 

「でしたら、私も一緒に探していいですか? 刀を見るのが好きなんです。きっと、お役に立てると思います!」

 

 ゾロは少しだけ考え、店内に並ぶ刀へ目を向けた。

 

「……まあ、いいか。変なのを勧めるんじゃねェぞ」

 

「もちろんです!」

 

 女性は嬉しそうに頷いた。

 

 ミナトは二人の様子を見守りながら、店の隅に置かれた刀にも目を向けた。

 

 彼女は単に刀を集めるのが好きなだけではなさそうだ。一本一本の名前や由来をよく知っている。その知識には、刀に対する強い思い入れが感じられた。

 

 ゾロは店内を歩き、棚に並んだ刀を確かめていく。

 

 しかし、なかなか手を止めることはなかった。

 

「うーん……」

 

 女性は腕を組み、真剣な顔で考え込んだ。

 

「予算にもよりますが、名刀となると簡単には手に入りません。特に、質のいい刀を二本となると……」

 

「金なら、そんなに持ってねェ」

 

 ゾロはあっさりと言った。

 

「えっ!? そ、それでは選択肢がかなり限られてしまいます!」

 

「だったら、安くて使えるやつを探すしかねェな」

 

 ゾロは店の奥に置かれた、手頃な価格の刀が入った樽へ目を向けた。

 

 その中には、名のある刀とは思えないほど簡素なものも多い。

 

 女性は一瞬ためらったものの、ゾロの真剣な表情を見ると、すぐに樽の中を覗き込んだ。

 

「それなら、こちらを見てみましょう。値段だけでは、刀の良し悪しはわかりませんから」

 

「そうこなくちゃな」

 

 ゾロは刀を一本ずつ手に取り、重さや握り心地を確かめていった。

 

 やがて、その手が一本の刀で止まった。

 

 鞘から抜き放つと、刃が店内の光を受けて鋭く輝いた。

 

 ゾロは刀身を眺め、わずかに口元を緩める。

 

「……こいつはいい」

 

 女性が身を乗り出した。

 

「見せてください!」

 

 ゾロが刀を差し出すと、女性は刃を慎重に確かめた。

 

 その表情が、すぐに変わる。

 

「これは……三代鬼徹!」

 

「三代鬼徹?」

 

 ミナトが聞き返す。

 

「はい。鬼徹一派によって鍛えられた刀です。妖刀として知られていて、持ち主が不幸な最期を遂げるという話があるんです」

 

 女性は刀を見つめたまま説明した。

 

「初代鬼徹、二代鬼徹、そしてこの三代鬼徹。鬼徹の名を持つ刀には、恐ろしい逸話がつきまとっています」

 

 店主の顔が青ざめた。

 

「おい、まさかそいつを買うつもりか!? そいつだけはやめておけ!」

 

「どうしてだ?」

 

 ゾロは平然と尋ねた。

 

「呪われた刀なんだぞ! そいつを手にした剣士は、ろくな死に方をしないと言われている。俺は売らん!」

 

「だが、刀としてはいいものなんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

 店主は言葉に詰まった。

 

 女性も困惑した表情でゾロを見る。

 

「確かに、刀としての質は高いです。でも、わざわざ危険だと言われている刀を選ばなくても……」

 

「危険かどうかなんて、使ってみなきゃわからねェだろ」

 

 ゾロは三代鬼徹を手に取り、刃をじっと見つめた。

 

 その目には恐れがなかった。

 

 ミナトは黙ってゾロを見守った。

 

 ゾロは危険を軽く考えているわけではない。少なくとも、今の顔からはそう感じられた。

 

 危険だと聞いたからこそ、自分自身で確かめようとしているのだ。

 

「……決めた。こいつを買う」

 

「だから売らんと言っているだろう!」

 

 店主が声を張り上げる。

 

 ゾロは刀を軽く持ち上げた。

 

「なら、ちょっと試させてもらうぜ」

 

「試すって、何を――」

 

 店主が言い終える前に、ゾロは三代鬼徹を空へ放り投げた。

 

「なっ……!?」

 

 刀身が回転しながら頭上へ舞い上がる。

 

 そして、落下を始めた刀の真下へ、ゾロは迷いなく腕を差し出した。

 

