ONE PIECE ―黄色い閃光は海を翔ける― 作:HINRON
ローグタウンの通りを、ゾロとミナトは並んで歩いていた。
ゾロの腰には、新たに手に入れた三代鬼徹と雪走が加わっている。歩くたびに鞘がかすかに触れ合い、乾いた音を立てた。
「それにしても、ずいぶん気に入ったみたいだね」
ミナトがゾロの腰に目を向ける。
「当たり前だ。刀は剣士にとって大事な相棒だからな」
「呪われてるって話の刀も?」
「しつけェな。自分で試して問題なかった。それで十分だろ」
ゾロはぶっきらぼうに答えた。
ミナトは苦笑する。
危険を承知で刀を選んだゾロらしいといえば、らしい。もっとも、仲間としては、もう少し自分の命を大切にしてほしいところではある。
二人が大通りへ出ると、見覚えのある三人がこちらへ歩いてくるのが見えた。
「おーい! ゾロ! ミナト!」
ウソップが大きく手を振っている。その隣にはナミとサンジがいた。
「やっと見つけたわ。あんたたち、どこに行ってたのよ?」
「刀を買いに行ってたんだよ」
ミナトが答えると、ゾロは腰の刀を軽く叩いた。
「二本手に入れた」
「二本!? 金あったのかよ!」
「タダで譲ってもらった」
「なんでお前だけそんな得してんだよ!」
ウソップが目を丸くする。
「そんなことより、ルフィは?」
ナミの問いに、ゾロとミナトは顔を見合わせた。
「……一緒じゃなかったのか?」
「買い物の途中ではぐれたのよ。ちょっと目を離したら、もういなくなってたわ」
ナミは額に手を当てた。
「まったく、あいつは! この町で勝手に動き回るなって言っておいたのに!」
「まあ、ルフィだからな……」
ウソップが遠い目をする。
「海賊王が処刑された町だぞ。あいつが興味を持ちそうな場所なんて、だいたい想像がつく」
ゾロは呆れたように言った。
「処刑台か……」
ミナトは町の中心部へ目を向けた。
ルフィなら、確かにそこへ行っていても不思議ではない。
「手分けして探そう。オレは中心部へ向かうよ」
「なら、俺も行く」
ゾロがすぐに応じた。
「ルフィが騒ぎを起こしてなきゃいいけど……」
ナミは嫌な予感を覚えながら、周囲を見回した。
「何かあったら、港へ向かう前に合流しましょう。いいわね?」
全員が頷く。
こうして一味は手分けしてルフィを探し始めた。
だが、彼らはまだ知らなかった。
すでにルフィが、海賊王の処刑台へたどり着いていることを。
*
ローグタウンの広場。
大勢の人々が集まるその場所に、ひときわ目立つ木造の処刑台がそびえ立っていた。
かつて海賊王ゴール・D・ロジャーが最期を迎えた場所。
その処刑台を見上げていたルフィは、目を輝かせていた。
「へェ……ここがそうなのか!」
ルフィは迷うことなく階段を上り、処刑台の上に立った。
眼下には、町の通りと人々の姿が広がっている。
世界のすべてを手に入れた男が、最後に立っていた場所。
海賊王を目指すルフィにとって、そこは特別な意味を持つ場所だった。
「すっげェな!」
ルフィは楽しそうに笑った。
その姿を見た人々は、驚きや呆れの視線を向ける。
しかし、ルフィは周囲の反応など気にも留めていなかった。
そのときだった。
「おやおや……ずいぶんと楽しそうじゃないか」
背後から、聞き覚えのある声が響いた。
ルフィが振り返る。
そこに立っていたのは、派手な衣装に身を包んだ男だった。赤い鼻に、独特の化粧。
「バギー!」
「久しぶりだなァ、麦わら!」
道化のバギーは、愉快そうに両腕を広げた。
その近くには、アルビダの姿もある。
「まさか、こんなところで会えるとはねェ。運命ってのは面白いもんだ!」
「なんだよ、バギー。まだ海賊やってたのか?」
「当たり前だろうがァ!」
バギーの顔が怒りに歪む。
「このオレを誰だと思ってやがる! 偉大なる海賊、道化のバギー様だぞ!」
「へー」
「へー、じゃねェ!」
バギーは怒鳴りつけたあと、ルフィの立つ処刑台を見上げて、にやりと笑った。
「いい場所にいるじゃねェか。せっかくだ。ここで決着をつけてやる!」
バギーの部下たちが処刑台へ駆け上がり、ルフィを取り囲んだ。
ルフィは抵抗したものの、数に押され、ついに拘束されてしまう。
「さあ、観客の皆さん! よーく見ておけ!」
バギーは大げさに両腕を広げた。
「これから、このオレが麦わらのルフィを処刑してやる! 海賊王と同じ場所でなァ!」
広場にいた人々が騒ぎ始める。
「おい、あれは海賊じゃないか!?」
「バギーだ! 道化のバギーだ!」
「麦わらのルフィを捕まえたのか!」
人々の視線が、一斉に処刑台へ集まった。
ルフィは拘束されたまま、空を見上げた。
恐怖に顔を歪めることも、助けを求めることもない。
ただ、いつものように笑っていた。
「……あはは!」
「な、何がおかしいんだァ!?」
バギーが怒鳴る。
「お前、これから死ぬんだぞ!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
「そっか!」
ルフィは笑顔のまま答えた。
その姿に、広場の喧騒が一瞬だけ静まった。
処刑台の上で笑う少年。
かつて同じ場所で笑った海賊王の姿を、そこに重ねる者もいた。
バギーは怒りに顔を真っ赤にした。
「もういい! その笑顔ごとぶっ殺してやる!」
処刑の刃が持ち上げられた。
*
「……あっちか!」
町の中心部へ向かっていたミナトは、広場の方向から響く騒ぎに気づいた。
大勢の人々が同じ方向へ走っている。
ただの喧嘩や小競り合いではない。何か大きな事件が起きているようだった。
ミナトは人波を避けながら、広場へ続く通りを急いだ。
そのとき、目の前の道を白い煙が横切った。
「――っ!」
ミナトは即座に足を止めた。
煙は風に流されることなく、ゆっくりと人の形を取っていく。
やがて煙の中から、一人の男が姿を現した。
白い髪。葉巻。海軍の制服。
男の腕には、巨大な十手が握られていた。
「ここから先は通さん」
低い声が響いた。
ミナトは男を見据えた。
海軍の人間。それも、ただの兵士ではない。
全身から放たれる威圧感が、目の前の男が相当な実力者であることを物語っていた。
「海賊の一味か」
男はミナトを見下ろした。
「この町で騒ぎを起こしているのは、お前たちだな」
「……仲間を探しているだけだよ」
「海賊の言い訳など聞く気はない」
男の身体から、再び白い煙が立ち上った。
「俺は海軍本部大佐、スモーカー。お前たちをここから逃がすつもりはない」
ミナトはわずかに目を細めた。
海軍本部大佐。
その肩書きだけでも、並の相手ではないことがわかる。
「できれば、戦いたくはないんだけどね」
「ならば大人しく捕まれ」
「それは無理な相談だ」
ミナトは腰のクナイに手を添えた。
仲間がどこにいるのか、まだ確かなことはわからない。だが、この男を無視して先へ進むのは難しそうだった。
スモーカーは葉巻をくわえ直すと、十手を構えた。
「なら、力ずくで連行する」
次の瞬間、煙が一気に膨れ上がった。
「――来る!」
ミナトはクナイを抜き、横へ跳んだ。
煙の中から伸びた腕が、先ほどまでミナトのいた場所を薙ぎ払う。
ミナトは地面へ着地すると同時にクナイを投げた。
鋭い軌道を描いたクナイが、スモーカーの胴体へ向かう。
しかし――。
クナイは煙の身体をすり抜け、背後の壁へ突き刺さった。
「……なるほど」
ミナトはすぐに距離を取った。
通常の攻撃が通じない。
身体が煙へと変化している。しかも、ただ煙になるだけではなく、自在に形を変えて攻撃してくる。
これまで戦ってきた相手とは、根本的に違う。