「ゾロ!」

 

 ミナトの声が飛ぶ。

 

 鋭い刃が回転しながら落ちてくる。

 

 店主は悲鳴を上げ、女性は息を呑んだ。

 

 だが、ゾロは一歩も動かなかった。

 

 刀はゾロの腕をかすめるように軌道を変え、地面へと突き刺さった。

 

 静寂が落ちる。

 

 ゾロの腕には傷ひとつない。

 

「……ハッ!」

 

 ゾロは愉快そうに笑った。

 

「どうやら、オレの運のほうが強かったみてェだな」

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 店主は床にへたり込んだ。

 

 女性も驚きのあまり、しばらく言葉を発することができなかった。

 

 ゾロは地面から刀を引き抜き、刃を確かめてから鞘に納めた。

 

「こいつをもらう」

 

「……わかった。もう止めはしない」

 

 店主はゆっくりと立ち上がった。

 

 先ほどまでの恐怖はまだ顔に残っていたが、その目には別の感情も浮かんでいた。

 

 目の前の剣士は、ただ無謀なだけではない。

 

 自分の命を懸けてでも、刀と向き合う覚悟を持っている。

 

「少し待っていてくれ」

 

 店主は店の奥へと姿を消した。

 

 しばらくすると、黒い鞘に収められた刀を一本持って戻ってきた。

 

「これを、お前に譲ろう」

 

 差し出された刀を、ゾロは不思議そうに見た。

 

「何だ、こいつは?」

 

「雪走。業物の中でも優れた一本だ。俺の家に伝わる大切な刀だが……今は、お前に託したい」

 

「……いいのか?」

 

「ああ。三代鬼徹を恐れずに手にしたお前なら、こいつも大切に扱ってくれるだろう」

 

 店主は刀をゾロへ差し出した。

 

「金はいらん。二本とも持っていけ」

 

「タダでいいのかよ」

 

「いいんだ。お前のような剣士に使ってもらえるなら、刀も本望だろう」

 

 ゾロは店主を見つめたあと、静かに刀を受け取った。

 

「……ありがたく使わせてもらう」

 

 その言葉は短かったが、真剣な響きがあった。

 

 ゾロは新たに手に入れた三代鬼徹と雪走を腰に差す。

 

 和道一文字を含め、再び三本の刀が揃った。

 

 ゾロはそれぞれの柄に手を添えた。

 

 失った二本の刀が戻ってきたわけではない。それでも、これから先の戦いへ向けて、新たな相棒を手に入れたのだ。

 

 ミナトは、その姿を静かに見つめていた。

 

 ゾロがどれほど強くなろうとも、ミホークとの力の差はまだ大きい。

 

 だが、敗北を理由に立ち止まる男ではないことを、ミナトは知っていた。

 

「いい刀が手に入ったね」

 

「ああ」

 

 ゾロは短く答えた。

 

「次は、こいつらを使いこなすだけだ」

 

「その前に、無茶をして腕を失わないでくれよ」

 

「うるせェ。ちゃんと残ってんだろうが」

 

 ゾロは腕を軽く振ってみせた。

 

 ミナトは呆れたように笑った。

 

     *

 

 店を出る前、女性がゾロを呼び止めた。

 

「あの……少し、よろしいですか?」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「いえ、その……あなたの剣士としての覚悟は、すごいと思います。でも、私は刀を大切にする人間として、やはり刀の価値を知ってほしいんです」

 

 女性は真剣な顔で続けた。

 

「刀には、作り手の思いも、使い手の歴史も刻まれています。強い剣士が持つだけでなく、その刀がどんなものなのかを理解することも大切だと思います」

 

「……そうか」

 

 ゾロは肩をすくめた。

 

「だが、刀を使うのはオレだ。刀の価値に負けるつもりはねェ」

 

「そういうことを言っているのでは……!」

 

 女性は言い返しかけて、口を閉じた。

 

 ゾロの考えを、すぐに変えることはできそうにない。

 

 それでも、彼女は諦めずに言葉を続けた。

 

「私は、名刀が悪人の手に渡るのが嫌なんです。刀の価値を知らない人が、ただ強さのためだけに振るうことも……」

 