「驚いたか?」
スモーカーの声が煙の中から響く。
「俺の能力に対抗する手段がないなら、無駄な抵抗はやめておけ」
「そう簡単にはいかないよ」
ミナトは落ち着いた声で答えた。
スモーカーの能力について、まだわからないことは多い。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
この相手を正面から倒すのは、今の自分には難しい。
ならば、目的を変えるしかない。
倒すのではなく、突破する。
ミナトは周囲の地形を確認した。細い路地、建物の壁、通りの角。移動先を選び、距離を保つための目印を頭の中で整理していく。
そして、クナイを一本、路地の奥へ投げた。
クナイが壁際に突き刺さる。
次の瞬間、ミナトの姿が消えた。
「ほう」
スモーカーの目が細くなる。
ミナトはクナイの位置へ飛雷神の術で移動し、路地の奥からスモーカーの様子をうかがった。
煙が追いかけてくる。
ミナトはさらに別のクナイへ移動し、距離を稼いだ。
速い。
スモーカーの煙は路地を塞ぐように広がり、逃げ道を奪おうとしてくる。
それでも、飛雷神の術による瞬間移動なら、通常の追跡では追いつけないはずだった。
ミナトは移動を繰り返しながら、スモーカーの攻撃の癖と能力の範囲を探っていく。
だが、相手も黙ってはいなかった。
「ちょこまかと……!」
スモーカーの煙が複数の方向へ分かれ、路地の出口を塞いだ。
ミナトが次のクナイへ飛ぼうとした瞬間、煙の一部が伸び、クナイの刺さった壁を覆い隠す。
移動先の視界が遮られる。
ミナトは即座に判断を変え、別のクナイへ飛雷神で移動した。
しかし、着地した先にも煙が回り込んでいた。
「くっ……!」
ミナトは身をひねって直撃を避けたが、煙の一部が腕に絡みついた。
そのまま引き寄せられ、身体が大きく傾く。
ミナトは空中でクナイを投げ、別の目印へ移動して拘束を逃れた。
地面に着地した瞬間、息が漏れた。
飛雷神の術で距離を取ることはできる。
だが、移動先を封じられれば、自由に動き続けることも難しい。
そして、何よりも――。
攻撃が通じない。
クナイも体術も、煙の身体を持つスモーカーには決定打にならなかった。
「どうした。もう終わりか?」
スモーカーが煙をまといながら近づいてくる。
「逃げ回るだけでは、俺を止めることはできんぞ」
ミナトは呼吸を整え、クナイを構え直した。
「……そのつもりはないよ」
倒せないのなら、突破口を探す。
今は時間を稼ぎ、仲間のもとへ向かう機会を作ることが先決だった。
ミナトは周囲に残されたクナイの位置を確認した。
まだ移動できる場所はある。
だが、何度も飛雷神の術を使えば、体力を消耗する。長引けば長引くほど、選択肢は減っていく。
それでも、ここで捕まるわけにはいかなかった。
ルフィがどこにいるのかはわからない。
仲間たちが無事なのかもわからない。
だからこそ、今は自分にできることをするしかなかった。
*
処刑台では、バギーが高々と刃を振り上げていた。
「さあ、これで終わりだァ!」
ルフィは拘束されたまま、空を見上げていた。
恐怖はない。
後悔もない。
ただ、自分が進むと決めた道を思い浮かべていた。
海賊王になる。
その夢を諦めるつもりなど、最初からなかった。
ルフィは笑った。
その笑顔を見たバギーが、怒りに顔を歪める。
「死ぬ間際まで笑いやがって! いい加減にしろォ!」
刃が振り下ろされる。
その瞬間、広場の向こうから声が響いた。
「ルフィィィ!」
ゾロだった。
人混みをかき分けながら、サンジも走ってくる。
「くそっ! 間に合え!」
サンジが歯を食いしばった。
二人は全速力で処刑台へ向かっていた。
だが、距離がある。