「だったら、そいつを使う人間を見て判断すりゃいいだろ」

 

 ゾロはまっすぐ女性を見た。

 

「オレがどういう剣士なのか、あんたが見てりゃいい」

 

 女性は言葉を失った。

 

 ミナトは二人のやり取りを聞きながら、静かに息を吐いた。

 

 刀を歴史や文化の一部として大切にする女性と、刀を己の夢を追うための相棒として扱うゾロ。

 

 考え方は違っている。

 

 けれど、どちらも刀を軽んじているわけではなかった。

 

「……ところで、まだ名前を聞いていませんでしたね」

 

 女性が気を取り直したように言った。

 

「私は、たしぎといいます」

 

「ミナトだよ」

 

 ミナトが先に名乗る。

 

「こっちはロロノア・ゾロ」

 

「ゾロ……さん、ですね」

 

 たしぎはゾロの顔を見つめた。

 

 そして、再び何かを思い出したように目を見開いた。

 

「やっぱり……あなた、誰かに似ているような……」

 

「またそれかよ」

 

 ゾロは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「す、すみません! ただ、本当にそっくりな人を知っているような気がして……」

 

 たしぎは困ったように眼鏡を押し上げた。

 

 ゾロは彼女から視線をそらす。

 

 似ているのは、彼女のほうだ。

 

 たしぎの顔を見るたび、ゾロの胸の奥には、くいなの記憶がよみがえっていた。

 

 道場で木刀を交えた日々。

 

 勝てなかった悔しさ。

 

 いつか必ず世界一の大剣豪になるという、二人で交わした約束。

 

 そして、もう二度と会えないという現実。

 

 ゾロはその思いを胸の奥へ押し込めるように、顔をしかめた。

 

「……行くぞ、ミナト」

 

「うん」

 

 ミナトはたしぎへ向き直った。

 

「刀の話、ありがとう。助かったよ」

 

「いえ! こちらこそ、勉強になりました!」

 

 たしぎはきちんと頭を下げた。

 

 二人が店を出ようとしたとき、彼女はもう一度ゾロへ声をかけた。

 

「ゾロさん!」

 

 ゾロが振り返る。

 

「その刀たちを、どうか大切にしてください。名刀には、それぞれの歴史があります。あなたがどんな剣士になるのか、私は見届けたいです」

 

 ゾロはしばらく彼女を見つめていた。

 

「……好きにしろ」

 

 ぶっきらぼうに答え、店を出る。

 

 ミナトはその背中を追いながら、たしぎへ軽く手を振った。

 

「またね、たしぎさん」

 

「はい! お気をつけて!」

 

 店を出ると、ローグタウンの賑やかな通りが二人を迎えた。

 

 ゾロは歩きながら、新しく手に入れた刀の柄へ指を添える。

 

 和道一文字。

 

 三代鬼徹。

 

 雪走。

 

 三本の刀が腰に揃っている。

 

 ミナトは、隣を歩くゾロの表情をそっと見た。

 

「……さっきの人、知り合いに似てたんだね」

 

 ゾロはしばらく黙っていた。

 

 やがて、前を向いたまま口を開く。

 

「……昔の知り合いだ」

 

「そっか」

 

 ミナトは、それ以上尋ねなかった。

 

 ゾロが語らないのなら、今は聞くべきではないのだろう。

 

 通りの向こうから、人々の笑い声が聞こえてくる。

 

 ゾロはその声を気にすることなく、前を見据えて歩き続けた。

 

 失ったものは戻らない。

 

 それでも、夢を諦める理由にはならない。

 

 世界一の大剣豪になる。

 

 その誓いを胸に、ゾロは新たな刀とともに歩き出した。

 

 ミナトもまた、その隣を進んでいく。

 

 二人の前には、まだ見ぬ海と、数え切れないほどの強敵が待っている。

 

 ローグタウンで手に入れた新たな相棒が、これからの航海でどんな戦いを支えることになるのか。

 

 その答えは、これから先の冒険の中にあった。

ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降

  • 悪魔の実 ゾオン系 幻獣種:九喇嘛
  • 悪魔の実 パラメシア系 チャクラ人間
  • 無能力者を貫き通す!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。