人々が逃げ惑い、道を塞いでいる。処刑台までの道のりが、いつもより遠く感じられた。
「どけェ!」
ゾロが声を張り上げる。
サンジも人波を避けながら走る。
ナミとウソップも、少し遅れて広場へ向かっていた。
「ルフィ、無事でいなさいよ……!」
ナミは唇を噛んだ。
処刑台の上で、刃がルフィへ迫る。
ゾロの手が刀の柄へ伸びた。
サンジはさらに足を速める。
だが、二人の手は届かない。
ミナトもまた、スモーカーの煙を振り切ろうと必死に動いていた。
処刑台の方向から聞こえる悲鳴が、徐々に大きくなっていく。
何かが起きている。
そして、それはおそらく、ルフィに関係している。
「……間に合え!」
ミナトは最後の力を振り絞るように、別のクナイへ飛雷神の術を使おうとした。
だが、煙が目の前を覆い、進路を塞ぐ。
「逃がすか!」
スモーカーの声が響いた。
ミナトは舌打ちし、煙を避けるために横へ跳んだ。
わずかな遅れ。
そのわずかな時間が、決定的な差になろうとしていた。
*
処刑台の上で、刃が振り下ろされた。
その瞬間――空が光った。
轟音がローグタウンを揺るがす。
凄まじい雷が、処刑台を直撃した。
「うわああああっ!」
閃光が広場を白く染め上げ、木材が弾け飛ぶ。
バギーの悲鳴が雷鳴にかき消され、人々は驚きのあまり立ち尽くした。
処刑台は大きく崩れ、ルフィを拘束していた場所も破壊されていた。
雷が落ちた理由など、誰にもわからない。
ただ、処刑されるはずだった少年は、再び自分の足で立っていた。
「……へへっ!」
ルフィは笑い、崩れた処刑台から飛び降りた。
「じゃあな、バギー!」
「待ちやがれェェェ!」
バギーの怒号を背に、ルフィは走り出した。
ゾロとサンジは、処刑台の崩壊を目の当たりにして足を止めた。
「……あいつ」
ゾロが呆れたように呟く。
「本当に、肝が据わってやがる……!」
サンジも驚きを隠せなかった。
だが、感心している暇はない。
「ルフィを追うぞ!」
二人は再び走り出した。
*
ミナトの前で、煙がゆっくりと形を変えていく。
遠くから聞こえた雷鳴と、広場の騒ぎ。
その方向へ一瞬だけ目を向けたミナトを、スモーカーは見逃さなかった。
「仲間が気になるか?」
「……当然だろ」
「なら、なおさら逃がすわけにはいかんな」
スモーカーは十手を構え直した。
ミナトは唇を引き結んだ。
今の雷は、処刑台に落ちたものだろう。
仲間たちがそこへ向かっているなら、ルフィは無事なのかもしれない。
しかし、確認するまでは安心できない。
ミナトは残されたクナイの位置を頭の中で整理した。
ここでスモーカーと戦い続けるわけにはいかない。
倒せないのなら、離脱する。
それが今できる最善の判断だった。
「悪いけど、そろそろ行かせてもらうよ」
「そう簡単にいくと思うな」
煙が再び膨れ上がる。
ミナトは一瞬の隙を見逃さず、飛雷神の術で別の目印へ移動した。
煙の追撃をかわし、建物の陰へ着地する。
息が荒くなっていた。
体力の消耗は無視できない。これ以上、無理に戦い続ければ、仲間と合流する前に動けなくなる可能性がある。
ミナトはクナイを握り直し、路地の出口へ向かった。
背後から、スモーカーの声が響く。
「逃げても無駄だ、海賊ども。俺は必ず捕まえる」
ミナトは振り返らなかった。
今は仲間と合流することが先だ。
ローグタウンの空には、先ほどの雷の余韻が残っている。
海賊王の処刑台で起きた奇跡。
そして、海軍本部大佐スモーカーとの遭遇。
この町を出るまでに、まだ越えなければならない壁がある。
ミナトは仲間たちの待つ港を目指し、再び走り出した。
ミナトの今後の成長(能力)について! リトルガーデン編以降
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